我慢は敵!わがまま上等!何度つまずいても、私が回復の道に戻れた理由 ギャンマネ(39)
自身や夫がギャンブル三昧でドタバタしていた人生第二章。それでもなぜ私は回復の道に戻れたのでしょうか?第二章の総括として分析してみます。
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公開日:2026/01/26 01:43
連載名
ギャンマネさて、ギャンブル三昧で人生のドタバタ期の第2章の総括をしてから
第3章のいよいよ回復期に入りたいと思います。
なぜ私が回復の道にたどり着けたのか?
みなさん、私も相当ピンチに遭い、普通に無知なギャンブラーの家族として、
無駄な苦労を繰り返し、金と労力と健康な心を消費してきた訳ですが、それでもなんとか回復道にたどり着けた要因はなんだったのかなと思うんですよね。
相談会などに来られるご家族の中には、私と同じように新婚時代から、ギャンブルの借金問題が発覚しているのに、老後までずっと苦労を続け、ついにはご自身が病んでしまっているケースもあります。
また、援助職の方ならよくご存じのように依存症は回復支援に繋がれない、繋がれても回復できない人の方が多いです。
「心を強く持て」なんて根性論は嘘ですからね。
心なんて脳という臓器の機能に過ぎないです。
それを自分でコントロールできるような誤解や勘違いがあるんですよね。
例えば、私の場合若い頃から、低血圧と貧血気味という傾向があります。
祖母もひどい貧血だったので、こりゃ遺伝だなと思っています。
中学時代は貧血が酷くて、週末木曜日からは学校を休んでいました。
今はそこまで酷くはないですが、妊娠したりすると必ず貧血が引っ掛かります。
だからまぁ貧血に良いと言われる食べ物は割と積極的に食べたりしてますが、
でもこういう人にですよ「血を強くしろ」なんて他人は言います?
それなのになんで人って脳機能に過ぎない心に対しては「強くしろ」なんて思うんですかね。
あと多少のポテンシャルの違いはあれど、乱暴に扱えば心はみんな壊れるし、人間の臓器は大事にしないと案外脆いものですよという前提が大事ですね。
身体だってどんなに鍛えた人だって無茶をすれば傷つくし、年をとれば衰えますからね。
私の場合ですが、なんとかこの混乱期を生き抜けたのは、
あんまり物事を複雑に考えていなかったからではないか?と思うんですね。
考えてるより、行動しちゃってた、それが自分の脳を守ったと思います。
わがまま上等!「合わないもんは、合わない!」
それは親には「わがまま」と言われ続けた特性ですが、
私は、自分の直感を信じ「合わないもんは、合わない」と切り捨てる、サッパリ感があるんですよね。
合わないものに「合わせなきゃ」とか思わないんです。
「ダメだこりゃ」みたいな感じ。
そして「合わない」ことに対してシンプルに相性と捉えてたので、
「合わない自分が悪い」
「合わせられないのは努力が足りない」
「合うまで頑張ろう」
なんてことは絶対に思わないです。
「だって嫌なもんは嫌なんだも〜ん」
みたいな感じ。
うちの母なんかはアホみたいに、祖父のギャンブル問題に対し、
死ぬまで貢ぎあげた人なので、私のこういうところが本当に理解できなかった様ですね。
常に私を「極楽とんぼ!」と怒鳴っていました。
最初の夫と離婚する時も「嫌いじゃないけど合わない」と気づいたら、
「別れよ!」と決意し、家を飛び出しちゃった。
仕事も「なんかつまんない」「なんか合わない」「なんか給料低い」
と気づいたら、さっさと辞めちゃう。
この「自分の気持ちを最優先させ行動に移す」
ということが私の脳を守ったと思うんですよね。
我慢は敵だ!チャラにして出直した方がマシ
我慢は敵だ!と考えている衝動的な人生でした。
もちろんそのために苦労もしたとは思いますが、
「我慢しているくらいなら、チャラにして出直した方がマシ」
と思うタイプなんです。
これって周りから見ると「わがまま」「何も考えていない」「無鉄砲」と見えるんでしょうね。
そう言われ続けていたので、私も自分のことを「わがまま」だと思ってました。
でもそれは「なんでこんなに我が儘なんだろうシクシク」って感じじゃなく、
「だってしょうがないじゃん、私、わがままなんだも〜ん」みたいな感じ。
自分では「一人っ子だからしょうがないよね」と非科学的に結論づけていました。
その後第3章で書きますが、必要な良い苦労には忍耐する力がついて、
私は、人生を立て直し、生きていく力がついたと思います。
こうしてですね、「合わないから、や〜めた」を繰り返しているとですね、
当然、次に移るための、手数も増えるし、コミュ力も鍛えられるし、
キャリアは中断するしで、面倒だとは思うんですけど、
この辺のことをあんまり面倒だと感じないという性格特性にも助けられたと思います。
むしろ「未知なる世界」に出会うことにワクワクする。
知らない人と出会ったり、話したりすることに1ミリもストレスがない。
むしろ大好き。
うまくいかなくても、自分を責めない
そしてですね、こういう労力の間にうまくいかないことがあっても
いちいち自分を責めないところがありますね。
ものすごく合理的に考えるタイプなんだと思います。以前も書きましたが就職に落ちても
