Addiction Report (アディクションレポート)

回復者を増やしたい つながれない人もひとりぼっちにしない社会を

依存症からの回復には支援が必要ですが、なかなか人とつながれない人もいます。そんな人に対しては何ができるのでしょうか?

回復者を増やしたい つながれない人もひとりぼっちにしない社会を
「回復者を増やしたい」と語る田中紀子(右)と松本俊彦さん(真ん中)、岩永直子(左)

公開日:2024/01/31 02:00

依存症で苦しむ人はたくさんいるのに、研究や支援への公費投入は手厚いとは言えません。

なぜ、そんなに顧みられないのでしょうか?そして、回復のための支援になかなかつながれない人、つながりたくない人には何ができるのでしょうか?

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さん、Addiction Reportを運営する公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会代表の田中紀子、編集長の岩永直子で議論しました。4回連載の3回目です。【編集長・岩永直子】

なぜ依存症への公費投入は薄いのか?

田中 依存症で苦しむ人はギャンブルだけでも320万人いるのに、研究や支援にかけられる公費はとても少ないです。

なぜこんなに小さいコマにされているのかといえば、病人はいるけれど、回復者が少ないからです。回復しないとこのような活動はできないし、回復しないと声も上げられません。だから回復者を多く輩出すべきだと思っています。

どうやったら国が依存症問題にきちんと向き合って予算をつけてくれるのか。どうやったら変わることができるのでしょうね?

松本 それでも田中さんたちが出てきてから、かなり変わってきたとは思うのですよ。昔はもっと酷かったから。

田中 私は仲間を増やして、そういう活動のスポンサーを増やしていくことが必要だと思います。みんなお金持ちではないですから、仲間を増やして、薄く広く会費を集めていく。月1000円でも、何万人となれば十分なお金が集まるのですから。

その人たちがメディアのスポンサーになっていくと、風向きは変わってくるのではないかなと思っています。そういう経済力をつけていくことも大事じゃないかなと思います。

岩永 アルコールであれば、財務省、国税庁が握っていますね。酒税が財源になるから、若者に酒を飲ませようという「サケビバ!」というキャンペーンまで国が繰り広げたこともありました。たばこだって税収につながるわけです。松本先生も喫煙者ではありますが。

松本 僕も命をかけて国家財政に貢献しているわけです(笑)。

岩永 ギャンブルだって、競馬、競輪、競艇など公営ギャンブルたくさんありますよね。

田中 私たちは高額納税者ですからね。社会の迷惑のように言われる筋合いはないと思います。一般の人が納める税金よりもはるかに高い税金を納めています。

岩永 だから国としては「回復してもらっちゃ困る」というところがあるわけですよね。やめ続けて、税収が減っては困る大人の事情です。

田中 そうです。だから回復者が増えないようにしているのではないかと疑います。

岩永 大きな構造の中に絡め取られているから、なかなかこれを動かすのは難しいです。それでも変えないといけない。

田中 だから回復者を増やしていくことが一番大事なのではないかと思います。

日本の政策を相対化し、俯瞰する発信を

岩永 そのために、回復者のストーリーなどを我々はこれからたくさん報じていこうと思っています。松本先生は新しいメディアにどんな報道を求めたいですか?

松本 もちろん日本には日本の法律や規制があるのですが、その法律が間違っているかもしれないとか、海外ではこういうことをやっているけれど、それはこういう根拠があるとか、日本のロジックの外側にも触れてほしいと思います。

今、日本で行われていることは、世界を俯瞰してみると相対的にこういうことです、というような発信を期待したい。そういう意味では政府の政策に忖度しないで発言して、視野を広く持っていただきたいと思いますね。

人を信じ、支え合う 回復者から学ぶこと

岩永 田中さんはどういうことを発信していきたいと思いますか?

