Addiction Report (アディクションレポート)

父を憎んで酒を憎まず 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(12)

大学に入って間もない私は、「酒を飲めば父のようになる」と思い込む。ところが行きつけのカフェで、優雅に酒を楽しむ大人の姿を目にする。父の暴言は酒だけでなく、父自身にも原因があったのではないか――。自分でも酒を飲むうち、疑問は確信に変わる。

父を憎んで酒を憎まず 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(12)
アルバイトが終わってから、バーをハシゴして帰る日もあった。

公開日:2026/05/30 02:00

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患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~

酒を恐れて、憎んでいた

大学に入ると、新入生歓迎会やサークルの打ち上げで当然のように酒が出てくる。飲むよう強制してくる人はいなかったが、多くの学生が自然と酒を飲むようになっていた。

私は最初、酒のすすめを全て断っていた。父のようになるかもしれないと思うと、酒が怖かった。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ではないが、当時は父を憎むあまり酒まで疎ましく思っていた。

酒を飲んで頬を赤くし、大きな声で笑う同期や先輩を見て、私の気持ちは冷めていた。彼らと一緒に飲んで騒いで過ごせたら、少しは大学になじめたかもしれない。

酒に嫌悪感を持っていた私が、どうして酒にすがるようになったのか。きっかけは塾講師のアルバイトと、塾の近くにあるカフェだった。

塾講師のアルバイトを始めてからは、夕方から夜にかけて授業が入っていた。アルバイトが生活の中心になると、生活も夜型になってしまう。

ちょうど塾講師のアルバイトを始めたくらいの時期に、とあるカフェに通うようになった。最初は大学の授業が終わってから、塾のアルバイトまで時間を潰すためだった。

カフェは個人経営の小さな店で、カウンターとテーブル席があった。

そのカフェには不思議な魅力があった。カウンター席を見ると、いつも客同士で話に花が咲いていた。さっきまで会ったこともないような人たちが、お店の人と一緒に他愛もない話で盛り上がっている。

「〇〇さん、最近はあの店行きましたか?」

「前に飲んだカクテル、美味しかったからまた出してくれる?」

何度かカフェに行ってから、私もカウンターへ座るようになった。なじみのない人の輪の中へ入るのは緊張したが、それ以上に居場所に飢えていた。

トラックの運転手や音楽家、大学教授。カフェのカウンターには、普段なら関わる機会を持たないような人たちが集まっていた。

大学生の常連客は珍しかったので、他の常連客から話しかけられることも多かった。中にはコーヒーを奢ってくれる人までいた。

勉強以外に大した特技も持たない私は、ただ相手の話を聞いていた。親以外の大人がどんな仕事をして、何を楽しみに生きているのか知りたかった。

そのカフェのような場所を「サードプレイス」(※)と呼ぶことを、私は後になって知る。

(※)家でも職場でもない、コミュニティの基盤として機能する第三の場所。

酒を飲んでも暴れない大人たち

常連になってから気付いたことだが、そのカフェはコーヒーだけでなく酒も出していた。他の客がカクテルやウイスキーを頼む姿を時々見かけていた。

常連客には、酒を頼む人も多かった。店の雰囲気に加えて、アルコールが人との距離を縮めていたのかもしれない。

職業も性別も年齢も違っていたが、どの大人にも共通している点があった。酒を飲んでも声を荒げず、人への悪口も言わないことだ。父のように、泥酔して怒鳴るような客は一人もいなかった。

