私が本当に欲しかったのは「赦し」だったのかもしれない。 67年生きてきて、今、しみじみそう思う。 「失われた私」を探して(37)
買い物依存症、ホス狂い、美容整形、デリヘル体験など、数々の愚行を重ねてきた私。「どんな経験も糧になる」と言い続けてきたのは自己正当化なのだろうか? 私はそろそろ自分と仲直りがしたいのかもしれない。

公開日:2025/11/05 01:33
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「失われた私」を探してどんな失敗も愚行も糧になる。
そんなことを言い続けてる私は、自己正当化してるのかな?
私はいつもみんなに「無駄な経験はない」とか「失敗は人生の糧になる」とか繰り返し言ってるけど、それは正真正銘、私の心からの言葉だ。
依存症もホス狂いも美容整形もデリヘル経験も、モラハラ男との結婚&離婚もゲイとの二度目の結婚も、どれもこれも今の「私」を形作る重要なファクターだと本気で思ってる。
だって、自分の身体と心で経験してみなきゃわからないことって、いっぱいあるでしょ?
取り返しのつかない失敗なんて、じつのところ、そんなにないと思うんだ。
人の命を奪わない限り、ね。
だから、この連載でも、失敗を恐れて立ち竦んでる人たちに、「大丈夫。失敗しても何とかなるし、むしろ失敗はあなたを豊かにするよ」と言いたいの。
だけど、先日、ふと考えた。
もしかして私は、自分の半生を正当化しようとしてるんじゃないか?
多くの失敗を重ねてきたけど、それを単なる失敗と認めたくなくて、「人生の糧」だなんて美化してるんじゃない?
だとしたら、私はとんでもない自己欺瞞を働いてることになる。
真剣に読んでくださってる読者の皆さんに申し訳ないじゃないか!
で、ここ数日、脳ミソを雑巾みたいにぎゅうぎゅう絞って考え続けたんだけど……残念ながら、これって自分では検証できない難問なんだ。
何故なら「自己欺瞞」って無自覚なものだからね。
自覚できないものは検証しようがないし、いくら考えても答が出ない。
そこで、答を出すのを諦めて、別の方向から自分を見つめ直すことにした。
もしも私が無自覚に自分の生きてきた道を正当化してるんだとしたら、それはいったい何故なのか?
もちろん、自分の人生が間違ってて何の価値もなかったなんて、誰だって思いたくない。
だから私も、少しでも人生に価値や意味を見出したくて、こんなみっともない欺瞞を無意識にやってるのかもしれない。
ま、それは大いにあり得るでしょう。
ただ不思議なのは、私が今まで徹底して自分ツッコミをしながら、恥さらしエッセイを書き続けてきた事実だ。
そんなに自分の人生を美化したいんなら、わざわざ自虐的なエッセイなんて書く必要ある?
うーん、我ながら意味不明だ。
私にとって「自分ツッコミ」は快感だったのに、急にそれが嫌になって、逆に自分を撫で撫で(←気持ち悪っ!)したくなっちゃったの?
だとしたら、その心境の変化の理由は?
で、不意に思ったんですよ。
ああ、ひょっとして私は、自分と仲直りしたいのかなぁ、と。
今まで、自分の愚かさやみっともなさを暴露して、さんざん笑いものにしてきたけど、この歳(来年の2月でもう68歳だよ!)になって、そんな自分を赦してやりたくなったのかもしれない。
死が近づくと、人はそうやって、「赦し」の時期に入るんじゃないか?
よく、「年を取って丸くなった」なんて言われる人たちがいるよね?
私も周囲から「以前より少し丸くなったんじゃない?」なんて言われることあるよ。
でも、どうして人は、年を取ると丸くなるんだろう?
いろいろ経験を積んで、多様性を学び、他者に対する理解が深まるから?
