Addiction Report (アディクションレポート)

ギャン妻が教える お金の心配をしないですむ方法(1)

Addiction Reportを運営するプロデューサー、田中紀子は自身も家族もギャンブル依存症だった筋金入りの依存症一家。家が貧乏であることが嫌で仕方なかった経験から、お金に困らない方法を伝授する連載を始めます。

ギャン妻が教える お金の心配をしないですむ方法(1)
バブルの時に遊んでいたディスコで

公開日:2024/02/26 02:00

みなさん、はじめまして。Addiction Reportのプロデューサーを務める田中紀子です。

私は、自分自身がギャンブル依存症であり、そして夫も父も母方の祖父もギャンブル依存症という、筋金入りのギャンブル依存症一家に育ちました。

それもちょっとやそっとの依存症ではありません。

父は会社の金をギャンブルのために横領してクビになり、母と離婚。

実家に戻った私たち母子と同居した祖父は、99歳で亡くなる2週間前までパチンコをやっていました。

そんな家族ですから、もちろん実家はとんでもない貧乏でした。

けれども我が家の3代目ギャンブラーの私は、ついに依存症を乗り越えることができました。この経験から、お金のことを心配しないで済む方法をこの連載でお伝えしたいと思います。

貧しかった実家

私は昭和39年生まれで今年還暦を迎えますが、子供の頃、まだまだ日本は貧しかったとはいえ、我が家の貧しさは群を抜いていました。

築50年を超えたオンボロ木造長屋に一家4人で住み、茶碗から業務用のゴミ箱、衣裳ケースなどの日用品を扱う、小さな雑貨屋を営んでいました。

実家が営んでいた小さな雑貨屋の前で母に抱かれる私

お店から居間は丸見えで、プライバシーはゼロ。

机や文房具などの学用品は、もらい物かお下がりで、ステレオなどの娯楽品はもちろんありませんでした。

母は1年の殆どを仕事に費やしていましたが、タダでさえ小さな雑貨屋の売り上げから祖父がパチンコ代を持っていってしまうため、レジャーなど連れて行ってくれるはずもありません。同級生が日曜日に両親と出かけている姿を目にして、「どうしてうちはどこにも連れて行ってくれないの?」と泣いたこともありました。

思春期になると、友達の家との差をまざまざと感じるようになりました。

クーラーも扇風機もないので、夏は暑くて昼間は2階にはあがれないのですが、1階にはプライバシーがありません。

家に帰りたくなくて、友達の家や繁華街、名画座などで時間を潰していました。

夜やっと涼しくなって、2階にあがっていくと、今度は隣の家の飲み屋さんから、カラオケをがなる音が夜中ずっと聞こえてきます。

谷村新司さんの「昴」を毎晩下手くそなダミ声で歌う常連客がいて、うんざりしていました。

アルバイトもできない、中学の時が一番しんどかったですね。

可愛い洋服も買えないし、音楽を聴くことすら自由にできない。

不満がたまって、不良化したものの、家にも学校にも居場所がない。

母や祖母の口癖は、

「お前がいると金がかかる」

「孫なんて飼っておくもんじゃねぇ」

こんなことを毎日聞かされ、「じゃあなんで産んだんだよ!」と、

腹が立って仕方がありませんでした。

バイトで稼いで夜遊び三昧

高校生になる春休みから、私は暗黒の中学時代から解放され、バイトに懸命になっていきました。

時給500円の時代に、通常でも7~8万円、春休み、夏休み、冬休みなどは、10万円以上稼いでいました。

昭和の時代の高校生は、バイトもうるさいことを言われず、朝9時から、夜9時までと長時間でも平気で働かせてくれたし、少なくとも私の周辺では、「バイト禁止」なんて校則は聞いたことがありませんでした。

おまけに都立高校は私服通学だったので、バイトから夜はDiscoに直行でき、「今月はバイト代が少ないなぁ」なんて思ったら授業をサボってバイトに行くこともできました。高校生でも居酒屋やDiscoで夜中まで働くことも可能でしたね。