「まっ、就職試験なんか運だし」
「あんなもんで私の価値がわかる訳ない」
「数打って決まったとこに行こ〜」
みたいな感じ。よく就職試験で落ちた時にくるいわゆる
「お祈りメール」にいちいち傷つく人いるじゃないですか。
あんな自分を責めたり、自分の居場所がないと感じることなんか全く本当に1ミリもないです。
「だってこんな働き者の私に働くとこがなかったら日本滅ぶでしょ」
と、なぜかいつもこう考えているんですよね。どこでこの考えが染みついたんだかわからないですが、「私の働く場がないわけがない!」と思っているんですよね。これは60歳を過ぎた今でもそうですね。
この自分の直感を信じていたことが自分で自分の脳を痛めつけることから守っていったと思います。
最初の離婚でつかんだ「一人で生きていける」という自信
こういった直感を大事にしていたことの次に私が自分の脳を守ったのは、
最初の離婚で自信が持てたこと。
離婚し東大の安月給では生活できない......と思った時にですよ、
何もわざわざ「闇カジノ」に行かなくても、と人は思うでしょうし、
今なら私もその選択肢はないですが、あの時の私にとっては、あれは最高の選択だったと思っています。
離婚というのはそれなりに大きな決断じゃないですか。
これからどうなるのか?と未来もよくわからん。
いくら自分の気持ちを優先させたといえども、
母親をはじめ周囲の人間には、怒られ呆れられている。
そりゃあ、「本当に私大丈夫?」とグラグラもしますよね。
こんな時にですよ、得意の接客業で苦手な酔っ払い相手でもなく、
女性の性を使う必要もなく、月100万円も稼げるんですよ!
有難いなんてモンじゃない。
むしろおじさんたちは、女なんかに目もくれずカードに夢中になってくれるんですから、
こんな楽な水商売ないじゃないですか。
しかもですよ、ヤクザを始めとしてしょっちゅう揉め事が起こる、
刺激大好きで、度胸があって、姐御肌の私にピッタリです。
「あぁ、女1人何やっても生きていけるなぁ」と
自由を満喫し、自信が回復していくことをひしひしと感じました。
あれがですね、全然稼げない重労働低賃金の仕事だったら、マジで落ち込み自分を責め、脳を傷つけたかもしれないですね。稼げるっていうのは、本当に大事なことだと思います。
この辺の経験が、今のシングルマザー支援に繋がっているんだと思うんですが、そのあたりについては第3章でまたお伝えしますね。
もちろん闇カジノに行ったが故に、夫と出会いギャンブル依存症を発症した訳ですが、
それでもあれは大きな成功体験だったと思っています。
「何とかなる!何とでもなる!」
そういう経験を積めたことが、脳を健康に保ってくれたと思います。
ギャンブル依存症問題もサバイブできたのはなぜ?
では、夫とギャンブルの問題が起きて10年もスったもんだしながらも、
何とか脳を守れたのは何だったのか?
自己分析してみたいと思います。
さすがにこのギャンブル依存症は、脳の病気だけあって、脳を痛めつける悪循環モードに入ります。
それでもサバイブできたのは何なのかなと思うんですよね。
まず、ここまで書いてきたように、このアタクシ我慢というものが大嫌い。
親に逆らえない子供の頃ならいざ知らず、大人になってからは好きなように生きますよ
と思っていたことですね。
仲間の中には、ギャンブルの問題以外にも、夫や親がモラハラだったりDVだったりなのに、逃げない、逃げられない人もいます。こりゃ脳は傷つきますよね。
もう滅多刺し状態です。
さらには職場で同じようなパワハラ状態にあっているのに、転職が怖くて変われない。
もしくは能力に対して、めっちゃ安月給なのに「やりがい搾取」を仕方がないと受け入れている。
これも脳が傷つきますよ。もうほんとこんな人間関係でがんじがらめなら脳は傷だらけになりますよね。
ズタボロになってしまうと、「自分の足で立ち上がろう!なんとかしよう」という気力がわかなくなると思います。
だって健康的に
「自分も尊重されていい」
「自分の気持ちも大事にしていい」
「労働に見合う報酬を貰っていい」
こんな当たり前の考えが浮かぶ脳を、力づくでその考えが変えられているんですよ。
言うなれば、真っ直ぐ伸びるひまわりに「お前は地を這うタンポポでいろ」
なんて命令されているようなもんですよ。
そりゃあ茎も痛むし、花も種もならないですよ。
私には、こういう外部要因が全くなかったわけでもないですが、
あまりなかったんですよね。
夫は、ギャンブル依存症以外はもう全然問題のない人だし、
むしろこんなに私に合う人は他にいないわと思うタイプでした。
一緒にいて楽な人だったんですよね。
よくギャンブル問題が発覚すると、罪悪感からめっちゃモラハラになる人とかいるんですよ。「おいおい、やらかしといてなんだその態度は!」と思いますけど、そこに唯々諾々としたがっているギャン妻も結構いますからね。
でも我が家の場合は10年間上がったり下がったり、大体3年に1回くらいの割合で借金が出てくるたびに、ジェットコースターみたいに真っ逆様に落ちることを繰り返していたんですが、でも逆にいえば、10年間の大半の時間は、まぁまぁ幸せだよね、と思える状況なんですよ。
ギャンブルをやっていることも全くわからないんですから。
結局、我慢しなかったのが吉!
