Addiction Report (アディクションレポート)

ゲイ、HIV陽性、依存症…舞台演出家が3つのカミングアウトをして「すっぴん」で生きる理由

俳優を目指して上京した福正大輔さんは、誰にも言えない「秘密」を隠しながら生きてきました。しかし、自分にも周囲にもウソをつき続ける人生に終止符を打つことを決意します。その理由はーー。

ゲイ、HIV陽性、依存症…舞台演出家が3つのカミングアウトをして「すっぴん」で生きる理由
取材に応じた福正大輔さん(撮影・吉田緑)

公開日:2024/02/14 02:01

「俳優になりたい」。そんな夢を抱き、18歳で広島県呉市から上京した福正大輔さん(41)は、桐朋学園芸術短期大学で演劇を学んだ後、芝居の世界に飛び込んだ。

立ちはだかる厳しい現実。先の見えない不安に押しつぶされそうになる日々。性行為、薬物、アルコールに走り、気づけば「刹那的に生きている」自分がいた。

ゲイであること、HIV陽性であること、覚醒剤を使っていること。世間に言えない「秘密」を隠しながら、ウソをつき続ける毎日は孤独だった。

福正さんはそんな過去をカミングアウトし、舞台演出家、俳優、福祉・心理職、大学院生などとしてマルチに活動している。舞台から降りて衣装を脱ぎ捨て「すっぴん」で生きる理由とは。【ライター・吉田緑】

アングラな世界で送る「刹那的」な日々

学生時代は「劣等感の塊」だったと振り返る。「同じ夢を志す仲間たちはルックスもよく、芝居もうまかった。半年で俳優になることを諦め、演出家に転身しました」。卒業後は短大で知り合った脚本家とともに「劇団ドロブラ(現プロジェクト・ドロブラ)」を立ち上げ、演劇界に入った。

芝居のみで食べていくことはできなかった。公演を打つたびに借金は増えていく。シフトの融通がきく水商売や小学校の特別支援学級介助員などのバイトをしながら、演劇活動を続けた。

ひとり、またひとり…と、ともに始めた仲間は演劇界から去っていく。劇団の要である脚本家も自ら命を絶った。「(脚本を)書けないんだったら、生きている意味がない」。脚本家の尻を叩くつもりで言い放ったことを思い出し、自責の念に苛まれた。人も集まらなくなり「今後、どうやって売れていったらいいのか」と苦悩した。ショーやMCの仕事も引き受けたが、いずれも単発で終わる。常に先が見えず、不安だけが募っていった。

福正大輔さん(撮影・吉田緑)

そんな福正さんには、芝居仲間や家族、友人に打ち明けられていない「秘密」もあった。「ゲイであること」だ。バイト先のひとつは、ゲイバーだった。同居するパートナーもいたが、こころの奥底にある思いを正直にさらけ出すことはできなかった。

演劇界でも、ゲイのコミュニティでも、ウソをつき続ける感覚だった。満たされない気持ちは、ほかの男性との性行為で発散した。

そんな毎日を送るうちに、HIV陽性であることがわかった。24歳だった。当時のパートナーは「それでもいい。一緒に生きていこう」と言ってくれた。しかし、セックスレスになると、欲を満たすためにほかの男性と交わり続けた。

薬物を使うことにも抵抗はなかった。「危険ドラッグ」として規制される前から、ゴメオやラッシュなどの薬物が「セックス・ドラッグ」、「ゲイの文化」として身近にあったためだ。そんな中、覚醒剤に出会ってしまう。

「インターネットで知り合った男性に『一緒にやる?』と誘われたことがきっかけです。優しく使い方を教えてくれたので、この人ならば安全だと思いました。私たちは、ふたりだけの秘密を共有している。クスリのおかげで仲良くなれる。そんな感覚がありました」

薬物を使った性行為だけではない。パチンコやアルコールに走ったこともある。昼は小学校で「先生」と呼ばれ、アンダーグラウンドな世界も知っている。そんな「ギャップがある自分」に酔っている部分もあった。

ひとりで耐え続ける日々、自ら交番へ…

福正大輔さん(撮影・吉田緑)

何かに依存せずに「シラフ」でいられることもあった。舞台の本番を控え、芝居に没頭しているときだ。2008年に若手演出家コンクールに挑んだときもそうだった。最終選考まで勝ち進んだが、結果は最優秀賞以外のファイナリスト全員がもらえる「優秀賞」。納得いかなかった。

目標を失い、水商売もやめた。週4日は小学校でバイトし、残りの3日は暇を持て余すようになった。薬物を使う頻度は週1回から3日に1度に増え、パートナー以外の男性との「秘密の関係」も続いた。

ある時期から、警察に取り囲まれるイメージが脳内に流れ込んでくるようになった。苦しかった。助けを求めて駆け込んだ薬局で「ここじゃない」と言われ、そのまま交番に向かった。その日は尿検査をして夜中に帰されたが、家や小学校で捜索がおこなわれた。「見守るよ」。当時のパートナーは、こう言った。

その後はしばらく何もなかった。「なんだ、捕まらないのか。夢だったのか」。いつもどおりに日常を過ごしていると、1週間後に警察がやってきた。そして、覚醒剤取締法違反(使用)の疑いで2011年に逮捕された。29歳だった。

