Addiction Report (アディクションレポート)

薬物による健康被害よりも、報道被害が大きいのはなぜか?

「意思が弱い人がなる」「反社会的人物」と間違ったイメージがついている依存症。特に違法薬物によって逮捕されるとメディアは率先してバッシングを繰り返し、回復や復帰を拒みます。Addiction Reportはそんな報道や社会をどう変えたいのか。専門家と共に語り合います。

薬物による健康被害よりも、報道被害が大きいのはなぜか?
依存症の報道について何が問題で、どう変えたいのか語り合う松本俊彦さん(真ん中)、田中紀子(右)、岩永直子(左)(撮影・後藤勝)

公開日:2024/01/29 02:00

依存症は「意思が弱いからなる」「反社会的な人物がなる」と間違ったイメージが染み付いています。

特に違法薬物によって逮捕されると、日本ではメディアが率先して容疑者の過去の言動の粗探しをし、罪を償って元の場所に戻ろうとしても回復や復帰の足を引っ張ることを繰り返してきました。

そんな報道や社会的制裁について、専門家や支援者、そしてメディアの一員である私はどう見てきたのか。どう変えたいのか。

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さん、Addiction Reportを運営する公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会代表の田中紀子、編集長の岩永直子で議論しました。4回連載の1回目です。【編集長・岩永直子】

マスコミの依存症報道、どう見る?

岩永 これまでの依存症報道を見るたびにどんなことを感じてきましたか?

松本 僕はどうしても薬物に関して敏感に反応します。人権を侵害するような報道や、その人のやってきたことを全て否定するような報道に、いつも憤りを覚えてきました。

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長・松本俊彦さん(撮影・後藤勝)

でも、これが20〜30年前だったらどうだろうかと考えると、同じような報道であってもそれほど違和感を覚えていなかったかもしれません。

なぜそう変わってきたかというと、問題を抱えている本人たちと今はちゃんと向き合っているからなのでしょう。そういう意味では、社会が回復した人や回復を目指している人とまだ会えていない状況が依然として続いているのだろうと思います。

現状にすごく腹が立つし、僕もそれを批判したりもするのですが、自分自身の歴史を振り返ってみても変遷がある。どうやったら変わるのだろうかといつも考えています。

田中 私は、ワイドショーなどで専門知識もないタレントがわかったようにコメントするのがすごく腹立たしいと思っていました。しかもその発言が叩かれると、「あの時はディレクターにそう言わされた」とか「そんなカンペが出ていた」とか言い訳する。

Addiction Report プロデューサー・田中紀子(撮影・後藤勝)

その発言でものすごく傷つき、下手すれば命を失う人もいるのに、「自分は人を叩くようなことを本当は言いたくなかった」と逃げようとする。それはあまりに酷い話です。

だから、違法薬物での逮捕など何か依存症に関する事件があった時に、専門性を持ったメディアがオピニオンリーダーのようにリードしていくことが必要ではないかとずっと思っていました。

岩永 その思いが今回の「Addiction Report」創刊につながったのですね。

田中 そうです。ずっと構想として持っていました。そうしたら岩永さんが独立するというので、「このチャンスを逃してはいけない」と思ったのです。

岩永 私も先行き不安定な時期だったので、声をかけてもらって「必要とされている」と救われた気持ちになりました。

私のスタンスも話すと、薬物での逮捕報道については、メディアに属する一人として申し訳なさを感じてきました。警察取材の担当をしていた時もあったのでわかるのですが、その時はどうしても警察とべったりの関係になります。

ネタをもらうために仲良くなろうとするから、相手の価値観をいつの間にか内面化してしまう。特に違法薬物の逮捕では警察は見せしめとしたいので、事前に摘発の情報をリークして、その現場にマスコミが先回りし連行されていく様子をうつす。有名人であれば、テレビはその動画をニュースで使うのがお決まりのようになっています。

そういう意味で、私もオールドメディアにいた頃、摘発する側の価値観を垂れ流すことに加担してきた責任を感じているのです。新聞社から抜け出さないと、警察と一体になって叩くことがおかしなことだとも気づかなかったと思います。

取り締まる当局からの情報だけを追い、その人が薬物を使用するに至った背景なども知ろうともしなかった。読売新聞時代の最後の方で松本先生の取材をきっかけにそれに気づき、オンラインメディアに転職してからは違う報道の仕方を模索してきました。

報道が壊す本人の回復と家族の生活

岩永 当事者の全てを否定するような報道が、当事者や家族にどういう影響を与えているのでしょうか?

