Addiction Report (アディクションレポート)

日本にも「リカバリーカルチャー」を作りたい 依存症からの回復者を賞賛する社会へ

日本でも依存症からの回復者に拍手を送り、応援する社会を作りたい。そんな願いを持つ3人が、どうやったらそれが実現できるのか語り合います。

日本にも「リカバリーカルチャー」を作りたい 依存症からの回復者を賞賛する社会へ
「日本にもリカバリーカルチャーを作りたい」と語り合う右から田中紀子、松本俊彦さん、岩永直子(撮影・後藤勝)

公開日:2024/02/01 02:00

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日本では、依存症になる人は「意思が弱い人」「反社会的な人物」など誤ったイメージが流布されています。

そんな差別や偏見の眼差しの背景には、「ダメ。ゼッタイ。」に代表されるこの国の依存症教育があります。

これを払拭するために、私たちはどんなことができるのでしょうか?そして、欧米のように回復した人を賞賛する「リカバリーカルチャー」はどのようにしたら作ることができるのでしょうか?

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さん、Addiction Reportを運営する公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会代表の田中紀子、編集長の岩永直子で議論しました。4回連載の最終回です。【編集長・岩永直子】

保健体育に「メンタルヘルス」は入ったものの…薬物は別扱い

岩永 依存症に関する教育にも問題があると思います。違法薬物の予防・啓発教育といえば、すでに依存症になった人を貶める「ダメ。ゼッタイ。」教育を松本先生は批判していますね。

松本 とても根深い問題だと思います。最近、中学や高校の保健体育のカリキュラムに「メンタルヘルス」が入りました。自殺対策の文脈で入ったのですが、親のメンタルヘルスの問題で悩んでいる子供たちが多いし、自分がなる可能性もあるので、学校で教えなければいけないよね、となったのです。

実は、昔は「メンタルヘルスについては子供に教えない方がいい」と言われていたのです。子供のうちからうつ病について教えると、「僕うつ病だから」と仮病を使う人が出てくるから良くないと言われていた。そんなことはないよねと見直され、入りました。

その中でアルコール依存症についても教えるのですが、薬物依存症だけは依然として別枠なんです。文部科学省と連絡を取り合っている厚労省の部署が、違法薬物の取り締まりを担当する監視指導・麻薬対策課だからです。回復について伝えずに、依然として薬物の問題は「ルール違反」という文脈で伝えられます。

学校ではちゃんとした知識を教えてほしいなと思います。学校はなぜかいまだに軍国主義のような教育をしますよね。少数の大人がたくさんのいうことを聞かない奴らをまとめる、という感じです。体育館で体育座りをして、小さく前ならえする。

そうなるとやっぱり薬物も、ああいう「ダメ。ゼッタイ。」教育になってしまうのかなと残念に思います。

岩永 今、中高生で市販薬依存が問題になっているのに、「薬物を使うのはルール違反」とか「ダメ。ゼッタイ。」教育をすれば、学校でも誰かに相談することはできなくなりますね。

松本 そうなると思いますね。

マスコミも後押しする「ダメ。ゼッタイ。」教育

岩永 「ダメ。ゼッタイ。」教育を、メディアも後押ししていますね。規律を重んじて、ルールを疑うことなんてあり得ない、という感じです。上の言うことを聞く、長いものに巻かれるのが良いという感覚を植え付けていきます。

松本 そうそう。遵法精神を重んじますよね。

岩永 それこそ大麻使用罪の創設を議論する厚労省の検討会で、発言した委員の名前を書いてはならぬという到底納得のいかないルールが設けられました。人の人権を制限する逮捕要件を広げるような大事な検討会で、議論のプロセスが透明化されないのはおかしいと考えた私はそれに抵抗しました。

最終回で、どの委員がどんな主張をしたのか発言者の名前を書いたら、監視指導・麻薬対策課が圧力をかけてきただけではなく、記者たちからも「ルールを守れ」とバッシングされたのには驚きました。「そんなルール破りをしたら、厚労省に取材させてもらえなくなるじゃないか」と言われたのにもびっくりしました。

しかもそれを、実名、顔出しで書いている私に、匿名で投げつけてくるのです。

国民の知る権利を守るためにメディアは取材の特権を与えられているのに、国におかしなルールを押し付けられて唯々諾々と従うなら、権力の監視なんてできないじゃないかと思います。地獄のようです。

