孤独と絶望の中で命を絶った従妹。 彼女を救えなかった私は今日も問い続ける。 あの時、何を言ってあげればよかったの?と。「失われた私」を探して(32)
20年前に一つ年下の従姉妹が自殺し、その痛みが心に重く残り続けている私。何かできることはなかったのか。今も答は見つからないけれど、ずっと考え続けている。

公開日:2025/08/20 02:10
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「失われた私」を探して生きることが本当に苦しい人に向かって
「死なないで」と言うのはエゴだろうか?
20年近く前に、ひとつ年下の従妹が自殺して、それからずっと私は背中に彼女の影を感じながら生きている。
どうして死んでしまったのか、何かしてあげられることはなかったのか。
私は彼女の苦しみに対して、あまりにも無力だった。
死ぬ数年前から何度も私にメールをくれていて、たぶん助けを求めてたんだと思うけど、私はただ励ましの言葉を送るだけで何の役にも立てなかった。
本当に、ごめんなさい。
でも、どんな言葉を返せばよかったのか、どう助ければよかったのかも、未だにわからないの。
ずっとずっと考えてるけど、答が見つからないのよ。
ねぇ、本気で死にたいと思っている人に、私たちは何を言ってあげればいいの?
「死なないで」って言えばよかったの?
そうね、彼女が「死にたい」ってメールして来たら、そう答えてたかもしれないわね。
だけど彼女はそんなこと言ってこなかったし、私もまさか彼女が自殺するとは思ってもみなかった。
だから、どっちみち、そんな言葉はかけなかったんだけれども。
でも、時々、思うの。
もし彼女があの時に「死にたい」って言ってきて、私が「死なないで」って返したら、何かが変わっていたのかな?
彼女の死後、何度も頭の中でシミュレーションしてみたわ。
「死にたい」と言う従妹に、私が「死なないで」と懇願する場面。
すると、頭の中の彼女がこう尋ねるの。
「なんで? なんで死んだらあかんの? 私の勝手やん(ちなみに従妹は大阪弁だ)」
「そうだけど……死んで欲しくないんだよ」
「それは典子ちゃん(←私の本名)のエゴやんか。私は死にたいねん。生きてても、なんもええことないし、苦しいだけやもん」
「でも、生きてれば、もしかしていいことあるかもしれないよ」
「無責任なこと言わんといて。いいことあるどころか、もっと悪くなるかもわからへんやん」
「そりゃそうだけど……」
「少なくとも、死んだらこの苦しみから抜けられる。死んだ方が楽になれんねん」
「…………」
ほらね、私はここで必ず言葉に詰まる。
「何故、死んではいけないのか?」という問いに、いつも答えられないのだ。
だって相手は、生きてることが苦しくて苦しくて仕方ないんだよ。
そんな人に「死ぬな」って言うのは、「そのまま苦しみ続けろ」って言うのと同じじゃない?
私がその苦しみを取り除いてあげられるのなら、何だってしたよ。
して欲しいことがあるんなら、言って欲しかった。
だけど、彼女は何も言わなかった。
たぶん、私にできることなんて何ひとつなかったのよ。
ならば、彼女が自分の手で苦しみを終わらせるのを、止める権利なんか私にはない。
それでも「死ぬな」って言うのは、私のエゴでしかないんだよ。
彼女に死なれると自分が苦しむから、「私のために死なないで」と願うのだ。
それは「私のためにそのまま生きて苦しみ続けて」と言ってるも同然で、ものすごく残酷な言葉なんじゃないか?
従妹は死んだのに、死に損なった私はまだ生きている。
そして、まだ必死に答を探し続けているの。
どうして死んじゃいけないの?
