Addiction Report (アディクションレポート)

依存症同士でも、互いを理解できない。 依存症って、ほんとに孤独な病なのだ。「失われた私」を探して(26)

覚醒剤の依存なんて他人事だと思っていた私。案外身近にいることがわかり、他の依存症者の気持ちは理解できないと痛感して気づいたこととは?

依存症同士でも、互いを理解できない。  依存症って、ほんとに孤独な病なのだ。「失われた私」を探して(26)
撮影・黒羽政士

公開日:2025/05/20 02:04

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「失われた私」を探して

他人事だったシャブ中が、いきなり日常に飛び込んできた。

私が鈍感なのかもしれないが、覚醒剤常用者が身近にいても、まったく気がつかない。

以前、私の著作を担当した女性編集者から「ずっと黙ってたんですけど、うさぎさんの本を作ってた頃、私、シャブやってたんですよー」と告白されて、びっくり仰天した。

「マジ!? 全然気づかなかった! あんた、普通に仕事してたじゃん!」

「そうですかー?」

「うん……いや、まぁ、今にして思えば『あれ?』みたいなこともあったような気もするけど、まったく気にとめてなかったわー」

「うふふ、すいません」

以来、彼女の呼び名は「シャブ江」になった。

新宿二丁目のゲイバーで「シャブ江、いらっしゃーい」とか「シャブ江、何飲む?」とか言われまくってたが、彼女はえへへと笑うばかりだし、誰ひとりそれが犯罪だなんてことを気にかけてなかった。

そんなわけで、私の中では覚醒剤常用者もべつにどうってことない日常の存在だったのだが、数年前にその脳天気な概念を覆す出来事があった。

当時、私と夫は覚醒剤のことを「ポポポ」と呼んでいた。

のりピーが覚醒剤で捕まった時、各局のワイドショーが、キメまくった状態でTVに出演してた彼女の姿を何度も何度も再生していたのだが、その映像の中で彼女が鳥のように手をパタパタさせながら「ポポポ、ポポポ」と言ってたのがめちゃくちゃ面白く、以来、我が家では覚醒剤を「ポポポ」と呼び習わしていたのである。

で、そんなある日のこと。

夫がいつになく深刻な表情で私の部屋に入ってきて、

「今、警察から電話が来た」

「あら、どしたの?」

「P(←夫の友人)が捕まったの」

「なんで? 酔っ払って喧嘩でもした?」

「ううん……ポポポよ!」

「がーーん!!!」

夜中に街をふらふらと歩いていたPは警官に職質され、尿検査で陽性反応が出たため。そのまま拘留されたらしい。

家族にだけは連絡しないでくれと警官に頼み込んだPは、身元引受人として夫の名前と連絡先を告げたのだった。

Pがポポポ常用者だとはまったく知らなかったので思いきり驚いたが、とりあえず保釈金を払い、Pを我が家に引き取って面倒を見ることになった。

世界一ダメな私が同じくダメな友人に激怒した、目クソ鼻クソの顛末。

うちはメゾネットタイプのマンションだったので、Pは1階で私たちは2階で別々に生活し、食事の時はPが2階に上がってきて一緒に食卓を囲む……そんな日々がしばらく続いた。