規制を牛耳る医薬品業界と役所の親密な関係性

松本 それは地獄ですね。「ルール破り」に厳しいと言えば、各地域にあるライオンズクラブは「ダメ。ゼッタイ。」キャンペーンの先鋒部隊なんですよね。しかし、そこにいるクラブのおじさんたちは、昔シンナーを吸っていたような人たちなんです。

別にそれはいい。昔のヤンキーが更生して、今は地元の商工会のスターになっているのはよくあることです。でもそこで「ダメ。ゼッタイ。」と押さえつけ出すのは、おかしいなと思います。

両極端な人たちは、どこかでつながっているものです。怪しい団体の理事会はだいたい警察のOBが入ります。パチンコメーカーが入って、薬物乱用防止を目的の一つに掲げている「日工組社会安全研究財団」も、警察のO Bが役員に入っています。

最近、市販薬の乱用の対策を国は考え始めましたが、その検討会に医者を入れませんでした。ほとんど薬学の研究者で固めています。厚労省の中で医系技官(医師の役人)と薬系技官(薬剤師の役人)がいてしのぎを削りあっているからです。

だから市販薬の問題を、悩める個人の問題ではなくて、不届きな薬の使い方をしている問題に矮小化しようとしているわけです。その検討会に呼ばれた人を見ると、薬害研究者や日本チェーンドラッグストア協会の役員とか、製薬企業とか、薬の関係者だらけです。

しかも、日本OTC医薬品協会の理事長は、元厚労省の監視指導・麻薬対策課の課長です。規制している人が、いろいろな規制をコントロールして、許認可を出しながらどんどん権力を強めていく図式があります。そういったものの煽りを子供達が受けているわけです。そういうのは許せません。

大麻の使用罪創設も、マトリの権益や存続にかかっていたのだと思います。

教育を変えるには、伝え手である先生にメンタルの余裕を

岩永 我々も創刊記念で「ダメ。ゼッタイ。」に代わるキャッチコピーを募集するイベントを開こうかという話をしていますが、教育については何からまず手をつけたらいいでしょう。

田中 まず、教育者に依存症の人が多いのが一番の問題だと思います。学校の先生はアルコールやギャンブルに依存している人がすごく多い。中には薬物の人もいます。まずは、教育者が精神的に健康でないと、薬物の問題を抱えている人に対して、思いやりや配慮を求めることなんてできないのではないでしょうか?

私自身もそうでしたが、依存症で苦しんでいる時は、周り全てが敵に見えるのです。自分のためを思って何か言ってもらっても、めちゃくちゃ高いハードルの提案を言われている気がしてしまい、「こいつは私をいじめようとしている」と受け止めてしまう。すごく嫌な奴になっていくのです。

だから、まずは教育を変えていくためには、伝え手のメンタルを良くしてあげないと無理じゃないかなと思います。

あとは、教育に予算をかけないこの国で無理かもしれませんが、依存症の啓発教育はアウトソーシングしてほしい。保健体育の授業の時に、一コマ私たちを呼んでもらうとか、教材を作らせてくれるとか、実現するといいなと思います。

今は「ダメ。ゼッタイ。」の資料を作ることが、提唱する団体の利権になっています。先生たちが「本当にこの教材だけでいいのかな」と考える知性を持ってほしいと思います。

岩永 それに疑問を持ってもらうために、新しいメディアである我々が発信することはできますね。

依存症から回復した人を讃える社会に

田中 こんなに依存症が多くて回復している仲間もいるのに、声を上げられないことも問題です。回復者の中には医師もいるし、検察官もいるし、学校の先生も、弁護士もいます。そういう人たちが声を上げられていない。

回復した人がもっと声をあげて、周りの人も「あの人、回復して頑張ったよね」「すごいね」と讃える社会になってほしいです。日本ではどれだけ回復してもぶっ叩くだけです。でも海外では、ちゃんとリハビリ施設に行ってやめ続けている俳優がいたら、よく頑張ったねと俳優仲間も言ってくれます。

そういう文化を日本でも根付かせたいです。

「リカバリーカルチャーを日本にも根付かせたい」と語る田中紀子(右)と松本俊彦さん(左)(撮影・後藤勝)

