ホスト通いが呼んだ結婚生活の危機!? 夫の予想外の反応に戸惑いながら、「結婚とは何か?」を考えた夜 「失われた私」を探して(6)
ホストクラブに通い詰めていたある日、ゲイの夫にかけられた一言で中村うさぎさんはハッとします。それでも止められなくて......。
公開日:2024/07/23 02:00
連載名
「失われた私」を探して「ワタシはもう必要ないの?」……夫が漏らした言葉に胸を衝かれて立ち止まる
私がホストクラブでナンバーワン争いに興じている間、夫はいつもひとりで家にいた。
前にも言ったとおり、彼はゲイだし、私たち夫婦の間に恋愛や性的関係は一切ない。
私は私で自由にやるから、彼も恋人を作るなりセフレと遊びまくるなり、好きにすればいい。
「恋愛とセックスはお互いに外で楽しみましょ」というのが、結婚の際の合意事項だった。
なので、私は自分のホスト遊びを隠さなかったし、それが浮気だとか裏切りだなんてことも思ってなかったのである。
その事で夫が傷ついているなんて、考えもしなかった。
が、彼は密かに心を痛めていたらしい。
その夜、リビングでメイクをしている私に、夫がそっと声を掛けて来た。
「今夜もホストクラブ行くの?」
「そうだよ」
「そっか。いってらっしゃい」
「いってきまーす!」
背を向けて部屋を出ようとすると、夫の呟き声が聞こえた。
「いつもいつも、ひとり……」
ドキッとして振り返る。
「え? 何か言った?」
「ううん、いいの」
「私がホスト行くの、嫌なの?」
「ううん……あなたの自由だから」
「そうよね?」
思わず身構えてしまったのは何故だろう?
罪悪感か?
でも私は何も悪いことをしていない。
どこで何をしようと誰と遊ぼうと、自由なはずだよね?
そういう約束なんだから、罪悪感を抱く筋合いなんてないでしょ。
現に私は、夫がハッテン場(ゲイたちが出会ってセックスする場所)に行くのを咎めたことなど一度もない。
「いつもいつもひとりって、どういう意味?」
「そのままの意味」
「もしかして、寂しいの?」
「ちょっとね」
「…………」
これは、どうしたものか。
夜遊びも朝帰りも自由なはずなのに、どうして「寂しい」なんて言われて足が止まってしまうんだ?
背中に這い上がってくるこの後ろめたさは何なんだ?
「ホスト、楽しい?」
「楽しいよ」
「そう……ワタシはもう必要ないの?」
「!!!!!」
その言葉を聞いた途端、胸をぐさっと刺された気がした。
前の結婚生活で噛みしめた、あの絶望的な気持ちを思い出したのだ。
一緒に暮らしているのに、毎日顔を合わせているのに、相手の視界に自分がまったく存在していない、という壮絶な寂しさ。
嫉妬とか、そういうんじゃない。
これは、「孤独」だ。
寄り添っているつもりだったのに、気づくと自分は空気みたいに透明になり、ぽつんとひとりぼっちで取り残されている。
相手は私なんか見ていない。
必要ともしていない。
なら、何のために私はここにいるの?
浮気や裏切りがつらいんじゃないのよ、自分が存在していないものみたいに扱われるのがつらいのよ。
以前の結婚生活で嫌というほど味わったあの暗くて苦しい孤独の中に、私はいつの間にか、今の夫を置き去りにしていたのだった。
なんてことだ! 私って最低じゃん!
結婚とは、人間がどこまでも孤独であるという事実を思い知ること
結婚とは、何だろうか?
最初の結婚の時は若かったし恋愛結婚だったので、好きな人とずっとラブラブして仲良く暮らすことかと思っていた。
だけど、それがちっとも楽しくないどころか、ただただ寂しくて苦しいだけの毎日だったので、私はすっかり「結婚」というものに懲りてしまった。
結婚とは、好きな人と人生をシェアすることではない。
むしろ、互いに相手を見失い、それぞれの失望と幻滅を噛みしめながら、人間はどこまでいっても孤独であるという事実を再認識することだったのだ。
そのうえ、そこに相手からの抑圧や束縛が加わるものだから、ますます苦しくて逃げ場がない。
こんなんじゃ、ひとりで生きていく方がよっぽどマシではないか。
そういう結論に達して離婚した私であるから、二度目の結婚では一切の抑圧や束縛を廃するという強い姿勢で臨んだ。
だからこそ、ゲイの夫は理想の相手に思えたのだ。
なのに、ここに来て、夫が孤独を訴えてきた。
傍にいて!私を必要として!私を寂しくさせないで!と。
その気持ちは痛いほどわかる。
わかるけれども、それは私にとって束縛だ。
束縛されるの、嫌なんだよ。
だけど、あなたを傷つけるのは、もっと嫌だ。
どうすればいい?
