Addiction Report (アディクションレポート)

「楽になれるかな?」と飲み明かす。次第に手足が震え、叫び出す〜存在を消したくなる夜を超えて(上)

 アルコール依存症の小林直人さん(57)。問題飲酒を繰り返した結果、通院や入院をした。しかし退院後に再飲酒し、止まらなくなった。そんな小林さんの断酒が続いている。そのきっかけは何だったのか。

「楽になれるかな?」と飲み明かす。次第に手足が震え、叫び出す〜存在を消したくなる夜を超えて(上)
アルコールを断酒して10年以上が断つ小林さん

公開日:2026/04/28 08:00

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 断酒をして10年が経つ小林直人さん(57)は現在、断酒会やAA(アルコホーリック・アノニマス)の活動やセミナーに参加したりしている。落ち着いた様子からは、かつて問題飲酒を繰り返し、アルコール依存症と診断されるような印象はない。酒量が増え、問題飲酒が繰り返されていた過去を振り返る。 

始まりは、どこにでもある飲酒から

 酒との出会いは中学時代だった。当時の少年たちによくある、背伸びをした好奇心だ。20歳で就職した。仕事終わりにビールや発泡酒を1本開ける、どこにでもいる普通の若者だった。

「習慣的に飲酒をするようになったのは学生時代ですが、この頃は家で350mlのビールを一本飲んだくらいです。外で記憶をなくしたことは数回ありました。でも、気がついたら家に帰っていました。どちらかといえば、記憶をなくした他の人を介抱する側でした。“やばい人(つぶれてしまうような人)”を面倒見ないといけないと思っていました。友達と飲みに行っても、酔っ払ってトイレから出てこない人を介抱するとか…」

 25歳になると一人暮らしを始めた。この頃から飲む酒の種類も、ビールだけでなく、日本酒、ジン、ウォッカ、ズブロッカなどと広がった。 

 「ウォッカやジン、ズブロッカは常に冷凍庫に入っていました。休みの日は、天気がいいとシャワーを浴びて、出てくるとキンキンに冷えたお酒を飲みました。ジンをそのまま飲みました。“シュワシュワしたい”というときは、ビールで割って飲むみたいな。結構、臭い酒が好きでしたね。泡盛とかも好きでしたし。芋焼酎とか。日本酒はでも一年中飲んでいました」

ウォッカやジン、ズブロッカを冷やして飲むのが好きだった(撮影:渋井哲也)

 短大生だった18歳の頃から付き合っていた女性と26歳で結婚する。人生の門出において、酒はまだ彼を苦しめるものではなかった。夫婦で穏やかな家庭を築き、仕事に励む。そんな当たり前の未来を、誰もが疑っていなかった。

「この頃、酒量が増えたということはなかった。24本のケースを買っても1ヶ月はもちました。妻とも一緒に晩酌をしていました」

27歳で過酷な労働環境と「寝酒」の変質

  転機は27歳の転職だった。建設関係の、営業から調査、見積もり、施工までを少人数でこなすハードな職場になった。責任感の強い小林さんは、連日のように会社へ泊まり込んだ。事務作業が処理しきれず、後輩の指導・育成も増えた。そうしていると、仕事がたまる。仕事のやり方に対する葛藤が生じていく。

 「事務作業が終わるのが深夜。興奮した脳が眠りを拒むんです。だから、職場の仲間と一杯やる。それがいつしか、眠るために流し込む『薬』になっていきました」

 週4日は会社に泊まり、残りの日は家に帰っても酒を飲む。いつしか酒量は、缶ビール1本から、度数の強いウィスキーや日本酒など、より強いものへ、より多い量へと変わっていった。30歳を過ぎる頃、酒はもはや楽しみではなく、明日を迎えるための「不可欠な燃料」になった。次第に手足が震え、叫ぶという症状が出ていた。趣味である読書も集中力がなくなっていった。

インタビューに応じる小林さん(撮影:渋井哲也)

「酒量が多いと自覚するのは、言われてもわかんないんですけど、飲んでも効かないなと思い出したのは35歳くらいだと思います。記憶をなくすまで飲んだりしました」

手元に現金。朝まで飲み明かす。夫婦喧嘩も

 この頃、給与は現金支給だった。そのため、手元に現金があった。

 「時給はすごく安いんですけど、月いっぱい働いているとお金はそれなりに出ます。30万円以上は出ていたかな。それでも土曜の夜から日曜の夜に帰るまでに半分使っちゃったりとか…。そのため、妻にクレジットカードを取り上げられてしまいました。そのため、ツケのきく店を作って、半年に何十万円の請求が来て、妻と喧嘩になったりしました。友人に払ってもらうときもありました」

 飲む街はほぼ決まっている。最初は会社の人と飲んでいたが、そのうち一人になっていた。ファミレスで飲酒し、コンビニでお酒を買って飲み、立ち飲み屋に入って行った。

 「自分でもおかしいとは気づいていました。でも、仕事が忙しいからだ、ストレスのせいだと自分に言い聞かせていたんです。酒のせいで仕事ができないのか、仕事が辛いから酒を飲むのか。その境界線が、もう自分でも分からなくなっていました」  

一時期の記憶が曖昧なことも(撮影:渋井哲也)

 飲むと記憶をなくす(ブラックアウト)ことが増えていた。気がつくと見知らぬ公園のベンチで横たわっていたり、駅のホームで駅員に起こされたりする。家庭内でも、酔って暴れることはなかったが、妻にタクシー代を払わせるような無責任な行動が常態化していった。

 「終電が過ぎて、近くの公園で寝たりしました。電車で寝過ごしていろんなところに行ってしまったことがあります。終着駅で降り、寝てベンチで寝ちゃったり、一人でラブホテルに泊まったりしました。この頃、楽になれるかな?と思って飲んでいました。現実逃避ですね」

(つづく)

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