岩永 アメリカでもロバート・ダウニーJr.とか、ドラッグで一度は地に堕ちた人が回復して、今では大スターの稼ぎ頭になっています。そしてハリウッドでも尊敬されています。再起ができて、トップにもなれて、周りの尊敬を集めることを体現していて、それは薬物で苦しんでいる人の大きな希望になると思うのですよね。

田中 そうですよね。そのためには「昔、ギャンブル依存で大変だったんだよね」とか「大学の時に薬物依存でこんなふうになっちゃったんだよね」とちゃんと言えるような社会になってほしい。

岩永 それこそ田中さんは著名人が逮捕されると、声をかけて回復に引っ張り上げていき、回復の体験を表で語ってもらうというプロデューサーのような役割を果たしています。そういう文化を日本に作ろうと思ってやっているわけですよね。

田中 そうですね。それはすごく思っています。

岩永 少し前までは勝新太郎や萩原健一さんら、薬物で捕まっても何度も戻ってきて、アウトローな魅力で人気を集める人ががいましたよね。今はバッシングだけしかないですが、なぜこんなに変わっちゃったのでしょうね。

田中 何事もないようにしれっと戻ってくるのではなくて、何らかの治療を受けて回復して止まっているなら、みんなで受け入れようというのがベストだとは思います。

日本にもリカバリーカルチャーを作るには?

岩永 回復した著名人が、自身の体験を公の場で話し始めている影響については先生はどう感じますか?

松本 最近、僕が翻訳したアメリカの本『依存症と人類――われわれはアルコール・薬物と共存できるのか』(みすず書房)にマーガレット・マーティ・マンというA A(アルコール・アノニマス)で断酒していた女性について書かれています。アメリカで回復者が話せるようになったのは、この人がかなり派手にロビー活動をしてくれた影響があります。

またフォード大統領の妻のベティ・フォードがアルコールと薬物の依存症であることをカミングアウトして、巨額のお金をつぎ込んだ施設を作ったことで、ハリウッドで依存症をテーマにした映画が一気に増えたそうです。

それで一気にアメリカの依存症のイメージが変わって、「リカバリーカルチャー(回復を応援する文化)」のようなものができてきたのですね。俳優さんの中でも回復した仲間を受け入れて、リスペクトするような文化が生まれた。

田中さんも以前から言っているのですが、アカデミアの人があれこれ言ってもダメで、余計暗くなります。たぶん、エンタメも含めて社会の大きな動きを作っていくことが必要なのだろうなと思います。

企業は変わった?医者も記者も依存症はいるけれど

岩永 そういう流れを私たちも後押しできたらなと思います。企業も最近、依存症の講演をしてくださいというところが増えているのですよね?

田中 特にギャンブルは横領事件があまりにも多いので、予防として講演してくださいという企業が増えています。私が会を立ち上げた10年前も依頼があったのですが、「うちが講演を依頼したことを外では言わないでください」と言われていました。

今はそうではなく「社員のためを思ってこういう取り組みをしています」と言ってくれるようになっています。それはすごい進歩です。

岩永 企業の姿勢も徐々に変わっているのでしょうかね。松本先生はどう感じますか?

松本 薬物に関しては企業は全然ダメですね。ある大学病院の医師が薬物で捕まった時に、講演を頼まれたことがありました。僕の講演のテーマは「周りに助けを求めましょう」「一人で抱えないでください」でした。

でも後で「そうではない。医療安全の一環で、絶対に手を出すなというメッセージを伝えてほしかったのに」と依頼してくれた精神科の教授に嫌味を言われてしまいました。

アルコールやギャンブルも横領までいかないものだったら、周りに助けを求めてくださいと話せるかもしれませんが、薬物は違法なので一発アウトなんですね。でも医療者は睡眠薬などを乱用しているのです。薬にアクセスが良くて、回復しにくい処方薬の乱用者が医療者にはウジャウジャいます。そちらに目を向けないのはどうかなと思います。

だから薬物業界は企業とのタイアップは現実問題として難しいですね。

田中 医療者は最近、ギャンブル依存も多いです。変な投資話を持ち込まれて、あっさり引っかかる医療者が多いのですよね。

松本 F Xとかマンション投資もそうですね。卒業生名簿が売られて、しょっちゅう電話がかかってきますから。

岩永 メディアはアルコール依存症が多いですね。私も依存気味ですが、酒飲みながら仕事をしている上司がたくさんいましたし、アルコールで仕事ができなくなった人を何人も見てきました。他人事のように書いていますが、自分たちだって問題抱えているじゃんと思うのですよね。

