Addiction Report (アディクションレポート)

依存症とは、「愛」の欠乏から生じる病なのか。 元アルコール依存症の後藤さんが語った、とある家族の肖像。

最初の離婚の後、私が孤独と絶望を溶かす熱が欲しくてはまり込んだ依存症。アルコール依存症に苦しんだ後藤早苗さんの家族も、愛されない痛みを紛らわせるために何かに依存せざるを得なかったのかもしれない。

依存症とは、「愛」の欠乏から生じる病なのか。  元アルコール依存症の後藤さんが語った、とある家族の肖像。
後藤早苗さん(撮影・岩永直子)

公開日:2026/02/05 01:32

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「失われた私」を探して

凍りついた心を溶かすために、圧倒的な熱を欲した。

依存症は、その「熱」を私に与えてくれたの。

依存症は「孤独」の病である。

私が買い物依存症に罹ったのは、31歳で離婚した直後。

前夫との結婚生活は、心も身体も通い合わず、みしみしと骨身に突き刺さるような絶望の中でゆっくりと消耗していく日々だった。

たぶん、その間に、私の心は凍りついてしまったのだと思う。

彼と別れてようやくそこから抜け出せたのはよかったけど、でもね、心の奥で固まった氷はそんなに簡単に溶けるものではなかったの。

離婚後、私は自分を取り戻したかった。

生きる実感が欲しかった。

胸の奥の硬い氷を溶かしてくれるような、圧倒的な熱が欲しかったの。

依存症は、そんな束の間の熱狂を、私に与えてくれたのね。

生きるってことは、傷つくことだ。

私たちは生きてる間にいっぱい傷つくけど、その痛みを少しでも遠ざけるために、しばしば自分の心を凍結させてしまう。

誰かから日常的に痛みを受けていると、もう何も感じたくなくなって、心を凍らせてしまうのよ。

氷で感覚を麻痺させれば、少しは痛みに耐えられる気がするでしょ?

でも、凍った心のままでは、その先の人生を生き延びられない。

痛みには鈍くなれるけど、生きる気力も鈍ってしまうからね。

すべてが虚しくなって、死ぬことばかり考えてしまうのよ。

だから、自分が死んでしまわないように、何か熱いものを求める。

脳髄が灼けるような激しい熱を。

依存症は、カチカチに凍りついた自分を解凍しようとする私なりの試みだったのだと、今では思う。

そして、私が溶かそうとしたその氷の芯にあったのは、孤独と絶望なの。

元アルコール依存症の後藤さんが語る、

「愛されない地獄」に苦しみ傷つけ合った家族の物語。

元アルコール依存症の後藤早苗さんも、そんな私と同じ種族の人だ。

生きる痛みを紛らわせるために、子供の頃に自分の心を凍結させた。

両親ともにアルコール依存だったが、母親はそれに加えてパチンコ依存。

そのうえ、パチンコ屋で知り合った男と不倫の果てに、家族を捨てて駆け落ちした。

後に母親は家に戻って来たけれど、両親は離婚し、後藤さんはアルコールとパチンコ漬けの母親を選んだ。

彼女は母親が大好きだったのだ。

自分をネグレクトして酒とパチンコに走る母親だけど、彼女にとってはこの世で一番大切な人だった。

ああ、なんかもう、切ない。

子供というものは、どんな親だろうと一途に愛を捧げてしまうのか。

その愛が報われることはないかもしれないのに?

後藤早苗さん(左)にインタビューする筆者(右)(撮影・岩永直子)

