Addiction Report (アディクションレポート)

「本人が望むなら死んでもしょうがない?」自分を傷つける人を支える人が、忘れてはいけないこと

「自己責任」論が日本社会に蔓延する一方、依存症の当事者に対して「本人がそうしたいなら」と相手に介入しない姿勢を取る人も増えてきたのではないだろうか。一見、個人の意思を尊重しているようにも見えるが、その人の「消えたい」気持ちの背景にある「助けてほしい」気持ちから、目を逸らしているともいえる。「心」と「体」の側から自傷行為の最前線に立つ二人に、「自分を傷つける人を支えること」について話を伺った。

「本人が望むなら死んでもしょうがない?」自分を傷つける人を支える人が、忘れてはいけないこと
精神科医・松本俊彦さんと形成外科医・村松英之さん

公開日:2024/11/18 02:51

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本記事では、前編に引き続き、薬物依存症や自傷行為などを診る専門家である精神科医・松本俊彦さんと、自傷行為の傷跡治療に携わる形成外科医・村松英之さんの対談の後編をお届けする。

依存症の治療において、当事者のみならず周囲の人間や治療者も大きく心を揺さぶられることがある。繰り返し自暴自棄におちいる当事者を目にすれば、支える側も徒労感におそわれ、「消えたい」「もうどうでもいい」の言葉で燃え尽きてしまう。

こうした依存症の当事者に対して「本人がそうしたいなら」と、相手に介入しない姿勢を取る人も増えてきたのではないだろうか。これは一見、個人の意思を尊重しているようにも見えるが、その人の「消えたい」気持ちの背景にある、「自分ではどうしようもない」「助けてほしい」という声に、耳をふさいでいないだろうか。

「心」と「体」の側から自傷行為の最前線に立つ二人に、自分を傷つける人を支えることについて話を伺った。(取材・文:遠山怜)


助けてもいいのだろうか

(筆者)お二人は、自分を傷つける人を支える前線に立っていると言えますが、治療するなかで葛藤したり、迷ったりすることもあるのでしょうか。

村松:医師として、人を助けるのが良いことだと信じてきましたが、重度の自傷行為で苦しんでいる患者さんに出会ったとき、自問自答したことがあります。

形成外科では、自傷行為の傷の縫合ややけどの手当をすることがありますが、軽症の患者さんがほとんどです。しかし、患者さんのなかには、皮膚を切りつけたり根性焼きをしたりするには止まらず、自分に火をつけてしまう方もいます。

こうした致命的な損傷を負う自傷行為は、運良く生き延びても、患者さんはやけどの後遺症によるひどい苦しみに襲われつづけることになります。事実、医療の力を借りてなんとか命をつないでも、やけどや後遺症の苦しさから、ふたたび自死を選ぶ人もいました。

苦しみの末に自分を傷つけてきて、心も体もボロボロで、今もなお生きるのに苦しんでいる。自分がしていることは本当に患者さんのためになっているのか?自分の信じてきたものが揺らぐ感覚がありました。

松本:依存症と重複して、統合失調症のような精神疾患を抱えている場合、自分を大きく傷つける行為に出やすいと思います。自傷行為なのかそれとも自殺企図なのか、判断に迷うような事例もあります。

村松:外科は偶発的な事故による怪我を診ることが多いため、患者さんは基本的に医者に治してほしいと思ってますし、治療には協力的です。でも、自分で意図して体を傷つける患者さんは、助かっても「死にたい」「死んだ方がよかった」と言うことがある。

自分の医療行為が必ずしも患者さんに歓迎されていない状況で治療することに、戸惑いがあったのでしょうね。「助けられる命は助けるべき」という自分の信条に真正面から対抗されたとき、自分の正しさを患者さんに押し付けてしまっているように感じたんです。

「死にたい」し「生きたい」

松本:自殺未遂を起こした患者さんや、生きることに困難を抱えている患者さんに出会うと、支える側も心が揺さぶられますよね。それでも、僕は医療従事者は絶対に助けるべきだと思っています。傷つく人を支援する立場の人は、諦めないでいる必要がある。

