場外馬券売り場のアイドルに? ギャンブラーのおじさんとなぜか生まれた心の交流 ギャンマネ(12)
東大医学部秘書の給料の安さに根を上げて、場外馬券売り場でバイトを始めた私。ギャンブラーの心をつかむ仕事ぶりで、みんなの人気者になっていくのですが......
公開日:2024/08/12 01:23
連載名
ギャンマネさて前回、東大医学部で金に糸目をつけない豪華な遊びを覚えていった私が、あまりの給料の安さに根をあげて、なんと地方競馬の馬券売り場に行くところで、to be continued となり、いよいよこっからギャンブル依存まっしぐらか?と思われた方、人生はそう単純ではありません。実は、私の人生もうワンクッション、でっかいターニングポイントがあったのです。
東大医学部と真逆のおばちゃんたちの巣窟
この地方競馬の場外馬券場1990年代はまだ現在のようなマークシート方式ではなく、お客さんが窓口で発注し、それを我々が打ち込み、現金と引き換えに馬券を発券するというものでした。
こちらのバイトはもう東大とは真逆の雰囲気でしたが、それはそれでめっちゃ楽しかったんですよね。まず、管理者である社員のおじさま方が数名いらっしゃいましたが、ほとんどど話したこともなく、いつも何もせずぼーっと我々が働いている姿を眺めている感じでした。
代わりに、アルバイトリーダー的な人がいて、その人の下に何人かまた幹部的な人がいて我々を束ねていました。ただし、時給はみんな同じです。
バイトは全員女性。それも殆どがおばちゃん主婦世代。30代~50代くらいの人たちの集まりでした。ですからまだ20代だった我々数名は、超若手でしたね。
まぁ、ご想像がつくでしょうけど、当時の馬券売り場に時給につられてバイトに来ちゃうくらいですから、みんなたくましいのなんの。窓口は時間で交代制なんですけど、休憩がたっぷりあったんですね。狭い更衣室件休憩室にゴザがひいてあってそこで休むんですけど、タバコはスパスパ、お客さんや社員の噂話、タッパーに入れた夕飯のおかずの交換会、旦那の悪口や姑の愚痴、さらにはきわどい下ネタなど、それはもう賑やかなものでした。
「○○さん、この間のなすの煮物美味しかったわよ。どうやって作んのよ。また頂戴よ」
「嫌ぁよ。あれ結構面倒くさいから、また気が向いたらね」
「オタクの旦那何やってんの?へぇ、デパート。もうデパートなんか縁ないわぁ。こっちは西友よ西友」
「あの、毎朝一番に来てさ『全レース全目』って言う奴、窓が開いてあれが並んでると、ガクッとくる。時間がかかってさぁ」
「そうそう、後の客がイライラしてんのよね」
「ねぇ、寝床は旦那と一緒?まだ旦那とやってる?」「やってるわけないじゃん。いびきがうるさいから別々に寝てるわよ」
とまぁ、こんな感じですね。
昔の中学ヤンキー時代の友人や先輩後輩と、今もし集まったらこんな感じだろうなというノリ。東大ではベンツやBMWに囲まれていますが、ココではチャリや原付通勤が当たり前です。
「うぅ、寒み~。冬は原付辛いわぁ」
「でも、それで交通費浮かしてんでしょ」
「ぎゃはは!そうなのよ、わかる?」
「わかるわよ。私も電車代貰ってチャリ通だもん。腹も出てきたから、ダイエットも兼ねてさ」
こんな日本のおばちゃんたちの巣窟、当時大流行した漫画「オバタリアン」を地で行くようなバイト先でした。実際自分たちを「それもうオバタリアンだよ」なんて自虐ネタも頻出していましたね。
もちろんこの私もベンツよりもチャリンコに馴染む生い立ちですから、みんなと仲良くなるのに時間はかかりません。その上、客であるおじさん達にも一目置かれるようになっていくのです。
ギャンブラーのおじさんたちへの憧れ
当時の地方競馬の場外馬券場なんて、それはもう汚い、暗い、タバコ臭い、といった感じで、お客さん達も洋服は灰色かカーキ色、競馬のために仕事も家庭も全部捨ててますみたいな人しかいなかったですね。まぁ、それはそうですよね。ネット投票の現代と違って、平日開催も多い地方競馬に入れ込んでいる人なんて、今思えばあれはギャンブル依存症の仲間ですよね。
あの頃の私には、こういうおじさん達が「世捨て人」のように見えて、少々羨ましくも思っていました。「あぁ、いいなぁ。この人達競馬以外何も考えてないんだろうな。お金がなくなっても見栄をはる必要も何もないんだろうな」と、吹っ切れているように見えたのです。
そしてこのおじさん達に少しでも気持ちよく馬券を買って貰おうとサービスに励むのです。そもそも売り上げにノルマがあるわけでもなく、社員も別にヤル気に燃えているわけでもなく、バイトのおばちゃん達は、時間内をいかにバカ話で楽しむかしか考えておらず、殆ど半官半民みたいな仕事ですからね。つつがなく過ごせればそれでOKなんですよ。
