「あなたは何でもお金で解決しようとする人だから」 あの日、夫に言われた言葉が、今も私の心に突き刺さってる。「失われた私」を探して(38)
気前よく人にお金を使っては、気持ちよくなっていた私。ある日、夫の言葉で、金で人の関心を買おうとしていたことに気づく。性的な振る舞いで人と繋がろうとしていたあの子も、もしかしたら私と同様、寂しくて不器用なだけだったのかもしれない。

公開日:2025/11/20 02:19
連載名
「失われた私」を探して気前よくお金を遣えば、みんなが笑顔になってくれた。
それが本物の笑顔じゃなくても、私は気持ちよかったの。
ホスト沼にハマっていた頃、夫に対する罪悪感から、頼まれもしないのにブランド物の時計や鞄を買ってはプレゼントしていた。
すると、ある日、夫からこんなことを言われたの。
「あなたは何でもお金で解決しようとする人だから」
え、そんなつもりじゃないよ……と、反論しようとして口を開けたけど、なんだか喉がぎゅっと詰まって何も言い返せなかった。
そんなつもりじゃなかった。
そもそも何でも金で解決できるなんて、私、思ってないわ。
でも、もしかしたら、夫の言うとおりなのかもしれない。
ホストに好かれたくて湯水のごとくお金を遣い、夫の機嫌を取るために高価なブランド物をプレゼントし、友人たちを喜ばせようと食事や酒を奢ったりしてる私は、確かに人の心を金で買おうとしているのかも。
うわぁ、さもしい女だ。
いつの間に、こんな女になっちゃったんだろう?
お金がなかった若い頃は、友達とも彼氏とも基本的に割り勘で遊んでいた。
男に金を払わせるのは好きじゃなかった。
なんか申し訳ない気もするし、金でマウントされるのも嫌だったの。
割り勘こそ対等、と思ってたわ。
金で歓心を買おうとする癖がついたのは、やっぱりあの時からね。
そう、「買い物依存症」になった、あの頃よ。
ブランド物のブティックで大金を遣うと、店員が嬉しそうに微笑んでくれる。
顔馴染みの顧客になると特別扱いをしてくれて、それがまた気持ちよかった。
自分が大物になったような気がしたんだよ。
そう、あれはまさに金でマウントする快感だった。
自分が貧乏だった頃は金でマウントされるのを嫌っていたのに、お金を持つ側に立った途端、もっとも軽蔑していたその行為に味をしめたってわけ。
もちろん、当時はそれをマウントだなんて自覚してなかった。
みんなが喜んでくれるからお金を遣うの、と自分では思ってたけど、ずっと傍で私を見ていた夫は見抜いてたんだろう。
「あなたは何でもお金で解決しようとする人だから」
彼は私からプレゼントを貰うたび、喜ぶどころか、マウントされてる屈辱感を味わっていたのね。
「ほら、カルティエの時計をやるから、私のすることに文句言わないで」と言わんばかりの高飛車なご機嫌取りに、彼はひどく傷ついていたのかもしれない。
時計なんか欲しくない、わたしはあなたに対等に扱って欲しいのよ、と。
ああ、本当に恥ずかしい。
そんな当たり前の気持ちにも気づけない、自分の愚鈍さと傲慢さが。
「貧すれば鈍する」という言葉があるけど、どうやら金を持ったら持ったで、人は別の形で鈍するようだ。
金がなくても心は濁り、金があっても心は腐る。
貧しい時は金持ちを妬んで卑屈になり、金を手に入れたら周りの人間を見下して傷つけた。
なんだ、金があってもなくても、どっちみち私の心は汚れてるんじゃん。
悪いのは金じゃない、私自身の卑しい品性だ。
でも、ひとつ言わせて。
あの頃の私は、本当に愛されたかったの。
金で愛が買えるとは思ってなかったけど、金を遣えばみんなが寄ってきてくれる。
たとえそれが偽りでも、私は笑顔に囲まれていたかった。
それくらい、私は寂しかったのよ。
お金で繋がろうとする私、性的関係で繋がろうとする彼女。
どちらも間違えてるけど、私たちはそれしか知らなかった。
私の場合はお金だったけど、別の手段で愛されようとする女たちもいる。
知り合いに、なんかやたら誘惑的に振る舞う女の子がいた。
膝に手を置いたり、しなだれかかったり。
面白いことに、相手が男だろうと女だろうと、そうやってボディタッチをしてくるの。
何なんだろう、この子は……と、ずっと不思議に思ってたわ。
男はともかく、女にそんなことしたって、何の利益もないじゃない?