田中 私は報道やエンタメでの依存症の描かれ方にずっと不満があります。もっと依存症の人は魅力的だし、面白いのです。

こんなにも社会に虐げられて、逆境に遭いながら、助け合って回復を支え合っていく自助グループは、日本の暗い世相の中で美しい世界です。

私たちはむしろ一般の人の方がかわいそうだと思っています。本当に信じ合える人間関係を持てなくて、疑心暗鬼になっていたり、他人の目ばかり気にしていたりする。

私はギャンブル依存症という病気になったおかげで、もう一度人を信じることができたし、でこぼこがあったりダメなところがあったりする方がみんなに愛されるということも知りました。

そういう世界を描きたいのです。人間の本当の姿を認め合って、支え合える世界を作りたい。そんな風に思っています。

ダメな自分、弱い自分を曝け出すこと、曝け出せない人

岩永 しかし、ダメな自分や弱い自分を認め、表に曝け出すことはすごく恥ずかしいし、なかなかできないことですね。松本先生なんて診察室でどういう風に患者さんに促していらっしゃるのですか?

松本 いやいや僕もなかなか曝け出せません。

岩永 先生、よく「パンツを脱ぐ」という表現を使ってらっしゃいますね(笑)。

松本 僕自身もパンツは脱げないし、みんなそうだろうし、脱げない人のことも配慮しなければならないと思っています。依存症の回復のコミュニティは普通の社会の中では得難いコミュニティになっているのは事実だと思います。

でも全員そこに行かなければとか、そこにつながらないとダメだとも思いません。でもそういう魅力的なコミュニティがあるということは、もっと多くの人たちに知ってほしいなと思っています。

止められない人もひとりぼっちにならない社会を

それと同時に、世の中にはやめられない人もいる。でも、やめられない人がひとりぼっちにならない社会だったらいいなと思うのです。

例えば、北米ではオピオイドクライシス(※)が話題になっています。

※米国でオピオイド系鎮痛薬の過剰摂取で1日に100人以上が亡くなっている危機的な状況。

オピオイドを乱用している人で問題なのは、過剰摂取した時に死んでしまうことです。だから仲間でやったり、みんなのいるところでやったりできることが重要なのです。

そういう意味では市販薬の問題が最近、取り沙汰されています。国はマイナ保険証を利用するとか、身分証明書を提示するとか、しょっちゅう買っている人は定期的な監視対象とするなど、マトリ(麻薬取締官)のような発想で今、対策を考えています。

でもそれはちょっと違うのではないかなと思っています。断酒・断薬できればいいけれど、それができないからといって、死ぬほどの問題でもない。断酒・断薬は幸せになるための手段であって、目的ではないですよね。

依存症の問題は取り締まりや禁止で対処するのではなくて、困っている人をどうやって助けるのかというスタンスであってほしいと思います。それをこういうメディアの情報発信を通じて、いろいろな人に理解してほしいことです。

できれば、刑罰ではなくて、別のやり方でその人たちを救っていく方策に世論が高まっていけばいいなと思いますね。

回復できない人をどう死なせないか

田中 それがすごく大事ですよね。私はつい自助グループが大好きだし、当事者活動が大好きだから「自助グループに行こうよ!みんな!」と、暑苦しい「女・森田健作」みたいになってしまうところがある。ついそっちにいきたくなっちゃう。

でも回復できない人をどう助けていくか、どう死なないようにするかという新しい取り組みにもチャレンジしています。そちらもすごく伝えていきたい。

「回復できない人をどう死なせないようにするかが大事」と語る田中紀子(撮影・後藤勝)

方法は一つではないし、試行錯誤していくことが大事です。この年末、ずっと「8円しかありません」「ご飯も食べられていません」というS O Sの電話が当事者からかかってきました。古い支援者たちからハレーションが起きると思いますが、そんな人に私は1000円ずつ振り込んでいました。

「1000円振り込んであげるよ。明日も大変だったら言って」と返す。だって、ど田舎に住んでいて、ガソリン代もなくて、コンビニまで行くのに20分かかりますという人からSOSがくるから、ガソリン代1000円と三が日の食費を振り込むしかない。

そんなことをしていると「田中紀子、気が狂ったか」と言われてしまうのですが、それで死なないならいいじゃないかと思うのです。

逆に三が日に電話して、「どう?ご飯食べられる?またお金振り込む?」みたいな感じでつながり続けるうちに、「完全に詰んでいるから、生活保護を申請して、回復施設行って、まずはいったん生活を立て直したらどう?」と振ってみたら、4日に行ってくれました。

そういう新しいアプローチの仕方も必要じゃないかなと思います。

松本 田中さんほとんど公的機関だね(笑)。

田中 まあそうですよね(笑)。ハームリダクション(※)という理念は伝えたいと強く思います。

※すぐさま依存物質を断ち切るのではなく、健康への害を減らしていくアプローチ。

グループが苦手で、コミュニケーションが取れない人は?