でもこの私は、1円でも売り上げを多く上げてやろうと、一人で燃えてるわけですよ。
サービスに励んでおじさんたちの人気者に
当時の馬券の機械って、1枚に5目までしか打てなくて、5目いっぱい打ち込むと、その券が「ジ~~~」っという音と共に機械から馬券が飛び出してくる仕組みになっていました。ですから「10レースな。2-1 500円、2-3 500円、2-4 1000円、2-5 1000円、2-6 1000円」なんておじさん達が5目注文したら、窓口係は「少々お待ち下さい」と遮り、「ジ~~~」っとその間せいぜい5秒くらいなんですけど、ちょっと待たせてから発券を確認し、そして「はい、続きどうぞ」と、また打ち込むんでいたんです。
ところがギャンブラーというのはせっかちが多いんですよ。特に「〆切1分前」なんて放送が流れると、おじさん達はあせっちゃって、「少々お待ち下さい」と止めるとみな「チッ」っという感じでいらいらするんですよ。「早くしろよ!」なんて怒鳴ったり、文句を言ってくるおじさんもいる。
多分そういうおじさん達をなだめながらの窓口係なので、きっと時給が高かったんでしょうね。
ところがこの私、今は全くダメだと思いますが当時はですよ、短期記憶能力が異常に発達していたのか?平気で30目位注文を覚えられちゃうという、他では殆ど全く役に立たない、つまらない能力があったんです。
なので、慣れているおじさんだと5目注文して馬券が出てくるのを待ってくれたりするんですけど私が間髪入れずに「次どうぞ」と、どんどん聞き入れちゃうものだから「えっ?いいの」なんて感じで、次のレース、次のレースと注文するわけですよ。そして注文が終わると、私が無言で「今の数字と金額を忘れるものか」という鬼の形相で、どんどん打ち込んでいく。
もちろん結果として全部発券し終わるまでおじさん達は待つんですよ。ほんのわずかしか早くない。多分、数秒の違いです。でも途中でせき止められるより、全部注文を終えて待つ方がストレスが少ないんでしょうね。
そのうちおじさん達が「姉さん、すごいねぇ」「お姉ちゃん、早いね~」「あんた、気持ちいいね」なんて褒めてくれるようになったんです。そして私が窓口にいるとわざわざ私を探して、来てくれるようになったんです。
「探しちゃったよ。昨日休んだだろ。ダメだよ、お陰で負けちゃったよ」なんて言われるようになる始末。
験担ぎや〆切間際のレースにも配慮
さらには、ギャンブラーって色んな験担ぎをしているんですよ。馬券が多くなると、輪ゴムでまとめて渡してあげていたんですが、絶対に輪ゴムをつけないでくれという人、馬券を窓口に置かずに手渡ししてくれという人、色んな人がいるんですが、そういう人の験担ぎも大体覚えちゃうので、要望にちゃんと答えてあげていました。
そもそも当時の窓口って声がよく聞こえるように、お客さんに対して横向きで座っているから、人によっては顔なんかみないんですよ。だって逆に顔覚えられるのちょっと嫌じゃないですか。でも私は、客の顔もじっと見ちゃうし、「当りますように」「行ってらっしゃい」「頑張ってね」なんてまるでキャバ嬢の様にサービス良く挨拶したり雑談したりしてたんですね。
そしてレースの〆切間際だって言うのに、次のレースを買おうとする客には、「はい10レースはちょっと待って。9レースの人いない?9レース〆切だよ。9レース先に買いたい人こっちに来て!」なんて、ついにはおじさん達を仕切るようにもなったんです。
〆切間際に私の窓口におじさん達が駆け込んでくる。そして私が電光石火のごとく打ち込んでいく。記憶力を頼りに、〆切ギリギリまで打ち込むから、「お~!最後ギリギリ間に合った!」なんてことがちょっと名物のようになって、社員のおじさん達も私のところにのぞきに来たりするようになったんです。
馬券売り場でまさかの心の交流
こうして売り上げをあげようが下げようが、全く時給には反映されず、そもそも全員一律の時給のバイトでも張り切っていた私。バイトの諸先輩方にも面白がられるようになったんです。
なんであんなに張り切っていたのかわかりませんが、多分、未来の仲間となるおじさん達の様な雰囲気の人が好きだったんでしょうね。めちゃくちゃお客さんとして大事にしていました。珍しい馬券売り場で起きた心の交流。
そしてアルバイトリーダーにも気に入られたのか、「りこちゃん、今度一緒にバリ行かない?」と誘われ、バイト仲間とバリ島に遊びに行くことになったんです。
このバリ島旅行で私の価値観はひっくり返り、その後、離婚まで突っ走るのです。
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コメント
一気読みしました!
