興味本位で入ったホストクラブで人生二度目の有頂天を味わった瞬間、「ホス狂い」が始まった 「失われた私」を探して(4)
ホストクラブで燻っていた青年と出会い、「推し活」のように通う日々が始まります。2回目の来店で入れた「ピンドン」で再び蘇ったあの「どや感」は、何を埋めてくれたのでしょうか?
公開日:2024/06/22 02:00
連載名
「失われた私」を探して不遇のイケメンを前にして、不意に「推し活」魂が燃え上がる。
さて、絶世のイケメン「流星」なるホストをひと目見たくてホストクラブの店内に足を踏み入れた我々であったが、なんとその「流星」はまだ出勤していなかった!
当時は風営法が施行される前で、ホストクラブは日没から朝までぶっ続け営業。
売れっ子ホストは深夜過ぎてからの殿様出勤が常だったのである。
そんなこと知らずに席に着いた我々は目当てのホストがいなくてがっかりしたものの、しばらくすると次から次にやって来る若いホストたちに興味津々となっていった。
確かにイケメンが多い。
かわいい系やらクール系やらヤンキー系やら、多種多様なタイプが入れ替わり立ち替わりお喋りの相手をしてくれる。
いやぁ、眼福、眼福……と、初めてキャバクラに来たおっさんの気分であった。
そして、そんなホストたちの中にひとり、私のストライクゾーンど真ん中のホストがいたのである。
細面で顎が尖り、子鹿のように大きな瞳が印象的な男。
まるで少女漫画から抜け出して来たような端正な顔立ちだ。
ひと目で心を惹かれたが、喋ってみると何よりガツガツしてない感じが気に入った。
順位を訊くと、恥ずかしそうに笑って、
「え~、俺なんか全然ダメダメだよ。14位くらいかな」
「そうなの?こんなにイケメンなのに?」
「俺、器用じゃないからさ。色恋とかうまくできないし」
キャバクラに通うおっさんたちは、客あしらいに長けた熟練の美女よりも、どこかぎこちない素人くさい子を好むと言うが、そんなおっさんの気持ちがよくわかる。
こんな不器用そうな子なら自分を騙したりしないだろう、と勝手に思い込んでしまうのだ。
もちろん、幻想なのだが。
目の前の彼はちょっとシャイな感じで、髪型もスーツもいまいち洗練されてない。
とはいえ、素材がいいから、磨けばたちまち輝きを放ちそうだ。
それにしても、こんなに綺麗な子が14位に甘んじてるなんて、客の目は節穴なのか。
それとも、ホストの世界というのは、顔だけじゃやっていけない厳しいものなんだろうか。
そんなことを考えながらしみじみ彼を眺めているうちに、なんとかしてやりたいという気持ちがむくむくと湧き上がった。
よし、こいつをナンバーワンにしてやろうじゃないか!
恋愛感情というのとはちょっと違う、今で言う「推し活」気分だ。
目の前に不遇のイケメンがいて、私の助力でのし上がれるかもしれない可能性を秘めている。
ならば、やってやろうじゃないの!
この私の財力で!
って、じつは借金まみれだが(苦笑)。
初めてのピンドンで久々の「どや感」に酔いしれる。
その頃には、お目当てだった「流星」はどうでもよくなっていた。
既にナンバーワンの座にいるホストより、こういう原石を育て上げた方が遙かに手柄感を味わえて楽しいに決まってる。
2回目の来店で、初めてシャンパンを入れた。
ホストは私の職業も収入も知らない。
若いキャバ嬢や風俗嬢が大半を占めるこの店で、私のような40歳過ぎのおばさんはきわめて異色だ。
夜中に遊び歩いてるところを見ると主婦ではなさそうだが、勤め人ならたとえ役職付きでもその収入はタカが知れてる、と、心の中で値踏みしているのだろう。
普通の女がキャバ嬢や風俗嬢に叶うはずがないのである。
そこで彼は、私に一番安いシャンパンを勧めた。
「これでいいよ。無理しないでね」
途端に、私の負けず嫌い魂に火がついた。
はぁ!?無理だって!?誰に向かって言うとんじゃい!
「ううん、ピンドン入れるわ」
「え、いいの!?」
心の底から驚愕した様子の彼に、してやったりと微笑む。
あんたね、このおばちゃんをナメんじゃねーわよ!
毎月、シャネルやエルメスに何百万円も遣ってる女よ!
ピンドンの1本や2本、どーんと持って来んかーい!
シャンパンを入れると、ホストたちがわらわらと集まって来てシャンパンコールを始める。
これまた初めての体験で、テンション上がりまくった。
何これ!おもしれぇ!!!
横目で見ると、隣の担当ホストが嬉しそうに目を輝かせている。
よしよし、喜んでおるな!
おばちゃんの財力を見直したか!
はっきり言ってね、ここにいるキャバ嬢や風俗嬢より稼いでるんだよ、このおばちゃんは!
どや!恐れ入ったか!
こういう時の「ざまぁ見やがれ」感は、私にとって非常に馴染み深いものだった。
そう、初めてシャネルのコートを買ったあの時の「どや感」だ。
店員はふらりと入ってきた私に何の期待もしていなかった。
だから、私が60万円の革のコートをポンと買った時、表情こそ変えなかったが、内心大いに驚いたはずだ。
顧客でも何でもない初見の客なんてどうせ冷やかしだろうと思っていた相手が、いきなり高額の買い物をしたのだ。
「この人、何者!?」と思ったに違いない。
その胸中を想像すると、愉快な気持ちが風船みたいに膨れ上がり、思わず高笑いを放ちたくなる。
だが、何度も通ってすっかり常連客となった頃には、何を買っても店員は驚かなくなったし、私の「どや感」もどんどん薄れていった。
そして、より大きな「どや感」を味わうために、遣う金額がどんどんエスカレートしていったのだ。
なのに、どれだけ遣っても気持ちはどんどん冷めていくばかりで虚しくて……ああ、でも、こんな場所で久々に取り戻したわ、あの「どや感」を!
瀕死寸前で口をパクパクさせてた魚が海に飛び込んで思いっきり水を吸い込んだみたいに、私はみるみる自分が蘇るのを実感した。
これよ!これが欲しかったのよ、私は!
関連記事
失われた私を探して
コメント
そのくず夫さまは、今どうしているのだろう・・・
自分がくずくず って呼ばれていることを知っているのでしょうか。
そんな自分をどう受け容れているのか、あるいは全く受け容れていないのか。
うさぎさんに買ってもらったポルシェはもう売っちまったのかな?
気になります!
読ませるなあさすが
ホストクラブ、そんな気分になれるのか。私はチヤホヤされるの嫌いだから大丈夫。って思って私のような人が案外ハマると沼なのかも。
ホストクラブってホストとの
交流を楽しむものかと。
「自分がどれだけ有能なのか」
見せる場所なのかな?
わざわざお金払って!と思ってしまいました。
「どや感」、気持ちいいですね〜。。。「今に見てろ、私はのしあがってやるからな!」と周りを見返したい気持ちはいつでも私の中に潜んでいて厄介です。
中村うさぎさん、やっぱりやっぱりすごい!
そしてめちゃくちゃおもしろいー!!