松本 もちろん今まで診察室の中でご家族の色々な言葉を聞いてきましたが、たまたま間近で経験したこともあります。

ずいぶん前にある著名人が捕まったのですが、その前からその人のことは診療していました。隠密でやらないといけないので、自宅や事務所に行き、本人だけでなくご家族や所属しているプロダクションの社長とも会ったりしていたのです。

そんな診療を続けていたある時、その人が逮捕されて大騒ぎになりました。家族によると逮捕された時に自宅の色々なものをメディアに壊されたそうです。

家族は散り散りになって、メディアから逃れるためにあちこちのホテルに転々として、スーツケースを抱えてやつれて過ごしながら、子供も絶望的な気持ちになっている。その時、ご家族の方が「そんなに悪いことをしたのかな」とつぶやいたんです。本当にその通りだと思いました。

著名人だからそんなことが起きたわけです。よく薬物の事件は「被害者なき犯罪だ」と言いますが、「家族が被害を受けているんだ」と言われることもあります。

でもそれは、犯罪化しているからであって、逮捕されると家族は外を歩けなくなり、いつも世間の目を気にするようになります。

東京都の精神保健福祉センターの家族教室を20年以上やっていますが、そういう話はよく聞きます。逮捕されることで家族の状況も激変してしまう。家族も「育て方のどこが悪かったのだろうか?」などと自分自身を責める。

でも世の中の家族の7割以上は、どこかに問題があるものです。だけど、薬物の場合は外にどんどん相談できなくなるし、家族もますます本人を追い詰めたりしてしまう。

これは、少なくともその人が手を出した薬物の薬理作用によるわけではありません。社会が作っている害じゃないかなと感じてきました。

岩永 本人の治療にもそういうバッシングや家族が責め立てられることは影響を与えていますか?

松本 もちろんそうです。そうしたバッシングを受けると、本人も意地になって、治療を受けたら弱さの表明になってしまうのではないかと思って病院に行かないこともあります。嘘をついたり隠したりするようになることもある。

本人もおかしくなってくるのです。良き夫、良き父親、良き子供であろうとすると、失敗は許されない気持ちになる。素直に弱さを受け入れて治療を受けた方がいいと思うのですが、本人は弱さを受け入れるとダメ人間になったような気がするので、ムキになってしまうのです。

相談窓口さえ通報を恐れて頼れない薬物使用者

岩永 田中さんはバッシングの影響についてどう考えますか?

田中 私は自分自身がギャンブル依存症の当事者でもあり、家族でもある立場です。薬物の仲間と仲良くなった時に一番驚いたのは、「相談電話も盗聴されているのではないかと思った」「相談の電話をかけたら家を突き止められて、逮捕されるのではないかと思っていた」と家族が思っていることでした。

相談電話なんておいそれとかけられるものではない、という話を聞いた時にすごく驚いて、それは大変だよねと思いました。

ギャンブル依存症も「金の問題を相談してなんとかなるのかな」と疑っていましたが、薬物に悩んでいる人は相談にたどり着くことさえできない。「相談窓口があるという情報すら疑ってかかるのか」とわかったら、一体どうやったら支援にたどり着けるのだろうと呆然としました。それほど薬物はスティグマが強いということです。

また、こういう支援活動をするようになって、色々な人と関わり合うようになって一番ショックだったのは、当事者が自分自身を諦めていることでした。薬物を使った人の報道が行き過ぎだと松本先生や自分がS N Sなどで言うようになると、それに対して「放っておいてくれ」と当事者が言うことがありました。

今、薬物依存真っ最中の人たちが「どうせ俺たちなんか社会でそういう風に扱われている人間なんだから、お前に何がわかるんだ。放っておいてくれ」と言うのです。その自暴自棄ぶりや、セルフスティグマ(自分に向ける偏見)の深さに、胸を衝かれました。

自分もギャンブル依存症真っ只中の時には「どこまで堕ちていってもいい。もう絶対に回復できない」と思ったし、「自分はもう無理だ。立ち上がれない」と諦めていました。薬物の人は特に世間のバッシングが強いので、ますます諦めていくよなと思いました。

だからこの状況は絶対に変えなくてはいけないと思っていたのです。

記者は「正義感」で逮捕された人を叩く

岩永 事件報道に携わる記者は、「正義感」で叩いているので、余計厄介です。ワイドショーは面白がってやっているところがあるのかもしれません。

Addiction Report編集長・岩永直子(撮影・後藤勝)

しかし、新聞社の薬物担当の事件記者は、「私が報じることで、世の中の薬物乱用の歯止めになる。私は良いことをやっている」と本気で思って、逮捕された人を晒し者にしているところがあります。

自分の報道がその人や家族、そしてその報道を見ている薬物使用から抜け出せない人の心を追い詰めていることを想像もできない。報道人としていかがなものかと私は疑問に思います。摘発する側の取材ばかりして、使用者の背景や回復しようともがいている人の取材をしないから、そうなるのではないでしょうか?

