それはまだ「色恋」ではなく「戦闘」だった。 ホスト沼にハマった私の意地と矜持の代理戦争とは。 「失われた私」を探して(5)
ホストクラブでの豪遊はホストに好かれるためではない? 自分の推しのホストをナンバーワンにしようとする戦いは、実は自分の代理戦争だったことに気づきました。
公開日:2024/07/05 02:00
連載名
「失われた私」を探していざ出陣!推しホストをナンバーワンにするための熾烈な戦いが幕を上げる
ホストクラブで初めて入れたシャンパンが、思いも寄らず、初めてシャネルを買ったあの時の興奮と高揚を蘇らせてくれた。
こうなったら、誰も私を止められない。
借金まみれで水道止められても、ぎんぎんに着飾ってシャネルの受注会に行くような女なのだ。
そう、あれはショッピングというより「出陣」だった。
今日、全財産を使い果たして討死するかもしれない。
家を出る前に、そんな想いが胸をよぎる。
だけど、ここでおめおめと引き下がるわけにはいかないのよ!
たとえこれが最期の日になろうとも、私は鬨の声を上げながら敵陣に突っ込むの!
ああ、命を懸けた戦いが始まる!
血湧き肉躍り、アドレナリンが駆け巡る。
破滅と背中合わせだからこそ、私はこんなに高揚するのよ!
自分の身銭じゃなかったら、私はたぶん買い物依存症なんかになってない。
ホストクラブでの豪遊も、これとまったく同じであった。
まず、今日いくら遣う羽目になるのか、皆目見当がつかない。
ホストクラブでもシャネルの受注会でも、あらかじめ予算なんか決めていても何の意味もないのである。
すべては、ホストあるいは店員の遣り口と私の気分次第。
そして、この予算なき散財は常に破滅の危機を孕んでおり、私にかかるプレッシャーは甚大だ。
だからこそ、私は家を出るたびに背水の陣の武将のごとく腹を括らねばならず、その決死の覚悟が脳内麻薬の分泌を促して、全身が粟立つような緊張と興奮に満たされるのだった。
そう、私は戦闘に飢えたバーサーカー。
身体を張ったギリギリ勝負に酩酊する猛獣だ。
安寧な日常なんかに興味はない。
毎日が生きるか死ぬかの博打じゃないと、心が躍動しない生き物なのよ!
そういう意味では、ホストクラブはまさにわかりやすく「戦場」であった。
何しろ月末には、自分の担当ホストの売り上げと順位が決まる熾烈なシャンパン合戦が繰り広げられるのだ。
月末の営業最終日、各ホストたちに召喚された太客たちが店内を埋め尽くす。
どのテーブルにも高価なブランデーのボトルがずらずらと並び、まるで陣を守る砲台のようにこちらに銃口を向けている。
ボトルの砲台の後ろには、戦いに備えて目をぎらつかせている各武将たち。
ホストはその隣に座り、副将のごとく何やら耳打ちをしている。
やがて、ひとりの武将がおもむろに手を挙げると、
「はい!○○テーブル、ピンドン入りましたー!」
場内アナウンスの声が戦太鼓のごとく轟き、いよいよ決戦の火蓋が切られる。
さあ、負けてはいられない。
頭にどどどーーっと血が昇る。
ピンドンがなんぼのもんじゃい!こっちはクリスタルじゃー!
あと、おいくらでナンバーワン?100万円のリシャールを入れた決戦の夜
あちこちで鬨の声のようにシャンパンコールが響き渡り、ホストたちが店内を縦横に駆け巡る。
その喧噪の中、私と担当ホストはひそひそと戦術を練る。
「今、どんな感じ?」
「んーとね、さっき頼朝さん(ナンバー2ホスト)のお客さんがリシャール入れたから、ちょっと引き離されちゃった感じかなぁ」
「うちもリシャール入れれば、差が縮まるの?」
「えっ、そりゃ嬉しいけど……大丈夫?」
「大丈夫よ。ていうか、リシャールっていくらすんの?」
「えっと、100万円……かな?」
「!!!!」
嘘だろ、おい! それってほんとに酒の値段か!?
