Addiction Report (アディクションレポート)

家族の問題には気づけない『酔うと化け物になる父がつらい』 #依存症を描いたおすすめ映画五選(第三夜)

アルコールに溺れる父を持った作者・菊池真理子さんの実体験に基づくコミックエッセイ『酔うと化け物になる父がつらい』の実写化映画(2020年公開)。

困りごとを抱えた「親」をもつ、「子ども」の生きづらさが丁寧に描かれているのに、コミカルなタッチと軽快な音楽で、しんどくなりすぎずに見られる作品です。

家族の問題には気づけない『酔うと化け物になる父がつらい』 #依存症を描いたおすすめ映画五選(第三夜)
(C)「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

公開日:2024/12/30 08:00

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アルコールに溺れる父を持った作者・菊池真理子さんの実体験に基づくコミックエッセイ『酔うと化け物になる父がつらい』は、Addiction Reportでも紹介したことがある名作だ。

タイトルにある「化け物」というか、妖怪ゲロゲロゲーとでも呼びたくなるような、吐いて気絶するまで飲んでしまう父の姿が丸みをおびたやさしい線で描かれている。

加えて、困りごとを抱えた「親」をもつ、「子ども」の気持ちや生きづらさが丁寧に描かれていることが、アルコール依存症の当事者家族に限らず、共感を呼ぶ理由だろう。

映画では、ディテールを少し変えつつ原作に沿った物語として描かれる。

主人公の田所サキは、父のトシフミ、母のサエコ、妹のフミと4人で暮らしている。どこの街にもありそうな一軒家で暮らす生活風景は、いわゆるごく「普通」の家族に見える。

ただ、父が毎晩酩酊していることと、母が新興宗教の信者であることが、ちょっとよその家庭とは違う。

そう気づくのは、「普通の家族」とは……と考えたことがある大人のわたしだからで、劇中の「子どものサキ」にはよくわからない。

子どもというのは「自分の家族が当たり前」。だから、家族の「問題」には気づけないということがこの作品からも伝わってくる。

小学生のサキは、夏休みにお父さんとプールに行く約束をする。なのに父の飲み仲間たちが家に押し寄せて、リビングは真っ昼間から雀荘になってしまう。文句を言わずお酒の用意をする母。

クリスマスがくると、やってくるのはサンタさんではなく、酩酊してろれつも回らない「化け物」になった父だった……。

※ネタバレを含みますのでご注意ください
(文・青山ゆみこ)

(C)「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

●軽妙な音楽に脱力して、見ているうちに「慣れ」てくる

父が「化け物」になるシーンには、うら悲しい短調なのにリズミカルな二拍子の脱力系音楽が必ず流れる。

ふんちゃ、ふんちゃ、ふんちゃ、ふんちゃっ♪

その音楽が流れてくると、見ているわたしにも「ああ、お父さんまた飲んだんだなあ」とわかる演出なので、イントロが流れた瞬間に「ああ、きた……」と残念な気持ちになる。

ただ、どこかすっとぼけたメロディと、酔った父のまさに「漫画のような」オーバーなリアクションに思わず笑ってもしまう。

アルコール依存症を扱う映像には、悲惨な現実を生々しく伝えてくる作品が多いので、実はわたしはその暗さと重さから、避けてしまうこともある。

菊池さんの原作は、当事者の傷をえぐるようなキツさがないのが特徴だが、この映画でもあえて一枚「ほんわかフィルター」でも通したように、生々しい暗さがない(もちろんテーマは重いのだが)。なので、少し安心してご覧ください。

軽妙な酩酊テーマ音楽に脱力しつつ、コミカルな父の泥酔状態を繰り返し目にしていると、気づけばわたしも酒が引き起こすあれこれに慣れてくる。

この「慣れ」も、アルコール依存症の家族をもつ人には、「わかる、わかる」という共感ポイントではないだろうか。

悲しいほど、慣れてしまうのだ。

飲み始めた人に、「ダメだよ」「もう飲まないで」と言ったところで、まったく声が届かない。アルコールにはそういう作用がある。酔いが醒めたら本人は反省するのだが、お酒の力はほんとうに強くて、残念ながらまた繰り返してしまう……。

そんな人を前に、家族は無力を感じて諦めていく。「慣れ」ていくことで、自分の傷つきもなかったことにして、日常を送ろうとする。

慣れることは、自分を守るすべでもあるのかもしれない。本当に、悔しく悲しいけれど。

●飲む人のしんどさ、飲めない人の苦しさ。お酒の多面性

原作と同様に映画でも、主人公のサキの思春期、大学時代、漫画家になってから。そして父との別れ、その後が時系列で描かれていく。

ともさかりえさん演じる母は、新興宗教を熱心に信仰していたが、サキが中学の時、自ら死を選んでしまった。サキと妹、父は、それ以降3人家族として暮らすこととなる。

母の死が一時的に父の酒を止めたが、ひと月も経たないうちに元の生活に戻ってしまう。

断酒している最中の父が、スーパーの酒売り場で立ち止まるシーンでは、禁酒した人の苦しさの一つが、アルコールが合法で「いつでも手に入る」ことにもあるとも思い知らされる。

また、父の同僚を演じる浜野謙太も重要や役どころなのだが(原作には出てこない)、彼は「酒が飲めない」ことに悩んでいると打ち明ける。営業職は接待も仕事のうちで、飲めないことがマイナスになるのだと。