記者は「当事者目線に立つ」と新人時代から教育されているはずなのに、毎日警察幹部の夜討ち朝駆け(警察官の自宅に朝、晩と取材に行くこと)を続けていると、取り締まる側と一体化する。彼らの論理を疑おうともしなくなる。そうやって当事者の側に立つ、という感覚を失っていくのだと思います。

▶ 鼎談シリーズ第二回「国の依存症対策の方針に利用されるメディア 一切の忖度なしで発信する意味は?」に続く


【Addiction Report創刊鼎談シリーズ】
 松本俊彦 × 田中紀子 × 岩永直子

  1. 薬物による健康被害よりも、報道被害が大きいのはなぜか?
  2. 国の依存症対策の方針に利用されるメディア 一切の忖度なしで発信する意味は?
  3. 回復者を増やしたい つながれない人もひとりぼっちにしない社会を
  4. 日本にも「リカバリーカルチャー」を作りたい 依存症からの回復者を賞賛する社会へ

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。

【田中紀子(たなか・のりこ)】公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会 代表

国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 研究生。

祖父,父,夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。2018年12月 ローマ教皇主催「依存症問題の国際会議」に招聘され,我が国のギャンブル依存症対策等の現状についてバチカンで報告をした。

著書に「三代目ギャン妻(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」「家族のためのギャンブル問題完全対応マニュアル(アスク・ヒューマン・ケア)」。

【岩永直子(いわなが・なおこ)】Addiction Report編集長、医療記者

東京大学文学部卒業後、1998年4月読売新聞社入社。社会部、医療部記者を経て2015年にyomiDr.(ヨミドクター)編集長。2017年5月、BuzzFeed Japan入社、BuzzFeed JapanMedicalを創設し、医療記事を執筆。2023年7月よりフリーランス記者として、「医療記者、岩永直子のニュースレター」など複数の媒体で医療記事を配信している。

23年9月、ASK認定依存症予防教育アドバイザー(10期)に登録。2024年1月、Addiction Reportを開設し、編集長に就任した。

コメント

3ヶ月前
匿名

またギャンブルしてしまった。12ステップを終えて霊的生活が送られていましたが、脅迫観念の前に脆くも崩れ去りました。また、やぶれかぶれの人生。家族にも実害が発生してきました。この世からいなくなれたら幸せです。

3ヶ月前
匿名

Addiction Report、待望の第一報!大変興味深く拝読しました。

3人の鼎談風景の写真、非常に胸が熱くなります。

記事の内容で、ちょっと気になった部分がありました。

後半の「報道が壊す本人の回復と家族の生活」の段落に書かれている松本先生の以下のコメント。

「本人もおかしくなってくるのです。良き夫、良き父親、良き子供であろうとすると、失敗は許されない気持ちになる。素直に弱さを受け入れて治療を受けた方がいいと思うのですが、本人は弱さを受け入れるとダメ人間になったような気がするので、ムキになってしまうのです。」

ここでいう”本人”は前述の捕まった著名人というよりも、多くの違法薬物使用者について触れていると思うのですが、いずれの場合でも「良き夫、良き父親」と男性に限定しない方がよいのではないかと感じました。著名人について性別に触れていないですし、違法薬物使用者は男性が多いとは思いますが、そこを刷り込んでしまうと「普通、違法薬物を使うと言ったら男だろ。女が使うなんてとんでもない!」などと女性違法薬物使用者に対するスティグマを強める印象も与えかねないのかなと。

ここは「良きパートナー、良き親」など、ジェンダーフリーな表現の方がよいのではないかと感じました。

話の流れの一部であり、意図があって「良き夫、良き父親」と表現されているのかとも思うのですが、ちょっと気になりました。

いきなり物を申してしまいおこがましいのですが、今後活発な意見交換の場になることを期待して、コメントさせていただきました。

今後も楽しみにしております!

3ヶ月前
匿名

新しい取り組みと発信ありがとうございます!

今までの薬物報道に違和感を持っていた人たちはもちろん、疑問にすら思わなかった人たちも認識を変えるきっかけになります。

そしてなにより当事者、家族が支援に繋がるきっかけになります。すごく嬉しいです‼︎

3ヶ月前
匿名

ギャンブル依存症、記事を読む限りは、人ごとですね。薬物依存症と何故、同じレベルで考えるのか?全く別物ですよ。よく考えてください。日本の名医とか言われる医師のところに行きましたが、何の為にもなりませんでした。患者は、苦しんでます。病気だとよく言われますが、それを治すのが、医師の仕事では?通院しても、薬を出す為の世間話以下の診察では、何にもなりません。診療費の無駄です。診察は5分以内済ませろと厚労省からの指示があるとも聞きました。5分で何が出来ますか?酷いとギャンブルに通う貴方が悪い!で終わりです。患者に向き合う診察をお願いしたいです。

3ヶ月前
匿名

初めまして。

私はアルコール依存症の夫を持つ妻です。断酒して23年が経ちました。メディアで報じられる薬物依存の回復に目をむけず、バッシングの数々に驚き続けていました。もっと治療を助けるようにワイドショーなどでも発信してもらえないかと思ってきました。アディクションは松本先生が仰るように自己治療の現れだと思います。

当人も家族も疲弊してしまい、家族は崩壊に至ります。

暴言や暴力もあります。

家族の精神面にも支障をきたします。

そして、何より治療に繋がった方も過去のバッシングから回復を遅延してしまうことも少なくないと思います。

あたたかく見守ることも大切ですが、報道がアディクションに対する認識を書き換えて行く時代になっているのではないでしょうか。。。

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