誰かに自分を踏み荒らされた経験を持つ人へ。 自分を立て直したあなたは、誰より強くなれるんだよ。「失われた私」を探して(27)
誰であろうと私から「私」を奪うことはできない。誰かから奪われかけた自分の立て直し作業が、もしかしたら依存症かもしれないよ。

公開日:2025/06/05 08:42
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「自分から逃れられない」ということは、
「誰にも自分を奪わせない」ということでもある。
私たちは、「自分」から逃がれられない。
どんなに嫌いな自分でも、どんなに自分に失望しても、別の人間になることはできないし、死ぬまでこのウンザリする「自分」を抱えて生きていくしかないのだ。
それを考えると、生きていくことに挫けそうになる私だが、そこでふと、こう思ったりもするのである。
「自分から逃げられない」ということ、つまり「私は死ぬまで『私』であり続けなくてはならない」というこの事実は、別の視点から見れば、「誰であろうと私から『私』を奪うことはできない」ということでもあるのだ、と。
そう、確かに我々は、自分以外の何者にもなれない。
だが、それは、この世に「自分」という存在が唯一無二のものであることの証でもある。
「私」を生きられるのは、私だけ。
他の誰かが私を支配しようとしても、私から「私」を奪うことはできないの。
「私」は、私だけの持ち物なのよ。
それって、めちゃくちゃ大事なことじゃない?
諸君は、他人から「自分」を奪われそうになったことがあるだろうか?
私には、ある。
何もかも自分の思いどおりにしなければ気の済まない専制君主のような前夫と暮らしていた頃のことだ。
彼については以前にも書いたが、今で言う典型的なモラハラ男であった。
だが、若くて愚かだった私は彼の才能に崇敬の念を抱いていたので、彼の前に自らの意志で膝を屈し、そのすべてを受け容れようと努力したのだ。
もちろん、疑念はたびたび抱きましたよ。
ワガママだし横暴だし、言動は矛盾だらけだ。
でも、逆らったら、半沢直樹並みの百倍返しが待っている。
彼は決して自分の非を認めず、思いどおりにならないことはすべて他人のせいに、なかんずく私のせいにすることで、そのエベレストより高いプライドを保っていた。
そして、私が言い返したり反抗したりすると、物を壊したり家に火をつけようとしたり仔猫を袋詰めにして投げ捨てたりと、予想を遥かに超える罰(要するに嫌がらせだが)を下すのだった。
その嫌がらせがあまりにも過激なので、私はすっかり疲弊し、彼の顔色を窺って機嫌を取ることしか考えなくなっていった。
まったくもって、見下げ果てた奴隷根性である。
唯々諾々と彼に従っていたあの頃の自分を、私は今でも許せない。
私は「私」を手放したのだ。
この世に唯一無二の「自分」を、何者にも代え難い「自分」を、他者に明け渡したのである。
これは、自分に対する最大の裏切り行為ではないか。
このままじゃ、私、自分を殺してしまうかもしれない……そんなふうに思い始めた時に、ハッと目が覚めた。
他人に追い詰められて自殺するなんて、どんだけ私はそいつに支配されてんだよ?
自分の命は自分で守るのが、自分に対する責任でしょ?
私は自分が嫌いだ。
だけど、だからって、自分を他人に明け渡すなんて真似はできない。
こんな自分でも、私にとってはかけがえのない、たったひとりの「自分」なのよ。
私が自分を大切にしなきゃ!
私が自分を守らなきゃ!
クソ! あんな男のせいで死んでたまるかーーっ!!!
こうして、私はヤケクソの勢いで立ち上がった。
離婚した時の晴れ晴れとした解放感は、今でも忘れられない。
暗いダンジョンから抜け出して、パアーッと晴れ渡った青空の下に飛び出し、燦々とした太陽の光を全身に浴びたような気分だったよ。
ああ、これで私は自由だ!
ようやく、自分のために生きられる!
だが、一度失われた「私」を取り戻すのは、容易ではなかった。
メタクソに踏み荒らされて草1本生えてなかった土地を耕し直し、そこで死にかけていた「私」に水と養分を与え、新たに育て直さなくてはならないのだ。
「私」が再び根を張り、枝を伸ばし花を咲かせて実を結ぶように。
そりゃね、今日明日では達成できない大変な作業ですよ。
でも、それが「私」に対する責任なんだ。
一度、他人に明け渡してしまった「私」に対する罪滅ぼしなのよ。
私の「買い物依存症」は、
「失われた『私』」の立て直し工事だった。
今にして思えば、それから数年後に突然勃発した狂ったようなブランド物買いも、「失われた『私』」の立て直し作業の一環だったのかもしれない。
私は、あの時にズタズタにされたプライドを、どうにかして取り戻したかったのよね。
ブランド物という鎧で身を固めることで、誰からも侵略されない「私」になろうとしたの。
人間には誰しも「自己防衛機能」が備わっているものだけど、その発現の仕方は人それぞれ。
私の場合は、それが「買い物」であり「ブランド物」だった。
これ以上ないほど地に堕ちた「私」というブランドを、既製の高級ブランド品を全身にまとうことで、底上げしようとしたんじゃないかな。
もちろんこれは専門医から言われたことではなく、私が自分で立てた推論だけど。
たぶん、あながち間違ってはいないと思う。
私、はっきり言って、精神科医は信じてないの。
自分のことは、自分で救う。
それには、自分についていっぱい考えなくちゃいけない。
でも、その作業が、今の「私」を造ってる。
親からの虐待とか、学校でのイジメとか、他人に自分を踏み荒らされた人たちは大勢いると思うのよ。
私のように、夫や恋人から支配されて、自分を見失う人もいるでしょう。
そういう人は、「自分」の立て直し作業に、残りの人生の大半を使うことになる。
でもね、それは決して無駄なことじゃないの。
自分を立て直す必要に迫られなかった人たちの人生に比べれば、きっと険しく苦しい道になってしまうけど、その代わり、自力で自分を立て直した人は強いわよー!
ちょっとやそっとじゃポッキリ折れない、不屈の「自分」を手に入れられるんだから。
人は、自分で「自分」を救えるのよ。
そのためにどんな愚行をやらかしても、そんなの全然いいの。
立て直し作業の途中で、ブロックをいくつか落っことしちゃった程度のミスよ。
せっかく積み上げてきたのに悔しいけど、おかげでもっと堅牢なブロックの積み方を考案できるってもんだわ。
そしてね、これだけは憶えておいて欲しい。
あなたを踏み荒らした誰かも、おそらく、それまでの人生で誰かに踏み荒らされた人々だってこと。
他者を支配したり虐待したりする人間は、自分のされたことをそのまま誰かにぶつけることで、かろうじて「自分」を保とうとしているの。
それもまた、彼らなりの「自分立て直し作業」なのよね。
でも、その方法は、一番の悪手。
だって、自分はもちろん、誰も幸せにしない手段だもの。
誰かに踏み荒らされたからって、他の誰かを踏み荒らしてたら、辺り一面の荒れ地になっちゃうわよ。
あなたは、絶対にそれをしちゃダメ。
そんな人間にならなかった自分を後々誇れるように、踏み荒らすことより育てることを考える人になってね。
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