だが、話を聞いているうちに、彼女の母親もまた、深く傷ついて心を凍らせた人なのだとわかってきた。

母親は父親(後藤さんの祖父)から愛されず、たびたび殴られていたという。

親から受ける暴力は、子供の身体だけではなく心も酷く傷つける。

それは躾なんかじゃない、絶対権力者からの拒絶と恐怖支配だ。

殴打と怒号の中で、子供は心に刻む。

おまえなんか家畜や犬猫と同じ、殴られて飼い主に隷属する生き物なのだ、と言わんばかりの残酷な蔑みを。

少なくとも私は、父から殴られるたびに、そのような屈辱を覚えた。

幼い頃はただただ怖かっただけだが、成長してからは父のビンタで自分の価値が叩き潰されていくように感じ、肉体の痛みよりそっちの苦痛の方がズシンと来た。

要するに、心を殴られてるんだよ。

そして、その痛みを緩和するために、心はどんどん凍っていく。

後藤さんの母親は、孤独だった。

父から殴られ、恋した男は海外に行ったまま音信不通。

捨てられたと思って自暴自棄になって結婚した相手が、後藤さんの父親だった。

一方、後藤さんの父親は妻を愛していた。

だが妻は自分を愛してくれず、新婚初夜のセックスも拒み、挙句の果てに不倫して家族を捨てて出て行った。

そう、後藤さんの父親もまた孤独だったのだ。

ボタンが掛け違うように愛がすれ違い、互いに孤独で心を凍らせた夫婦だった。

そして、2人とも酒に溺れて身を滅ぼした。

まったく、なんて哀しい物語だろう。

愛されなかった子供が、愛し方のわからない大人に育つ。

親から子に受け継がれる不幸の連鎖が、いつか終焉を迎える日は来るのか?

愛がうまく機能しない家庭は、たくさんある。

愛されているという実感を欠いて育つと、愛し方がわからなくなる。

愛しているつもりで傷つけ、幸せを求めて不幸をもたらす。

後藤さんの母親も、愛の不全ゆえに破滅的な道を辿り、家族を不幸に巻き込んだ。

自分を愛することも、子供を愛することもできなかった。

いや、彼女なりに愛していたのかもしれないけど、愛し方がわからなかったのだ。

その愛は糸が絡まるようにこんがらがって、自分も家族も身動き取れなくなってしまう。

彼女は心の穴を埋めるかのように酒とパチンコに明け暮れ、方々に借金をした挙句、娘の給食費すら使い込んだ。

彼女の欠落感と焦燥は娘たちにも伝染し、後藤さんの姉は摂食障害に、後藤さん自身は母と同じアルコール依存になった。

凍りついた心を溶かしたくて、酒やギャンブルや食べ吐きの沼にずぶずぶとハマる。

「熱」が欲しいんだ。

何かに溺れて、我を忘れてしまいたいんだ。

愛されない自分、愛せない自分を、沼に沈めてしまいたいんだよ。

依存症者の心の沼には、自らの手で殺した自分の死体がいくつも埋まってる。

後藤さんの母親は、酒を飲みパチンコの玉を弾きながら、何を思っていたのか。

おそらく、何も思っていなかったんだろう。

何故なら「何も考えない」ことこそが、酒とパチンコの目的だったからだ。

酒で思考回路を麻痺させ、ひたすらパチンコの玉を目で追いながら、彼女は心に淀む苦痛や絶望や悲しみを忘れようとした。

一番愛して欲しかった父親に愛されなかった自分、守ってくれるはずの家族から支配され虐待され価値なきもののように扱われた自分、そして今度は自分が親になり、我が子を愛しているのに愛し方がわからず混乱している。

私は何故、生まれて来てしまったんだろう?

自分がこの世に存在する意味がわからない。

ああ、こんなことを考えていると、どんどん頭の中に黒い霧が充満して、死んでしまいたくなる。

だめだめ、考えちゃだめ。

考えれば考えるほど凍えていく心を、どうにか温めなくちゃ。

コンビニで買った酒をあおり、パチンコ台の前に座る。

パチンコの玉がくるくる回る。

すると苦痛に満ちた世界が、何事もなかったように愉しげに回り始める。

パチンコ台の前でぽつんと背中を丸めている彼女の孤独を想像すると、胸が痛くなる。

そして、彼女に振り回された娘たちのことを想って、さらに心が締めつけられる。

不幸は連鎖するのだろうか。

愛されなかった者たちは、死ぬまでこの地獄から抜け出せず、過ちを重ねなければならないのか。

それは宿命なのか?

いや、違う。

人間は呪いの連鎖から自らを救うことができる。

後藤さんがそれを証明している。

だが、そこに辿り着くまでに、彼女はまた別の地獄を通り抜けねばならなかった。

後藤さんの物語は、まだまだ続く。

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