このトラウマ的に時々起きる借金問題に対して、結局あんまり「我慢」しなかった、
それが一番良かったんだろうなと思います。
我慢って日本語だと良い意味のように使われますけど、
「我慢=無理」ですからね。いいことじゃないですよ。
我慢と忍耐は違います。
我慢は不快な感情や現状を「無理に抑えつける」受動的な行為でストレスしかない。
でも忍耐は、目的達成のために「前向きに耐える」能動的な力ですから、サバイブに必要なのは忍耐力なんですよね。
この辺りを依存症の回復プログラムで学んでいくのですが、それもまた次章で!
私の場合、最初のうちの借金はこっちも金稼いでましたから、肩代わりもしましたけど、段々金がなくなって、貧乏生活が長引き、我慢生活が続くようになったら、夫に当たり散らすだけじゃなく、
「こんな状況やってられん!」と思って、外の扉を開きに行った。
結果としてこの我慢強さのなさが脳を守ったよなと思います。
この我慢をしないってことが、実は自分を守る大事な秘訣であり、
稼げる人、経済的安心感を得られる人になる一番の重要事項じゃないかと思っています。
自助グループにつながったのに、自分を痛めつける真っ暗な時期へ
しかし、これらも今振り返れば、何とかこうやって切り抜けたんだなと分かりますが、
ここからこの私、やっと救われるかもと自助グループに繋がったのに、
信じられないくらい、今度は逆に自分を痛めつけることをやっていきます。
依存症いえ心の病とは、自分の脳を痛めつけていくという誤作動です。
それがどれだけ恐ろしいことか。
回復の直前が一番真っ暗です。
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コメント
このシリーズを単行本にして欲しいです。
私は我慢は美徳だと思っていました。
今までの人生、「私が我慢すれば上手くまとまる」と思ってました。そのやり方しか知らなかったし、無理してるとも気がつかず、自分も傷つけていたなんて、夢にも思わなかったです。
50代の何のスキルもない私が、自分の稼ぎで生活していく事なんか
できるのかなと最初は不安でしかなかったですが、何とかなるんだなと実感しました。
今は都内で働き、1人暮らしもできています。余裕のある生活ではないですが、何とかなっています。
家族に恐れていた毎日でしたが、今は誰にも恐れずに安心して暮らしてます。
経済的にも、精神的にも自立できて
嬉しいし、それを教えてくれた仲間が本当にありがたい存在だなと日々感じてます。
依存症って心の病なんですよね。自分の脳を痛めつけていくという誤作動、それがどれだけ恐ろしいことか。本当に納得です。
自分の心と体を大切に、そして自分の心に正直に生きていけば、心も体も守れるんですよね。
今回のお話、すべて深く頷きながら読ませて頂きました。
「回復の直前が一番真っ暗です。」という最後の一文も共感です。
回復した今、あの頃は本当に真っ暗でした。今はキラキラしています!りこさんや仲間と出会えたから大確信で進んでいけてます。
出会いに心から感謝しています。
回復には本当にさまざまなケースがあるのですね。
以前は、根が真面目な性格の方ほど回復しやすいのではないかと思っていましたが、必ずしもそうではないのだと感じました。
りこさんの人生の振り返りは、面白くもありますが、とても深く心に響きます。
田中さんの回復のきっかけが、我慢しなかった事だったと。
我慢と忍耐が分かってなかったけど、成程!と思った。
私は常に我慢派だった。
今も我慢する事が多い。
見分ける力がないんだなぁと改めて気付く。
やっぱり田中さんはカッコいいなと思いました。
我慢強さは良いことだと思ってました。でも我慢は「現実を直視すると苦しいから見ないフリをした結果、目的地・どうありたいかが分からない状況」を生み出してました。
忍耐は逆に、「現実を見て、目的地まで何を乗り越えればいいかわかっている状態」なのかもしれませんね。
3章の続きも楽しみです。
目的達成のために前向きに耐えるのが忍耐力。
すごく主体的でエネルギッシュ!
道の先にご褒美が待ってたら、そこまでワクワクして走って行ける気がします。
回復の直前が一番真っ暗
本当にそうでした。
2年前の息子の闇金の嫌がらせにあった時、訳のわからない不安が押し寄せて、外に出るのも怖かったし、ただ普通に話してるだけなのに涙が溢れてきたり。
60年近く生きてきていろんな事がたくさんあったけど、こんな自分は初めてで自分がわかりませんでした。
そんな時の口癖が「大丈夫です」。
今思うとそう言って自分を支えるしかなかったんです。スポンサーからは「大丈夫じゃないから大丈夫って言うんですよ」と教えてもらいました。
そこから2年。
あの頃の事は忘れませんが、今は毎日笑って元気です!