田中 メディアの人も薬物で捕まると報道されます。でもそこのメディアに「捕まった人を紹介してくれない?」と頼んでも、絶対につないでくれません。アンタッチャブルな感じです。

散々記事では「相談しましょう」と書いていて依存症に理解を示している記者も、動いてはくれません。

岩永 アルコールは朝日新聞の記者でもカミングアウトして体験記を書いている人もいます。アルコールはそれでもいいのでしょうね。薬物は違法だからダメなんですかね。

松本 そうですね。コンプライアンス問題があるのでしょうね。薬物依存症で受診している記者さんもいますよ。

世論をリードし、回復者の誇りとなるメディアに

岩永 このメディアは文字だけでなく、音声や動画も考えていくつもりです。社会にどういう影響を与えてほしいと期待されているでしょう?

松本 大きな事件があった時に、最初に参照される情報サイトになってほしいですね。岩永さんがバズフィード時代にやってくれたことをありがたいと思っているのですが、何か芸能人の逮捕などがあると、すごい速さで記事を書きますよね。

それを見て、大手メディアが取材する。少し世論を引っ張る力があると思うのですね。そういうふうにリードする、みんなが参照するメディアに育っていただけるとありがたいなと思います。

田中 依存症者の回復者を増やしたいのが一番です。回復者の誇りとなるようなメディアにしていきたいですね。

岩永 確かに。読んだ人が自分のことを肯定的に見ることができるようなメディアにしていきたいですね。当事者にセルフスティグマ(自分自身に対する偏見)や、自分の人生を諦める気持ちを振り払ってもらいたいし、そういう人を応援する存在でありたいです。

田中 依存症で逆境体験を持っている人は多いから、依存症以外の人たちにも力になれるようなメディアにしたいです。自分が雑草だし、貧乏人の娘だし、親は横領犯だし、何もないところから這い上がってきたので、同じような思いをした人が元気になるようなことをやっていきたいと思います。

岩永 田中さんとスタイリッシュに発信したいねと話していますよね。

松本 他と差別化するならそこでしょうね。

田中 貧乏くさいのは嫌なんですよ。著名人にもどんどん出てもらいたいですね。これからこのメディアが話題になって、大きなメディアになったらみんな出てくれます。そんなふうになるまでじっくり育てていきましょうね。

(終わり)


【Addiction Report創刊鼎談シリーズ】
 松本俊彦 × 田中紀子 × 岩永直子

  1. 薬物による健康被害よりも、報道被害が大きいのはなぜか?
  2. 国の依存症対策の方針に利用されるメディア 一切の忖度なしで発信する意味は?
  3. 回復者を増やしたい つながれない人もひとりぼっちにしない社会を
  4. 日本にも「リカバリーカルチャー」を作りたい 依存症からの回復者を賞賛する社会へ

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。

【田中紀子】公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会 代表

国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 研究生。

祖父,父,夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。

2018年12月 ローマ教皇主催「依存症問題の国際会議」に招聘され,我が国のギャンブル依存症対策等の現状についてバチカンで報告をした。

著書に「三代目ギャン妻(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」「家族のためのギャンブル問題完全対応マニュアル(アスク・ヒューマン・ケア)」。

【岩永直子(いわなが・なおこ)】Addiction Report編集長、医療記者

東京大学文学部卒業後、1998年4月読売新聞社入社。社会部、医療部記者を経て2015年にyomiDr.(ヨミドクター)編集長。2017年5月、BuzzFeed Japan入社、BuzzFeed JapanMedicalを創設し、医療記事を執筆。2023年7月よりフリーランス記者として、「医療記者、岩永直子のニュースレター」など複数の媒体で医療記事を配信している。

23年9月、ASK認定依存症予防教育アドバイザー(10期)に登録。2024年1月、Addiction Reportを開設し、編集長に就任した。

 

コメント

10ヶ月前
muu

リカバリーカルチャーづくりはとても重要だと思います。ただ、そんな輝かしい世界にたどり着けず、死なない程度にダラダラと摂取し続けている当事者も多い。ぜひ、そんな曖昧な世界もカバーしてください。それと、精神科医より心理職。10分診療ではなく、じっくりと当事者に向き合っ人達の話を読みたいです。

10ヶ月前
匿名

学べました。これからも、記事を楽しみにお待ちいたします。

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