「ただ、今は考えたくないだけ」 「キマらない」麻酔薬エトミデートがもたらす、新たな“依存”
2025年、日本国内で初の使用事例が発覚し、同年5月に指定薬物となった麻酔薬エトミデート(通称・ゾンビタバコ)。中編では、引き続き、危険ドラッグなどの分析・研究に携わる富山健一さんに話を伺う。

公開日:2026/02/03 02:00
エトミデートは、すばやく意識を中断させる一方で、強い快楽をもたらす薬物ではないとされる。にも関わらず、なぜ人はそれを求めるのだろうか。
(取材・文:遠山怜)
「考えなくて済む」という新しい報酬
ーーエトミデートは、近年になって乱用されるようになった薬物です。覚醒剤やコカインと言った違法薬物と比べて、どのような特徴があるのでしょうか。
富山:エトミデートが従来の違法薬物と大きく異なるのは、「中強度の快楽をもたらさない」点にあります。
たとえば、覚醒剤は、使用することで脳内の神経を刺激し、強烈な快楽をもたらします。使用者はその強烈な感覚が忘れられず、再使用するうちに、依存のサイクルが形成されると考えられます。
しかし、前編でも触れた通り、エトミデート自体に気分の高揚や酩酊をもたらす効果はありません。せいぜい、一瞬意識が途切れるくらいでしょう。「気分がいい」と感じる前に、気を失っていると思います。
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ーー「ものすごく気持ちがいい」訳ではないのに、なぜ使用されるのでしょうか。
富山:現時点で考えられるのは、使用のトリガーが薬そのものではなく、使用する側の状態にあるという点です。特定の心理状態にある人にとっては、「意識を中断させる」こと自体に意味が生じる。
たとえば、心配事があって神経が昂りやすい時や、嫌な記憶ばかり思い出してしまう時。あるいは、さまざまなストレスを抱えていて、気が休まらない時。
依存を生む「報酬」とは、何も「興奮する」「楽しい」という感覚に限りません。嫌な気分を「一瞬、忘れられる」ことも、時に「報酬」になり得るのです。
頭の中がモヤモヤして落ち着かない時、ほんの一瞬でも、それを忘れられる瞬間があったら、ホッとするでしょう。両手に持っていた重い荷物を地面に下ろした時、「ああ、しんどかった」と解放される感じに近いかもしれません。
おそらくですが、エトミデートがもたらす快楽とは、「気分が冴える」とか「楽しい」という感覚ではない。「束の間、苦しいことから解放される」という、快感なのではないでしょうか。
「苦痛からの逃避」としてのセルフメディケーション
ーーなるほど。日常生活にストレスを感じている場合、「気分が良くなる」というプラスの効果がなくとも、「現状が少しマシになる」だけでも、ありがたいというのはわかる気がします。
富山:問題は、エトミデートの麻酔効果は、そう長くは続かないということです。
使う量にもよりますが、すぐにハッと目が覚めて現実感覚が戻ってくる。目の前のものにピントが合うにつれ、さっきまで頭を占めていた考えや心配がまた戻ってくる。
それは単に、普段の現実に戻ってきただけなのですが、本人は「吸うのをやめたら不安になった」と知覚しやすい。「吸ってた時は大丈夫だったのに、なんだか落ち着かない。もう一回だけ吸っておこう」となりやすい。
電子タバコは、この「もう一回」が簡単にできてしまう。
たとえば、覚醒剤の場合、再使用するにも準備がいります。この間が、「やっぱりやめようか」と思いとどまる“冷却効果”を持つことがあります。
しかし、電子タバコにはそれがありません。使用をとどまらせる「間」や準備もないことから、「ごちゃごちゃ考えるより、吸ってしまおう」となりやすい。
もう一度使う。またすぐに切れる。やっぱり落ち着かないから、もう少し吸っておこう、と非常に早いサイクルで使用習慣が生じてしまう。
使ってしまう理由は、「使うと気持ちいいから」ではありません。「切れると落ち着かないから」、使ってしまうのです。