確かに昭和の時代、平成の頃にも、社交の場面において飲めることが「良し」ともされる文化が日本にはあった。酒を酌み交わすことで、気心がしれたり、わかりあえたりすると信じられていた。

仲間意識や絆を強くするための「酒の場」が、オフィシャルに存在していたように思う。

浜野演じる同僚による、「飲めない苦しさ」がわかってもらえないという吐露で、お酒のもつ多面性を考えさせられる。

「酔うと化け物になる父」も、本当は酒に弱い。アルコール分解能力が低い体質だからひどく酩酊してしまうのだ。

なのに、「飲もう飲もう」としつこく誘う飲み仲間たち。一人ひとりは悪人ではないし悪気もない。けれど、それがかえってつらい。憎いのに、憎むことができない苦しさがサキの表情からも伝わってくる。

なんてクールに書きつつ、わたしは実は画面の前で「ひどい人たち!」「お前らは友達じゃない!」と血圧を上げながら罵倒してしまっていた。もうめっちゃ腹立つ。

家に押しかけてきて麻雀を始めて、サキの母に当たり前のように酒の用意をさせたことにも、お母さんのお葬式で「これからはサキちゃんがしっかりしないとね」なんて言ったことも超ムカつくぞ。あんたたち大人が、弱い立場の子どもをどうして守らなかったんだ……。悔しい。

サキはそうしたことを言わないので、代わりに言いたくなるシーンが何度もある。

わたし自身の個人的な背景もある。

実は30年間みっちり飲んで、「化け物」の父のように泥酔していたわたし。4年ほど前にお酒をやめた(Addiction Reportでは何度も書いていますが)。
その際、お酒を断つこと以上に、お酒でつながっていた人間関係を整理しなくてはいけないことが、いちばん苦しかったという経験がある。自分にとっても大事なものを、手放さなくてはいけないような苦しさ。みんなには会いたいけれど……。会食を断るだけでも複雑な気持ちになっていた。

だから、お酒をやめようとしている人に「付きあいが悪い」とか人間関係を盾に取る人に対して、感情的になってしまうのかもしれない。

ただ、今は飲み会の席でノンアルコールでも気になりません。無理に進めてくる人がほとんどいないことも知った。飲まない人が多いってことも、やめるまで知らなかった。お茶で十分盛り上がれる仲間が増えてます。

●家族の「問題」には気づけない

「化け物」とどう向き合えばいいのか、心を閉ざしていくサキが、思春期の頃、唯一楽しめたのが漫画を描いている時間だった。

ネタは酔っ払った父のエピソード。「面白い」と友達が笑ってくれることがなんだか嬉しい。サキが後に漫画家になるのは、父が「普通」じゃなかったからなのかもしれない(もちろん問題飲酒行動を肯定しているわけではありません)。

わたし自身も家族のことをエッセイなどに書くことが多いので、なぜ自分は書くのだろうと考えたとき、生育環境とは切り離せないように思う。

父に対して無関心になろうと決め、寂しさを恋愛で埋めようとしたサキ。付き合いはじめたのは作家願望のある超高学歴の彼氏。見た目は優しそうだが、実はとんでもないDV男だった。

違和感をもつものの、「普通」がわからない自分。感情に蓋をするクセがついていたから、サキは「関係性の歪み」にもなかなか気づけない。 

アルコールに限らずなにかの依存症や家庭不和、虐待などの身体的または精神的ダメージを与える機会が日常的に存在している家庭で育つと、大人になるとこうした問題に巻き込まれることがある。問題とは思えないままに。

原作者の菊池さんは、大人になって友人の付き添いで行ったアルコール依存症セミナーがきっかけで、「自分の父も依存症だったのかもしれない」と気づいたそうだ。

10名のリアルを取材した新刊『うちは「問題」のある家族でした』も家族の問題に気づき、解決するためのヒントが多い一冊です。


主人公・田所サキを演じる松本穂香が、感情を無にする絶妙な暗さと、同時にピュアな純粋さとタフさを兼ね備えていて、すごくいい。

酔うと化け物になる父を演じるのは、濱口竜介監督作品でも味のある役どころをよく演じている渋川清彦。めちゃくちゃ困った人なのに、画面上では全く憎めない、むしろ可哀想になってしまうのがすごい。

妹のフミは、父だけでなく姉もケアするヤングケアラーでもある。演じる元欅坂46の今泉佑唯の存在が、いつでも明るくてちょっとほっとする。同時に心配にもなるのだけれど。

依存症、母の自死、DV彼氏、父の看取り……重たいテーマを扱った実話原作がベースなのに、漫画のように吹き出しで表現される場面が効果的にさし込まれていたり、繰り返し「漫画みたい!」な演出だったりして思わず笑ってしまう。

父と娘が描かれたラストシーンは、「そうきたか」と驚き、胸に温かいものが広がる。

すっきりさっぱり解決する訳ではない。でも、これからも考えていこう。自分のために。そう思える作品だ。

※U-NEXT、Huluほかにて配信中(12/30現在)。各配信サイトでご覧になる場合は月額料金や別途料金がかかることがあります。詳しくは各サイトでお確かめください。DVDも販売しています

◉「依存症を描いたおすすめ映画五選」第四夜は1/2(木)、第五夜は1/4(土)公開予定です。

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