昔、自殺の手段としてパラコートと呼ばれる農薬が使われることがありました。服用すると、間質性肺炎が急速に進行し、次第に呼吸ができなくなり一週間ぐらいでほぼ100%死に至ります。しかし、肺が機能不全に陥る一方で、患者さんは亡くなるまでの間は意識がはっきりして、周囲と会話することもできる。

患者さんは自分の死期を自覚しつつも、それでも最後まで「死にたくない」と訴えながら亡くなっていくことが多かったんです。人は、自殺するつもりで実際に行為に移したとしても、ギリギリまで死ぬかどうか迷っているのだと思います。

村松:生き残った患者さんは、死にたい気持ちが一度リセットされるのかもしれません。行為に移す前は死にたい気持ちでいっぱいだったけど、本当に死のギリギリに近づくことでその衝動が解放され、生きようという思いが芽生え始めるのかもしれない。

(注釈)間質性肺炎:肺の間質(肺の空気が入る部分を支える周辺組織)に何らかの原因で炎症をきたす疾患のこと。患部に炎症が生じることで、肺組織が厚く硬くなり、呼吸機能が阻害される。症状は息苦しさや咳にはじまり、末期では肺が縮み機能停止に陥る。明確な対処法がなく、一般的に治療は困難を極める。

人は死ぬ時も人を求めている

松本:自殺の研究からも同じような分析結果が出ています。自殺の名所・ベイブリッジで、自殺企図者が飛び降りるまでの様子を監視カメラで分析したところ、多くの人が飛び降りる直前まで、携帯を見ていたことが判明しました。

自殺すると決めて、まさにその現場に立ちすくんでいたとしても、やっぱり迷って携帯を見ていたりする。誰かから連絡がくるのではないかと、最後の一瞬まで待っている様が伺えたのです。


また、投身自殺の研究でも興味深いことがわかっています。人が飛び降り自殺をする際、山や海などの人気のない方向よりも、街中やビルの方向に飛び降りる人の方が、ずっと多かったのです。人々が今も営みを続けている、街頭やビルのきらめきに向かって身を投げていた。

自殺というのは人との縁を切り、永遠に一人になる行為ですが、同時に人の気配を求め近づこうとする気持ちが見え隠れしているんです。助かりたい気持ちと死にたい気持ちがせめぎ合っている。ですから、医療従事者や支える立場の人は、その人の生きたいという気持ちを信じて、手を離してはいけないと思います。

体のケアが広がる一方、心のケアは

(筆者)最近は、依存症の問題も少しずつではありますが世の中に知られるようになってきました。自傷行為の治療には、なにか変化がありましたか。

村松:自傷痕の治療を受け付けてくれる形成外科や美容皮膚科が、ずいぶんと増えたと思います。病院のホームページに「リストカットの傷跡修正」と明示されている例もよく見かけます。


気軽に外科治療につながりやすい環境が整いつつありますが、それでも患者さんの心理的な背景まで理解している医療従事者は、まだまだ少ないと思います。


そのため、体の治療はしても心のケアまで手が回らず、患者さんは治療を受けても気持ちの面で結果を受け入れられず、余計に落ち込んでしまう事例も目にします。事実、美容外科で治療して傷跡の状態が改善したにも関わらず、「前より良くなったと思えない」「やっぱり人前で半袖になれない」と相談されることもあります。

それというのも、患者さんは傷を消したいと思う一方、傷跡を失うことに罪悪感や恥、不安など複雑な思いを抱えているからです。傷跡が薄くなるだけでは、患者さんが抱えている問題は解決できないことも多い。自傷行為の心理を理解したうえで寄り添ってくれる医師が必要です。

自傷行為で当事者がつながるには

村松:もうひとつの目立ったトピックとしては、自傷行為をテーマに取り扱う自助グループが立ち上がったことでしょうか。精神科医の益田裕介さんが主導して、有料でオンライン限定で当事者同士が交流できる場を提供しています。つらい時にSlackでつながったり、ZOOMで話を聞いてもらえる運営体制になっているようです。これはとても革新的な取り組みだと思います。

実は、今から20年以上前に日本でも自傷を取り扱う自助グループがあったのですが、メンバー内でトラブルが起き、やむなく解散に追い込まれた例があります。


患者さん同士が直接つながると、そのなかでヒエラルキーが生じてしまうようなのです。自傷行為の程度や、置かれている環境でお互いを比べあって、誰がよりつらいのか優劣を付けてしまう。よりつらいとされた人が発言権を持ち、何が自傷行為をするにふさわしいことなのか、メンバー間で牽制しあうようになりやすい。

