正しさという枠を作ったから、人間は壊れたんだと思う。 正しくなくていいんだよ、自分のやり方で自分を生きて。失われた私を探して(44)
不倫相手と別れて帰ってきて酒浸りになった母を世話し続けた後藤早苗さん。それはきっと、求めても得られぬ愛に必死に手を伸ばす行為だった。後藤さんは自身も一時アルコールに溺れながらも、今、凛々しく自分の道を歩み始めている。地獄に堕ちたって、必ず救済への道はある。

公開日:2026/02/20 08:00
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連載名
「失われた私」を探して愛されたがりの人間は、自己犠牲で愛を表現する。
尽くして尽くしてボロボロになるまで愛するの。
不倫相手と出奔した母親が借金まみれになって帰って来た後も、後藤さんはずっと母親に寄り添い続けた。
家で酒浸りの母親に暴言を吐かれて傷ついても、「私が見捨てたら、この人は完全に独りぼっちになってしまう」と思うと、かわいそうになって離れることができなかったという。
そして、そのストレスからか、後藤さんも酒を飲むようになる。
そこからはもう、母娘2人でずぶずぶとアルコールに溺れた。
「最終的にはお母さんを殺して自分も死のう、と思ってました」
後藤さんは当時を振り返って、こう語る。
「お母さんも死にたいって言ってたし、それならもう最後は私が殺してあげて、その後で私も死のうかと」
そう、これはもう「心中」。
ガリガリに痩せ衰え、もはや酒すら受け付けないほどボロボロの身体になって、それでも病院を拒否する母親に最後まで寄り添い、自分も一緒に死んでしまおうというその覚悟は、はたして「愛」なのか?
「本当に愛しているのなら、無理矢理でも母親を病院に連れて行くべきだ」と言う人もいるだろう。
しごく正論であるが、それでも私は、後藤さんの行為を「愛」だと思う。
ただし、「母親を愛するがゆえの自己犠牲」という意味ではない。
私は、後藤さんのこの一連の献身を、捨て身の「求愛行動」だと捉えるからだ。
母親を愛してたから自分を犠牲にしたんじゃない。
母親から愛されたかったからなんだよ。
後藤さんは母親が大好きだった。
この世で一番大事な人だった。
だが、その母親から、彼女は愛を充分に与えられなかった。
不倫の果てに自分を捨てたり、暴言を吐いて傷つけたり……そんな母親からは「愛されている」という実感など到底味わえなかったことだろう。
だからこそ、後藤さんは母親に執着したのだ。
愛して欲しかったから。
必要とされたかったから。
母親にとってこの世で唯一の存在になりたかったから。
そうなって初めて、母親が自分の価値を認めてくれると思ったからだ。
献身的に世話をして自分の愛を証明すれば、いつか母親が自分を愛してくれるのではないかという期待……それが、彼女を動かしていたのだと私は思う。
母親の世話をすればするほど、母親は自分を頼り、自分から離れられなくなる。
それこそが後藤さんの望みだったのではないか。
こんなふうに言うと、まるで後藤さんが母親を束縛する悪者みたいに聞こえるかもしれないが、そういうわけではないのだ。
だって、後藤さんにとっては、それが「愛」だったのだから。
決して相手をダメにするつもりなどないし、むしろ相手を思えばこそ自分を犠牲にしてまで尽くすのだが、結果的には相手を自分に縛り付け自立の意志を砕いてしまう。
そう、いわゆる「共依存」というやつだ。
充分に愛を実感できずに育ち、だからこそ必死で愛されたいと願う者たちは、しばしばこのような形で愛を表現する。
きっと自分は、誰にも愛してもらえない。
おそらく自分には愛される価値なんかないんだろう。
そんな思い込みから始まるから、愛した相手にとにかく自分の価値を認めてもらおうと躍起になる。
相手の望みを叶え、喜んでもらうことが至上の使命になる。
そして、その甲斐あって相手が自分に頼り始めると、嬉しくて嬉しくて、もう泣きたくなるほど嬉しくて、もっともっと必要とされたくなってくるのだ。
ねぇ、私、あなたにとってすごく大切な存在になってるよね?
