Addiction Report (アディクションレポート)

国の依存症対策の方針に利用されるメディア 一切の忖度なしで発信する意味は?

依存症の人へのバッシングや偏見はメディアが煽っているところがあります。なぜこのようなことが繰り返されるのでしょう?

国の依存症対策の方針に利用されるメディア 一切の忖度なしで発信する意味は?
「国の方針を通すためにメディアが利用されているのを感じる」と話す松本俊彦さん

公開日:2024/01/30 02:00

薬物使用者など、依存症の人へのバッシングや偏見は、マスメディアによる報道が煽っているところがあります。

なぜこうしたことが繰り返されるのでしょうか?

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さん、Addiction Reportを運営する公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会代表の田中紀子、編集長の岩永直子で議論しました。4回連載の2回目です。【編集長・岩永直子】

薬物報道ガイドライン、効果はある?

岩永 2017年2月に松本先生や田中さんも参加している「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」が「薬物報道ガイドライン」を作ったことがありました。報道で「望ましいこと」と「避けるべきこと」を列挙して、適切な報道をするように求める内容です。

薬物使用者の逮捕やバッシングがあるたびに、「ガイドラインに沿った報道を」と呼びかけていますが、少しは改善の兆しはあるでしょうか?

松本 時々、「改善したな」と思うこともあったり、「改善している」と人から聞いたりすることはあります。

あのガイドラインを出した直後は、「変わりつつあるな」と感じられましたし、違法薬物を使った人が安心して診療に来てくれるようになったなと診察していて思うこともありました。でも「何も変わっていないな」と思うこともあります。様々です。

国の世論誘導のために利用されるメディア

一方で、ある時期から大麻による逮捕の報道がある時期から増え始めた。大麻使用罪創設を盛り込んだ改正法が成立したとたん、そうした報道は減った気がするのですが(苦笑)、そうした報道で、「薬物使用者はけしからん」という空気が醸成されていった気がします。

世論の誘導はわりと簡単なのだなと思いました。僕らが啓発をしてもすぐにリセットされますが、国の方針を固めようと思うと簡単に世論は動かせるのかとがっかりしました。

岩永 大麻使用罪の創設を国会で議論が始まる時に、日本大学のアメリカンフットボール部の大麻による逮捕があったり、逮捕報道が相次いだりしました。タイミングが非常に露骨でしたね。国や捜査機関はうまいことメディアを利用するのだなと空恐ろしさも覚えました。

依存症報道について批判する田中紀子(右)と松本俊彦さん(左)(撮影・後藤勝)

田中 そうです。国家権力はメディアを簡単に操作できるのだなと思いました。日大アメフト部の事件は、林真理子理事長をバッシングするのを面白がる人たちと重なって、一気に薬物使用者を叩いてもいい雰囲気に引き戻されちゃったなと感じます。

油断していると、簡単に引き戻されるので気を抜けない。

SNSでのバッシング、時には人の命を奪うことも

岩永 報道だけでなく、今はS N Sで誰でも発信できる時代になっています。今をときめく芸能人が逮捕されたり、日大アメフト部の部員が複数摘発されたりすると、「ぶん殴るべき対象がまた新たに見つかったぞ!」とS N Sも活気付き、一般人による社会的制裁も一斉に始まります。

これはどういう心理から起きているのだと思いますか?

松本 これはよくわかりません。僕もよくネットで叩かれています。僕が違法薬物の逮捕などについてコメントすると、「この専門家何もわかっていない」と素人の人から指摘されます。その自信はどこから出てくるのかなと思いますね。

岩永 報道がヒートアップするだけでなく、情報の受け手である一般の人も、「自分も叩いていいのだ」と思えるのはなぜなのでしょうね。正直言って、他人事のはずです。なぜあそこまでヒートアップできるのか、すごく不思議です。

田中 正義感に燃えてしまうのだと思いますよ。S N Sで叩くのを良いことだと思っているし、「自分が教えてやらなきゃ」とか「わからせてやらなきゃ」という思いが出てくるのだろうと思います。「叩いてやろう」とさえ思っていないのかもしれません。

岩永 新型コロナウイルスでも、専門家の発信を一般の人が叩くことがあり、誹謗中傷や脅し、殺害予告まで発展してしまうこともありました。それに対して法的手段を取る動きもたくさん起きています。

ただ、フタを開けてみると、専門家をバッシングしていたその人たちも生活保護を受けていたり、精神障害があって働けなかったり、自分たちも社会から排除されて苦しい思いをしている人たちが多いことに驚きました。そういう社会的弱者と言われる人がバッシングの担い手になっている可能性についてはどう考えますか?