同級生で新宿の人気Disco「GBラビッツ」で働いている男子がいて、タダ券をくれたり、貸し切りパーティなどを開いたりと重宝されていました。

こうして自分で稼ぐ術を身につけた高校生の私は、貧乏家庭であることに変わりはないのですが、他人と同じように、流行を楽しんだり遊んだりできるようになったのです。

今まで、金銭的な我慢に我慢を重ねてきた私は、爆発したかのように、バイトと遊びに精を出すようになりました。

時代はバブル前夜の1980年~1983年頃『なんとなくクリスタル』が大流行した東京のことです。

雑誌fineが爆発的に売れ、サーファーファッションが全盛期。

同級生の中には、夏休み中は湘南にアパートを借りて、サーフィンに精を出す人もいました。

私は、完全にカッコだけの「オカサーファー」でしたが、それでも海、Disco、学校そしてバイトと必死に流行の先端にしがみついていました。

「あぁ、早く死にたいなぁ」空しくなっていったバイトと遊びの日々

でも、なんとか都会の遊んでいる高校生の体面を保とうとバイトに明け暮れる毎日を過ごすうちに、段々疲れてもいきました。

学校の中で目立ったグループにいて、人一倍キラキラを演出していたと思いますが、私ほど忙しく過ごしている生徒もなかなかいなかったと思います。

「もう、うちのお母さん、洋服代毎月3万円しかくれないの!私服の学校なのにさ」などと嘆く同級生もいる中、親に洋服など買って貰ったことなどない私は、羨ましくて、怒りが爆発しそうでした。

でもそんな内面はおくびにも出さず「そうなんだぁ」などと笑っていました。

毎日ぎゃあぎゃあ騒ぎパーティーピーポーを装いながら、一人になると空しくて、切なくて、「あぁ、早く死にたいなぁ」と思っていました。

高校3年で年上の彼と半同棲

そして高校3年生になってから、私に大きな転機が起りました。

そう、年上で社会人の彼氏ができたのです。

いえ、正確に言えば、4歳年上で一人暮らしをしているフリーターですね。

彼は今考えると、とんでもないダメンズだったと思います。

女性の影はいつも複数ちらついていたし、なんせポーカーゲーム屋で働いていて、その結果、逮捕されるような人だったのです。

でも私にとってはとても居心地の良い人でした。

あの頃の私はあまりに望みも視野も小さく、今思うと可哀想になってしまうのですが、何より嬉しかったのは、銭湯の時間を気にせずに夜遊びできることでした。

Discoから家に帰る時は夜12時までに銭湯に飛び込まなくてはならず、私はその時間との闘いにいつもハラハラしていました。

けれども彼の家に泊めて貰えば、終電まで遊ぶことができたのです。

こんなことが嬉しくて、私は彼にもたれかかっていきました。

夏休みを過ぎると、いくら遊び人の集まる高校だったとはいえ、

(ちなみに我が母校は、10コ上に作家の群よう子さんがおられ「都立桃耳高校」は、母校の群さんの在学時代のことを書かれた作品です。「恋愛の桃耳」と呼ばれ、遊び人学校だったと群さんも仰っています)

皆、進路のことを考え出します。

全く進学校でもなかった上に、私のいたグループは誰も大学進学など考えてもいませんでしたが、私は正直、パーティーピーポーを演じることにも、体力的にも疲れていました。

たかだかバイトと言っても、うるさい上司はいるし、面倒な先輩後輩の人間関係もある。

バイトを減らせば遊べなくなる。家にいても居場所はない。

そんな時一人暮らしの年上の彼氏といれば、お金も使わず居場所もできるわけです。

そして、将来のことなど全く考えてもいませんでしたが、グループで唯一「受験する」という言い訳を考えて、バイトを辞めることにしました。

17歳で身についてしまった「男に養ってもらう」という価値観

彼はそれほど働くことが好きでもなく、お金がなくなれば仕方なく働くという感じでしたが、彼との半同棲のような生活は、高校生にしては大人びていました。その上受験するとなれば、私の中では、遊び人でなくなっても、周りに対して「イケてる」と言い訳できると思っていたのです。

