私たちは永遠に他者とわかり合えない。 そのさみしさと痛みが、「私」という人間を作っていく。「失われた私」を探して(39)
他者が怖くて、嫌われ者の自意識を育てていった私。心の奥底に押し殺してきた「誰かに愛されたい」という渇望が、依存症という形で私に復讐してきたと思ってる。それでもそろそろ、自分とも他者とも仲直りしないとね。

公開日:2025/12/05 02:07
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連載名
「失われた私」を探して他者が怖くて仕方ない私は、
「嫌われ者自意識」で自分を守ろうとした。
私たちは痛みと不全感とさみしさの中で生きていて、それはたぶん私たちが悪いのでも世界が悪いのでもなく、他者の中で生きるというのはそういうことなのだ。
家族や恋人や友人や、大切に思ってる人たちから理解されないのは悲しいけど、それを言ったら自分だって家族や恋人や友人たちをどこまで理解できているのか。
たぶん、全然できてない。
理解されないことに傷ついてるのは、相手だって同じなんだ。
私たちは互いを理解できない孤独な生き物なのに、理解や共感がなければ群れとして機能しないので、繋がってる気分を維持するためには何となく相手に合わせたりわかってるふりをしたり、そりゃもう大変な努力をしてる。
私は子供の頃からそういった努力がひどく苦手だったから、いつまで経っても他者が怖くてビクビクしていた。
自分の言動がこの集団の中で正しいのか間違ってるのか、全然わからない。
自分の中の「正しさ」と集団の「正しさ」の間にまず齟齬があるし、集団によって「正しさ」が違っていたりもする。
しょっちゅう間違えて冷や汗をかいたり、周囲から「何、あいつ?」的に嫌われたり(しかも私は、自分が何故嫌われてるのかわからない!)、そういうことが重なっていくうちに、なんだか努力するのが面倒臭くなってしまった。
だって、無理だもん!
頑張ったって、必ず誰かには嫌われるんだもん!
こうなったら、「嫌われない」ことよりも、「嫌われてもいいから好きにやるぜ」スタイルで生きていく方がラクじゃない?
そっちの方が、少なくとも自由だ。
そして、自由というのはたいてい孤独とセットなので、「愛されないのは自由と引き換え」と考えれば、嫌われることにも我慢できそうじゃないか。
要するに、私は開き直ったのである。
幼少期から20代にかけてあちこちで人間関係に躓いてるうちに徐々に開き直っていって、30代の頃には立派な「嫌われ者自意識」が確立されていた。
あえて空気を読まず、毒舌で言いたい放題のやりたい放題。
どんなに嫌味を言われようとびくともせずに、立ち居振る舞いからファッションまで、自分の好きなようにしていた。
当時はゲーム雑誌のライターをやっていたので、そんな私を嫌う編集者と面白がる編集者にきっぱりと分かれ、それはそれでなかなか興味深かった。
私を嫌う人たちは、自分の常識が正しいと思ってて、私の言動はもちろん書く記事も着る物もすべてが気に入らない。
私を面白がる人たちは、自分の常識が覆されるのを楽しむ人々だ。
前者に好かれるよりも後者に面白がられた方が、私は私らしくいられる。
前者は私に絶対に仕事を振らないけど、後者の仕事の方が楽しいからまったく問題なし。
それでいいじゃん。
みんなに気に入られる必要なんかないね。
そっちが私を嫌うなら、私もおまえらを嫌ってやるよ。
お互い様だろ!
