バリ旅行で貢ぎ魂がスイッチオン! 「リゾ・ラバ」の島の魅力にハマって ギャンマネ(13)
東大医学部と場外馬券売り場の二足のわらじをはいていた私はある日、仲間とバリ島旅行へ。現地の青年に貢ぐ喜びにハマってしまって、さあ大変!
公開日:2024/08/26 09:30
連載名
ギャンマネさて、東大医学部秘書と場外馬券売り場という二つのわらじを履いて稼ぐようになった私ですが、馬券売り場のまだ子供のいない若手主婦達3人でバリ島旅行に行くことになりました。
本当に何の気なしに、ハワイやグアムといったリゾート地に遊びに行く感覚で訪れたバリ。ここで私の価値観はひっくり返ってしまいます。
「リゾ・ラバ」の島にハマる
なんせ、90年代初頭のインドネシアです。今や経済成長著しい勢いのある国ですが、当時バブルがはじけたばかりでまだまだ余裕があった日本と、スハルトの長期独裁政権で貧困に喘ぐインドネシアという感じで、2つの国は全くの別世界だったのです。
しかも我々が訪れていたのは、リゾート地バリ島。なんとここには、インドネシア人の彼氏を持つ日本の女の子達が群がっていたのです。
そう全く気がつかずに呑気にバリ島に向かったのですが、当時のバリ島(話しによるとタイでも同様の現象があったらしい)はまさに、1989年に大ヒットした爆風スランプの「リゾ・ラバ」、1992年に家田荘子さんが執筆された「原色の愛に抱かれて」の世界が広がっていたのです。
今の女の子達は「ホスト」「コンカフェ」「推し」「地下アイドル」に貢ぎあげ、様々な社会問題になっていますが、当時の若い日本人女性は、同じ事をリゾート地、それも経済がまだ発展途上にあった、東南アジアの海岸で行っていたのです。
しかもあの頃は、「超円高」「高い給料」「取得しやすい有休」「海外旅行ブーム」「バブル及びバブルの残り香」などを背景に、今の若者のように風俗や売春などをする必要もなく「強い円」という為替相場の恩恵で男の子に貢いでいました。
ですから我々3人がビーチに行けば、現地の男の子達が次から次へと群がってきます。しかも全員が日本語ペラペラです。「ドコカラ来たの?」「日本」「日本のドコ?」「東京」「OH!トーキョー知ってるよ。セタガヤに友達がいるよ」そして「ナマエなんて言う?」「りこ」「OH!りこ!可愛いね~」こんな感じ。
で、そのうち「どこに行きたい?」「何をやりたい?」しつっこく聞いてきて、どこかの遊び場に案内したがる。例えば、ジェットスキーとかバナナボートとかパラセーリングとか。そして案内した先でマージンを得る。最初はそんなことで近づいてきます。
そして一緒に遊んでいるうちに、仲良くなるとカップルになっていて、女の子がバリにいる間、食事や遊び代はもちろん、なんだかんだと色んな名目でお金を貢ぎあげていました。
現地のおばちゃんやお姉さん達とも仲良しに
さらに、現地のおばちゃんやお姉さん達も、観光客にまとわりつき、今で言うネイルアートや、髪の毛をドレッドに編み込むなんてことをしつこく言ってきます。「マニキュア、三つ編み、やらない?」とにかくしつこい。しかもですね、こっちがコパトーンの2なんていうタンニングオイル(当時は日焼け防止ではなく、真っ黒にやける方です)
を塗っていると、「ヤッテあげるよ」なんていって、背中に塗り塗りしてついでに「マッサージ」してくれたりするんです。
もうね、そりゃあ最初は無視してますよ。だって皆日本語べらべらで、大勢で囲んで来るんだから騙されそうじゃないですか。でも、あの天性の人なつっこさと明るさを無視し続けるなんて無理なんですよ。
絶対に現地の人と関わりたくないと思ったなら、ホテル内のプールにいるか、もしくはプライベートビーチがくっついた高級ホテルに行くしかない。そしてツアーガイドをつけて遊ぶって感じですかね。
だけど我々は若かった!今ならそういうツアーも考えますが、当時はホテルに金かけるなんて勿体ない、そんな金があるなら色んな体験したい!と思っているじゃないですか。若さと貧乏旅行はワンペアですよね。むしろ若い頃しかそんな無茶はできない。
