デリヘルで得た収穫は「男たちとの和解」であった。「失われた私」を探して(17)
デリヘルをやったことで最大の収穫は、「男との和解」。その男らしさの鎧の下には、傷つきやすさが隠れていることに気づきました。
公開日:2025/01/05 04:06
連載名
「失われた私」を探して男が嫌いなのに、男を求めてしまう。
その矛盾が私を長きにわたって苦しめた。
デリヘルをやったことで、もうひとつ、私にとって大きな収穫があった。
それは、「男たちとの和解」である。
はっきり言って、私は基本的に男が苦手だ。
ホス狂いだったくせに何言ってんだ、と嗤われそうだが、これは本当のことなのだ。
男という種族に対して、根源的な忌避感がある。
まず、男の腕力や攻撃性が単純に怖い。
ゆえに、男の大声やマッチョな振る舞いが大嫌い。
次いで、男の粗雑さ、傲慢さが不快。
そして最後に、これがもっとも重要なんだが、男の性欲が気持ち悪い。
10代半ばから20代、30代にかけて、こうした「男への根源的な嫌悪」が、私の中でずっとくすぶり続けていた。
小学生くらいの頃には屈託なく大人の男に接していた気がするが、思春期に達すると男から一方的に投げかけられる性的な視線に恐怖や不快感を覚えるようになった。
道端で性器を露出して私に見せつけてきた男、電車の中で無遠慮に胸や尻を触ってくる痴漢ども。
通学途中に頻繁にこんな目に遭うと、「こいつら、いったい何なんだよ!」という気持ちにもなるじゃないか。
ただ、一番大きな問題は、じつはそこではなかったりするのだ。
それが単なる恐怖や不快感ならまだ対処可能な話だが、その一方で、「相手によってはちょっと嬉しかったりする」という厄介な矛盾が生じるのである。
いや、もちろん、どんなに好みのイケメンであっても、性器の露出や痴漢なんかされた日にゃ怒り心頭だし心の底から気持ち悪い。
が、「男から性的関心を寄せられること」自体が全面的に不快かというと、これが必ずしもそうとは言い切れないのだ。
こちらが相手に好感を持っている場合に限り、彼らの性的関心は、私に女としての誇らしさや優越感といった類の愉悦を与えてくれる。
この矛盾が、私の中で、男に対する複雑な感情を作り上げた。
私は男が嫌いなのか、好きなのか?
自分でもよくわからない。
ただひとつだけ、はっきりしていることがある。
要するに私は、メスとして、相手のオスを分別しているのである。
相手にしたくないタイプのオスから性的関心を向けられると、たちまち恐怖や不快感や怒りが生じる。
だが、好みのタイプであれば、その性欲も大歓迎、というわけだ。
不公平じゃないか!と言われそうだが、メスがオスを選ぶのは自然界の常識であり、これは本能なのであるから、不公平もクソもない。
そもそも「平等」とか「ルッキズム」なんて概念は人間が作り出したイデオロギーに過ぎず、生き物の本能の前では机上の空論だ、と、私は考えている。
孔雀のオスはただただその本能に従って生物的に不合理なまでに豪華で重い羽根を持つよう進化したわけであり、人間のオスは美醜の代わりに地位や経済力といった権力を手にしてメスの関心を惹こうとするんじゃないか。
その結果、地位や経済力に惹かれるメスもいるんだろうけど、私のような原始的なメスはそんなものどうでもよくて、ひたすら美しいオスに反応してしまう。
だから、美しくないオスから性的関心を向けられるのは、迷惑以外の何物でもなかったりするわけである。
特に私の世代は、まだ「セクハラ」とか「パワハラ」といった概念が存在しなかった時代に20代を過ごしたため、迷惑な性的関心を無遠慮にぶつけてくるおじさんたちは、私より地位も経済力もある「社会的強者」たちだった。
「仕事やるからパンツ脱げ」なんて平気で言ってくるような男たちがいる当時の広告界で、フリーランスのコピーライターなどという弱い立場に身を置いていた20代の私は、彼らの格好の餌食だ。
そして、そんな男たちから全力で逃げながら、「なんで女なんかに生まれてきたんだ!」という悔しさと「男って本当に不愉快!」という憤懣を、腹の中に溜め込み続けて来たのだった。
男が嫌い。
男の強引さや無神経さ、傲岸不遜さが許せない。
そして何より、男の性欲が気持ち悪い。
そんな私がデリヘル嬢となって、不特定多数の男と性的接触を持つのだ。
いったい、どうなってしまうのか?