いつしかみんなでサポートしあう場所だったのに、お互いをさらに傷つけ合う場になってしまう。そのため、患者さんは「当事者同士で話してみたい」「話せる人がほしい」と思っても、なかなかそういった場が見つからなかったのです。

松本:患者さんは、リアルの場で人との適度な距離間をつかむのに苦手意識があるかもしれませんね。相手に合わせようもっと仲良くなろうと接近しすぎて、自分のペースを乱してどっと疲れてしまう。人と比べる傾向も強いので、オンラインで話すぐらいでとどめた方がお互いにフラットにつながれるのかもしれません。

自傷行為の治療は「入場券」

(筆者)当事者同士が距離を保ちながらつながることで、自分の回復につながるヒントが得られるかもしれませんね。どうやったら、自分なりの折り合いのつけ方が見つけられると思いますか。

松本:自傷行為をするのは女性患者さんが多いのですが、女性は抱えている問題や背景が本当に様々です。男性はある程度パターン化することができるのですが、女性は100人いれば100通りの回復のモデルがある。ある時を基準にスパッとやめられる人もいれば、毎日ちょっとづつ切っていたり、一時的に悪化してやめてを繰り返す方もいます。

そのために、女性の依存症患者さんのほうが、男性より20倍ぐらいは時間と労力を要する印象があります。明確な回復モデルに向かって治療を進めるというよりも、その時々で患者さんの自分を傷つけたい気持ちに対して、どう付き合っていくのか一緒に考えていく必要があると思います。

治療に当たっていてつくづく感じるのは、最初はみんな自傷行為の相談をしにきても、通院して1、2年が経過すると、彼氏がむかつくとか日常での困りごととか、そんな話がメインの話題になっていきます。

このことからわかるのは、自傷の治療って支援を受ける入場券だったんだ、ということです。自傷行為の治療はきっかけにすぎないのだと思います。


患者さんが何に困っているのか、個別の事情やライフステージの変化に合わせて、支援内容をフィットさせる必要があります。その時々の困りごとに対処していくなかで、その人なりの回復の仕方が見つかっていくと思います。

村松:私のクリニックでも、患者さんは傷跡の治療を求めて来院しますが、本当に治したいのは傷跡だけではないんですよね。その背後にある、「半袖が着られない」「人の目に晒されるのが怖い」「自分に自信が持てない」という悩みを解消したい。


そのためには、悩みの原因を一緒に突き止めて、受け止めてくれる誰かが必要です。自分ひとりで苦しみやつらさを解決するために自傷行為をはじめたのなら、その生き方から脱するには、一人じゃダメなんですよね。


書籍『自分を傷つけることで生きてきた 自傷から回復するための心と体の処方箋』(KADOKAWA)の出版を記念して、松本俊彦医師と村松英之医師による、オンライン講演会を開催します。「自分を傷つける生き方、どうしたらやめられる?」をテーマに心と体の観点から、自分との折り合いの付け方を模索します。

日時: 12月16日(月) 21:00〜22:30
配信方法: Zoom(視聴無料)
※ お申し込みいただいた方に、参加用のZoomリンクをお送りします。
ご参加をご希望の方は、12月9日(月)までに以下よりお申し込みください。
https://docs.google.com/forms/d/1LHfNvdTmVRt72PMnB_VXJ8XLuYrJXK5Q9zx2TvQqYkg/edit

コメント

7日前
匿名

アメリカの医療ドラマで、ERに必ず精神科医が常駐してて、その医師の発言が医師たちからリスペクトされているシーンを見て、羨ましかった。

日本でも当たり前になってほしいと思いました。難しそうだけど。

11日前
キャサリン

「自傷の治療って支援を受ける入場券」

自傷に限らず、いろいろな問題に当てはまるなあ、と思いました。

家族の立場の私も、息子の依存症が私の孤独や生きづらという問題を支援を受けながら変えていく入場券になったんだな、と後から気づきました。

前後編の記事を読み、松本先生、村松先生がこうして日々患者に向き合ってくださっていることが本当にありがたいことです。

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