薬物報道は、必要なのか?調査からみえてきたこと、この目でみてきたこと
今後の薬物報道は、どうあるべきなのかーー。
薬物を使った経験がある人またはその家族を対象に実施した薬物報道に関するWEBアンケート調査結果の一部、そして、これまでの取材などを通じて聞いた声を紹介する。

公開日:2025/03/24 02:00
筆者は、2024年9月、Addiction Reportにて、薬物(覚醒剤、大麻など使用・所持が「違法」とされているもの)を使った経験がある人またはその家族で、薬物報道に関するWEBアンケート調査(調査期間:2024年9月1日~10日)に協力いただける20歳以上の方を募集し、124件の回答を得た。
⇒薬物を使った経験のある方やそのご家族ー報道に関するアンケート調査ー【9月10日〆切】
調査では、被害者と加害者が別にいる殺人などの報道を「一般犯罪報道」、被害者が自分自身である違法薬物の自己使用または自己使用目的の所持に関する報道を「薬物報道」とし、実名報道についてどう思うか聞いた。そして、実際に報じられた経験のある人には、報道によって困ったことについても質問した。
実名を報じる以前に「報道する事自体に疑問を感じる」など、報道そのものの必要性を問う記述もみられた。
この記事では、調査で示された結果と、これまで聞いてきた声についての一部を紹介する。
「報道する必要はない」
筆者は、犯罪報道のうち、主に薬物報道についての研究をおこなっている。
今回おこなったWEBアンケート調査は、主に報道の受け手となるオーディエンスを対象とするものだ。今後、さらなる具体的な調査と、それにもとづく提言をおこなうための事前調査としておこなった。
過去におこなわれた実名報道に関する先行調査【※1】の質問および選択肢をほぼそのまま使ったことから、答えにくいと感じた回答者もいたかもしれない。また、調査の性質上、なんらかのバイアスがかかっている可能性もある。
しかし、この事前調査で、みえてきたものもある。
回答124件のうち、100件は薬物を使った経験がある「本人」、24件は薬物を使った経験がある人の「家族」によるものだった。「家族」には、事実婚の場合やパートナーシップ制度の利用を含めた同性パートナーも含めている。
殺人などの一般犯罪報道について、実名などを報じることについてどう思うかを聞いたところ、容認する回答【※2】をした割合は本人が52.0%、家族が33.3%だった。「匿名にすべし」は本人25.0%、家族45.8%だった。

薬物報道については、実名などの報道を容認する本人は6.0%、家族は8.4%にとどまり、「匿名にすべし」は本人72.0%、家族75.0%だった。

「その他」欄には匿名報道を支持しつつ、現状の報道への疑問を投げかけるコメントなどもみられたが、すべて「その他」に入れている。ほかにも「報道する事自体に疑問を感じる」「報道する必要はない」などのコメントや、犯罪として扱われることを疑問視するコメントもみられた。
今回の調査では薬物の自己使用または自己使用目的の所持についての報道を対象としているが、「営利目的所持、栽培は実名報道」、「使用して事故を起こしたり殺人などの別件がある場合には実名報道したほうがいいと思う」などの記述もあった。
筆者は、この調査とは別に、同じ質問を使って、ほかのオーディエンス(有効回答数380件)に対して実名報道についてどう思うかを聞くWEBアンケート調査も実施している【※3】。その結果、実名などを容認する割合は、一般犯罪報道・薬物報道ともに7割をこえていた。「悪いことをしたのだから当然なことだ」を選択した割合は、一般犯罪報道が35.5%、薬物報道が33.2%だった。
「信用をなくした」
回答者の中には、実際に報じられた経験があると回答した本人が12人(うち2人は匿名報道)、家族が2人いた。先行調査を参考に「こまったこと」について質問すると、もっとも多く選ばれたのは「勤め先や取引先の自分に対する信用をなくした」、「友人や知人からの信用をなくした」、「勤め先や取引先にめいわくをかけた」だった(複数回答可)。

「その他」欄には「これは生涯続く悲劇です」、「自身の精神的不安」などの記述もみられた。
調査の性質上、ここでみえたものは、報道による影響の、ごく一部に過ぎない。筆者は、これまで、さまざまな困難に直面した人の声を聞いてきた。事実とは異なることや、プライバシーにかかわることを報じられた人もいた。
Addiction Reportでも、声の一部を取り上げている。
「ある企業の社長が『先が見えるまで、うちの会社で働きなよ』と手を差し伸べてくれました。働けるだけでありがたい、なんでもやろう、と思っていましたが、取締役会議で『傷モノを雇ってなんの得があるのか』『マスコミではこう書かれている』『再犯して捕まる人もいるではないか』などの反対意見が出たようです。社長に『ごめんな。俺ひとりで決定することができない』と言われ、結果的に雇用が見送られたこともありました」(高知東生さん)

