貧富の差の陰でクスリも蔓延していたバリ 「帰りたくないけど、帰らなきゃ......」ギャンマネ(16)
すっかりバリにハマって、パスポートがなくなったと嘘をついて長期滞在した私。貧富の差の陰で、そこには薬物が蔓延していました。
公開日:2024/10/07 00:00
連載名
ギャンマネさて、パスポートをなくしたと嘘をつき、従姉妹に「絶対誰にも言うな」と脅して、先に帰らせた後もバリに居座った私。
長期滞在になるので安いロスメン(民宿)に移動しました。
そこにはサーファーの男の子や、リゾラバの女の子と日本人も沢山いて仲良くなりました。
思えばネットのない良い時代でしたね。居座っちゃえばこっちのもの。
こっちから電話は出来ますが、向こうからは連絡のつけようがない。
時々「まだパスポートを再発行してくれない」と電話を入れ、結局格安往復航空券の60日FIXギリギリまでいました。
大麻、覚醒剤......薬物が蔓延していたバリ
バリと言えば、リゾラバの他にもう一つみんながハマっていたものに薬物がありましたね。
薬物の売買は貧しいインドネシアの若者、というより今思えば子供のような年齢でしたが、彼らにとって重要な資金源となっていました。
蔓延なんてもんじゃない。私達が遊んでいたジャワニーズで、やってない人なんか誰もいなかったです。大麻はもちろん覚醒剤をあぶって使っている人も多かった。そして日本人も大麻を買いに来ていました。
でも現地の若者がハードユーザーなら、日本人の若者は超ライトユーザーだったので、現地の子達はバカにしてる雰囲気がありましたね。
とにかく使う量も回数も半端じゃなかったので、その後も3ヶ月から半年に1回バリに通いましたが、次に行くと必ず知り合いの誰かが薬物で亡くなっていました。
薬物とリゾラバ、今思えば貧困という社会問題が深刻だったんですよね。
私は、生涯でこの時が一番クスリに近づいた時だったと思うんですが、結局やってみたのは「マジックマッシュルーム」でした。これも2002年には日本でも禁止されますが、私ってそもそも普通の処方薬・市販薬も嫌いだし、なんかケミカルなものより、「きのこ」だったら自然のものだから安心かしら?なんて思ったんですよね。まぁ、例によって例のごとく「みんなやってるからやってみっか」みたいな感じ。
当時のバリでは「マジックマッシュルーム」入りのオムレツかジュースが普通にBarで売られていました。私は、みんなに煽られたこともあり、マジックマッシュルーム入りオレンジジュースを一気飲みしてみました。
バッドトリップもあるみたいですけど、私の場合はしばらくすると飾ってあったバロンの絵画が飛び出すという綺麗な幻覚が見えましたね。
だけど私、そもそも「酔い」というかったるさとか麻痺する感覚があんまり好きじゃないんですよね。今では酒を完璧に止めて15年経ちますけど、飲みたいとは全く思わない。ギャンブルのような興奮するもの、アッパー系が好きなので、全然はまりませんでした。
その後も、現地の人達から「今日、バンのアパートでパーティやるからおいでよ」なんて言われて行ってみると、そこには現地の若者だけでなく、日本人やオージー(オーストラリア人)が沢山詰めかけていて大騒ぎをしていました。
このオージー達、インドネシアと地理的にも近いことから、大勢遊びに来ているんですが、まぁ賑やかなこと、陽気なことこの上ない人達で、Discoでもパーティでも唄って踊って場を盛り上げていました。そしてみんなハッパ(大麻)が大好き。
誰かがハッパやクスリを買おうとすると、現地の若者が絨毯の下、ドレッドにした髪の毛の中、ベルトの中など、隠してあった様々なところからだしてきました。
ハッパの匂いが蔓延し、オージーがギターをかき鳴らしながら、ボブ・マリーやインナーサークルの曲を歌う、まるで映画のワンシーンをみているようでした。
「クスリやらなきゃ、ヤッテランナイヨ」どこでも「ハッパ」
