メディアが切り取るのは「過去」ばかり…伝えたいのは「今」 杉田あきひろさんインタビュー【前編】
自らが薬物依存症であることを公にしている歌手・ミュージカル俳優の杉田あきひろさんは「回復し続ける」日々を積み重ねています。
これまで複数の取材に応じてきましたが、メディア不信になったこともあるといいます。SNSなどに放たれた一言に傷ついたことも…。
公開日:2024/03/19 02:00
NHKの子ども向け番組『おかあさんといっしょ』で1999年から4年間「うたのお兄さん(9代目)」を務めた歌手・ミュージカル俳優の杉田あきひろさん(58)は、自らが薬物依存症であることを公にしている芸能人のひとりだ。
2016年に覚醒剤取締法違反(使用・所持)で執行猶予付きの有罪判決を受けた過去がある。それから現在に至るまで約8年、違法薬物を「やめ続ける毎日」を積み重ねてきた。
回復の道を歩み始めてからもメディアの前に立った。しかし、常に切り取られるのは「今」ではなく「過去」のことばかりだった。メディア不信に陥ったこともあるという。(ライター・吉田緑)
「まるで公開処刑」のような番組
杉田さんは覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕されて2016年5月20日に保釈された後、自宅に戻ることなく、そのまま薬物依存回復支援施設の長野ダルク(長野県上田市)に入所した。執行猶予がきれるまでの3年1ヶ月を施設で過ごしている。
そこには、すでに回復の道を歩んでいる「先行く仲間」がいた。薬物を20年以上使っていない人でも「自分は回復途上なんだ」と話していた。
長野ダルクでは、県内外の中学や高校などに出向いて薬物乱用防止啓発講演をしたり、刑事施設に「当事者」として体験を届けたりする活動をしている。杉田さんも入所してから数日後、薬物をやめ続けているスタッフに同行し、ある高校の講演に足を運んだ。
「高校生の前で、スタッフは薬物のことや過去の恥ずかしい体験をオープンに話していました。『僕のようにクスリに手を出したら、クズになってしまう。もし目の前に差し出されたら、こんなクズの話でも思い出して、手を出さないでほしい』と語りかける姿をみて、カッコイイなと思ったんです。こういう活動や生き方もあるんだなあと」
施設につながってから、約半年後のことだった。あるテレビ局から杉田さんに「回復している人の姿を報じたい」と出演の依頼があった。
当時の杉田さんは「『回復』が何なのか、よくわかっていなかった」。ただ、やめ続ける日々を送っていた。自分の語りが役に立つならばと、意を決して出ることを決めた。
ところが、実際の収録現場は想像とは異なるものだった。生放送なうえに「司会者の独断で」台本にはない質問やコメントが容赦なく投げかけられた。コメンテーターは口々に「なぜ、こんなにも悪があるイメージの薬物に接点ができてしまうのか」「理解できない」などのことばを浴びせた。
初めて手を出したときのこと、薬物を目の前に出されたら断る自信がないことなどをありのままに語った。質問に答えるたびに、その場にいた出演者数人は「えぇー」と信じられない様子で反応した。
「バッシングされているように感じましたし、まるで公開処刑されているような感覚でした。もう二度とメディアには出たくないと思ったほどです」
世間の心ない「一言」に傷ついたことも
今でも「回復した」とは思っていない。それでも、今日一日を積み重ねて回復し続けている「今」がある。自らの体験を話すことで、誰かの助けになりたいーー。
そんな思いで、杉田さんはメディアの取材を受け続けた。しかし「今」の話をしても、切り取られるのは、薬物を使っていた「過去」のことばかりだった。
「『犯罪』をした過去は忘れてはならない、薬物は手を出してはならないものだと思っています。ただ、過去のことは、これまでさまざまなメディアで何度も話してきました。それなのに毎回過去のことばかり聞かれ、そこだけ取り上げられてしまう。『衝撃的だったシーンを載せたい』『家族のことを語ってほしい』などと言われたこともあります」
メディアだけではない。世間がみているのも「罪を犯した過去」だった。見知らぬ人から放たれた一言に傷ついたこともある。
「長野ダルクにいたころは、毎日のように畑仕事をしていました。日焼けして色が黒くなっただけなのですが、当時出演した番組をみた人に『薬物をやっているのでは』とネット上に書かれたことがあります。SNSなどに『現在はこういう姿』と過去の写真を載せたり、『一度手を出した人間はやめられない』『薬物中毒』などと投稿したりする人もいました」