常連客の大学教授・Nさんは、いつもカフェでシャンパンを飲んでいた。普段は寡黙だが、酔うと笑顔が増えて饒舌になる。

Nさんは自分が勤める大学や授業の内容、ゼミの話をしてくれた。Nさんは歴史的な書物の文法を研究していた。

私にとっては薬学部の授業より、Nさんの話の方が興味深かった。

「うちは決して偏差値が高い大学じゃないけど、学びたいことを明確に持っている子が多いんだ」

頬を赤らめながら嬉しそうに話す様子からは、自分が受け持つ学生を心の底から誇らしく思っている様子が伝わってくる。

酒を飲んでは「恩を返せ」と怒鳴り、しきりに偏差値の高い医学部や東大への合格を強いる父の姿を思い出す。Nさんとはまるで正反対だ。

酒への恐れは、好奇心に変わった。父のようにはなりたくなかったが、Nさんのように酔ってもスマートに振る舞える姿には憧れた。

アルバイトのない日に、カフェのメニューから居酒屋で見たことのあるジントニックを頼んだ。トニックウォーターの気泡が浮かび、カットされたライムがグラスに浮かんでいた。

ジントニックは飲みやすいが、度数は決して低くはない。飲んでみると、炭酸の中にアルコールを感じた。初めての感覚だった。

ジントニックを皮切りに、アルバイトがない日はカフェで酒を飲むようになった。Nさんと一緒にシャンパンを飲むと、自分が大人になれたような気がした。

常連客と話しながらグラスを交わすうちに、酒への嫌悪感はなくなっていた。最初は呪文のように感じたカクテルのメニュー表も、次第に馴染みのある名前ばかりになった。

常連客の紹介で、バーでも飲むようになった。バーカウンターへ座るのは緊張したが、すぐに慣れた。

適量の酒は、人同士をつなげるきっかけにもなる。通ううちに知り合いは増えていった。親以外の大人と関わる経験が少なかった私は、隣の客が語る酒の蘊蓄(うんちく)さえ新鮮に感じた。

アパートや大学では孤独でも、カウンターに座って酒を飲みさえすれば居場所がある。酒は恐れる対象ではなくよすがとなった。

自分でも酒を飲むうちに、ある疑問が浮かんだ。

――父が酒を飲んで怒鳴るのは、もしかして普通ではないのだろうか?

父を憎んで酒を憎まず

母は父のことを「お酒さえ飲まなければいい人」と言った。

私は父を恨みながらも、心のどこかで父の暴言を酒のせいにしていた。酒は性格を変えてしまうほどに危険なもので、酒が穏やかな父を変えてしまったのだ、と。

確かにアルコールには依存性がある。大学のテキストを読むと、アルコールには身体依存と精神依存、そして耐性があると書かれていた。

しかし酒を飲む人がみな父のようになるわけではない。Nさんのように、シャンパンを飲みながら教養に満ちた話を聞かせてくれる大人もいる。

父が暴言を吐くのは酒のせいだけでなく、父自身にも原因があるのではないか。父は全てを酒のせいにして、思うがままに振る舞っていただけではないのか――。

父から離れて暮らしながら、私は父に対する憎しみを募らせた。

何が父の暴言を引き起こしていたのか。二十歳になったばかりの私は、父のアルコール依存は性格によるものだと考えた。

暴言の中に見られる、学歴への執着は父のコンプレックスに他ならない。子どもに見返りを要求するのも、確かに父の性格と無関係ではない。

それでも、父の性格を憎んでも私の気持ちは決して晴れなかった。

なぜ父は学歴にこだわっていたのか。なぜ見返りをほしがったのか。暴言を通して、父は何を伝えたかったのか。

そこまで考えが及ぶようになるのは、皮肉なことに自分自身がアルコールに依存するようになってからだった。

父を憎みながらも、知らず知らずのうちに私は嫌なことがあると酒を飲むようになった。

大学に友達がいなくてさみしい。ジントニックを飲む。酔った父親から電話がかかってきた。モスコミュールを飲む。塾長に無理やり振替授業を入れられた。シャンパンを飲む。

父のように暴言を吐くわけでもなく、常連仲間と楽しく飲んでいるだけだ。酒を飲んでいても、家族を傷つける父とは違う――。

そう思い込んでいたが、やがて父とは違う形で私の生活にも次第に綻びがあらわれることになる。

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