その答を何年も何年も考えているうちに、今度は私が死にたくなった。
前にも書いたと思うけど、病気で身体が不自由になって、仕事もお金もなくなって、夫にずっと介護してもらうのも心苦しくて、もう生きているのが嫌になっちゃったんだ。
「このまま生きてたって、いいことなんかひとつもない。むしろ私が死んだ方が、みんなのためなんじゃないか?」
そう思った時、従妹の気持ちがわかった気がした。
ずっと鬱で引きこもってた彼女は、自分が生きているだけで周りに迷惑をかけていると考えたんだろう。
私も従妹も、自分に生きる価値なんかないと思い込んだのだ。
死のうとした時、夫のことがチラリと頭をよぎった。
私が自殺したら、きっと夫は苦しむだろう。
従妹に死なれて私が苦しんだように。
でも、そんなことはどうでもよかった。
他人の気持ちなんか考える余裕もなかったのだ。
そうなんだよ。
死にたい人に「死なないで」と言うのもエゴだけど、悲しむ人がいるのを知ってて死ぬ方だって、相当にエゴイスティックだ。
自殺する者も、自殺を止める者も、双方とも自分のエゴしか頭にない。
人間なんて、そんなものだ。
結局、私の自殺は失敗に終わった。
従妹はちゃんと死ねたのに、私は死ぬことすらできなかった。
でも、「生きてても何もいいことない」と思ったのは間違いだった。
だって、いいことあったから。
生きててよかった、と、思う瞬間があったから。
あの時に死んでたら、確かに私は楽になれたかもしれないけど、その分、夫が苦しんでただろう。
そう思うと、やっぱり死ななくて正解だったかも、と、今では思える。
たとえ生きる理由がないとしても、誰かを傷つけてまで死ぬ理由だってないのだ。
少なくとも、私が生き続けたことで、夫は苦しまずに済んだ。
それでいいじゃないか。
従妹は、自分が死んだら誰が苦しむかなんて、考えもしなかったんだと思う。
あるいは、誰も悲しまないだろうと思ったのかもしれない。
きっとすごく孤独で、世界から見捨てられたように感じていたのだ。
でも、それは間違ってたんだよ。
少なくとも私は苦しんだし、他にもたくさん苦しんだ人がいた。
人間はね、たったひとりで生きてるわけじゃないんだ。
自分から引きこもって他人を拒絶しても、誰かがあなたを気にかけてる。
死んでしまえば、自分はこの世から跡形も消えてなくなると思ってた?
残念ながら、そんなことにはならなかったよ。
だって、私たちが憶えてるから。
あなたは生きている間に、何人かの心に自分の痕跡を残していたの。
その人たちの心の中で、あなたの存在はずっと消えないんだよ。
あなたが自殺したことで、その人たちの心は深く傷ついた。
何年も何年も、苦しんだのよ。
そんなこと、あなたは望んでなかったでしょう?
死にたい人を無理やり引き留める言葉なんて、この世にはない。
だけど、「死」というものがどれだけの傷跡を残すか、それだけは知ってて欲しい。
事故や病気でも、それは同じ。
ただ、自殺の場合は、その傷がもっと深くて大きくて、なかなか塞がらないんだよ。
どこか遠い国の蝶の羽ばたきが、世界を変えることもある。
ましてや人間ひとりの死が、何の影響も与えないはずがないでしょう?
あなたの命はあなたのものだけど、あなたの生死はあなただけの問題ではない。
従妹が死んでしまう前に、そういう話がしたかった。
あなたが思っている以上に、あなたはみんなと繋がっているんだよ、と。
絶望しないで。助けを求めて。私はいつでもここにいるよ、と。
彼女に言えなかった言葉を、今ここで、私はみんなに言いたいの。
「生きてればきっといいことがある」って、何の根拠もない薄っぺらな慰めの言葉だと思うでしょ?
私も、ずっとそう思ってた。
でもね、それは真実なんだよ。
負け続けるゲームなんてあり得ないように、不幸続きの人生もないんだ。
私が、それを証明する。
あなたが「棄てたもんじゃないかもな」と思えるまで、トライ&エラーを繰り返すから。
どうか、お願い。
それを見届けるまで、もう少し生きてみてください。
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コメント
家族がひとりいたけど、お母さんの事はみない。
それはいい。
女でひとつ苦労して大学卒業後、貴方の役目は終わった。と
家族で無くても富だちでも良かった。
そうね。それもエゴ。以来電話かけても出てくれず、
何故なのか戸惑い続けて
25年ぐらい。
良いわけだけど、犬がいるから
死ねない。
死んでも良いけど
道連れとなる。
死ぬのを考えるのは
人間だけ。
毎朝散歩にお越しに来る
ネグレクト&虐待で青邨不安を抱え殺処分決定だった小を引き取った。
現在8歳
後、10年は生きないと行けないのかな。
現在はうつ病の薬を飲んで
仕方なく生きてる。
病院と犬の散歩、買い物意外
外へはでない。
誰からも電話も掛かって来ない。
生きながら死んでいるから
犬のためにだけ生きてる。
それでも生きてる。
しかなく。
「いいこと」を探すために日々生きているのかな、と思いました。
それは、美味しいものを食べたり、面白い本を読んだりといった些細なことであっても。
生きていればそれに出会えるよね、と思わせてくれました。
うさぎさん、ありがとう。