さすが、嘘の苦手な中村。 面接でさっそく偽名と年齢詐称がバレる危機に!「失われた私」を探して(15)
身分を隠してデリヘルの面接を受けようとしたものの、嘘がつけずに簡単にバレてしまった私。いよいよ始まる営業、大丈夫なの???
公開日:2024/12/06 02:00
連載名
「失われた私」を探していよいよ、面接!
名前も年齢も偽った中村は、はたして合格するのか?
さて、周りからなんだかんだ言われつつ、いよいよ面接の日を迎えた私である。
待ち合わせの場所に立っていた時は、死ぬほど緊張した。
「仕事の面接」などというものを受けるのは、じつに25年ぶりくらいなのだ。
20代でコピーライターをやっていた頃は、どこかの広告プロダクションに職を得ようと、東京中を歩き回って面接を受けたものだ。
で、ことごとく落ちたので、仕方なくフリーになったのだった。
普通は自らの意志で独立したくてフリーになるものだけど、私の場合は、すべての面接に落ちたからフリーになったわけだ。
うーむ、情けない。
それほどまでに、私は面接でのウケが悪いのである。
というのも、人見知りで無愛想なうえに横柄な性格で、笑顔で自己アピールなんて恥ずかしくてやってられるかい!と思っていたからだ。
その性格は今でも変わらない。
人間、基本の性格というものは、そうそう簡単に変えられるものではないのだ。
これまでなんとか社会人としてやって来れたのは、どこにも所属しない「フリー」の立場で仕事をして来たからだ。
どこかに所属してたら、こんな人間、あっという間にクビになる。
そんな私が、25年ぶりに面接を受けるのだ。
しかも、これまでの面接と大きく違うのは、自分の名前も年齢も真っ赤な嘘だという点である。
そう、私は身バレを恐れて偽名を使い、面接以前に門前払いされるのを回避するため実年齢も偽ったのだ。
「鈴木純子 35歳」
これが、私の名乗った偽の身分だ。
「鈴木純子」は、中高の同級生の名前である。
特に親しかったわけではないが、めちゃくちゃ平凡な名前なので使わせてもらった。
私の本名である「中村典子」も相当に平凡だが、「鈴木純子」には負ける。
デリヘルで働く女性たちは身バレしたくない人が多いので、まぁ偽名くらいみんな使ってるだろ、と、当初は軽く考えていた。
が、私は元来、嘘をつくのが非常にヘタな人間だ。
偽名なんか使ったのは人生で初めてだし、いざ面接となると、うまく立ち回れるのか不安で仕方なかった。
「鈴木さん」と呼ばれても、咄嗟に対応できず、ポカンとしてしまうかもしれない。
あああ、こんな初歩的な嘘もつけない社会不適合者が、うまく面接を乗り越えられるの!?
「鈴木さん、ですか?」
突然、背後から声をかけられた。
振り向くと、若い男が立っている。
「鈴木純子さん、ですか?」
「あ、はい」
「事務所にご案内します。どうぞ、こちらへ」
粛々と、彼の後を追った。
賑々しい看板が立ち並ぶ新宿歌舞伎町の、ごく普通の雑居ビルの一室。
ここが、熟女デリヘル「となりの奥さん」の事務所だ。
ついこないだまで、私はこの街で連夜のホスト通いをしていたのだ。
でも、明日からここが私の職場になる。
そう考えると、なかなかに感慨深いものがあった。
ついにこの街の一部になるのだ、という嬉しさも少々。
どんなに通い詰めても、私は所詮、この街の「外様」だったからだ。
ホストクラブに通う客たちは、キャバ嬢や風俗嬢など、この街で働いている女性たちが多い。
彼女たちはホストたちと同様に、この街の住人なのだ。
その中で私は、明らかに異質な部外者だった。
年齢も飛び抜けて高いし、何より棲息する文化圏がまるで違う。
清流でぴちぴちと跳ねる若鮎たちの間に、本来は深海に棲んでるはずの年老いたザトウクジラが迷い込んだような、違和感と居心地の悪さがあった。
そんな私が、ついにこの街の住人になるのである。
ただ、ずっと外様だった私は、この街の闇を知らない。
川底に淀む魔物に対面したことがないのだ。
それを思うと、急速に不安が頭をもたげて来る。
と、その時!
「では、鈴木さん、身分証明書をお願いします」
突然降ってきた面接の男性の声に、私は椅子から飛び上がりそうになった。
「えっ!? 身分証明書、要るんですか?」
「そりゃそうでしょう。どこの誰ともわからない人を雇うわけにはいきませんから」
身分証明書だとーーっ!?