世間の反応の厳しさは、何度も思い知らされてきた。2016年12月、ある団体が主催するコンサートに「サプライズゲストとして出演しないか」との話があった。いつか歌の世界に復帰したいーー。そう願っていたものの一歩を踏み出す勇気がなく、思い悩んでいた時期のことだ。
「コンサートには出よう」と思っていた。しかし、開催の数日前、団体側に「やはり、杉田さんを呼ぶことはできない」と言われた。理由は「犯罪をした人だから」だった。
「やはり、そうなんだろうなあと思いました。どんなに毎日ダルクで頑張っていても、自己満足なんだろうなあ。世間には伝わっていないんだなあ、という気持ちになりました」
がんとの「闘病」は応援するけれど…
落胆する出来事ばかりではなかった。2017年1月に松川村すずの音ホール(長野県北安曇郡松川村)で開催されたファミリーコンサートでは、歌手として再び舞台に立つ機会を得た。
「話を聞いたときは『そんなの無理だ』と思っていました。子ども向けの番組で歌っていて裏切った人間が、二度と子どもたちの前で歌えるはずがない。人も集まるはずがない。そう思っていたんです」
会場には、全国各地から子どもを含む約250人の観客が集まり、超満員となった。当時の感動や感謝の気持ちは、今でも忘れることはない。その後も地道にコンサート活動を続け、表舞台に戻っていった。
そんな杉田さんを病魔が襲った。2022年8月にステージ3の中咽頭がんを発症したことを公表すると、複数のメディアに報じられた。応援のことばをもらうこともあった。
がんとの闘病生活は苦しかった。3回の抗がん剤投与と35回の放射線治療を終えた後も、声がうまく出なかったり、体重が減少したりするなどの後遺症があった。メディアや世間の励ましの声に触れるたびに、同じ「病気」である薬物依存症との差を感じずにはいられなかった。
「違法薬物の依存症の場合は『病気』といっても罪を犯しているので、どうしても『違法薬物を使って逮捕された人』とみられてしまいます。依存症は回復し続けることはできますが、完治はないともいわれています。がんとは別の意味でしんどいなあと感じます」
同じ年の10月に治療を終えて退院し、歌手の活動に復帰した。がんになった事実や闘病中の様子は報じられたものの、完治したことを取り上げたメディアは少なかった。「世間は、人の不幸が好きなのかな」。そんなことを考え、こころが痛んだこともあった。
同じようにメディアのあり方に傷つき、ともに回復の道を歩もうとしている人もいる。そんな「仲間」に、杉田さんは伝えたいことがあるという。
(続く)
▶「田中聖さんは仲間」…胸を張って、迎えるために 杉田あきひろさんインタビュー【後編】
【杉田あきひろ(すぎた・あきひろ)歌手・ミュージカル俳優】
NHK『おかあさんといっしょ』で「うたのお兄さん(9代目)」を務める。慶應義塾大学文学部卒業。在学中にミュージカル『レ・ミゼラブル』で舞台デビューを果たす。その後も『ミス・サイゴン』などに出演。ASK認定依存症予防教育アドバイザー。現在は神戸市にある就労継続支援B型事業所「だるま」にてピア・サポーターを務めながら、コンサート活動などを続ける。
コメント
私は、歌が大好きです。
あきひろお兄さんの声が大好きです。
あきひろお兄さんが歌のお兄さんだった時代には生きていませんでした。でも、だからこそで今、2つの病の壁を乗り越えたお兄さん、歌声の素敵なお兄さんを知っています。
過去にとらわれず今を生きる大切さ、かっこよさ、どこまでも私を虜にしてくるお兄さんです。
これからも、アンチに負けずに頑張ってほしいです。
人は間違いを犯します。
メディアや他人は勝手な事をいいます。
でも応援してる人がたくさん、世の中身近な関わりある人を大切にして、幸せを積み重ねて行ってくださいね。
確かに過去の罪も消えないかもですが、お兄さんの過去の子供達に与えた歌やあの活動もわたし達の中では消えてません!頑張ってくださいね!
某イベント内のコンサートに子どもと行きました。申し訳ありませんが最初は薬物のイメージがありました。でもその時のあきひろお兄さんの生歌にとても感動して、このコンサートを期に応援するようになりました。
これからも歌声を届けてほしいです。
あきひろお兄さんの歌声で子供と楽しく過ごしました。これからも、歌って欲しいです。
闘病中のTLも拝読していました。
後半も楽しみにしています!