この「嫌われ者自意識」は、理解不能の他者に囲まれて孤立無援で生きる私が選んだ、究極のサバイバル術だったんだと思う。
そして、これはある程度機能したので、その後も私は「嫌われ者」を自認して生き続け、他者から浴びせられる批判や悪意に向かって「Fuck You!」と中指を立てることで自分を守った。
そうよ、自分を守って守って守り抜いたわよ。
ライトノベル作家になっても、エッセイストになっても、私は躾の悪い犬みたいに世間に向かってガルルルと唸り、何か言いやがったらその喉笛に噛みついてやるぜとばかりに威嚇的な態度を取り続けた。
そうしないと、押し潰されそうだったからよ。
だって本当の私は些細なことですぐ傷つくし凹むし落ち込むし、自分でも嫌になるほど脆弱なんだもん。
弱い犬ほど吠えるっていうのは本当ね。
吠えて唸って威嚇して他者を遠ざけないと、自分はあっという間に噛み殺されると思ってるの。
そう、どんなに中指立てて「嫌われ者」を気取っても、私はやっぱり他者が怖かった。
他者の中で生きる痛みと不全感とさみしさは、まったく解消されてなかったのよ。
人は自分に復讐される生き物だ。
でも、人は自分を赦せる生き物でもある。
前回も書いたように、ラノベが売れて手にした大金で、私は他者の歓心を買おうとした。
さみしかったからよ。
愛されたかったからよ。
自分がイタいのは百も承知だったけど、そうせずにはいられなかった。
ずっとずっと我慢して来たさみしさと他者への渇望が、そういう形で一気に噴出したの。
「嫌われ者自意識」のおかげで、確かに私は自由になれたわ。
でも、自由と引き換えに断ち切った他者との繋がりは、私の心の奥底でとてつもない飢餓となって、知らないうちにどんどん膨らんでいたのね。
私は自分を守りながら、自分の一部を殺していた。
他者を怖れて牙を剥く私と、どうしようもなく他者を求めてしまう私。
どちらも私なんだけど、この両者はうまく共存できないのよ。
だって不用意に他者を受け容れてしまったら、彼らは容赦なく私を踏み荒らすもの。
それなら、お金で偽物の笑顔を買ってる方がまだマシな気がする。
たとえ彼らが私を傷つけても、「所詮、お金が目当てのろくでなし」と蔑むことで、私の心は致命的な痛手から逃れられるはず。
本物の絆なんか築けない。
そんなものを望んだら、私は絶対に裏切られ、再起不能になってしまう!
依存症の原因については諸説あるけど、私は「あれは自分に復讐されたんだ」と考えてる。
他者が怖くて怖くて仕方ない臆病な私が、弱い自分を守ろうとして、「嫌われ者自意識」という鎧をあつらえた。
嫌われるのなんか怖くない、と自分に念じてね。
でも、その自己防衛の鎧が、他者の愛や庇護を求める「寂しがり屋の私」を無理やり押し込めてしまった。
私は、自分が殺そうとしたもうひとりの自分に復讐されたの。
そう、私の本を読んできた人たちは、ここでお馴染みのフレーズを思い出してくれるわね。
「人は、自分に復讐される生き物だ」
これなのよ。
私の依存症は、これに尽きるの。
私は弱い自分に耐えられなかった。
だけど、仕事が成功して金を手にし、今まで私を嫌ったり傷つけたりして来た人たちを見返してやったわと思った瞬間、殺したいほど憎んでた弱い自分に復讐されたの。
「ほら、あなたはやっぱり、人に愛されたくてお金で媚びるような人間なのよ」と、もうひとりの私がせせら笑う。
必死で作り上げた鎧の隙間から、にょろりと手を出して、意地汚く愛を乞うのよ。
誰か、私を愛して!
誰か、私を受け容れて!
誰か、私を救ってよ!と。
そんな自分など絶対に認めたくなかったわ。
だけど「依存症」という病が、私の本質的な問題を突きつけてきた。
もし依存症にならなかったら、私はこんなに自分について考えることもなかったでしょうね。
あのまま「嫌われ者自意識」に身を固め、他者を拒み続け、今よりもっと孤独な人生を歩んでたかもしれない。
まぁ、それはそれで、どこまで行けたのか見届けたかった気もするけど。
そろそろ、自分とも他者とも仲直りしないとね。
どんな人間にも、サバイバル術は必要よ。
この世界を生き抜いていくためには、自分を守る鎧を自作するしかない。
きっとそれは不完全で歪んだ鎧だけど、完璧な鎧なんて誰にも作れないし、それでいいのよ。
その鎧の綻びや歪みこそが、あなたという人間の個性なんだと思う。
いつか、その鎧のせいで私みたいに自分に復讐されるかもしれないし、あるいは、あなたの鎧を嗤ったり壊そうとしたりする誰かと死闘を繰り広げる羽目になるかもしれない。
でもね、いつかボロボロの鎧を脱いで、「頑張ったね、私」と思える日がきっと来るから。
その日を楽しみに待ちましょうよ。
本当にね、人は自分を赦せる生き物なのよ。
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