しかも一緒に行く仲間は馬券売り場のバイト主婦。このメンバーに見栄を張る必要もないし、むしろ高級志向のわがままを言ったら嫌われそう。そんなわけで我々は「ロスメン」と呼ばれる安い民宿で、かろうじて水ではなくお湯のシャワーが出て喜ぶ!なんてところに泊まっていました。
ですから食べ物も超格安、屋台飯なんかを食べていたんです。浜辺でミークアン(日本で言うインスタントラーメン)を売っているので、それでも食べるかと思って、立ち上がるじゃないですか。すると「リコどこ行く?何したい」速攻で声をかけられるんです。
「ミークアン食べようかなぁ」「りこ、ダイジョウブ。買ってきてあげる。飲み物は?」「じゃ、コーラ」こんな感じで、男の子たちが買ってきてくれる。めっちゃ優しい。ちょっと多めに渡したお金のおつりが返ってこなくとも、この極楽女王様気分を味わえるならと、気にならなくなっちゃうんですよ。
だって、1000ルピアのものを5000ルピアと言われようとも、それはもう10円か50円かの違い位なんです。
現地の食べ物にも頑丈な胃袋で
余談ですが、今思い出すと当時の私は鉄壁の内臓を持っていたとしか思えないのですが、浜辺に持ち込んだガスコンロに、きったない鍋で作ったミークアンを平気で食べ、その上氷入りのコカ・コーラを飲んでも下痢一つしなかったんですよね。
実は、私が「バリに行くので休みをください」と東大の先生方に行ったら「バリ?やめなよ」と皆さんに心配されたのです。それはなぜか。
私が入局する1年前に、バリで国際学会があったそうなんですね。それで心配性の助教授らが日本からミネラルウオーターまで持ち込んで、お腹を壊さないよう気をつけて出かけたんです。もちろん泊まるホテルは超一流のプライベート空間です。
それでも、先生方の何人かは赤痢になり、急遽帰国したんだそうです。先生方の見立てでは、生野菜は多分現地の水道で洗っているから、サラダを食べたのが原因ではないかとのことでした。
「大丈夫です。正露丸持っていきますから」と、どうしても行くという私に、「正露丸じゃだめだ。抗生物質を持っていきなさい」と真顔でアドバイスしてくれました。私には全く必要ありませんでしたが。
現地の「ギャン妻」とこの頃から交流
そんなこんなで、現地の人に関わらないようにしよう!と無視を決め込んだのもつかの間、ものの30分ほどで我々は現地人に囲まれ、和気あいあいとなってしまったのです。
しかも取り囲んでくるマニキュア姉さんや、マッサージおばさんとお話ししていると、めっちゃ年上かなと思ったお姉さんが私より年下でしかも子持ち。旦那は博打三昧で働かないなんて身の上話を聞いたりして、すっかり可哀そうになっちゃって、速攻で私は髪を三つ編みにし、マニキュアとペディキュアを塗って貰うことにしました。
その何年後には、自分こそ博打好きの夫に貢ぐことになるとは、この時は想像すらしていません。こうしてフルコースでサービスを提供してもらっても、800円から1000円くらいです。このマニキュア姉さん、カティちゃんは長い間私のご指名担当者となっていきました。今思えば、ギャン妻同志、通じ合うものがあったのでしょうね。
格差社会でジゴロになるジャワニーズ
こんな風にビーチでやることもなく、ゴロゴロしながら現地の人とおしゃべりして真っ黒に焼く。こんなことをしていれば様々なことがわかってきます。
この日本の若い女の子達から貢ぎあげて貰っている、Beach Boysは実はバリにいるけど、ジャワニーズ(ジャワ人)が多く、出稼ぎにきているとのこと。ジャカルタで働くホワイトカラーはごく一握りで、彼らは学校にも行けず、観光地バリ島で手っ取り早く稼ごうと出てきている若者が多かったんですね。中には兄弟を頼って10歳くらいで来ている子もいました。
けれども今はどうか分かりませんが、当時のバリニーズとジャワニーズは仲が悪かったんです。ヒンドゥ教とイスラム教と宗教も違うし、土地を所有できるのはバリ人だけという法律があるとかで、ジャワ人は出稼ぎにきたものの仕事がない。
そんな時に、バブルで大金を握りしめた日本女子が大挙して押し寄せた。そりゃあ、ジゴロにもなるでしょうという図式だったんですね。
さらには、とにかく蔓延していたのが薬物ですね。この辺についてはまた後程取り上げたいと思います。
貢ぐ魂にスイッチオン!