岩永 私も人見知りなんで他人事ではないのですが、自助グループのような大勢の人と一緒に何かすることが苦手な人へのアプローチはすごく大事だと思っています。以前、日雇い労働者の人が多く集まる山谷での講演会で、そういう声がたくさん聞かれました。

自助グループがいいものだと知っていても、人とうまく喋ることができなくて、大勢の中にいるといたたまれないような人もいる。もしかしたらオンラインでもつながることができないかもしれません。そんな人に対しては、どうしたらいいと思いますか?

田中 依存症となるような人はみんなコミュニケーション下手です。マンツーマンでしか話せないし、グループで話すなんてできない。

だいたい自助グループで初めて話すときは転校生と一緒です。すでにコミュニティができているところに入っていくわけですから、ただでさえ居心地が悪いのです。

ただ、自助グループに行く前に一対一で話しておいて、「今日自助グループがちょうどあるから一緒に行く?」という感じであれば、全員行けるものです。だからそその手間暇をかけられる人をいかに増やすかだと思います。

それは回復者にしかできないし、援助職や松本先生のような医師たちにやってもらうのはまずできないことです。

だから回復者を増やしていくことが、結局は大事なのではないかと思います。

岩永 なるほど。そういうアプローチを新しいメディアで伝えていくことで、「ちょっと自助グループは苦手かもな」と思う人への支援も広がるかもしれないですね。

田中 自助グループに来ることなんて苦手な人ばかりですよ。みんなカッコつけだし。

オンラインの活用は?

田中 松本先生はネットでSMARPP(せりがや覚醒剤依存再発防止プログラム)をやっていますね。あれは「ぼっち」の人にはつながりやすかったりするのですか?

松本 そうなのかもしれませんが、つながるのは別に回復プログラムでなくてもいいよねという気がするんですよね。

田中 そうですよね。オンラインを駆使したつながる試みに予算が欲しいですね。

岩永 オンラインはお年寄りは難しいですかね?

田中 そんなことはないでしょう。今はスマホで、L I N Eで孫とやりとりしているお年寄りなんていくらでもいるでしょう?

▶ 鼎談シリーズ第四回「日本にも「リカバリーカルチャー」を作りたい 依存症からの回復者を賞賛する社会へ」に続く


【Addiction Report創刊鼎談シリーズ】
 松本俊彦 × 田中紀子 × 岩永直子

  1. 薬物による健康被害よりも、報道被害が大きいのはなぜか?
  2. 国の依存症対策の方針に利用されるメディア 一切の忖度なしで発信する意味は?
  3. 回復者を増やしたい つながれない人もひとりぼっちにしない社会を
  4. 日本にも「リカバリーカルチャー」を作りたい 依存症からの回復者を賞賛する社会へ

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。

【田中紀子】公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会 代表

国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 研究生。

祖父,父,夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。

2018年12月 ローマ教皇主催「依存症問題の国際会議」に招聘され,我が国のギャンブル依存症対策等の現状についてバチカンで報告をした。

著書に「三代目ギャン妻(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」「家族のためのギャンブル問題完全対応マニュアル(アスク・ヒューマン・ケア)」。

【岩永直子(いわなが・なおこ)】Addiction Report編集長、医療記者

東京大学文学部卒業後、1998年4月読売新聞社入社。社会部、医療部記者を経て2015年にyomiDr.(ヨミドクター)編集長。2017年5月、BuzzFeed Japan入社、BuzzFeed JapanMedicalを創設し、医療記事を執筆。2023年7月よりフリーランス記者として、「医療記者、岩永直子のニュースレター」など複数の媒体で医療記事を配信している。

23年9月、ASK認定依存症予防教育アドバイザー(10期)に登録。2024年1月、Addiction Reportを開設し、編集長に就任した。

コメント

3ヶ月前
kai

なんかすごく感動。

つながれない人も『ひとりぼっちにしない社会』を作ろうとする人たちがいるなんて。

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