次の日は、そこにいたジャワニーズの男の子が「明日新しいTatooを入れるんだ」と話していたので、私も「見に行きたい!」と言ってついて行くことにしました。
車で移動したので位置関係はハッキリとはわからなかったのですが、下が砂浜だったのでビーチの外れの方だったと思います。シュロの葉っぱで覆われた囲いの中には、竹製のベットが20台くらい置かれていたでしょうか、意外なほど広い場所でした。
お客さん達はその青空ベットにみんな寝そべり、小さな電気ドリルみたいな機械でTatooを入れていきます。もちろん痛いとは思うんですが、みんなハッパを吸いながら半分とろ~んとした感じで、お店というかビーチというか、囲いの中はものすごく静かでした。
ただ、次から次へとお客はやってくるのですが、その機械についている歯をろくに消毒している様子がないので、私はHIVや肝炎にならないか心配でした。
そう言ってもみんな「ティダ アパアパ(大丈夫!大丈夫!)」ってな感じなので、言ってもしょうがなかったですね。
現地の友人のアパートでおしゃべりしたり、TVなんかを見ている時に、突然誰かがクスリをやり出して、そのうち体調が悪くなったのか外に飛び出して井戸端で吐いたりしていると、みんながゲラゲラ笑ったり、薬物は本当に身近でしたね。
「クスリやらなきゃ、ヤッテランナイヨ」と現地の男の子達は言っていました。
「帰りたくない」帰路の飛行機でワンワン号泣
バリの生活が楽しくなりすぎて、いよいよ明日帰らねばという日に「帰りたくないな」と呟くと、そこにいたジャワニーズが「じゃあ、これあげるよ。これ日本で売ってお金作ってまた来れば良い」と言って、履いていたデニムからベルトを抜き取ると、覚醒剤が入ったパケがバサバサバサーっと、出てきました。
「いや、いいよ、いいよ。これ持って空港行ったら、私、二度と来られないよ」「大丈夫。ちゃんと働いてまたお金貯めてくるから」と焦って断りました。
翌日、例によって持ってきた荷物の殆どを、カティちゃん達にあげて、身軽なバック一つで帰路につきましたが、あまりにバリでの出来事が強烈かつ楽しすぎて、飛行機に乗ると急激な寂しさに襲われ、一人ワンワン泣いていました。
すると、横にいたオージーのカップルが心配して「どうしたんだ」と英語で話しかけてきました。私もカタコトの英語で、「バリが大好きすぎて、帰りたくない」と言うと、「OH!その気持ちはわかるよ」と隣にいたカップルの女性が優しく背中をなでなでしてHUGしてくれました。
すっからかんで成田に到着
成田に着くと、一気に現実が待っていました。
そもそも帰りにすっからかんになってしまい、(たいして残っていなかったお金も財布ごと全部カティにあげてしまった)成田から家までの交通費がない!と言うことに気がつきました。スイカも電子マネーも使えない時代の話しです。
「やっばい、どうしよう!」と思って、何かないかとバッグや財布を探していたら、未使用のテレホンカードが出てきました。そこで私は見知らぬおじさんに話しかけ「すいません。帰りの交通費を残しておくのを忘れちゃったので、このテレカ買ってくれませんか?」とお願いしました。
するとおじさんは真っ黒に日焼けし、みすぼらしいTシャツと短スパッツの若い女の子のお願いに「えぇ!大変だねぇ」と同情してくれたのか、呆れたのかわかんないですけど、500円で買ってくれました。
私はお礼を言ってその500円で、取りあえず切符を買い電車に乗って、新宿まで行きました。もちろん料金が足りないので精算しないと外には出られません。
そこで東大医局に所属する新宿駅の近くにあるJR病院勤務の医師に公衆電話から電話をかけ「先生、バリから今戻ったんだけど、お金がなくて改札出れないの。迎えに来て」とお願いすると、お昼休みに来てくれました。
それまで確か3時間ぐらいあったと思うんですけど、スマホもない時代に、ボサーッとバリの思い出にひたりながら改札口で待っていたんですよね。
今思えば、本当にのどかな時代で、脳の構造もあの頃は違っていた気がしますね。