いいよ、もっと私に甘えて。
全力で支えてあげるから。
私がいないと生きていけないほど、私を頼ってくれていいの。
そのためなら私、ボロボロになってもいいから。
ううん、むしろボロボロになることこそが、私の愛の証明だから。
そう、これが私の「愛」の表現。
尽くして尽くして、極限まで自分を犠牲にすることで、あなたにとって唯一無二の存在となりたいの。
孤独な愛されたがりたちは、こんな捨て身の求愛行動をとる。
それを「そんなの本当の愛じゃない」などと決めつけることなど、誰にできるだろう?
本当の愛って何だよ?
どこにも正解がない「愛」の正体を求めて、私たちは今日も試行錯誤を続けてるんでしょ?
どんな地獄に堕ちても、必ず救済の道はある。
後藤さんの生き方が、それを証明してくれる。
後藤さんのこの求愛行動は、その後も彼女の恋愛パターンとなった。
ダメな男に貢いで尽くして、結局、ボロボロになって破綻する。
私にも大いに身に覚えのあるパターンだ。
たぶん、私も愛されたがりの虚しい求愛者だったんだろう。
何度恋愛を繰り返しても幸せになれない、恋愛不適合者たちだ。
でもね、私、恋愛に器用な人なんか見たことないよ。
みんな、恋愛には苦しめられてる。
何故なら恋愛とは、もっとも向き合いたくない自分の暗部を見せつけられるものだからだ。
白雪姫やシンデレラみたいに「愛する人と結ばれて末永く幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」なんて恋愛は、この世に存在しない。
むしろ、愛する人と結ばれてからが本当の地獄の始まりだ。
恋愛によって露呈する己の醜さを嫌悪し、相手の狡さや身勝手さに失望し、ただただ苛立ちを積み重ねていくだけの日々になって、それでも別れられない自分に心の底から呆れてしまう……私の恋愛は、いつもそんな感じだった。
どうして、映画や小説のヒロインみたいに無垢な気持ちで愛せないの?
私が壊れているからなの?
それとも相手が壊れているの?
いや、きっと人間という生き物自体が壊れてるんだ。
恋愛やセックスを必要以上に神格化して、結婚なんて制度まで作り、そこに男女の役割まで固定して、それこそが正しい幸福であるという幻想を作り出した。
幸福なんて人それぞれでいいし、美しいだけの愛なんてどこにもないのに。
そんな嘘で固めた幻想に踊らされ、私たちはただ単純に自分を幸せにする術すらわからなくなった。
他人と自分を引き比べ、自分の生き方は間違ってるんじゃないかとか、愛とはこうあるべきなのに自分はおかしいんじゃないかとか、そんなことばかり考えて不安に脅えているような生き物になってしまったのよ。
そして、道に迷った人間が「依存症」という落とし穴に落ちる。
だけど、私にとって「依存症」は、自分の生き方を見つめるプロセスのひとつだった。
依存症にならなかったら、私はずっと自分を誤解したまま生きてたわ。
それはたぶん、後藤さんも同じだと思う。
彼女は今、アルコール依存を克服して、凜々しく清々しく自分の道を歩いてる。
私たちは、自分を救うことができるのよ。
そう、どんな地獄に堕ちたって、そこには必ず救済への道がある。
絶望しなくていい。
人の言葉に踊らされる必要もない。
だって、これはあなたの人生だから。
他の人たちとは違う、あなただけのハッピーエンドを見つける……それが、「自分を救う」ということなのよ。
たぶんね。
【中村うさぎさんに答えてもらいたい人生相談募集】
中村うさぎさんに答えてもらいたい人生相談を募集します。「失われた私」を探してで扱うテーマに絡むお悩みがありましたら、担当編集の岩永宛([email protected])に、【1】お名前(ニックネーム可)【2】年齢(掲載時にこちらでぼかします)【3】相談内容(400文字以内)を書いてお送りください。医療相談や経済相談は受け付けておりません。この連載で回答を掲載します。
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