Addiction Report (アディクションレポート)

この世からイジメがなくならないとしたら、 大人たちは何をしてあげればいいんだろう?「失われた私」を探して(35)

子供の頃にイジメを受けたのをきっかけに、人の心を分析する癖がついた私。それが私のサバイバル術だったけれど、依存症もそんなサバイバル術の一つなのかもしれない。

この世からイジメがなくならないとしたら、  大人たちは何をしてあげればいいんだろう?「失われた私」を探して(35)
撮影・黒羽政士

公開日:2025/10/05 02:00

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「失われた私」を探して

小学生の頃に遭ったイジメをきっかけに、私は他人の心に興味を抱いた。それが今の「私」を形作ってる。

私は他人の感情にひどく鈍感で、空気の読めない人間だ。

それは発達障害のせいかもしれないし、想像力の欠如の問題かもしれないが、周囲の人間にとってはかなりムカつく存在だっただろうと思う。

小学校の頃は、そんな私を嫌う女子グループから軽いイジメを受けていたけど、鈍感な私は後年に至るまで、それがイジメだと気づかなかった。

たとえば、ゴミ箱に靴を捨てられたことがあった。

私は当然、自分の靴を探しまくったわけだが、ゴミ箱でそれを発見した時は「あ、こんなとこにあったー」と思っただけで、誰がやったのかとか、どれほどの悪意がそこに籠められているかなど、まったく考えなかった。

体操着がなくなって、後日、踏みしだかれて靴痕だらけになったグシャグシャのそれを見つけた時も、誰かにやられたとか考えず、「なんでこんなことに?」と首を傾げただけだった。

我ながら、バカすぎる。

だけど当時の私は、そんな子供だったのだ。

ランドセルが消えた時などは、ランドセルの存在すら忘れて手ぶらで帰宅し、母親に「あんた、ランドセルは?」と訊かれて初めて気づいた。

急いで学校に戻って探し回ったところ、またしてもゴミ箱の中から出て来たので、それを背負ってまた帰宅した。

このケースでは、犯人がすぐわかった。

翌日、同じクラスの男子数人から「おまえ、昨日、ランドセル持たずに家に帰っただろ」と言われて頷いたら、「じつは俺たちが隠して掃除用具入れの中から覗いてたんだけど、おまえが探しもしないでそのまま帰っちゃったから、つまんなくて俺たちも帰ったんだ」と犯行を自白された。

まったく悪びれた様子がなかったので、おそらくこれは意地悪じゃなくてイタズラだったんだろうと受け取り、べつに傷つきもしなかったし腹も立たなかった。

ランドセルが男子の仕業だったので、靴も体操着も彼らのイタズラかと思っていた。

だが、そっちの犯人は女子だったらしい。

しかも、イタズラではなく、明確な悪意の産物だった。

彼女たちは何度嫌がらせをしても私が無反応なので痺れを切らし、ついに私を屋上に呼び出して取り囲むと、私がいかに不快な人間であるかを延々と並べて責め立て、ついに私を泣かせることに成功した。

そして、私の涙に味をしめたのか、その後も卒業するまで何度も執拗に私を体育館だのトイレだのに連れ出し、興奮のあまり唾を飛ばしながら激しく面罵するようになった。

担任の教師は知っていたはずなのに(見かねた他の女子たちが言いつけてくれたのだ)、完全スルーだった。

たぶん、私は教師にも嫌われていたのだろう。

今思えばイジメ案件だけど、当時の私は何も考えてなかった。

嫌だなぁと思ってはいたものの、学校を休むなどという発想もなく、普通に毎日登校していた。

さすがの鈍感力である。

ただ、この件がまったく私に影響を及ばさなかったかというと、そんなことはない。

他人の気持ちがわからない私は、それ以降、相手が心の底で何を考えているのかをいろいろと憶測するようになった。

親からは「人の顔色を窺う嫌な子」とたびたび叱責されたが、そうやって顔色を窺わないと相手の内面が読めないんだから仕方ないじゃないか。

高校生になると、人間の心理を知りたくてフロイトなどの本を読み始めた。

私を取り巻く人々の心も読み解きたかったし、自分の心にも興味があったのだ。

友人たちはどうして、突然、意地悪になるのか?

私はどうして、人から嫌われてしまうのか?

そもそも人間というのは、どんなふうに考え、どのように振る舞う生き物なのか?