ーーエトミデートが現実の「中断」のために用いられるなら、今の状況が変わらない限り、また使いたいと思ってしまう。その人が置かれている状況がトリガーになって、依存症になるというわけですね。
富山:人が依存症になるのは、「快楽の追求ではなく、自己治療のためである」という説があります。
たとえば、覚醒剤には多幸感や興奮をもたらす作用があります。しかし、人がなぜ薬物を使うのか、その過程を追っていくと、単なる「好奇心」では、説明し切れない部分がある。
使用の背景を探っていくと、日頃の生活の中で孤立感や行き場のなさを感じており、その感覚を麻痺させるために、薬物が使われていることが多いのです。
エトミデートはまさに、この「苦痛からの逃避」を体現したようなドラッグに見えます。
(脚注)自己治療仮説:依存症になる心理過程を「快楽の追求」ではなく、不安、孤独、トラウマなどの苦痛を物質で和らげる「苦痛からの逃避」であるとする説。米国の精神科医、エドワード・J・カンツィアンらが提唱し、現在でも依存症の臨床で支持されている。
ーーどれくらいのスパンで使えば、依存状態になりやすいのでしょうか。
富山:現時点では、詳しいことはわかっていません。
ただ、短期作用型の麻酔薬であることを考えると、使用をやめにくい状態、いわゆる依存的な使用に、比較的短期間で移行する可能性があります。断定はできませんが、年単位はかからないのでしょうか。
実際、沖縄県・那覇市にある薬物依存症リハビリセンター 琉球GAIAでは、エトミデートの相談事例を複数受けているとあります。表立って報道されていないだけで、全国各地で類似事例が起きている可能性があります。
ーー現状では、依存症者数や使用傾向は不明とのことですが、ハードドラッグに親和性が高い層には、あまり魅力的には映らない気がします。
富山:その可能性はあります。元に、北米では古くから使われている薬ですが、意図して乱用された事例はほとんどありません。
欧米はアジアに比べて、違法薬物の個人使用が認められている地域があり、ハードドラッグが乱用される傾向があります。ハードドラッグユーザーにとっては、「さして強い効果もない上、危険性が未知数」なドラッグは、積極的には選ばれにくいのかもしれません。
また、今、確認できる症例を見る限り、10代、20代の若年層の使用が目立ちます。使用者の詳しい分析はこれからとはいえ、長年、ハードドラッグを使用してきた愛好者とは、重ならないように見えます。
ーー素朴な疑問なのですが、「何も考えられない」という体感は、アルコールでも得られるのではないでしょうか。
アルコールなら、すぐに手に入るし、安いし、飲んだところで逮捕はされません。にも関わらず、こうした新規性の高い薬物に人気が集まるのはなぜでしょうか。
富山:ひとつには、「イメージ」の問題が考えられるかと思います。
飲酒は幅広く行われているため、街中や飲食店で酔って暴れている人を見かけることも多い。なんとなく「体に悪い・人に迷惑をかける」印象がある。また、体質的にアルコールが合わない人も一定数います。
また、「ダメ。ゼッタイ。」普及運動のおかげか、覚醒剤などのハードドラッグは「使ったら依存してしまう」と及び腰になる人は多い。
そうした人たちにとって、「医薬品」というだけで、安全に思えるのかもしれません。
ーー「酔って暴れるのは良くない」し、「覚醒剤は怖い」という遵法意識はある。でも、日常に落ち着かないものを感じている人にとって、「安全な抜け道」に見えるのかもしれません。
富山:市販薬の使用が、セルフメディケーションとして一般化した影響もあるかもしれません。医薬品なら、自己裁量で使えそうに思えてしまう。
加えて、エトミデートは多くの場合、別の名前で流通しています。業者は「合法」と謳って販売している例も多く、こうした人々の利用のハードルを押し下げています。
しかし、その気軽な選択の代償に、どんな重篤な後遺症が起こり得るのかは未知数なのです。
(後編に続く)
