別の自分に生まれ変わりたくて依存症になった。 だって、みんな、自分に夢を見たいじゃん?「失われた私」を探して(23)
ある日、遊園地でフリーフォールに4回連続乗ってハッとした。これってシャネルの受注会と似てるじゃん!その心は?

公開日:2025/04/05 04:06
連載名
「失われた私」を探して遊園地で調子に乗って
4回もフリーフォールに乗った女
その日、私は友人たちと遊園地に来ていた。
その遊園地には「フリーフォール」なるアトラクションがあり、ものすごーく高い場所から一気にズドーンと落ちてくる、というきわめて単純な乗り物であった。
ま、いわゆる「絶叫マシーン」ですね。
私は絶叫マシーンが大好きなので、率先して「フリーフォール」に乗り込んだ。
私を乗せたシートが、どんどんどんどん上に上がっていく。
てっぺんまで来て下を見下ろした時、そのあまりの高さにめまいがした。
急激に恐怖が込み上げ、「しまった! こんなものに乗らなきゃよかった!」と激しく後悔した……のだが、その途端!!!
どびゅーーーんと凄い勢いでシートが落下し、絶叫する暇もあらばこそ、気がついたらもう地上にいたのだった。
そして、地上に戻った私は、何やら強烈な快感に満たされていた。
達成感というか、英雄感というか、とにかく「やってやったぜ!」という高揚感で脳髄がじーんと痺れるような快感だ。
何これ、気持ちいいーーー!!!
「私、もう1回乗る!」
そう宣言すると、一緒に乗っていた友人たちは驚き呆れ、
「ええーー、1回で充分だよ-」
「あたし、もうパス」
「あたしもー」
と、口々に辞退したので、私ひとりでもう1回乗った。
今度もまた、てっぺんに吊り下げられた途端に後悔した。
「しまった! やっぱ怖い! なんで乗っちゃったんだろう」
が、次の瞬間、どびゅーーーーんと急降下!
そしてまた、怒濤のごとく押し寄せる正体不明の高揚感。
「もう1回乗るー!」
「えええーーーっ! バカじゃないの?」
「だって楽しいんだもん」
「嘘でしょ、あんた、頭おかしくない?」
「いいじゃない。気が済むまで乗せてあげましょ」
そんなわけで、私はこのフリーフォールに連続4回も乗ったのであった。
そして、その4回目のことである。
例によっててっぺんまで来て、恐怖と後悔に震えながら、私はふと我に返って思った。
「私……何してるんだろ?」
そうなのだ。
何度乗っても、てっぺんに吊り下げられている時には、必ずひどく後悔するのだ。
不安と恐怖で身体がすくみ、身の毛が総毛立つほど緊張する。
全身が「嫌だ! 怖い! 助けてぇーー!」と、声にならない悲鳴をあげて拒んでいるのだ。
なのに、急降下して地上に着いたら、その恐怖が奇妙な快感にすり替わっている。
いったい、これはどういうからくりなのだ?
とか何とか考えているうちに、どびゅーーーん!!!
だが、今回は様子が違った。
地上に到達しても、何の高揚感もなかったのだ。
てっぺんにいた時、妙に冷静になってしまったのが原因らしい。
充分に恐怖を味わわず、分析なんぞ始めたおかげで、脳内麻薬が出なかったのか。
それとも、さすがに4回も乗ったせいで、ドーパミンが枯渇したのか。
理由はわからなかったが、私は憮然とした顔でシートから降り、待っていた友人たちを見回すと、静かに言った。
「もういい……二度と乗らん!」
「なんじゃ、そりゃーー!」
フリーフォールとシャネルの受注会の
奇妙な相似について考えた
その後、友人たちと他のアトラクションに乗りながら、私はずっと考えていた。
さっきのフリーフォール、何かに似ている!
てっぺんにいて落ちる直前の「どうして来ちゃったんだろう」という激しい後悔と、地上に降り立った時の「やってやったぜ」という高揚感。
あれって何かに似てるよ……そうだ、シャネルの受注会だ!
当時、私は買い物依存症の真っ只中。
後先考えずブランド物を買い漁っては、月末のカード支払いのために借金に奔走する自転車操業の日々を送っていた。
やめようやめようと思っているのに、どうしてもやめられない。
で、そんな時に、シャネルから受注会の案内状が届くのだ。
受注会に行けば、必ず、数百万円に及ぶ買い物をしてしまう。
だから、行かない方がいい。
そうだ、受注会なんか行ってる場合か、私!
行かないぞ、絶対に行かないぞ!
と、心に誓うのであるが、ついふらふらと会場に足を運んでしまう。
その時の不安と恐怖ときたら、もう、足が震え全身にびっしょりと冷や汗をかくほどだ。
まさに、高い高い飛び込み台の上に立っている気分。
無理無理、こんなとこから飛び降りられるかーーー!!!
ああ、どうして受注会なんかに来てしまったんだろう?
バカバカ、私のバカーーー!!!