「人の心」は、私にとって最大の関心事となった。

だって学校は、歴史や数式や英文法は教えてくれるけど、「人の心」は教えてくれないじゃない?

まるで、「そんなことは教えなくてもわかってるでしょ」と言わんばかりだ。

でも私にとって、もっとも切実なのは、「人の心の読み解き方」なんだよ!

みんなはどうやって、他人の心を読み解いてるの?

生きることは、サバイバル。

だからみんな、自分のサバイバル術を身につける。

依存症も、そのひとつなのかもしれない。

心理学の本を読んだり、人の顔色や言動を観察しているうちに、私の「憶測」癖は次第に「分析」癖に変わっていった。

人の気持ちがわからないので、理屈で答を導き出すしかないのだ。

この分析癖は、今の仕事に役立っていると思う。

が、日常生活においては相当にウザいものらしく、しばしば夫に「そうやって勝手に人を分析するのやめて!」と怒られる。

でも、やめられないんだよ。

だってこれ、発達障害の私が必死で編み出してきたスキルなんだもん!

みんなが容易に読める「空気」ってやつが、私には読めないの。

だから小学生の頃は、一部の女子たちから嫌われてしつこい嫌がらせを受けたし、先生からも守ってもらえなかった。

嫌われるのはもう仕方ないけど、イジメは事前に察知して回避したい。

そのために、私は他人の心を深読みする必要があったのよ!

どんなに大人たちが頑張っても、イジメはこの世からなくならない。

イジメの理由は様々で、容姿や貧富などの格差から生じるものもあれば、私のように発達障害のせいでコミュニケーションが取れずに嫌われて、本人にも理由がわからないまま攻撃対象になる場合もある。

イジメっ子たちに「人をイジメるな」と説教したところで、無駄だと思う。

彼らもまた家庭内では弱者で、冷遇されたり抑圧されたりしているのかもしれず、イジメはそんな彼らが編み出した処世術なのかもしれない。

こうなると、誰が加害者で誰が被害者なのか、辿っていくのは難しい。

加害者を罰する前に、加害者を救うべきなのだ。

子供は自分の生育環境の中で、良くも悪くも、生き抜く術を身につける。

弱いヤツやムカつくヤツを見つけて攻撃することが彼らの身につけたスキルなのだとしたら、おそらく彼らは生涯そうやって、誰かをイジメたりマウントしたりせずにはいられない人間として生きるんだろう。

それって、なんかとっても息苦しくて生きづらそうな人生だよね。

で、一方、イジメを受けた側も、それなりのスキルを模索する。

私の場合は分析癖だったけど、人によってはまた別のサバイバル術を編み出して、それが彼らの生き方のスタイルを形作るのだ。

人の顔色を読むのがうまくなってものすごい人タラシになるかもしれないし、逆に人と関わるのを避けて孤高の一匹狼になるかもしれない。

めっちゃ逃げ足の速いタイプになるかもしれないしね。

問題は、間違ったスキルを身につけてしまって、攻撃する側に転じるケース。

そう、被害者から加害者への逆転だ。

暴力犯罪を侵す者の中には、子供の頃に家庭内で虐待されていたり学校でイジメに遭っていたりする者が少なくない。

また、攻撃性が他人に向かず自分に向けられた場合は、自傷癖になったりもする。

アルコールやドラッグや摂食障害など、自分の身体を痛めつけるタイプの依存症も、ある種の自傷だと私は思っている。

そして、最悪のケースが「自殺」だ。

他人を傷つけるにしろ、自分を傷つけるにしろ、その人生はもっとも辛く苦しいものとなる。

できれば、そっちの道は選んでほしくないんだよ。

この世にはもっといろんなサバイバル術があるんだってことを、まだ若い時期に気づいてほしい。

あなたが思ってる以上に、選択肢は多いのよ。

どんな人間にとっても、生きることってサバイバルなんだと思う。

イジメる側も、イジメられる側も、それを見て見ぬふりをする人たちにとってもね。

子供の頃に覚えたサバイバル術は、その子の人生の行方を決定する。

あなたのサバイバルスキルは何?

それは、いつ、どうやって身につけた?

時には、自分の半生を振り返って、そんなことを考えてみてね。

もしかすると、新たな発見があるかもよ。

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コメント

7時間前
masae

私も学生時代、イジメにあった体験があります。私は、自分の居場所が欲しくて、優しそうな人、話しやすそうな人を見つけることが得意になりました。

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