そんなもん出したら、名前も年齢も嘘だって一発でバレるじゃないか!
さぁ、いきなり大ピンチだ!
どうする、中村!?
あっという間にバレた嘘。
本名と実年齢を知られたが、何とか面接をクリアした。
「身分証明書、持ってません!」
さぁ、ここで一世一代の嘘を貫くぞ!と腹を括った私は、傲然と顔を上げて言い放った。
「運転免許証は?」
「持ってません!」
「パスポートは?」
「持ってません!」
「じゃあ、パスポート取って来てください」
「えっ!? 今から!?」
「いや、もう夜だから役所閉まってるし。明日でいいですけど、とにかく役所で手続きすればすぐに取れますから、それ持って来てください」
「…………」
これは困った。
もう打つ手はない。
仕方なく私はエルメスのバッグから、しぶしぶ財布を取り出した。
「すみません。嘘ついてました。免許証持ってます」
ほーらね、といった笑いを浮かべる男に、免許証を差し出す。
「ちなみに、名前も年齢も嘘です」
「ほぉ~?」
「名前は中村典子。年齢は48歳です」
「48歳――――っ!?」
男は椅子から転げ落ちそうになった。
「いや、それは……さすがに、今までで最年長だなぁ!」
「す、すみません!」
「まぁ、いいけど」
「いいんですかっ!?」
「せっかく面接に来てくれたんだからね。そう邪険にはできないでしょ」
なんだ、この歳でも大丈夫なのか。
なら、嘘つく必要なかったな。
面接の男が優しい人でよかったぁ~!
大いにホッとして、深く安堵の息をついた中村であった。
危なかったけど、とりあえず面接はクリア。
後は研修を受けて、いよいよ現場で働くだけである。
正直、性的スキルには自信がない。
これまでの人生で、ベッドテクニックを磨こうと努力したことが一度もないのだ。
おそらく、そういうところが「色気がない」と言われる所以であろう。
色っぽい女というのは、「この人、ベッドでどんなんだろうな」と、男をエロい気持ちにさせるタイプである。
たぶん日頃から性技に磨きをかけていて、ベッドで凄いことやってくれそうな女。
あるいはその真逆で「セックスなんて穢らわしい!」とばかりにツンと澄ました女も、「こう見えてめちゃくちゃ乱れるんじゃ?」と、淫靡な妄想を掻き立てる。
だが、悲しいかな、私はそのどちらにも当てはまらない。
そんな私が、性技を売りにする職場で、はたしてご指名をいただけるのだろうか?
だが、ここまで来たからには、頑張るしかない!
女として欠落している「何か」を、ここで一気に取り戻すのよ、私!
燃える決意を胸に、中村のデリヘル勤めが始まったのであった。
関連記事
中村うさぎさん連載「失われた私」を探して
- 中村うさぎさん連載 「失われた私」を探して(1)
- 「死ぬまで踊り続ける赤い靴」を履いてしまった者たち 「失われた私」を探して(2)
- 不倫、ゲイの夫との結婚......歌舞伎町で再び直面した運命の岐路 「失われた私」を探して(3)
- 興味本位で入ったホストクラブで人生二度目の有頂天を味わった瞬間、「ホス狂い」が始まった 「失われた私」を探して(4)
- それはまだ「色恋」ではなく「戦闘」だった。 ホスト沼にハマった私の意地と矜持の代理戦争とは。 「失われた私」を探して(5)
- ホスト通いが呼んだ結婚生活の危機!? 夫の予想外の反応に戸惑いながら、「結婚とは何か?」を考えた夜 「失われた私」を探して(6)
- 夫を泣かせ、金を使い果たし、ボロボロになった私にさらなる試練が待ち受けていた。 その名も「色恋地獄」。 「失われた私」を探して(7)
- ゲームから色恋へとフェーズが変わったホス狂い。 溶かした金と流した涙は自分史上最大となる。 「失われた私」を探して(8)
- ホストとの終幕は、とんでもない騒動に! そして、私が新たに見つけた道標とは? 「失われた私」を探して(9)
- ホストから美容整形へ。 新たなワクワクが、私の人生に現れた。「失われた私」を探して(10)
- 「美容整形」が私にくれたもの。 それは、美醜のジャッジから解放される気楽さだった。「失われた私」を探して(11)
- 中村うさぎ45歳、シリコン製の偽おっぱいを揺らしながら街を歩いて考えたこと。「失われた私」を探して(12)
- 整形して改めて実感したのは、「女」であり続けることの苦しさだった。「失われた私」を探して(13)
- デリヘル嬢になると言ったら、大勢から反対された。 でも、私の身体を私が売って、何が悪いの?「失われた私」を探して(14)