いや、そんな徳の高い話じゃないと思うよ。
実際、「丸くなった」なんて言われる私だけど、相変わらず他人の気持ちがわからないし、ひどく狭量なままだもん。
私は悟りの境地になんか達してない。
たぶん死ぬまで愚かで未熟なままだ。
それよりも私は、自分と喧嘩することに疲れたんじゃないだろうか。
愚かな自分をせせら笑い、晒し上げて指差して、「ほら、こんなバカな女がここにいますよー」とやって来たけど、もういい加減、そんなことしてる自分にも飽きちゃったんだ。
そろそろ、自分と仲直りしたい。
「ま、バカだけど、よくやったよ」と、ねぎらってやりたい。
だって、死は刻々と迫ってる。
自分と喧嘩したまま人生を終えるよりも、自分を赦して肯定して、心安らかに幕を下ろしたいじゃないか。
最後の最後は、死にゆく自分の手を優しく握ってあげたいんだよ。
そんな心理が働いて、人は老いると自然に「赦し」へと心がするする流れていくのかもしれない。
ああ、そうなんだ、きっと。
愛とか金とか美貌とか、いろんなものを欲しがってきたけどさ、結局、私が一番欲しかったのは「赦されること」だったんだよなぁ。
自分も他人も赦せない。
だから、どんどん苦しくなる。
でも、いつか、すべてを赦せる日が来ればいいね。
キリスト教で育った私は、「人を赦せ」と教えられた。
でも「人を赦す」って、めちゃくちゃ難しいよね。
私を傷つけた人たちを、私はなかなか赦せない。
でも、自分だって同じように、たくさんの人を傷つけて生きてきた。
他者の中で生きている限り摩擦や競争は生じるし、誰も傷つけずに生きることなんか、ほぼ不可能だよ。
愚かな人を嘲笑い、醜い人に優越感を抱き、そうやって他者を踏みつけて生きてきたという自覚が私にはある。
だから、せめてもの罪滅ぼしに、私は己の愚かさや醜さをネタにして嗤うことにした。
なんかさ、それで「おあいこ」になった気がしたんだよね。
でも、もちろん、そんなの罪滅ぼしになんかならない。
私に傷つけられた人たちは、未だに私を赦してないだろう。
それはよくわかってたんだ。
だから、私も自分を赦さない。
赦しちゃいけない気がする。
他人からツッコまれる前に自分で自分にツッコみ、「わかってますよ。私はダメな人間です。生まれてすみません」と言い訳しながら生きてきたんだ。
私は私を赦さないから、それに免じて赦してちょうだい、と。
それが、私の芸風であり、生き方だった。
だけど、そんな生き方がしんどくなって来たんだねぇ。
私は私を赦したくなった。
それで、「いろいろバカをやってきたけど、それもすべて糧になったじゃないか」と、自分に言ってやりたくなったんだ。
そしたら、すうっと気が楽になったよ。
だってさ、この自虐スタイルは、私なりの「必死の処世術」だったんだ。
ままならないこの世界を、なんとか平気な顔で生き延びていくためのね。
私だけじゃないよ、誰もがそれぞれ必死に生き抜こうと、自分なりの処世術を編み出してる。
他人を寄せつけない生き方を選んだり、他人に媚びて生きる術を身につけたり。
嘘で固めた派手な虚飾ライフを送る人もいれば、目立たないようひたすら地味に無難に周囲に溶け込む擬態に長けた人もいる。
やり方は千差万別だけど、ただ共通してるのは、みんな、そんな自分を赦せなくて苦しんでる、ということ。
必死で生きてるだけなのに、罪悪感や自己嫌悪に囚われて、どんどん息ができなくなっていく。
でもね、いつか自分を赦せる時が来る、と、私は言いたい。
自分を赦してあげないと、人を赦すこともできないんだ。
私は年を取って自分を赦す方向に舵取りしたわけだけど、そうすることで他人にも少しだけ(本当にちょびっとだけ、なんだけどね)寛容になりつつある。
嘘ばかりついてるあの人も、他人に対して攻撃的だったり否定的だったりするあの人も、みんな、ただ必死で生きてるだけなんだな、と思えるようになったから。
私たち、いじらしいじゃないか。
望んで生まれて来たわけでもないのにさ、それでも工夫を凝らして、なんとか幸せになろうとしてるんだよ。
正しい方法じゃないかもしれない。
だけど、正しく生きる必要なんかないんだ。
私たちに必要なのは、正しさよりも、優しさだよ。
自分を赦し、他人を赦す優しさなんだ、きっとね。
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