ホストとの終幕は、とんでもない騒動に! そして、私が新たに見つけた道標とは? 「失われた私」を探して(9)
正月の番組でホストの色恋営業を暴露した私。すっぱり別れて、次に夢中になったのは......。
公開日:2024/09/05 02:00
連載名
「失われた私」を探してトーク番組で予想外の質問を喰らってうろたえた。「あんた、ホストとセックスしたの?」
それは正月(確か、1月2日)に放映される予定の番組だった。
おすぎがMCを務めるトーク番組で、私はゲスト。
私の買い物依存やホス狂いについて話す、というテーマだけは聞いていたが、質問の内容などの詳細は台本に記されていない。
要は行き当たりばったりというか、おすぎの裁量に任せて流れのままに喋ってね、といった感じの番組なのであった。
しかしまぁ、家族揃って観るような正月番組だし、どぎつい話になるはずがない、と、私は内心でタカを括っていた。
だって、正月番組だよ?
お子様も老人も観てるんだよ?
ところが!
トークの途中でいきなり、おすぎが突っ込んだ質問をしてきたのだ。
「ねぇ、あんた、ホストに何千万円も注ぎ込んでさー、その男と一度でもセックスしたの?」
「えっ!?!?!?」
いやぁ、びっくりした。
まさか、こんな直球の質問が不意討ちで来るとは!
一瞬絶句し、どう答えるべきかと逡巡した。
どうしよう、私は嘘をつくのが何より苦手なのだ。
TV番組でも雑誌のインタビューでも、嘘をついたことは一度もない。
でも、ここで本当のことを言っちゃっていいのか?
ホストの顔が脳裏を横切る。
「誰にも言わないでね」と言った時の、あの真剣な顔。
そして私は「言わないよ」と確かに約束したのだ。
約束を守るべきか、ホストを裏切るべきか……。
だが、次の瞬間、私の心は決まった。
あの掲示板の書き込みを思い出したからだ。
パソコンの画面を埋め尽くした、あの「黒」「黒」「黒」の文字。
女たちの悲しみと怒りの声。
彼は何人もの女たちに同じように口止めし、「おまえだけだよ」と嘘をつき、欺いてきたんじゃないか。
そうだ、あいつのせいで何人の女が苦しんだことか。
そんな男に義理立てする必要があるか?
ないよ、絶対にない!
ええ、ぶちまけてあげますとも!
客たちに詰め寄られて、せいぜい冷や汗かくといいわ!
というわけで、私は正直に答えた。
「ええ、しましたよ。2000万円くらい遣って4回くらいセックスしたから、1回500万円のエッチですね。あはははは!」
そして、人々がお祝い気分でお雑煮なんぞ食ってる最中に、その言葉が全国放送でお茶の間に流れたのだった。
さぁ、大変!
正月早々、ホストが家に乗り込んできて、警察を呼ぶ騒ぎに発展する。
放映直後、さっそくホストから電話がかかってきた。
家電が、携帯が、立て続けに鳴り続ける。
留守電に切り替わるたびに、ホストの怒声が部屋に響き渡った。
「もしもし、どういうことだよ?」
「ちょっと話がある。電話出て」
「おい、何してんだよ、電話出ろっ!」
どうやら、客からの苦情が殺到して慌てているようだ。
ざまあみろ、である。
ほくそ笑みつつ電話を無視していると、今度はインターホンが鳴り始めた。
とうとう家まで押しかけてきたらしい。
しまいにはマンションのオートロックのドアをドンドン叩いて怒鳴り散らしてくる。
「おい! 出て来―い!」
さすがに迷惑なので、警察に電話をかけた。
「もしもし、ドアを叩いて怒鳴ってる人がいて怖いんですけど-」
「わかりました。住所をお願いします」
通報を受けてやって来た警官と一緒に、マンションの外に出た。
マンションの前に車を止めて、ホストは私の携帯に電話をかけている最中だった。
私を見るや、
「てめぇ!ふざけんなよ!」
身を乗り出して凄んでくる。
ものすごい剣幕だが、怒っている顔も美しかった。
そこには感心したものの、もはや恋心は冷めていたので、その顔に心を動かされることはない。
むしろ、喚いている彼を眺めながら、バカだなぁと呆れていた。
制服の警官がいる前でそんなに激昂してギャンギャン吠えてたら、自分が不利になるばかりだよ?
そんなこともわからないのか?