「小学校の非常勤講師が覚醒剤を使って逮捕された」として実名報道され、瞬く間に広まった。一部の記事は、今もインターネット上に残っている。裁判では、懲役2年4カ月(執行猶予3年)の有罪判決を言い渡された。

小学校では保護者説明会がおこなわれた。「なぜ、そんな人を雇ったのか」と批判があがる一方で「先生が子どもたちのために一生懸命働いていたのを知っている。罪は償うべきだが、危害はなかった。見守ろう」との声もあった、と学校側から聞かされた。辞職を促されたが、懲戒処分とはされなかった。「学校や保護者の配慮で、事件から一年後に子どもたちと再会して遊ぶことができました。今でもつながりがあります」と語る。

修復できなくなった人間関係もある。「もう連絡するな」と離れていった芝居仲間もいた。「二度と留置場には行きたくない。薬物をやめなければ」。その決意を打ち砕くかのように「使いたい」欲が何度も押し寄せた。

誰にも言わずに必死に耐える中、アルコールに手が伸びた。飲酒量も体重も一気に増えた。高齢者や障がい者、少年院や刑務所の出所者などのサポートをおこなうNPO法人ホッとスペース中原で働き始め、福祉や心理の資格を取るために大学や専門学校で勉強に励んだ。しかし、酒はやめられず、泥酔して仕事に行けない日もあった。

アルコールをやめられなかったころの福正さん(本人提供)

「こんなに苦しんで薬物をやめられている自分はすごい。アルコールは薬物ではない」。そう思っていた。しかし、精神保健福祉士の資格を取得するときに、あることに気づいた。「何よりも問題があるのは『依存症はこわい病気。ギャンブルはやめましょう』などと支援者ヅラしている自分だ」と。

2021年の夏、飲酒をやめた。「シラフ」になりたかった。ランニングを始めると、体重はみるみる落ちていく。市民10キロマラソンにも挑戦した。しかし、気力や根性だけでは飲酒欲求は抑えられなくなった。依存症の回復支援施設に助けを求め、40歳手前で「本当の回復の道」を歩み始めた。

「負の遺産」を「ツール」に変えて

自分にも周囲にもウソをつき続けるーー。そんな人生に終止符を打ちたかった。そもそも、俳優になりたくて上京したはずだった。

福正大輔さん(撮影・吉田緑)

これまで世話になったり、傷つけたりした人たちに「埋め合わせ」をしようと決めた。謝りたくても、連絡が取れなくなった人たちもいる。「これまで傷つけてきたことは忘れない」と、過去の自分と向き合い、回復のステップを歩む。

受け入れてくれる人もいた。俳優・演出家として演劇界に戻り、「役」として「ゲイであること」をカミングアウトする機会にも恵まれた。

舞台から降りてセリフではなく自分のことばで打ち明けたいーー。そう思い、映画をつくることを決めた。2022年の夏、映画監督とともに、母親や友人、職場・芝居仲間にありのままの自分を語る旅に出た。カメラの前では演じるのではなく、自らの素を見せる。完成したドキュメンタリー映画「カミングアウトジャーニー」は2023年に上映された。

映画「カミングアウトジャーニー」(本人提供)

いま、福正さんはゲイであること、HIV陽性であること、依存症であることをオープンにして“すっぴん”で生きている。

「この3つは『負の遺産』のようなラベルが貼られるものかもしれません。でも、私にとっては、ありのままの自分でいるため、過去を忘れないため、相手とコミュニケーションをとるための大事な『ツール』でもあります。言いたくないことまで言う必要はありません。でも、本当は言いたかったのに言えなかったことは、取り出して、日に当ててみようと思いました」

「すっぴん」になってからの日々は忙しい。福祉職、俳優、演出家以外に「依存症の当事者」としてLGBTQ+が依存症について語り合える場「アディクション・ぽーと」に携わり、「HIV陽性のゲイの当事者」として講演や発信活動などをおこなう。2023年4月からは、立正大学大学院法学研究科に在籍する大学院生でもある。「シラフ」で演劇に没頭していたころの感覚が呼び覚まされていく。

「いまの人生のテーマは楽しむことです。『かわいそう』『がんばっている』ではなく『楽しそうだね』と言われたい。誰かのモデルになれれば、失敗した甲斐があります」

【福正大輔(ふくしょう・だいすけ)】舞台演出家・俳優

「プロジェクト・ドロブラ」代表。桐朋学園芸術短期大学のほか、読売理工医療福祉専門学校、日本福祉大学、上智社会福祉専門学校を経て立正大学大学院法学研究科に在籍。介護福祉士、社会福祉士、精神保健福祉士、公認心理師、ASK認定依存症予防教育アドバイザーでもある。NPO法人ホッとスペース中原の障害者グループホーム・自立準備ホーム管理者。このほか、NPO法人「ぷれいす東京」のSHプロジェクトボランティアコーディネーター等、多岐にわたり活動している。

コメント

5ヶ月前
仙人

ゲイであること、HIV陽性者であること、依存症者であることをオープンにして"すっぴん"で生きることが、過去を忘れず、相手とコミュニケーションをとるツールとなる。ステキな言葉ですねー。もっともっと楽に生きたいなあ。定例の研究会で読み合わせをし、ミーティングします。

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