Addiction Report (アディクションレポート)

「自分でやったことだからこそ他人に頼る」依存症治療を「自己責任」論から解放する

日本では、格差や貧困、差別の問題に目を瞑り、自己努力で乗り越えることを良しとしてきた。しかし、本人に自己解決を求めることで、当事者は孤立し困窮するなかで、問題がさらに複雑化しているのではないだろうか。依存症の問題は特に、こうした自己責任論で片付けられてきた。

「体」と「心」の分野で、依存症に向き合う二人の医師との対談を通じて、自己責任論の裏側でおきていることを明らかにし、本当の意味で「自分の人生に責任を持つ」方法を模索した。

「自分でやったことだからこそ他人に頼る」依存症治療を「自己責任」論から解放する
心と体の傷の専門家が考える、本当の「自己責任」の取り方

公開日:2024/11/16 02:00

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依存症を語るときに必ずついて回る「自己責任」論。「自分の怠惰でハマったのだから」、問題の責任は自分で取るべきという声は日本社会では根強い。

治療のために医療機関を頼ったり、社会的支援を受けることにも非難が殺到する。「なぜ依存を必要としたのか?」が問われることはなく、当事者が抱えてきた苦痛や貧困、病、周囲の苦悩は置き去りにされ、この病気を社会全体の問題として対処することを避けてきた。

その結果、当事者や周囲の人は「自分が弱いせい」と恥や罪悪感に苛まれ、その苦痛の緩和のためにますます依存対象から離れられなくなる。

本記事では、薬物依存症や自傷行為などを診る専門家である精神科医・松本俊彦さん(国立精神神経研究センター所属)と、自傷行為の傷跡治療に携わる形成外科医・村松英之さん(きずときずあとのクリニック 院長)の対談を実施。

「心」と「体」の側から依存症治療の最前線に立つ二人に、依存と「自己責任」について話を伺った。

(取材・文:遠山怜)


治療を求めてお説教

(筆者)リストカットをはじめとした依存症当事者に対して、一般の人のみならず医療従事者でさえも「しっかりしなさい」と叱りつけたり、「うちでは面倒見られない」と診察を拒絶する例を見聞きします。医療行為を提供する場でさえ、依存症を治療対象として扱わない理由はなんだと思われますか?

村松:私は以前、大学病院で救急医療に携わっていました。救急外来に訪れる患者さんのなかに、「手首を深く切って血が止まらなくなった」と助けを求める若い患者さんが少なからずいたのですが、形成外科の先輩に「自傷行為の傷の縫合は丁寧にしなくていい」と言われたのを今でも覚えています。

手荒く縫合して痛くさせれば「もう二度と病院には来たくない」と思ってやめるだろうと。ほかにも、自傷行為の患者さんを叱ったり説教したりする医師もいました。

庇うわけではありませんが、彼らなりに患者さんをよくしたい一心での行動だったとは思います。しかし、医師として、依存症に関する知識がまるで足りていないと言えます。勇気を出して治療を求めて病院に行ったのに、手荒く扱われたりひどいことを言われたりしたら、誰だって病院に行って相談してみようと思わなくなります。これは依存症の治療という観点からは逆効果です。

なぜこんなことが起きるのかというと、おそらくですが、医療従事者は患者さんをより良い状態に持っていくことが仕事ですから、自分で自分の大事な健康や生命を損なう行為が、どうしても理解できないのではないでしょうか。かくいう私も、恥ずかしながら駆け出しの頃は、自傷行為の手当をする時に「なんでこんなことするのかなあ」と思っていた記憶があります。

ひどい怪我や病気に苦しむ患者さんを知っていて、それを治すのがどれほど大変か知っているからこそ、自分の必死の努力を否定されているように感じてしまうんです。もっとも、患者さんは医師の事情なんて知るよしもありませんし、医療を提供する側としてそれを態度に出すのは間違っています。