こういう背景が分かってくると、もう私はこの人たちにバンバン金使って、一緒に楽しもう!という気持ちになりました。こんな大変な生活を明るく助け合って乗り越えようとしている人たち、しかも子供みたいな年齢です。「なんてたくましく、かつ相互扶助の心があるんだ。この人達を助けてあげたい」などと傲慢な勘違いが始まります。
散々男に貢がせたい!と思ってきたこの私が、共依存魂炸裂!とばかりに貢ぐ側へと変換スイッチが入った瞬間です。
今日はナイトマーケット、明日はパラセーリング、夜はタナロットでサンセットクルーズ。そして夜中はクタのレギャン通りのDiscoで遊ぶか、Barで飲み明かすなんてお決まりのコースに、Boysを連れてまっしぐらです。
彼らと遊ぶには、飲食代はモチロンのこと、はいレンターカー代とか、入場料がいくらかかるよとか色々言われましたが、とにかくどれもこれも安い金額なんですよ。こんな安くてガイドしてくれるなら別にいいやという気分になっていきました。
なんせ当時のインドネシアのお給料って月給2万円位だったんですよね。
はした金で豪遊する日本人OLたち
しかもとにかく彼らは優しい。男性も女性も至れり尽くせりという感じなんですよね。遊びに来ている日本人の女の子達ともどんどん顔見知りになっていきましたが、彼女たちも全員女王様のように彼らに甘え、なんでもやって貰っていました。
だって、普段は皆、上司に文句を言われながら働いているただのOLなんですよ。それが自分が持ってきたはした金で豪遊でき、女王様のように大事に大事に扱ってくれる。何もわからない異国の地で、遊びからアクシデントまで何があっても、お付きの男の子たちが解決してくれる。しかも現地の人たちは皆ツーカーで、通じ合って強い仲間意識を持っている。誰かの彼女でも、自分の彼女の様に全員が優しくしてくれる。そりゃあもう独身なら恋に落ちるでしょうよ。
私たちはグループでバリに来ていましたが、それはもう初心者。出会う女の子たちは一人で長期滞在し、「エコの彼女なの」なんて自己紹介してくれました。
こうしてジャワニーズ時々バリニーズ達の彼女社会というものもあって、日本人同士こっちはこっちで顔見知りになっていきました。
こうして私はあっという間にバリに慣れてしまい、帰国するのがすっかり嫌になっていきました。
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コメント
結婚してからのこの破天荒な展開!さすがりこさん!と思いました。こんな面白すぎる展開を経て、今の、りこさんがある。どれだけ皆勇気をもらっていることでしょう。やっぱり自分がこうしたい!と思う人生を貫いていくところに間違いはない!と改めて確信しました。このドラマ、本人を演じるのは本人しかないでしょう。りこさん女優の道も開かれてきました!!多彩な才能まだまだ開花されることがたくさんありそうで今後も目が離せません。いつも皆に元気と勇気と笑いをありがとうございます。りこさん見てると、これから何があっても絶対大丈夫!って思えてきます!!
こんな人生を送ってきてたんだとビックリ!面白すぎるし、楽しそう。
まさかの展開でしたが、これからも何が起こるの〜とワクワク
毎回&毎回楽しみで仕方ない。笑って笑って、勇気が湧いてくる。
朝ドラ化してくれたら、いつも次の日が楽しみで、毎日元気に生きられます。
以前、ドラマ化するなら、りこさんの役は誰に?とありましたが。私も、りこさんご本人に!と思います。が、もし女優さんにお願いするなら、天海祐希さんで!そして、りこさんは、どこかで友情出演して、仲村トオルさんと共演を果たす。
観ます!!
まず、キャラクターだけでなく、リコさんは胃まで強かったのかと読みながら笑ってしまいました。
今回も、平成生まれの私からすると本当に映画の中のような描写で、
バブル時代を青春として生きた日本の女性達は、
海外でもこんな風に遊んでいたんだと、新しい世界を見た気分でした。
また、ここまでのギャンマネでも出てきたように、
この時代、”女性として勝ち組になること”に世の女性たちは必須だったでしょうから、
日本とは違う海外での自由な女王様暮らしにハマってしまう人が多かったことは、
全く不思議ではないなと思いました。
ここから、リコさんのギャン妻気質が開花していくという流れに少しソワソワしますが、
「最初は女性として貢いでもらいたかったのに、その人に共感・同情してしまうと逆に自分がどうにかしてあげたくなって、いつの間にか貢ぐ側になっている」
というところは、ギャン妻の私にも身に覚えがある感覚のため、
リコさんの過去とともにまた自分を振り返れるのかなと期待感があります。
次回も楽しみにしています!