今まで新宿2丁目で安い焼酎を飲んでいた私は、そのとてつもない金額に飛び上がる。
シャネルに換算すれば、革のコート+ワンピースくらいだろうか。
服ならまだしも、ブランデーなんて飲んでしまえばオシッコになるだけの代物。
そんなものに100万円も払うなんて、正気の沙汰とは思えない。
が、私はここに酒を飲みに来たわけではないのだ。
ホストを介した戦いの場に臨んでいるのである。
勝つためならば、100万円だろうが200万円だろうが覚悟の上だ。
いや、金額が大きければ大きいほど、こっちの闘争心も爆上がりするというもの。
「いいわ!リシャール持ってきて!」
「うわぁ、ありがとう!」
さあ、どうだ、頼朝!こっちは相討ち覚悟で大砲ぶっ放したぞ!おまえはどう出る?
「頑張ってるねぇ」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、件の頼朝がにやにやしながら立っていた。
「リシャールなんか入れちゃってさ。驚いたよ」
「ふふ、ナンバーワン狙ってるからね、こっちは」
「いいねぇ。取れるもんなら取ってごらん」
敵将とのこのような応酬もまた、ホストクラブでの戦闘の愉しみ。
まぁ、向こうとしてはナンバー争いに勝とうが負けようが店の売り上げが伸びるだけだから、こうした煽りも接客術のひとつなのだろう。
それがわかっていても、ナンバー2を張る上位ホストがわざわざ下位ホストの席に来て挨拶したという事実に虚栄心が満たされ、誇らしい気分で胸がいっぱいになる。
どうよ、うちの子?あんたに負けないくらい、いい男でしょ?
これ磨き上げたの、私だから!スーツだってドルガバなんだからね!
この手柄感を、何に例えれば適切なのだろうか?
劣等生だった自分の息子に鞭を入れて、ようやく東大に入れたような気分?
子供のいない私にはわからないけど、世間のママたちはこのドヤ感欲しさに、我が子を過酷な受験戦争に駆り立てるのかもしれない。
口では子供のためとか言ってるけど、自分のためでしょ、結局は。
私も、ホストのためと言いながら、じつは自分のために戦っている。
本当は自分がナンバーワンを取りたいのに、生憎、私にはそんな才能も実力もない。
ラノベ時代もいいとこまで行ったけど、結局、ナンバーワンは一度も取れなかった。
ましてやエッセイストになってからは、ベストセラーなんて夢のまた夢。
そんな私が、ホストという格好の触媒を見つけ、ここで世にもわかりやすい代理戦争をしているのだ。
「江戸の仇を長崎で」という言葉があるが、まさに仕事の仇をホストで取り返しているわけである。
果たせなかった夢を我が子に託す親っているじゃない?
あれと一緒よ。これは私のリベンジなのよ。
だから、もっとゴージャスな夢を見させてよ。
ままならない人生の埋め合わせができるんなら、札束をいくつ積み上げたって安いものだわ。
こうして、一夜のうちにぱあっと数百万という金が散っていったが、私のホストはついぞナンバーワンにはなれなかった。
しかもその間、家でおとなしく待っていた夫がどれだけ辛い夜を過ごしていたのか、私は知る由もなかったのである。
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コメント
「江戸の仇を長崎で」が「仕事の仇をホストで」に、まさに代理戦争。
チキンな私には到底まねできないことだから、恐々、指の隙間から覗いている感じ。
自分に自信がない、という出発点は一緒なのに、人の行動は大きく違っていく、それがとても興味深い。
またまた気になる終わり方。
なにが起こっているのかわからないけれど、失礼ながらも中村うさぎさんの夫さま、心中お察し申し上げます、と伝えたい。