整形して改めて実感したのは、「女」であり続けることの苦しさだった。「失われた私」を探して(13)
豊胸したものの、自分が魅力を感じる若い美しい男にさっぱりモテない私。「色気がない」と言われ、次に向かったのは?
公開日:2024/11/05 02:00
連載名
「失われた私」を探しておばさんだって恋をしたい!
でも、世間はおばさんに対して、限りなく冷笑的なのであった。
ホストへの恋が無惨に破れた時、年甲斐もなく若い男に入れ揚げた自分がめちゃくちゃ恥ずかしかった。
おばさんはおばさんらしく、分不相応な恋など諦めて地味に謙虚に生きていればいいのだ、と思い知らされた気がした。
実際、似たようなことを周囲からも言われたものだ。
「うさぎさんは選挙区を間違えてるんですよ」
美容整形医のタカナシ院長も、苦笑しながら指摘する。
「40代半ばのおばさんが若い男相手に立候補しても、票が集まるわけないじゃないですかー。もっと年相応の男相手に立候補する方が合理的でしょ」
そんなことは、わかっておるのだ。
でも、若い男にしか魅力を感じないんだから仕方ないじゃん!
男だって、いい年こいて若い娘の尻を追いかけるでしょ?
私はそれの女版なの。
傍から見てどんなにイタくても、若い男にしか食指が動かないという性的指向の持ち主なのよ。
同性にしか欲情しないゲイや、子供にしか発情しない小児性愛者と同じ。
何故そんな性的指向を持ってしまったのか、自分でもわからない。
ただわかっているのは、自分ではどうしようもないってことだけだ。
人間は合理的に欲情する生き物ではないのよ。
美容整形を始めた時、私の願いはただひとつ。
「若い男に惚れてもイタくない外見になること」だった。
たとえば吉永小百合が30歳以上年下の男と付き合ったとしても、おそらく世間の反応はさほど辛辣ではないだろう。
「あれだけ美人なら、それもありよねぇ」なんて羨望の溜め息をつく人も多いに違いない。
が、美人でもない普通のおばさんが若い男に惚れると、途端に世間は侮蔑と嫌悪を露わにする。
「いい年こいてみっともない」「身の程をわきまえろ」と嘲笑うのだ。
ホストにハマっていた頃、ネットの掲示板でしょっちゅうそのような書き込みを目にするたび、ちょっとだけ傷ついた。
不細工なおばさんが美しい男に恋をするのは、そんなにいけないことなのか?
じゃあ、みんなは恋をする時、いつも自分の身の程をわきまえてるの?
恋って、自分でもコントロールできない感情じゃない?
そんなに理性的に合理的に恋をする人が、この世にどれほどいるのでしょう?
私は、身の程知らずな高望みの片恋をする人を、何人も知っている。
年齢だけじゃない、美醜の格差や身分の格差、ありとあらゆる格差が存在するこの世界で、遠く手の届かない相手に恋い焦がれてしまう人たちは大勢いるのだ。
だが、社会的格差や学歴差を超える恋には寛容な人々も、ブスおばの恋には格段に厳しい。
そこには、「もうおまえは『女』じゃないのに、何を勘違いしてんの?」という暗黙のメッセージが含まれているように、私は感じたのだった。
だってキャバクラに通うおじさんは、ここまでバカにされないもん!
ハゲでも腹が出てても金や地位さえあれば、男は「男」でいられるらしい。
でも女は、金や地位があっても、こと性愛市場において何のアドバンテージにもならない。
特別な美女は別として、おばさんは等しくおばさんであり、たるんだ顔と身体で「女」として活動するのは恥ずべきことなのである。
でもさ、自分が「女」を引退するかどうかは、自分で決めちゃダメなのか?
おばさんだって恋をする。
おばさんだってセックスしたい。
求められたい、愛されたい。
そんな自分の想いを叶える手段として、私は美容整形にすがったのだった。
おじさんたちが現役の男でいたくて「バイアグラ」にすがるように、ね。
中村が整形してもモテないのは何故なのかっ!?
正体不明の「色気」という属性を求めて、新たな旅が始まる。
そんなわけで、美容整形によって見た目の若さを取り戻し、ついでに人生で初めて巨乳になった私であったが、相変わらずイタい片恋は続いていた。
若い男に恋しても、向こうは私に恋してくれない。
これは致し方ないことである。
向こうにも選ぶ権利はあるからね。
ああ、せっかく整形したのに、何も変わってないじゃん!
見た目をどんなに繕っても無駄なのか?
所詮、おばさんは性愛市場の爪弾き者なのか?
「こんなに整形しまくってるのに、なんで全然モテないのよっ!?」
美容整形医のタカナシ院長にクレームすると、相変わらず苦笑して、
「だから選挙区が間違ってるんですよー」
「だって若い男にモテたいんだもん!おじさんにモテたって嬉しくも何ともないよ!あんただってババアにモテてもありがたくないでしょ?」
「僕は40代でも全然イケますよ。見た目がタイプならね」
「ほらね、あんただって見た目フェチじゃん!私もそうなの!若いイケメンじゃなきゃ嫌なの!」
「そんなこと言われてもねぇ~」
「もしかして私、もう女として終わってるのかしら?」
「うーん……うさぎさんの場合、見た目は女に見えるんですが、中身がねぇ」
「どういう意味?」
「だって色気がまったくないじゃないですかー」
「おっぱい大きくしたのに?」
「おっぱいと色気は、また別物ですよ。確かにおっぱい大きい方が性的魅力はありますが、それは色気とは違う。色気というのはもっと内面から匂い立ってくるものなんですよ」
「…………」
色気って何よ?
改めて考えると、よくわからない。
若さや美貌と違って、「色気」というのは定義が難しく、きわめて感覚的で掴みどころのない属性である。
でも、「女」としての商品価値を確実に左右する重要な要素だ。
「そうか……私、色気がないのか」
「ですね。色気が身につけば、今の選挙区でも何とか票が取れるんじゃないですか?」
「色気ってのは、要するに、セックスしたいと思わせるかどうかよね?」
「まぁ、そうなんでしょうね」
「じゃあ、たとえば十人中何人が私とセックスしたがるか、計ってみればいいのよね?」
「そんなの、どうやって計るんですか?」
「うーん……難しいわね」
と、そんなことを悩んでいる時に、友人でもあり担当編集者でもある中瀬ゆかり氏が、このような提案をしたのであった。
「それなら、デリヘルとかソープで働けば、わかりやすく数値化されるんじゃないですかね?指名の数で」
「はっ、なるほど!」
脳内にピカッと光が差した。
そうだ、デリヘルで働いてみよう!
男たちがどれだけ私を求めるか、それがはっきりと数字でわかるのが性風俗ではないか!
それに、セックスを仕事にしているうちに、自然と「色気」とやらが身につくかもしれない!
そうよ、私に色気がないのは、年齢の割にあまりにもセックスが未熟だからじゃない?
「よーし、やるぞ、デリヘル!ベッドテクニックを身につけて、色気ムンムンの女になってみせるーー!」
こうして、私のデリヘル修行が始まったのであった。
じつに幼稚でくだらない動機であったが、この体験が後々、私の中で大きな意味を持つことになるのである。
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コメント
ブスおば…パワーワードすぎる!!
なんだかテンポが良くすぐに読んでしまいました!
私も美人の姉がいる身で長らく容姿コンプレックス持ちですが、あまりにもポジティブな筆致で話が進むので、笑ってしまいました。
生物の種の保存的な話と人としての尊厳というか感情は、いっそ清々しいほど一致しないよなあと常々思います。この後の展開も楽しみです。