Addiction Report (アディクションレポート)

デリヘルは、私にとって学びと発見の宝庫であった。「失われた私」を探して(16)

初めての客で、人妻が襲われる設定のプレイを経験した私。ファンタジーの中で性的に解放されている自分を発見しつつ、女性の尊厳とは何かに気付かされます。

デリヘルは、私にとって学びと発見の宝庫であった。「失われた私」を探して(16)
撮影・黒羽政士

公開日:2024/12/20 08:00

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「失われた私」を探して

初めての客で、自分の厄介な性的嗜好に気づかされる。

記念すべき最初の客は、30代半ばくらいの薄毛の男であった。

痩せ型でせっかちそうな、でも人懐こい笑顔の男で、その明るい雰囲気に緊張がほぐれた。

日常生活で出会っていたら、友達にはなれたかもしれないが、決して恋愛やセックスの相手に選ばないタイプである。

だが、これは仕事だ。

私の好みなどどうでもいい。

初対面の彼に特別な好意など持てるはずもないが、だからといって嫌悪感もなかった。

じつはもっと抵抗があるかと思っていたのだが、案外、平気なものである。

一緒にシャワーを浴びてベッドに座ると、彼が言った。

「服着て!」

「え?」

「服脱がせるの好きなんだよ!」

「ああ、そうなんですね」

せっかく脱いだパンティとブラを付け、ディオールのワンピースを着るやいなや、

「奥さん~~っ!!!」

男がいきなり抱きついて、私を勢いよくベッドに押し倒す。

「はぁはぁ、奥さんエロいね……あ、ちょっと抵抗してね」

「あ、はい」

なるほど、そういうプレイか。

「となりの奥さん」という店名に、この男も私とよく似た妄想を抱いているらしい。

よし、乗ってやろうじゃないの!

普段ならロールプレイング・セックスなんて笑っちゃってできないけど、見知らぬ男が相手なら、そんな無駄な自意識も簡単に捨てられる。

だって、彼は私がどんな人間なのか、まったく知らないんだもの。

彼にとっての私は、中村典子でも中村うさぎでもなく、「となりの奥さん」という架空の存在だ。

つまりこれは、ディズニーランドみたいな非現実的な魔法ワールド。

私がここでどんなキャラを演じようと、あるいは誰も見たことのない別の素顔を晒そうと、「あー、いつもの中村と違う~」なんて内心で茶化される心配もないのである。

そうか、私、デリヘルでなら「別人」になれるんだ!

すっかり面白くなってきた私は、彼の腕の中で「清楚な隣の奥さん」を演じ始める。

「ダメよ、ダメ!嫌ぁ~!」とか言いながら身を捩り、必死のふりで抵抗すると、彼は鼻息荒く私のワンピースの胸元をはだけ、シリコン入りのおっぱいにかぶりつき、強引にパンティの中に手を入れる。

きゃーー!何これ、楽しい!

しかも、何やら得体の知れない興奮が身体の奥底から湧き上がって来るじゃないの!

これぞ、夢にまで見たレイププレイ!

念のために言っておくが、私は現実にレイプされたいなんて、1ミクロンも思ってない。

リアルなレイプなど、男が一方的に女を蹂躙する行為であり、恐怖と屈辱以外の何物でもないからだ。

あくまでも安全に、合意の上でレイプごっこがしたいのよ。

私が「レイプ妄想で興奮する」なんて言うと、「ああ、こいつ、無理やりヤッてもいい女なのか」などと勘違いする単細胞男が多いのだが、それとはまったく違うからね。

無理やりヤッてもいい女なんて、この世に存在しませんよ。

男性諸君には、そこんとこ、ちゃんとわきまえて欲しいものである。

ただ、私は疑似レイプを妄想しながらも、さっきも言ったようにロールプレイングがめちゃくちゃ苦手なので、たとえ彼氏と「レイプごっこ」を試みたところで、その不自然さについつい笑ってしまい、うまく成功したことは一度もなかった。

そんな私が今、どこの誰とも知らない男と陳腐なレイプシーンの真似事をして、柄にもなく楽しめている!