が、ある日、Pはふらりと家を出たきり、帰って来なかった。

連絡も取れず、夫は心配し、私は腹を立てた。

彼の分のカツ丼も作ったのに、無駄になったからである(←せこい)。

数日してPは戻ってきたが、その日から露骨に私を避けるようになった。

家の中でばったり会うと、目も合わさずに無言でダダダーッと階段を駆け下り、部屋に閉じ籠もる。

「何なのよ、あの態度!」と私はぷりぷり怒り、夫は板挟みになって困っていた。

そしてまた、Pが忽然と姿を消した。

例によって連絡がつかず、夫はおろおろしている。

前回の家出より長く、一週間くらい音沙汰なし。

「きっと、どこかでポポポやってんのよ」

「そんなことない。やめるって言ってたもん」

「そんな簡単にやめられるはずないでしょ。べつに続けててもいいけど、急にいなくなったりしないで欲しいわね。身元引受人だから責任感じちゃうじゃん」

「もしかして自殺とかしてないかな」

「え……変なこと言わないでよ」

と、こんなふうにヤキモキしていると、ようやく帰って来たのはいいが、家に入るやいなやとっとと荷物をまとめて、挨拶もせずに飛び出して行った。

夫が慌てて後を追う。

しばらくして泣きながら戻ってきた夫が、

「うちにいるのが耐えられないんだって。毎日、監視されてるみたいだって」

「はあっ!? 誰が監視なんか! そもそも1階と2階に分かれて暮らしてるし、私、一度も下に行ったことないじゃん! 彼のプライバシーはちゃんと守ってたつもりよ」

「うん、知ってる」

「ただの被害妄想でしょ。私のせいみたいに言わないでよ。ムカつく!」

「怒らないであげて……彼もつらいのよ」

「自分がつらいからって、何でも人のせいにしていいって言うの? 甘えてんじゃねーよ! もう二度とうちの敷居はまたがせん! 出禁よ、出禁!」

こうして私はまさに怒髪天を衝く勢いで激昂し、それ以来、Pとの付き合いをばっさりと断ったのだった。

だが、あれから何年も経った今も、気になっている。

一時の怒りにまかせて、彼を見捨てるべきではなかったのか?

でもさ、じゃあ、どうすればよかったの?

私は誰も救えない。誰も私を救えない。

ただ、自分で自分を救うだけ。

依存症患者を家族に持つ人々は、常にこの問いを抱え続けているのだろう。

何をしてあげればよかったのか?

救う方法はなかったのか?

自分はどこで何を間違えたのか?

「正解」なんて、あるのだろうか?

依存症患者が苦しんでいるのは、わかっている。

周りに迷惑をかける自分が嫌になり、生きていること自体が罪ではないかと己を責め、出口のないトンネルの中で「死にたい、死にたい」とのたうち回る……そんな依存症患者の気持ちは、私も痛いほど身に覚えがあるから理解しているつもりだった。

ところが、ひとたび自分が迷惑をかけられる側に立つと、途端に彼らの気持ちがわからなくなるのだ。

だって、やっぱり他人なんだもん!

同じ病を抱えていたとはいえ、それだけで理解者になんかなれないよ。

ましてや、救うなんてこと、絶対に無理だ。

依存症はね、本人にしか治せない、とても孤独な病なんだ。

だけど、ひとつだけ言える。

孤独だからこそ、この病は、自分に真っ向から向き合えるんだよ。

人のせいにしてもいいし、助けてくれそうな人に頼ってもいいし、何でもやってみていいんだけど、そのうち気づく時が来る。

最終的には、自分を救えるのは自分だけなんだってね。

そこまで来たら、あと一歩だ。

しゃーない、これが自分だ、一生面倒見てやろうじゃないか、と。

自分を責めても、他人を責めても、何も解決しやしない。

そろそろ自分を許してやってもいいんじゃないか?

そりゃね、こんなダメな自分を許してやるのは難しいよ。

けど、自分を許さない限り、自分と和解はできないんだよ。

自分を許す、和解する、受け容れる。

その一連の作業の過程で、罪悪感とか自己嫌悪とか、死にたいとか生まれてすみませんとか、その他もろもろの苦しい感情も吹っ切れていくから。

ほんとに、そんな日がいつか来るからね。

今はどこにいるかもわからないPに告ぐ。

自分を許して生きろ!

自分が落ち込んでたら、肩を貸せ。

逃げ惑ってたら、捕まえろ。

そうして、どうしようもない自分と一緒に生きていくんだよ。

それが、私たち依存症患者の生きる道なんだ。

いつか、笑って会える日が来るといいね。

君は会いたくないかもしれないけど、私は会いたいよ、P。

わかってあげられなくて、ごめん。

だけど、君は自分をわかってあげなさい。

君を本当に理解して許してくれるのは、君以外にいないんだからね。

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