ところが、である。
ファッションショーが終わって、いざ服を試着する段になると、頭がかーっとして異様な興奮に包まれる。
そして、気づいたら、百万、二百万、三百万と、とてつもない額の買い物をしてしまっているのだ。
その時の高揚感、達成感、「やってやったぜ!」という偉業を成し遂げたかのような英雄感。
あれがもう気持ちよすぎて、懲りずに受注会へと足を運んでしまうのだ。
そう、フリーフォールに4回も乗ってしまった時のように。
ああ、同じだ! シャネルの受注会とフリーフォールは、まったく同じ構造だ。
直前の恐怖と不安が大きいほど、事後の快感が爆発的に大きいのだ。
つまり、フリーフォールの謎を解けば、買い物依存症の謎も解けるのではないか?
フリーフォールは、何故、気持ちいいのか。
あんな高い場所から一気に急降下するなんて、普通は怖いに決まってる。
何故なら、それは「死」を意味するからだ。
試しに犬や猫をフリーフォールに乗せてみるがいい。
絶対に恐怖でパニックになるし、地上に降り立った途端、マッハの勢いで逃走するだろう。
生き物はみんな、死ぬのが怖い。
死に近い体験など、トラウマ以外の何物でもなかろう。
ところが人間の場合は違う。
おそらく、「死」に直面した時、恐怖を和らげるために大量の脳内麻薬が出るのだ。
フリーフォールのてっぺんにいる時は「死」の恐怖で震え上がるが、いざ急降下が始まると、脳が何とかパニックを回避しようとしてドーパミンをドバドバ放出し、軽くラリった状態になるんじゃないか?
で、地上に降り立った時には、まだラリってて、異様な興奮と陶酔と高揚感に満たされている、というわけだ。
そうよ、フリーフォールでもシャネルの受注会でも、私は軽く死んでるの。
シャネルの受注会には命の危険性はないものの、間違いなく破滅の危機には瀕している。
もう、心はパニック寸前なのよ。
すると、脳が危機を察知して、せっせとドーパミンを送り込んでくる。
そしてラリった私はすっかり大胆不敵になって、無謀なバンジージャンプさながらの高額浪費をしてしまうのよ。
破滅の危機感が大きければ大きいほど、脳内麻薬の量も増えて、酩酊状態になる。
酔っ払った時の、あの「かかってきやがれ」状態よ。
そして、フリーフォールでもシャネルでも、私は何とか危機を乗り越える。
フリーフォールで死なないのは当たり前だけど、シャネルでもカード決済の数日前に印税の前借りをしたりサラ金で金を借りたりエルメスのバッグやカルティエの時計を質に入れたりして、何とかギリギリで持ちこたえるのよ。
まさに、命からがらの奇跡の生還。
それがまた、私に強烈な快感を与える。
買い物をしてる時の興奮とはまた別の、まるで新たに蘇ったような活き活きと鮮烈な「生の実感」を味わえるの。
ね、わかる?
これは「再生」の歓びなの。
フリーフォールでもシャネルでも、私は一度擬似的に「死」を体験することで、自分を壊して作り直して「再生」して、そして不死鳥みたいに蘇る自分に陶酔するのよ。
ああ、よかった! 私は生きてる! 生きてていいんだわ!ってね。
私たちは生まれ変わりたい。
こんな自分を脱ぎ捨てて、もっと素晴らしい自分になりたいの。
だから、買い物とか薬物とかアルコールとかギャンブルとかで、何度も自分を追い詰めて壊してメチャメチャにして、そこから一発逆転の奇跡で生まれ変わろうとしてるんだ。
もちろん、こんなの擬似的行為よ。
ほんとに生まれ変わるなんて、できないもん。
だけどね、擬似的でも代償行為でもいいから、今とは違う自分になりたいじゃん!
もっと、自分のこと愛せて誇れるような人間になりたいじゃないか!
ラノベや漫画やアニメで「転生もの」が流行るの、よくわかるよ。
みんな、生まれ変わって別の自分になりたいんだよね。
自分に夢を見たいんだよ。
それっていけないことなのかなぁ?
私、いけないことじゃないと思うよ。
ただ、方法が間違ってるだけなのね。
でも、長い人生の中で一度や二度、間違えたっていいじゃない。
間違えたおかげで、わかることもあるんだからさ。
自分に夢を見ることをやめる必要ないんだよ。
だって、自分に夢を見れない人生なんてつまんないじゃないかー!
いつかは夢から醒めるんだからさ、後々、「ああ、いい夢見たな」って思えれば、君の人生が輝いた証拠だよ。
取り返しのつかないことなんて、人生にふたつしかない。
ひとつは殺人で、もうひとつは自殺。
それ以外は、自分次第でなんとか挽回できるんだ。
過ちを犯せば償えばいいし、失敗したらやり直せばいい。
依存症だって、不治の病じゃないからね。
人生の中で「夢見る期間」があったっていいって、私は本気で思ってるよ。
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