いろいろ失敗を重ねてきたけど、 依存症になってよかった、と、今では心の底から思ってる。「失われた私」を探して(21)
買い物、ホスト、整形に依存し、ある日突然、難病を発症して障害者となった私。そして今、都会を離れて田舎暮らしを始めたけれど、何一つ後悔はしていない。転ばなければ、見えない風景があるから。

公開日:2025/03/05 07:33
道を踏み外して暴走したり、病気になって倒れたり。
でも、後悔はひとつもしていない。
まさか自分が100万人にひとりという超レアな難病に罹るなんて思ってもみなかったし、その後、足が不自由になって障害者として生きるようになることもまったくの想定外だった。
2013年は、私にとって大きな転機の年だった。
失ったのは、健全な身体だけではない。
仕事も収入も、一気になくなった。
そんな私の凋落を見て潮が引くように去って行き、それっきり連絡が途絶えた人たちもいる。
これほど落ちぶれても見捨てずに連絡をくれた出版社は、たったの二社だけだった。
こういう時にこそ、人の真意がわかるってもんである。
今まで何かと声をかけてくれた編集者たちは、仕事だから仕方なくいい顔していただけで、心の底では私を疎ましく思ってたんだろうな、と苦笑した。
でも、そういうのがわかると、ちょっと小気味いいよね。
こっちも気兼ねなく、その人たちを「不要箱」に突っ込んでしまえばいいだけだから。
そう、病気とそれに続く低迷期のおかげで、思いもかけない形で人間関係の断捨離ができてしまったのだった。
退院したのが2013年の暮れだから、あれから11年ほど経ったことになる。
今年の2月末に67歳になった私は、仕事だの恋愛だのに駆けずり回っていた日々も、アディクトに悩まされていた日々も、すべてが昔のアルバムに貼られた写真みたいに遠く感じるようになった。
今は特に依存する対象もないし、何かに夢中になることもない。
足が不自由になったせいでオムツを常用するようになった時点で、恋もセックスも放棄した。
だって男とラブホ行って服を脱いだらオムツだなんて、ギャグでしかないでしょ。
現実の恋は諦めて推し活でもやろうかと思ったこともあったけど、どうも私はそういうのに向かないらしい。
最初はワーワー言ってても、すぐに熱が冷めてしまうのだ。
あんなにホストに通い詰めた、あの情熱は何だったんだろう?
あれもこれも、すべては夢だったのかもしれないなぁ。
でも、あんなに楽しくて苦しくて全身全霊で突っ走った夢を見たこと、私は全然後悔してないよ。
買い物もホストも、そりゃ大変な想いをさせられたけど、振り返ればキラキラと眩しく輝く人生のワンシーンだもの。
依存症は、「狂気」だ。
だけど、何かに狂えるって、私にとってはすごく特別な体験なの。
人生で一度も狂わずに真っ当に生きていくのもいいだろうけど、それはたぶん私の生き方じゃない。
道を踏み外してジタバタして、でもそのジタバタの中から何かを見つけていくのが、「私」という人間なんだ。
依存症の真っ只中にいた時は、狂っていく自分が怖くて不安で、この先どうなってしまうのかと頭を抱えた。
しかし、今なら、あの時の自分に言える。
狂ったって大丈夫、ちゃんと着地できるからって。
自分で思っているほど、人間はヤワじゃない。
転んでも起き上がれるし、なんなら転んだことに感謝すらできるんだ。
だってさ、転んでみないと見えない風景って、あるでしょ?
私はそんな風景を見たよ。
依存症の時もそうだけど、病気で何もかも失った時も、おかげで見えてきた物が確かにあったもん。
これ、強がりでも自己正当化でもない、私の実感なの。
狂っていいし、転んでいいし、泣いたり喚いたり、誰かを憎んだり、そういう醜い失態もすべて、自分の中にちゃんと回収して、自分の養分にしてしまえばいいのよ。
私たちは元来、そういうことができる生き物なんだ。
ホストにハマらなかったら、私はホス狂いの女の子たちを軽蔑する嫌味なおばさんになってたかもしれない。
買い物依存症にならなかったら、私はブランド物に群がる女たちをバカにして、上から目線で説教するような偉そうな人間になってたと思う。
現に、そんなふうに私を嘲笑う人々はたくさんいたけど、その人たちには一生見えないものを私は見れたから満足よ。
ゲイと結婚した時も、デリヘルやった時も、世間は私をただ突飛なことをして注目されたがる変人だと思ってた。
今でもそう思ってる人は大勢いるだろうけど、その人たちには絶対見えないし理解もできない。
私がゲイの夫から、デリヘル体験から、受け取ったいろんなものを。
だから、あなたの人生も、人から理解してもらえなくたっていいのよ。
あなたがちゃんとわかっていれば、それでいい。
誰かに褒めてもらうために生きてるんじゃない、自分が納得するために私たちは生きてるんでしょ?