松本 それはあると思います。生活保護バッシングが起こる時に、ギリギリ生活保護の対象にはならない人が叩いているとよく言われています。そういうところで一生懸命マウントを取ったり、自分の存在意義を見出したり、日頃の鬱憤を晴らしたりしている方はいるのだろうと思います。

専門家の発信、信用できる?

松本 とはいえ、そういったものが一つの言論の流れを作っていることで追い詰められる人もいる。

先日も、違法薬物を使った疑いをかけられて捜査されていた韓国の俳優さん(イ・ソンギュン氏)が自死された事件がありました。捜査機関が追い詰めて殺したとしか思えませんが、世論もそれに乗っかっていたと思います。

本当に人の生き死にに関わる問題なのだと、どうやったら隅々まで伝わるのかと思います。

岩永 社会的弱者が鬱憤ばらしのために、つまずいた人を叩く構図については、叩く相手を見誤っているのではないかと思います。

自分が今、とても苦しい思いをして、助けてももらえないと感じているならば、苦しさの元凶をどうにかするとか、支援の手を差し伸べない公に対して戦えばいいのにと思います。

田中 でも、時に専門家というパワーを持った人が変なことを言うこともあります。専門家によって痛い目にあったこともたくさんあるのです。

ギャンブル依存なんて、カジノ法案が議論されている時に、突然聞いたこともない医師免許を持った専門家と名乗る人が出てきていい加減なことを言う。それで痛い目に遭っている人は、専門家が言うことに対して「この野郎」と思うこともあるかもしれません。

一面しか見えていないぞという謙虚さをみんなが知る必要はあるのではないかと思います。

岩永 私たちも含めてその謙虚さは持たなければなりませんね。

田中 そうですね。

岩永 薬物でも「刑罰によって困る経験をすることは、治療につながるきっかけになる」と主張する医師もいます。そんな医師のところにかかれば通報されてしまうかもしれないから、なかなか受診できない気がするのですが。

田中 薬物は特に専門家の対応はバラバラですよね。

岩永 なぜそのようなことが起きるのでしょう?

松本 考えてみたら、僕がこの業界に入った時から、薬物依存の分野は春秋戦国ですよ(苦笑)。エキセントリックな医師の集まりで、譲らない、議論ができない。そういう人しか来ないので仕方ないのかもしれませんが、なかなかまとまりませんね。

▶ 鼎談シリーズ第三回「回復者を増やしたい つながれない人もひとりぼっちにしない社会を」に続く


【Addiction Report創刊鼎談シリーズ】
 松本俊彦 × 田中紀子 × 岩永直子

  1. 薬物による健康被害よりも、報道被害が大きいのはなぜか?
  2. 国の依存症対策の方針に利用されるメディア 一切の忖度なしで発信する意味は?
  3. 回復者を増やしたい つながれない人もひとりぼっちにしない社会を
  4. 日本にも「リカバリーカルチャー」を作りたい 依存症からの回復者を賞賛する社会へ

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。

【田中紀子】公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会 代表

国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 研究生。

祖父,父,夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。

2018年12月 ローマ教皇主催「依存症問題の国際会議」に招聘され,我が国のギャンブル依存症対策等の現状についてバチカンで報告をした。

著書に「三代目ギャン妻(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」「家族のためのギャンブル問題完全対応マニュアル(アスク・ヒューマン・ケア)」。

【岩永直子(いわなが・なおこ)】Addiction Report編集長、医療記者

東京大学文学部卒業後、1998年4月読売新聞社入社。社会部、医療部記者を経て2015年にyomiDr.(ヨミドクター)編集長。2017年5月、BuzzFeed Japan入社、BuzzFeed JapanMedicalを創設し、医療記事を執筆。2023年7月よりフリーランス記者として、「医療記者、岩永直子のニュースレター」など複数の媒体で医療記事を配信している。

23年9月、ASK認定依存症予防教育アドバイザー(10期)に登録。2024年1月、Addiction Reportを開設し、編集長に就任した。

コメント

3ヶ月前
匿名

世論により大麻取締法が改正された訳ではない。それは、きっと、思い込みでしょう。

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