JR病院の先生が「バカかお前は。何やってんだよぉ」と苦笑いをして、迎えに来てくれたので、「先生、ついでにお腹もすいているから驕って」というと、近くにあったホテルのレストランで立派なランチをご馳走してくれたんです。
「こんな綺麗な食器で食事するの久しぶり」と口に出すと、手づかみで食べていたナシゴレンが懐かしく、「バリに戻りたい」とまた涙があふれ、先生をますます呆れさせました。
自宅に帰って「この生活はもう無理」 大きな転機が到来
久しぶりに我が家に帰ると、夫も呆れていました。
そしてまた日本の生活に戻るんだなと思うと、この生活はもう無理だなと思うようになりました。
その後も度々バリに逃げ出す生活を続けていましたが、いよいよ大きな転機を迎える、ある出来事が突然起こったのです。
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コメント
当時のバリの、貧しさゆえの自由(法律やヒエラルキー等が無意味な世界)や濃い人間関係には憧れるものがあるなーと感じましたが、薬物の蔓延具合にはとても驚きました。
でも、依存症digラジオてリコさんが話されていたマジックマッシュルームは興味が出て少し調べてしまいました。笑
まるで違う世界から帰国したリコさんがこの後どうなるのか?
続きが楽しみです!
りこさんにとってバリは本当に楽しかったんですね。
バリへの熱い思いが文章からにじみ出てました。
でも涙ながらに日本に帰ってこられて良かったです。
ま、そんなことはなかったと思いますが、もしそのままバリで生涯を送られるようなことになっていたら今のりこさんは存在しないと思うとちょっとゾッとしました。
次回も楽しみにしてます!
薬が身近なのは怖いなと思いましたが、根っこの部分は心優しいバリの人。失ってはいけないものはちゃんと持ってると思いました。
人生って本当に冒険だなとつくづく思う。りこさんのバリ生活を知ることが出来て、若い頃の冒険や失敗なんて、なんてことない!どんどんやっちゃえ!って思えるようになって、まだまだ子育て真っ只中の私には本当に知れてありがたいエピソードだった。色々な経験が全て活かされて今のりこさんがあって、そういうりこさんに今巡り会えてこれからも一緒に活動していける喜びと心強ささえ感じる章だった。
大きな転機!ワクワクする〜!
薬物と貧困、そんな社会の中でヤッテラレナイけど逞しく生きる若者たち。
バリの写真から感じる汗臭い空気感とホテルのレストランの綺麗な食器、あまりの世界の違いに私の中の「孤独」が反応しました。だからリコさんの号泣が分かる気がします。
だけど、突然起こった大きな出来事って、一体!?
えええっ、と驚愕するエピソードの中にも垣間見える貧困という社会問題。
持ってきた荷物やお財布ごとお金を置いてきちゃう優しさ。
おじさんにテレカを買い取ってもらったり、医師を電話一本で呼び出しちゃう豪胆さ。
きっと周りの人も、リコさんが面白くて仕方なかったんだろうな。
久しぶりに我が家に帰ると、夫も呆れていました。
そっかこの時は結婚してて夫がいた時の話だったわ、とビックリ!
なんなん!?
大きな転機って!
気になる!!
写真中のりこさんの笑顔が眩しくて癒されました。
冒頭の『従姉妹に「絶対誰にも言うな」と脅して』にも爆笑。
誰かの夏休みの日記を盗み見ているようなワクワク感を感じてます〜
そしてどこかの誰かが言ってた『人生には伏線があって、後になって回収される、長生きすればするほど意味が分かってくる』という言葉を思い出しました。
ギャンブル依存症、薬物依存症、貧困、共依存、仲間意識、人助け、社会問題、りこさんの人生にこうやって散りばめられていて、だからいまのりこさんがいるのかな、と思いふけっております。
医者にレストランでご飯まで驕らせる??
ほんまに性根逞しくて、羨ましい限り(笑)
無事に帰れて良かった〜。
今の活動の元みたいなものに出会ったり、感じたり。
1つひとつの体験が今に繋がってるんだなぁ、と毎回感じています。