私、うまくやれるのか?
それが、当初、もっとも大きな懸念であった。
ところが、いざ始めてみると、私は意外な発見をしたのである。
女は男からの暴力を、男は女からの拒絶を恐れ、
ともに傷つきやすい自我を抱えて生きている。
デリヘルにやって来る男客は、じつに様々だった。
若い男から年寄りまで、イケメンから不細工まで。
不快な客もいたし、楽しい客もいた。
だが、どんな客であれ、不思議と生理的な嫌悪感はなかった。
もっと横柄な態度を取られるのかと思いきや、意外にも彼らは総じて紳士的であり、気遣いを見せてくれたり心の裡を素直に吐露したり、予想以上に生身の人間らしさを備えているのだった。
「デリヘルなんて男の排泄場所だよ」と事前に言われていたので、相当に無礼な客も覚悟していたのだが、そんなことはまったくなかったのである。
彼らは金を払っている立場なのに、私に嫌われまいと努力しているように見えた。
そういえば私もウリセンを買う時、何故だかいつも以上に「いい人」になってしまう傾向がある。
私は金であなたの時間とセックスを買いましたが、あなたをちゃんと尊重しますよ、という無言のアピールをしてしまうのだ。
デリヘルの客たちも、まったく同じ気持ちなのだろう。
金で人を買うことへの引け目もあるし、何より自分を受け容れて欲しいという想いが強い。
そうか、彼らは性欲を満たすだけが目的ではないのだな。
寂しかったり甘えたかったり、妻や恋人には言えない本音や性的嗜好を理解して欲しかったり、あるいは社会的拘束から解放されて別人になりたかったり、それぞれに抱えている願いがあって、セックスワーカーはその受け皿として求められているのだ。
それに気づいた途端、見知らぬ男と性的に触れ合うことへの嫌悪感や警戒心がさらりと解けて、何やら愛しさみたいな感情すら芽生えてきた。
よしよし、男どもよ、私のおっぱいに顔を埋めて安らぐがよいぞ。
シリコンだけどね。
結局、私が男たちを怖がっていたように、彼らも女が怖いのだ。
自分とはまったく異質の、何を考えているのかわからない生き物。
不用意に近づくと、いきなり牙を剥かれたり冷酷に拒絶されたりして、自分は酷く傷つくかもしれない。
だがその一方で、怖いけれどもどうしようもなく近づきたい相手でもある。
傷つくのが怖いけど、寄り添って欲しい気持ちもあって、我々はおそるおそる慎重に、必死の願いを込めて相手の心を手探りするのだ。
まさに、ハリネズミのジレンマ。
我々は他者を恐れながらも求めずにはいられない、厄介で因果な生き物だ。
誰か、僕を受け容れて。
誰か、私を抱き締めて。
触れ合い、言葉を交わし、ぬくもりを確かめ合って、この孤独と不安を忘れさせてよ。
舌を絡ませ、ひとつに溶け合い、束の間の快感を共有して、生きる実感を味わわせてよ。
ああ、みんな、人間であることの孤独と不安につきまとわれている。
我々は、赦されたいのだ。
癒やされたい、愛されたい。
誰かに必要とされ、誰かの笑顔が欲しいんだ。
それは、男も女も同じなんだね。
以来、私は男たちを同胞として見ることができるようになった。
むろん、一部の男たちの攻撃性や暴力性は未だに嫌いだが、男たち全般への忌避感はかなり薄れたのだ。
「男」という鎧の下に秘められた彼らの孤独や不安に、直に触れる機会を得たおかげである。
自分の中の「男たち」との和解……デリヘル体験によるもっとも重要な収穫は、この一点に尽きると、私は今でも確信している。
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