小説家・鈴木輝一郎が考える小説家に必要な資質と依存症の共通点(後編)
アルコール依存症を公表している小説家の鈴木輝一郎さん。前編ではアルコール依存症に陥ってしまった経緯と回復について聞きました。後編では小説家と依存症の関係性についてお話してもらいました。

公開日:2025/12/23 02:00
飲んで書くほうが筆が乗ると感じるのは錯覚
文壇バーで文学について語らったり、お酒に関する作品があったりと、小説家にお酒はつきものというイメージだ。30年ほど前はアルコール依存症の同業者を多く見かけていたが、最近は少なくなってきていると小説家の鈴木輝一郎さんは語る。
「アルコールは脳を直撃するせいでしょうか。依存する対象が変わってきたのだと感じます。かつては『小説家が依存症であることをむしろ歓迎』という気風は強かったですね。『我を忘れるほど熱中したものがなければ、作品で読者を熱中させられない』のは事実です。熱中するものが違法か合法か、被害者がいるのかいないのか、読者の共感を得られるのかどうか、ということが重要ではあります。
最近の編集者は依存症の作家を避けるようになっています。病んでいる人でなくても他にもたくさん良い作家はいるというシンプルな理由ですが。いいものが書ける人はたいてい健康的な人です。
僕も飲んで執筆していたことがありましたが、飲んだほうが筆が乗ると感じるのはただの錯覚です。原稿を書くとき、いろんなリミッターがかかります。ここをこう書かないとうまくいかないんじゃないかとか、これとこれをこうしないと前後がうまくくっつかないよね、とか。でも、飲んで書くとそのリミッターが外れるのでとりあえず書ける。でも、飲んで書いたもんにろくなもんはないですね」

小説家と依存症の共通点
また、小説家と依存症には3つの共通する特性があるという。
「低い自己肯定感と激しい自己顕示欲、強烈な承認欲求、低い社会性と妄想癖。これらが小説家と依存症者との共通点です。依存傾向のある人のうち、言語化能力が集中している人の一部が小説家になるのだろうと考えています。
坂口安吾がヒロポン(覚醒剤)依存症であったことは有名です。太宰治もアルコールに依存していましたし。
ただ、アルコール依存症の場合だとめちゃくちゃ仕事をするタイプが多いので、低い自己肯定感の裏返しなんだろうとは思います。アルコール依存症者は非常に社会性が高い方が多いので。
僕が自助グループで実感したのは、アルコール依存症者の場合、社会に出て依存症に陥るケースが多いです。薬物依存症だと中学や高校をドロップアウトして薬に走るというケースがあるのですが、アルコール依存症の場合、気づけば依存症になっているというケースが多いです」

不眠症とうつ病は小説家の職業病
この3つの共通する特性に加え、小説家には依存症に陥りやすい職業病がある。
「どうしても寝る前にぱっとアイディアが浮かんできガバっと起き上がって枕元でメモをとったりするので不眠症になりがちなんです。もう一つはうつ病です。一日家にこもりきりで人に会わない、運動しない、パソコンの前から動かないため鬱々としてきてしまうんです。
かつて『コロナ鬱』が話題になったことがありましたよね。家にこもって人と会話をしないのでうつ状態になってしまうという。この生活は小説家の生活そのものなんです。
小説家でうつ病になり自ら命を絶つのは有名どころから無名までいますよね。不眠症やうつ病から依存症になってしまう人もいます」
小説の執筆はうつ病の発症や悪化させる場合があるため、鈴木さんの小説講座では心療内科や精神科にかかった経験のある人にはまず、小説を書いてもいいか医師に相談するよう伝えているという。
「僕自身、断酒の回復プログラムの途中、『マズローの5段階欲求』を教わりました。まずは生理的欲求(食欲や睡眠欲、性欲)を満たそう、まず社会的欲求(家族や友人とのつながり)を満たそうというものです。小説家の仕事は自己承認欲求を満たすためのもので、生理的欲求や社会的欲求をおざなりにすると、創作はおろそかになります。
そのため、睡眠時間を確保することと他人と接する機会を確保することは意識しています。
小説家を目指そうとしている方々は生理的欲求や社会的欲求をおざなりにするケースが非常に多いんです。なので、まずは生活をきちんとしよう、社会性を維持しよう、ということを小説講座でも話しています」
鈴木さんの小説講座には発達障害傾向のある人や精神障害のある人が受講する場合もあるという。ADHD特性のある人は、衝動性から依存症に陥りやすいと言われている。
「発達障害や精神障害があってそれを自覚しておられて通院している場合、障害者手帳の給付を勧め、障害者雇用などを利用してまずは生活を立て直そう、固定収入を確保しようと伝えます。病識がない場合は難しいのですが、本人も僕とのメールのやり取りがうまくいっていないことには気づいていることが多い。
そこで、メールのやり取りがうまくいっていないことに気がついたら、とりあえず心療内科に行って知能検査を受けてみようと話します。それで極端な結果が出れば、障害者手帳の給付や、どうしても就職が困難な場合は生活保護をためらわずに使おうと伝えます。
こういう話をしているので、『これって小説講座だったよな?』とときどき思うことがあります」
「依存症は否認の病です。認めたがらない人が多い。まずは自分の病気を認めましょう」
(終わり)
鈴木輝一郎(すずき・きいちろう)小説家。
1960年岐阜県生まれ。1991年『情断!』(講談社)でデビュー。1994年『めんどうみてあげるね』(出版芸術社)で第47回日本推理作家協会賞を受賞。歴史小説『家康の選択』(毎日新聞出版)、エッセイ『印税稼いで三十年』(本の雑誌社)、小説入門書『何がなんでも長編小説が書きたい!』(河出書房新社)など著書多数。
2011年から薬物依存症リハビリテーションセンター・岐阜ダルクの中間支援団体・岐阜ダルク後援会。