どこで間違った?
「互いの自由を尊重する」という建前が、がらがらと崩れ落ちる。
これが私の目指した理想の結婚か?
必要な時は支え合うけど、普段は互いに己の自由と享楽を味わい尽くすという「個人主義的結婚スタイル」は、結局、相手を悲しませ孤独地獄に突き落とすだけなのか?
そんなに自由が大事なら、もう我々はひとりで生きるしかないのだろうか?
あるいは、そんなに孤独がつらいのなら、我々は自由を諦めるしかないのだろうか?
どんなに考えても、答は出なかった。
私は背中にべったりと罪悪感を貼り付けたまま、重い気持ちで外に出た。
とりあえず、ホストと約束してるから、今夜は店に行かなくてはならない。
だけど、家の中でひとりで座っている夫の悲しげな姿がチラついてしまう。
あれは、10年前の私の姿だ。
あんなに憎んだ前夫と同じ仕打ちを、私は今の夫にしているのである。
自分が本当に嫌になった。
が、だからといって、離婚と自立によってようやく手に入れた自由を、みすみす手放す気にはどうしてもなれない。
やはり再婚は失敗だったのか。
そもそも私のような人間には「結婚」なんて向いていないのではないか。
でもね、今の夫を幸せにしてあげたいという気持ちは、正真正銘、本物なんだよ。
恋愛感情こそないものの、なんなら前の夫より愛してるくらいだよ。
なのに、私が私である限り、彼は孤独に苦しむことになるのか。
少なくとも私にとって「自由」は何よりも大事なものだから、彼も自由に生きてくれればそれで双方幸せなんだと思っていた。
が、彼が人生に求めていたのは自由なんかじゃなかったのだ。
誰かに必要とされること、相手の中に自分の存在意義を見出すことが、彼にとっての「幸せ」なのであった。
確かに、それは間違ってない。
人は連帯を求める生き物だ。
しかし、「連帯」と「自由」は相容れない。
自由を取るか連帯を取るかという二択を迫られた時、私と夫は真逆の答を選ぶ人間なのだった。
さあ、どうすればいい?
「ごめん、今は私の自由にさせて」
タクシーに乗りながら、私は心の中で夫に謝った。
「そのうち、終わるから。ホスト通いをやめる日がきっと来るから。それまで私の気の済むようにさせて。絶対、戻って来るからさ」
ずるい言い訳だ。
だが、嘘ではなく本気でそう思っていた。
どのみち、もうすぐ終わりが来るのは目に見えていたのだ。
何故なら、私の金は尽きかけていたから。
金の切れ目が縁の切れ目。
借金のツテも印税の前借りも底をつけば、否応なくホストから遠ざかることになるだろう……そんなふうに私は考えていた。
ところが!
本物の地獄は、そこから始まったのである。
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コメント
私も自由人です。なので今はひとりで暮らしています。結婚も無理、同棲も駄目。会いたい時に会いたい人と過ごす時間を大切にしていますが、孤独か?と聞かれたら孤独ですし、とにかく窮屈なのが苦手です。昔は友人とホストにも行きましたが、はまりに行ってるのに全くはまらないから面白くなくて、ただ時間とお金の無駄使い。
買い物も次から次と好きなブランドを見つけてはすぐに飽きるし何も継続できない自分が面白くない、やっぱり孤独?うさぎさんが羨ましいです!
次回も楽しみにしています。
生きることも、自由でいることも、結婚生活も。もっとシンプルで、何でも自分の思いでやれることだと思ってた。でも、それらは全部「孤独」と無関係ではいられないんだ。
それを薄々感じ出している私に、うさぎさんの文章がグサグサ突き刺さります。
お金が底を尽きて終わるのかな、とホッとしながら読み進めていたらまさかの「地獄の始まり」の幕開け、、、!気になる!と思ってスクロールしたら今回はここまでなんですね泣
次回も楽しみにしています!
ううっ、辛すぎる。
映画「アディクトを待ちながら」の買い物依存症の母親と娘のシーンがよみがえってきた。
「連帯」と「自由」は相容れない。
本物の地獄、どうなっていくんだろ。