もちろん、そんなくだらないプライドで計算したことなど、誰も気にしていたはずなどなく、自分の頭の中でグルグルと妄想していたに過ぎないと今ならわかります。

でも私はわずか17歳にして「男に養って貰う」という道を見つけてしまうのです。

高校の卒業式で友達とポーズを取る私(左)

そして時代はバブルとなり、私だけでなく「稼ぎのいい男を捕まえることが女の人生の勝ち組」と、多くの女性達も勘違いしていく時代となりました。

この認知こそが私を長年苦しめていくことになりました。

その上、現在でもこの認知が多くの女性を苦しめていると、私はギャン妻の相談業務で知るのです。

「ジョシダイセイ」ブランドで目指すは下剋上!  ギャンマネ に続く


【ギャン妻が教える お金の心配をしないですむ方法】

  1. ギャン妻が教える お金の心配をしないですむ方法
  2. 「ジョシダイセイ」ブランドで目指すは下剋上!  ギャンマネ

コメント

2ヶ月前
Sarah

楽しく、共感しながら拝読しました。次回を楽しみにしております。

2ヶ月前
かず

同じバブル世代、一気に読みました。

ワイワイ楽しくやってる自分の中の虚しさ、ありました。本心を話せなくて、認知の歪みが出て来たころでした。

続きが待ち遠しい

2ヶ月前
匿名

田中紀子さんの生い立ちを読ませて頂いて、がむしゃらに生き抜いてきた、そうするしかなかった。諦めずに、精一杯生きてる姿が、状況が目に浮かんで、引き込まれるように読みました。連載楽しみにしています。

2ヶ月前
匿名

素敵なお話をありがとうございます。りこさんが貧乏な子ども時代を送っておられたとは知りませんでした。『なんとなくクリスタル』懐かしいですね!バブルの残り香、私立女子中高時代を思い出しました。早く続きを読みたいです。

2ヶ月前
匿名

「あー、自分もそんな感じだったなぁ」って、読んでて苦しくて懐かしくて。貧乏はイヤだ、お金が欲しいって。

でもお金の心配しなくなるなんて、そんな方法あるんですね。知りたい。

次回も読みたい。

2ヶ月前
匿名

過去のおいたちや、その中で必死に強がって生きる姿。なんだか痛々しくも逞しさを感じました!

続きを読むのが楽しみです。

2ヶ月前
匿名

田中紀子さんの生い立ち、正直な思い、面白い文章、たくましい生きる力が伝わって来て、一気に読ませて頂きました。早く続きが読みたいです。懐かしい昭和のあの頃、当時の自分を思い出しながら読みました。全く違う世界で生きてきたのに、子供の問題で田中紀子さんに助けて頂いて、今、同じ思いで依存症問題のために活動出来ることに心から感謝しています。

2ヶ月前
匿名

面白い!同世代の為写真にも懐かしさを感じます。生きる為に必死な高校生が見えました。

2ヶ月前
匿名

貰い物や、お下がりばかり…同世代ですが昭和とはいえ私の周りにはそんな友達いなかったと思います。

しかも幼児期からずっと!思春期は恥ずかしくて辛かったでしょうね。働き者というか、働くしかなかったんですね。

でも、令和になっても貧富の差はあるし、精神的に満たされてない孤独な子供達は相変わらずたくさんいます。

その後、田中紀子さんがなぜ走り続ける事になったのか、早く続きが読みたいです。

2ヶ月前
みどり

リポート拝読しました。

当時の私は子育てと仕事で無我夢中。その頃の若者の苦労や悩みを想像する事さえできませんでした。

今、息子のギャンブル依存症が分かり、仲間に支えられ、学び、生き方を変え活動しています。後期高齢者でもお役に立ちたい、その思いを強くしています。

2ヶ月前
maruko

何故ギャン妻たちは皆、美人なのにダメンズウォーカーなのか

りこさんの表現力に脱帽します

Vol.2が待ち遠しい

2ヶ月前
terudon

同世代、私もディスコ好きでした。

ディスコの写真可愛い💕

私は寿退社からの専業主婦に憧れて結婚しましたが、夫はギャンブル依存症。私の認知も歪んでいました。

続きが楽しみです。

2ヶ月前
Milk

田中紀子さんの経歴はさらっとは聞いていたが小さい頃の事や学生時代の事など詳細に書かれており年代的に一緒なので手にとって状況がわかり思わずクスッとしてしまう所もあり一気に読んでしまいました

次が楽しみです☺️

2ヶ月前
あい

おもしろい!