東大秘書→馬券売り場→バリ島にハマる・・・って、すごすぎ。どれも、その世界に飛び込むには私には勇気がいるなと思ってしまいますが、りこさんが、これらに邁進する姿は今にも通じるなと思いました。
私はバブル世代直後の、氷河期の中でもいちばん残念な世代。ホントにこんな時代があったんですね。
いよいよ今に繋がるお話に近づくでしょうか。次回が楽しみです。
昔、行ったタイ旅行を思い出しました。
私は、自分たちが楽しめる事、やりたい事しかしなかったので、、どんなに声をかけられても、三つ編みやネイルをやってもらわなかったです。その昔は、あの声かけに応えている人がいたんですね。自分は声をかけていた人たちの背景にまで、全く目が行っていなかったな。と思いました。
お腹…痛くて大変だった事も思い出しました 笑
そうかぁ。90年代初めのOLさんはこんな感じだったんだ。私はかなりブラックな職場でこき使われていたけど(ちなみに男です)、それでも飲みに行ったり、カラオケ行ったり、麻雀したり、元気がありました。まだ強かった日本と若かった私たち、懐かしい時代描写です。
ただでさえ、バリって不思議な魅力があるから、ドップリつかるだろうなと。それでも、男の子たちの生活や環境にしっかり共感し観察するところがリコさんらしい。次回すごく楽しみ。
良薬口に苦し
私のアンテナは正露丸に反応
今だに母は 糖衣ではダメ
真黒の正露丸が効くと言う
頭痛
歯痛
腹痛
万能薬だと 戸棚にしまっている
しかも 古くてもええねん! と
考えを変えない頑固な
広島女子
りこさんのバリ行きのバックの中が
正露丸の匂いに やられない事を願って!
昔のバリってこんな感じだったんですね。私は50代で行ったから随分ちがうかなと思いました。
当時の様々な背景があるにせよ、ここまで楽しめちゃうなんて天性のものですよね!まさに青春!若いってすばらしい!
はて、共依存魂炸裂スイッチが入って帰るのが嫌になってどうなるんだろう。ますます楽しみです。
今回は強靭な胃腸のところに気持ちがとまりました。
現地の何食べても下痢ひとつしない…
なんて うらやましい!
お腹痛くなったり
胃が痛くなったり
ムカムカ キリキリ…
ないんですね??
日本に居たって気持ちが沈んでいたら
私は胃腸から やられたなって思いま
す。
腸が強い人は
お肌もキレイ
精神も強い
↑
コレ 勝手なワタクシ調べです
(お池に)ハマってさあ大変!って。
りこさんの中にはいくつものマグマがあって、行く先々で地脈が刺激され噴火。その頃の女子は皆、ってあるけどそのパワーは並じゃない。
まだまだ何が起こるの〜
YOUさんじゃないけど、脚本書ききれなーい
ひと回り離れた兄の影響でリゾ・ラバは聞いたことがあるけど、その当時バリでこんなことが起こっていたとはまったく知りませんでした。
ほんと1人で何人分の人生を経験してるの〜と毎回驚きの連続です。
以前りこさんがドレッドで真っ黒に日焼けしていたことがあったと聞いて全く想像できなかったのですが、これを読んで話が繋がりスッキリしました。
りこさんのこんがり焼けた肌。眩しい笑顔。心ゆくまで楽しんでいるのがヒシヒシと伝わるが、、、、夫との生活が苦しくなってきますよね、こりゃ。
正反対の世界観で、帰宅できなくなる。
エピソードが次から次へと無尽蔵に湧いて出てくる。
まるで千夜一夜物語。
「この人たちにバンバン金使って、一緒に楽しもう」
形は違っても、この精神が変わらず田中さんの人生のベースにあるんだなあ、と納得。
さて、どうなる。次回が楽しみすぎる。
心配する東大の先生方に「大丈夫です。正露丸持っていきますから」と答えるりこさん流石です。笑えました〜。
バリ島物語、続きが早く知りたいです!
毎回楽しく読ませていただいております。ギャンブル依存症に関するりこさんのセミナーや相談会に参加させていただいてますが、今のりこさんとは繋がらず全く別人のように思えてなりません。
今後の続編も期待しております!
お金を貢ぐ理由が、バリの青年達の背景を知って、助けたいと思うところがすごく共感です。
私もそういうのに感化されます。
見知らぬ土地で、物おじせずバンバン遊びに行く行動力も凄いなと思います。
続きが早く読みたいです。
とうとう、バリ島貢ぎ時代に突入ですね。まるで、映画のようにハラハラドキドキの展開であーん、またここで「つづく」かぁ…と、次が待ち遠しくなる私。
それにしても波乱万丈すぎる。