めっちゃおもしろかったです(≧∀≦)
続き楽しみにしています。
常に最大限やるところが本当に爽快です!!離婚まっしぐら?!?バリで一体なにが?!?!続きがきになります!!
未来の仲間となるおじさんたちを仕切るって
りこさんの頼もしさを改めて感じました。
どこにいてもどんな環境であろうとも楽しんでしまうのはもうそれは才能!
人生楽しむりこさんバリ島で何が!?
続き楽しみ!
最初全5話ぐらいなのかな?と思いきや、全然違った。。りこさん人生経験豊富すぎる。カニクイザルも、馬券買いにくるおじさんたちも、知らない世界ばっかり。続き楽しみにしてます!
どんな仕事も楽しむ姿勢を見習いたいと思った回でした。
面白かったです!
続きがめちゃくちゃ気になります。
リコさん文才ありますねぇ✒️✨
バイトの時給がすごくいいと以前聞きました。
時給がよくて 程よく暇で、もう他で働けなくなると話していました。
硬貨の入ったドンゴロス袋を運ぶ仕事
芝生や砂を一列に並んでならす仕事
グッズや間食を売る仕事
親が夢中でギャンブルの間、子供を遊ばせる仕事
緑の服を着て数人で歩くだけで警備になる仕事
当時、私には知らない世界と思って楽しんで夫の話を聞いていました。
りこさん、バリでどうなるの??
想像できない…
気になる…
ギャンブルを始めることなく、ギャンブル場の人気受付嬢に!(笑)この展開は予想外でした。
心惹かれる人や物事に、ためらうことなく接することができる正直さがここでも発揮されていますね。読んでいて清々しくなりました。私も正直に自分の心に従っていきたいです。
次のターニングポイントとなるバリ島で何が待ち受けていたのか?楽しみです。
今回もまためちゃくちゃ面白い。どんだけ、経験豊富なんだ?
どこの職場にいても、そこで目一杯能力を発揮するりこさん。
馬券売り場に来るおじさん達の細かい要望にも、きちんとお応えしてさらに感じの良い声掛けまでするって、凄いです。
仕事は決まった事を教えてもらって、それだけをやればいいと思ってた私には、とても考えられないけど…。
東大と馬券売り場という、この振り幅の大きさが、またりこさんらしい。
いついかなる時も、どこに行こうが、必ず周りを虜にする田中紀子さん。
もはや何があっても驚かない、と思いながら毎回ぎゃー、となって爆笑。
ドラマ化してほしい。でも誰が田中さんの役をやるか?どう考えてもご本人しか思い浮かばない。さて、どうする。
バリ編、不穏な感じしかしないけど、またまた奇想天外な展開が待ってるんだろうな。ワクワク。
リコさんは若い頃から、どのような環境でも自発的、というよりナチュラルに、「こだわり」と「やりがい」を見つけて働ける人だっんだな…と、これまでの回を通して感じています。
だから今も多くの人のためにシャカリキになって動けるし、私達もそんなリコさんを見て共に頑張りたいと思える。
私はこれまで、家柄や学歴、社格などの枠の中で生きてきました。そして、その時その時で、所属する組織の中で勝手に自分のランクを決めてもがいていましたが、ギャンマネを読んでいると本当に「自分の気の持ちようで、自分の人生は如何様にも変えられる」と勇気づけられます。
次回も楽しみに待っています!
この頃からすでにどこでも全力で、人のためにいろいろ策を練るりこさんだったんですね!
バリで何があったの〜?
バリに3回行って価値観なんて変わらなかった私としては興味津々、続きが待ち遠しい!
リコさん、すごい!
馬券売り場でこんなことをなさっていたなんて~!!
12号、今回も面白く笑って読んじゃいました。馬券売場の窓口でおじちゃん達を仕切る、りこさんの大きな声が聞こえてきた!?
バリ島でどんなことが…
どんな職場にもすぐに溶け込むところがさすがだなと思いました。
まとめて読みたいので、早く本にしてほしいです。
次回も楽しみにしてます。
つかみの写真が素晴らしいのと(りこさん可愛くて楽しそう)、写真の脚注が面白いです。
りこさんのサービス精神は場外馬券売り場でも発揮されていてみんなから愛されていたんですね。
そしてここでまさかのバリ島!どうなっちゃうんですか?!そしてネトフリとかでドラマ化して欲しいです。