田舎に引っ越して、新しい生活が始まった。
これから私はどう変わっていくんだろう。
今年に入ってから、私は東京を離れ、千葉県の片田舎に引っ越した。
べつにスローライフを目指したわけじゃない。
単に金がなくて、都内の高い家賃が払えなくなっただけだ。
「田舎暮らしなんか嫌だー!絶対無理!」と思っていたが、住んでみると意外に快適だったりして、今のところは楽しんでいる。
これもまた、私の人生の転機となるのだろうか。
自分は都会でしか暮らせない人間だと決めつけていたけど、案外、のんびりした田舎の生活に馴染んでしまいそうだ。
まぁ、都会の生活は充分過ぎるほど堪能したしな。
ホストクラブにも夜遊びにもブランド物にも縁のない、畑のど真ん中の木造家屋で、のんびり空を眺めている日々もいいもんだ。
そのうち飽きるような気もするけど。
成り行きでこんな場所に住むことになったものの、ここが私の着地点なんだとしたら、なんて平和な結末だろうかと自分でも驚かずにいられない。
てっきり自分は、歌舞伎町か新宿二丁目の道端で行き倒れて死ぬと思っていたからだ。
そして、そんな終わり方も私らしくていいなぁ、なんて考えていた。
まさか、こんな田舎で人生を終えるとはね。
だけど、もしかすると、これで終わりじゃないかもしれない。
この生活のせいで、何かとてつもない変異が起きて、中村うさぎの最終形態みたいな生き物が新たに誕生するかもしれないのだ。
私という人間は、自分でも予測がつかないからな。
今これを読んでるあなたの人生も、明日はどうなるかわからない。
でも、何が起きても、これだけは覚えておいてね。
人生は、ころころと転がる虹色の玉みたいなもので、その時その時で色が変わるけど、泥水みたいな真っ黒な時期だって黄金色に輝く絶頂期だって、全部、あなたのものだから。
全部、あなたの色だから。
たとえ濁った色になっても、汚れてしまったなんて悲しむ必要もないし、むしろ新しい色が増えたくらいに思っていればいいのよ。
だって、何の曇りも濁りもない透明な人生なんて、全然ワクワクしないじゃない?
傷ついても汚れても一生懸命に生きているあなたのことを、嗤ったり蔑んだり批判したりする人たちは、自分を疵ひとつない完璧な人間とでも思ってるのかしら?
だとしたら、つまんない人生しか歩んでない証拠よ。
視野が狭くて無知だから、世界を満たす多彩な色が何も見えていないから、簡単に自分の正しさを信じてしまうの。
いっぱい間違えた分、いっぱい考えて、いっぱい知識を得る……そういう生き方があってもいいはずでしょ?
私は、失敗だらけの人たちの味方。
苦しんだり悲しんだり自分を恥じたりしながら、それでも必死に生きてる人たちが好き。
依存症は、私に、別の角度から自分を見つめる視点を与えてくれた。
それって、私にとって、すごく大事な機会だったの。
「依存症」は、「鏡」なんだよ。
目を逸らさずに、そこに映った自分の姿をじっと見つめて。
そしたら絶対、見えてくるものがあるから。
あなたはきっと、そこで救われるからね。
そうよ、あなたの人生は、そこから始まるの。
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コメント
誰かと常に比較して自分を蔑んで生きてきました。
私を肯定してみます。
だめなところばかり探しすのはほどほどにして、良いところもあるはず、って探して何度も褒めてあげようと思います。
うさぎさんありがとう。
はい。依存症者と結婚して、離婚して、自分の共依存と精神障害に直面して。私の人生はここから始めようと思います。転んだ人にしか響かない、温かいエールをありがとうございます。
昨夜扁桃腺が浮腫んで呼吸困難で死にかけて、今は生きていて。
自殺願望高い癖に苦しい苦しいの嫌だ助けてーって今日の午前中迄戦ってたけど。
うさぎさんの言葉に救われました。
本当に明日も危ういけれど、もう過去を土台に生きれたら、全部ひっくるめて自分だからヨシ!
そう、今、考えるチャンスを与えられた事を感謝します。
自分を見つめて、正面から認めた時に新たな生き方が生まれる。
息子がギャンブル依存症になったからこそ、新たな生き方が出来たと思います。
人生転ぶ必要ありますよね。
そこから見える新しい景色が、こんなに素晴らしいなんて、思いもしなかったです。
素敵な記事ありがとうございます。
うさぎさん、たくさんの言葉をありがとうございます。
自分のいけてない人生を振り返りながら、それでもそれを受け入れて、自分に後悔だけはしないように明日から生きていきたいと思います。失敗しても味方がいると気付けたから。
最終回ですかね?
毎回更新を楽しみにしていました。
うさぎさんの文章は親しみやすく、感情の起伏がよく伝わってきて読んでいてこちらも心動かされる文章でした。
人は真空の中で生きているわけではなく、どんな行動も誰かに影響を与えているし、誰かの行動(そして背景にある思想)が私にも影響を与えているなと考えさせられました。今日一日、頑張って生きていこうと思います。