いったい何の戦略なんだろう?
その後、何度か一緒に飲んだり遊んだりしてるうちに、だんだんわかってきた。
そうか、彼女はこうやって誘惑的に振る舞うことでしか、他者とコミュニケーションが取れないんだな、って。
人と繋がる方法を、それしか知らないのよ。
だから、仲良くしたい女友達に対しても、同じ手を使っちゃうの。
愛されたい、受け容れられたい、という気持ちを表現しようとすると、何故か性的な匂いのする行動を取ってしまう。
べつに誘ってるつもりはないのよ。
ただ犬が尻尾を振るように、親愛の情を示してるだけ。
だけど、それを理解する人はほとんどいなかった。
彼女は美人だったし、そんなふうに色っぽい態度を取るから、男たちにはよくモテてたわ。
でも、相手を勘違いさせちゃってトラブルに見舞われることも多かったし、暴力を振るわれることもたびたびあったみたい。
男たちは最初の頃こそチヤホヤするものの、すぐに彼女を傷つけ虐げるようになるの。
私の目には、かなり不当な扱いを受けているように見えた。
彼女にはちゃんと価値があるのに、それを認めてもらえない。
男たちからは雑にあしらわれ、同性からも嫌われる。
誰よりも愛を必要として求めているのに、誰からも大事にされなくて、なんだか切ない気分になったわ。
彼女と私はまったく別のタイプだったけど、根っこの部分では恐ろしいほど似たもの同士だった。
2人とも他者との繋がり方を知らない。
愛され方がわからないの。
私は金で繋がろうとし、彼女は性的魅力で繋がろうとする。
でも、どちらも歪なアプローチだから、結局は誰とも繋がれず、それでも不器用な手を伸ばして求め続けるのよ。
決して手に入らない他者の心を。
私たちはどこでどう間違って、こんな見当外れの求愛行動を覚えてしまったんだろう?
彼女の生い立ちや家庭環境は知らないけど、私は特に酷い虐待を受けたわけでもないし、父親はともかく母親は普通に愛してくれたと思ってる。
そりゃ至らないところはあっただろうけど、どんな人の親だって完璧じゃないでしょ?
それに、そもそも「正しい関係の作り方」なんて存在するの?
みんな手探りで人間関係を学び、自己流でやってるんじゃない?
だから、自分では正常なつもりでも、独自の歪みや偏りがあるかもしれない。
いや、絶対にあると思うの。
たとえば他者との距離感がうまく取れてない人って結構いる。
妙に馴れ馴れしかったり、逆にいつまで経っても他人行儀だったり。
私のようにズケズケ本音を言い過ぎる人もいれば、まったく本音を言わないから何考えてるのか全然わからない人もいる。
適切な距離感なんて相手によって違うだろうし、正解なんてないのよね。
そう、「正しい関係の作り方」なんて、たぶん存在しないんだわ。
私たちは間違えながら、失敗しながら、そのたびに軌道修正して自己流の人間関係を作り上げていくしかないの。
間違えるたびに、失敗するたびに傷つきながら。
それはとても痛みを伴う作業だけど、避けて通れない成長痛なのね。
あなたがうまく他者と繋がれないのは、あなたのせいでも相手のせいでもないのかもしれない。
たぶん、私たちは基本的に独りぼっちな生き物なのよ。
うまくやってるように見える人も、きっとその胸の奥底に凍える寒さを抱えてる。
でもその「寒さ」こそが、私たちを人間たらしめているのかもしれないね。
だって他の生き物たちは、孤独の痛みなんて知らないから。
孤独を痛みと感じる人間だけが、他者の痛みを理解し寄り添える優しさを持てるのよ。
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