「あのー、近所迷惑なんで、騒ぐのやめてもらえますかー?」
ほとほと困り果てた、といった口調でそう宥めると、ホストは私が萎縮したと見てますます居丈高になり、
「はあっ!?何だよ、ビビってんのか、てめぇ!?」
「当たり前じゃないですか。なんかヤクザとか連れて来ちゃいそうな勢いだしー」
「へぇ、ヤクザ怖いのか。連れて来てやるよ、いくらでも。俺はヤクザに顔きくんだからな!」
「おまわりさん、聞きましたぁ?」
傍らで待機している警官を振り返り、私は殊更に被害者ヅラして訴えた。
「この人、今、ヤクザ連れて来るって脅しましたよね?ほんと、こういうの怖いんですけど-」
「君、帰りなさい」
警官が車の中を覗き込み、ホストに命じた。
「おとなしく帰らないと、署まで連行して調書取りますよ」
ホストは口の中で何やら毒づくと、車を急発進させて猛スピードで去って行った。
やれやれ。
遠ざかる車のバックランプを見送りながら、私は薄笑いを浮かべていたと思う。
親の仇でも討ったような爽快感だった。
バカめ、身の程知らずがこんなとこまでのこのこ押しかけやがって、尻尾を巻いて逃げるがいいわ、と。
我ながら、じつに性格の悪い女である。
だけど、これくらいやらなきゃ気が済まなかったのよ!
ほんとは逮捕されて欲しいくらいだったわ。
正月早々、拘置所の冷たい床で体育座りしてればいいのに。
ま、そんなわけで、この一件により、ホストとの関係はすっぱりと切れたのであった。
ホス狂いからようやく脱け出し、新たな転機が訪れる。それは「美容整形」であった。
私がホストに見切りをつけられたのは例の掲示板のおかげであるが、それより少し前に、ひとつの重要な出会いがあった。
「美容整形」である。
雑誌の対談で美容整形外科医と意気投合し、当時話題になっていた「プチ整形」に挑戦したのだ。
昔からずっと、自分の丸顔が大嫌いだった。
顎先の尖ったシャープな輪郭の顔に憧れていた。
でも顔の輪郭なんて、エラの骨でも削らない限り変えようがないと思っていたのだ。
いくら美しくなりたくても、さすがに骨を削るのは痛そうだし怖い。
ところが、顔の輪郭なんて注射1本で変えられるのだと聞いて、目からウロコが100枚くらい剥がれ落ちた。
エラにボトックス注射を打ち、顎先にヒアルロン酸を注入するだけだという。
なんだ、そんな簡単なことだったのか。
注射なら全然怖くないや。
そう思って、さっそくエラボトックスとヒアルロン酸注射に挑戦した。
初めて顎先にヒアルロン酸注射を打った日のことを、私は一生忘れない。
少女漫画のヒロインみたいにツンと尖った顎を鏡で見ながら、私は周囲にこう宣言したのだ。
「私、もう春樹(←例のホストの名だ)いらないわ!」
私がいかにホストに入れ揚げているかよく知っていた友人たちは、それを聞いて大いに驚いたらしい。
そう、確かに春樹は顎の尖ったシュッと細い顔をしていた。
私はその顔に憧れ、恋い焦がれていたのだ。
だが、自分の顎が尖った途端、春樹への関心が一気に薄れた。
これはいったい、どういうことなのか。
そもそも私が彼に惹かれたのは、その美貌である。
彼は私が欲しくてたまらない「美貌」という宝を持っていて、その宝は私にとって一生手の届かない高嶺の花だった。
シャネルもエルメスも手に入ったけど、美貌だけは手に入らなかったのだ。
だから、自分が宝を手にすることは諦めて、代わりに宝の持ち主である彼を手に入れたがったのである。
まぁ、これは、ホストに惚れた時から自分でも薄々わかってはいた。
が、こうして整形をしてみると、要するに私にとっての「美貌」とは「顎」であり、ホストは「顎」の代用品だったのだ、と気づいたわけだ。
それが「もう春樹いらない」発言の真意である。
くだらねぇ!
「幽霊の正体見たり、枯れススキ」という言葉があるが、私の場合、「狂恋の正体見たり、尖り顎」だ。
こうして、私は自分が本当に欲しいものの核心に、また一歩近づいたのであった。
最初はブランド物、次はホスト、そして最後に美容整形。
ここから、私の新しい冒険が始まった。
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コメント
読んでいて、すごい!カッケー!の連続でした。
そして、「到底自分が得られないものを持っている人を手に入れたかった」のだと、ホストとの恋に入れ込んだ真意に気づく聡明さ。
分析できる頭脳がゆえの「結局は私もこんなものか」という失望が、「いいやこんなとこで終われるか」という原動力にも、依存する心にも繋がっている感じがしました。
次回も楽しみです!
あ〜面白かった、楽しかった。
たくさん笑わせてもらって有り難う。うさぎさんの文章力最高!!
うさぎさんの個性、知性、行動力に満感のエールを送ります。
最新回、待ち焦がれていました。
そして笑いが止まりませんでした!
年始早々のサプライズ、ここで突如披露されるホストの名前、顎、そして最後の句(?)!
読み手の心を決して離さないなぁ〜かっこいい文章だなぁと思って読んでました。