「『犯罪』をした過去は忘れてはならない、薬物は手を出してはならないものだと思っています。ただ、過去のことは、これまでさまざまなメディアで何度も話してきました。それなのに毎回過去のことばかり聞かれ、そこだけ取り上げられてしまう。『衝撃的だったシーンを載せたい』『家族のことを語ってほしい』などと言われたこともあります」(杉田あきひろさん)

「小学校の非常勤講師が覚醒剤を使って逮捕された」として実名報道され、瞬く間に広まった。一部の記事は、今もインターネット上に残っている。(福正大輔さん)

今後は報道による影響などを明らかにするため、研究協力への承諾を得られた人に対し、2025年中にインタビュー調査(匿名式)をおこなうことが決まっている。
また、今回の事前調査で得られた結果をもとに、質問を新たにつくり、報道の受け手となるオーディエンスへのさらなる調査をおこなうほか、報道関係者へのインタビュー調査も予定している。
著名人の報道がきっかけで、再び薬物に…
筆者は、一度大学を中途退学したが、約10年前に大学の法学部に入り直している。2つの刑事事件をきっかけに、法と報道のあり方に疑問を抱いたためだ。「どのように犯罪ニュースはつくられるのか」「刑事司法と報道機関は、どのような関係にあるのか」などの関心から、メディアの世界にも飛び込み、働きながら大学院に通った。
事件の1つは、報道された。筆者は「被疑者の関係者」というのみで、何人もの刑事に囲まれ、事情聴取を受けた。外では、マスコミがカメラをもって待ち構えていた。
もう1つは、被告人が「私は、薬物依存症だ」と主張している事件だった。
被告人のヨウさん(仮名)は覚醒剤取締法(使用)に違反したとして、3回有罪判決を言い渡されている。2度目は「クスリをやめられない。助けて」と自ら警察に駆け込み、そのまま逮捕された。
ヨウさんは、刑務所に2回服役した。2度目の刑期を終え、刑務所を満期出所後に再び薬物を使用し、自ら命を絶った。ヨウさんには、連絡がとれる「家族」や「友人」「仲間」はおらず、知人である筆者に警察からの連絡があった。依存症の回復支援施設や自助グループに足を運んでいた時期もあったが、「自分は他の人とは違う。やめられる」と行かなくなっていたという。
遺されたノートには「絶対、やめる」と書かれていた。

「ヨウさんが亡くなったのは、あなたのせいでは」と言われ、苦悩したこともある。「それは、ちがう」と教えてくれたのは、回復の道を歩む人たちと、その家族だった。
ヨウさんは生前、次のように語っていた。
「1年間、クスリを使わなかった。このままやめ続けられると思っていたときに、テレビをつけたら、著名人が薬物を使って逮捕されたニュースが流れていた。チャンネルを変えても変えても、次の日になっても、同じ著名人の話ばかり。薬物や道具の映像が何度も出てきて、おさえられなくなった。気づいたら、そのまま買いに行って、使っていた」
近年、薬物報道ガイドラインが策定され、報道に変化がみられるようになっている。しかし、2024年には、依存症回復支援施設の入所者が覚醒剤を使用したことで逮捕され、実名で報じられることがあった。
報道のあり方、そして薬物の自己使用または自己使用目的の所持が「犯罪」とされることについて、今後も議論が必要ではないだろうか。
調査回答者のみなさまに、こころより感謝申し上げる。
【※1】質問および選択肢は、以下を参考にしている。
内閣府 「犯罪と処遇に関する世論調査(昭和61年7月調査)」、法務省法務総合研究所『昭和62年版犯罪白書』(日経印刷、1987年)
【※2】選択肢は、先行調査を参考に「悪いことをしたのだから当然なことだ」「正確な報道のためにはやむを得ないことだ」「住所や前科は報道すべきではないが、実名・顔写真はやむを得ない」「住所や前科、顔写真は報道すべきではないが、実名はやむを得ない」「容疑者の人権を考えて、匿名で報道すべきだ」「わからない」「その他」となっている。
【※3】本調査とほかの調査結果については、考察などとともに、以下に掲載している。
吉田緑「【研究ノート】実名薬物報道の是非に関するオーディエンスの意識―アンケート調査からの一考察―」『中央大学大学院研究年報法学研究科編』 54号(2025年)267-279頁