これは、私にとって予想外の成果であった。

なるほど、そうだったのか。

私は匿名性という鎧を着けて完全に自分を切り離さないと、性的ファンタジーを実現できない女なんだな。

言い換えれば、私が性的に満足できるのは、「別人」の仮面を被れる状況だけなのだ。

デリヘルという場で私は、ついに「別人」になりおおせ、忌憚なくレイプごっこに熱中できたのであった。

この鮮烈な体験は、私に、中学生の頃に読んだ「昼顔」という小説を、ありありと思い出させた。

「昼顔」のセヴリーヌは、何故、娼婦になったのか?

ジョゼフ・ケッセルの小説「昼顔」は、1967年にルイス・ブニュエル監督・カトリーヌ・ドヌーヴ主演で映画化された作品で、良家の妻が夫に隠れて昼間だけこっそり売春する、という内容である。

当時は中学生だったので、小説自体は面白く読んだものの、主人公セヴリーヌの気持ちが今ひとつ理解できなかった。

だが、デリヘルを体験した今ならわかる。

何故、セヴリーヌは大変なリスクを冒してまで娼婦になったのか。

彼女は娼館という別世界で、まったくの「別人」になる必要があったのだ!

育ちが良くて優しい夫が嫌だったわけでは断じてない。

そんな夫がもたらしてくれる裕福な暮らしにも不満などなかった。

でも、あなたの性的ファンタジーは、そういう日常の中では実現できなかったのよね?

自分の現実世界は温存したまま、昼間の間だけ「昼顔」という源氏名で別の女になり、普段の生活ではまったく接点のない身分も低く教養もない無骨な男に荒々しく抱かれる……それがあなたの欲した物だった。

つまり、あなたは「セヴリーヌ」から解放されて初めて、身も世もなく燃え上がる情欲に身を任せられたの。

14歳の私にはわからなかったけど、今の私にはあなたの気持ちがよくわかる。

だって、私もそんな女だから。

ちなみに、「昼顔」の中で、今でも忘れられない大好きなシーンがある。

セヴリーヌは娼館でマルセルという水夫に抱かれて、初めてエクスタシーを味わい、彼と愛し合うようになる。

が、彼が彼女を「自分の女」と考えるようになり、意のままにならない彼女をベルトで打とうとした時、そのベルトを咄嗟に素手で受け止めて、彼を威圧するのである。

映画の中にこのシーンがあったかどうか忘れたが、小説の中ではもっとも感銘を受けたエピソードだった。

「私は確かに娼婦だし、男に荒々しくされるのが好きだけど、だからって私はあなたのものじゃないのよ」と、言葉にせずとも彼女の強い意思と矜持が窺える最高のシーンだ。

そう、セックスワーカーになったからって、人間の誇りを捨てたことにはならない。

金で抱ける女だから自分のものにできるなんて、思わないでね。

デリヘルをやると言った時に「それ、男の排泄場所になるってことだよ」と私に言い放ったおっさんは、まさにこの手の勘違い男であったわけだ。

金を払えば、相手に人間性を認める必要なんてないと考えている。

こういう人間は、すべてのサービス業の敵である。

高級ホテルや高級レストランで、これみよがしに尊大に振る舞うタイプだ。

どんな職業であろうと人間性を売り渡す仕事などあってはならないし、いくら金を積もうと相手の尊厳を傷つけることだけは絶対に許されない。

そんな当たり前のことを、きちんと学んで来なかったのだろう。

だから、平気で差別的な発言をする。

いい年して、本当に恥ずべき人間ではないか。

私がデリヘルで最初に学んだのは、己の性的問題の在処と女たちの尊厳の問題だった。

特に「尊厳」の問題は、私に様々なことを考えさせた。

常に男の視点から性的客体として語られる「女」という存在が、性的主体として自己を捉えることの重要性。

何故なら、己の主体を取り戻すことこそ、「尊厳」だからだ。

ところが、彼女たちが主体的に性を商品化した途端、男たちの怒りと侮蔑が浴びせられる。

おそらくそれは、ある種の「屈辱感」、いや、「敗北感」なのかもしれない。

だから彼らは躍起になって売春に目くじらを立て、「自分をもっと大切にしろ」なんていかがわしい説教を始めるのだ。

君たちこそ、他人の主体的な選択をもっと大切にしなさいよ。

そもそも貞操概念なんてものは、男たちが「俺の女」を独占するために創り上げたフィクションでしょ?

と、このように、「デリヘル体験の学び」は、後の私に多大な影響を与えるのである。

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