貧乏だった幼少期から、バイトで自由になるお金を稼いで、遊びまくる田中紀子さん。お金がない惨めさ、高校生ながら自分で稼ぐ生命力、派手に遊びまくる青春時代。様々な経験から私達にお金についての考え方を教えてくれる先生。続きが楽しみです。

2ヶ月前
ku-

私はやりたいことを親に遠慮なくできる同級生を羨ましく思いながら自分には無理と思って、親の敷いたレールを歩いてました。

ほぼ世代が同じなので、写真を見ると懐かしい。

次回が楽しみです‼️

2ヶ月前
よねっち

一気に読みました。

一生懸命に苦しみ 楽しみ ちょっと悪ぶってカッコつけながらもがいて頑張る女子高生。

私の学校にもいた気がする。 あの頃ユーミンがおしゃれで 林真理子が流行っていて 楽しいフリしてみんな無理していた。

2ヶ月前
匿名

私も同年代

時代背景よくわかります。

引き込まれる様な内容で夢中で読んでしまいました。

Vol2楽しみです

2ヶ月前
匿名

最高のノンフェクションを読まさせて貰いました。続きが楽しみです。

経験に勝るものはないですね。

自分にとって生死を分つ重大な悩みことが、他人にとっては実は大したことでなかったというのも今となってはよくわかります。立場によって色々な思いはあると思うけどギャン妻のリアルがよくわかります。

2ヶ月前
匿名

写真がいい!昭和満載で見ていて自分の若い頃を思い出しました。りこさんの若き青春時代の話面白いです。読んでいて引き込まれました。早く続きが読みたいです。

2ヶ月前
まり

You Tubeのお話も

Twitter(X)のTL(ポスト)も

文章も面白いです!

2ヶ月前
NAOSA

面白かったです。

続き楽しみにしております。

2ヶ月前
Kiki

引き込まれて一気に読んでしまいました!

男に養ってもらいたい、その考えは自分の中のどこかにはあって、今の夫に対しても「この先も共働きは続けるけど、彼は国立出で、上場企業に務めてるし、今はそんなに稼げてなくても将来は安泰なはず、OKオッケー」と思っていました。

自分の根っこの部分にある"1人で生きていく能力に自信が持てない不安な部分"を、彼で補おうとしていたんだなと、最近になって気付きました。

この記事を読んで、自分の現実に向き合って行きたい。

次回以降も楽しみにしています!

2ヶ月前
くま子

田中紀子さんの事はざっくりとは知っていましたが、当時の時代背景を思い出しながら読むと、同世代なのでどんどん昔の自分はどうだったんだろうと思い起こしながら読みました。次が楽しみです♪

2ヶ月前
匿名

 昔の話とはいえ、本当にドラマのような話だな。と思いました。この先どうなっていくのか、とても気になります。

2ヶ月前
滋賀県

元夫がギャンブル依存多重債務闇金闇バイトで離婚しました。

私の家はギャンブルに精を出す人なんて一人もいません。

依存症患者さんの辛い気持ちも、よくよくわかります。

言えなくて辛くて、ギャンブルや薬物やアルコールにはしる。。

やめたくてもやめられない…

気持ちは良くよく分かります。

が、

田中紀子さんが依存患者さんの代弁をするたびに、

別れた依存症家族は責められてるみたいでつらいです。

あのまま生活を続けていたら地獄でしかないのに、

もっとうまくできたんじゃないか

2ヶ月前
匿名

どんどん世界に引き込まれてしまいます。田中紀子さんの話は本当に面白い….

早く続きが読みたいです。

楽しみにしています。

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