松本:精神医療の場でも、ほんの数十年前までリストカット患者さんお断りと掲げる病院は少なくありませんでした。自傷行為が依存症だと見なされていなかったことに加え、リストカット患者さんは問題行動を起こすという思い込みがあったためです。

ただし、こうした状況も変わってきています。それというのも、日本の精神科医療は病床が多く、たくさんの入院患者を抱えることで経営が成り立ってきました。精神科は少ない医師で多くの患者を受け持てるため、事業収益性が高い診療科だったんです。しかし、長期の入院が必要になるような患者さんは、年々減っています。治療薬も進化し、医療を地域へ移行する取り組みもあり、病気になっても自宅で生活できるような制度が整いはじめています。

病院側は対応疾患を選り好みしていられない状況にありますから、「依存症患者は診ない」という病院は確実に減っていくでしょう。

村松:医師側もこの数年で意識が変わり始めていると感じます。「依存症患者さんには罰を与えて治そう」という医師は少なくなってきていると思います。医師同士が病院の垣根を越えて、ネット上で情報交換する機会も増えてきたこともあって、偏見も是正されてきているのではないでしょうか。

何より、医師の長時間労働の問題も解消されてきて、根性論や懲罰を良しとしない医師が増えているように感じます。医者自身が「辛くあたるより優しくした方がいい」ことを実感するからでしょうね。

自己責任の限界と弊害

(筆者)医療従事者が変わりつつある一方、「自己責任論」は一般的なものの見方としてすっかり定着しているように思います。こうした状況を、お二人は医師としてどのように受け止めていますか。

松本:実は公衆衛生の大規模研究では、興味深いことが判明しています。アルコール依存や糖尿病は、明らかに貧困層の罹患率が高い。自殺もそうです。逆に、経済的に豊かな人は、仮に罹患しても治癒率が高く寿命も長いことがデータとして裏付けられています。  

つまり、依存症の発症には、個人の意思や嗜好に加えて環境要因の影響が大きいのです。こうした研究の積み重ねにより、人が病気になる要因には生活スタイル、体質のほか社会的決定要因(SDH:Social Determinants of Health)が鍵を握っていることが定説となっています。

貧困や虐待、暴力、格差の問題を無視して、個人の努力にすべての責任を求めるのは、発生原因の観点でも、対処法の問題からしても無理があります。

注釈:SDH(Social Determinants of Health)とは、日本では「健康の社会的決定要因」などと訳され、病気の背景には社会的要因(教育・就業・生活環境・社会環境など)が存在するということを示す用語として使われている。世界保健機関(WHO)は、SDHの要因を「社会格差」 「ストレス」 「幼少期」 「社会的排除」 「労働」 「失業」 「社会的支援」 「薬物依存 」 「食品」「交通」として定義し、これらの要因が健康に大きく影響していることを指し示す統計学的研究が報告されており、近年、注目を集めている。

村松:自傷患者さんと診察室で接していると、自己責任論が治療に悪影響を与えているとひしひしと感じます。よりよい状態にしようと治療に来たのに、「自分の意思でしたことだし」「自分が弱いから」と、罪悪感を感じて治療に進むのをためらう傾向がある。

これは不思議なことで、例えば無茶な運転をしたせいで大怪我を負った人が治療にきたとしても、こんな風に自分を責めたり手術をためらうのをみたことがありません。

自傷行為に限らず、依存症患者さんは「わがまま」「自分勝手」と言われますが、実際は自責の念が強く、真面目で自分を抑えるひとばかりです。自責思考がむしろ治療の妨げになっているとすら感じます。

自傷痕の傷跡治療は基本的に自費診療ですから、国が医療費を負担しているわけではないのに、「自分なんかが治療を受けるなんて」と迷ってしまう。自己責任論は、患者さんに罪の意識を抱かせ、その人が本来持っている能力を発揮できず、社会でのびのびと生きていくことを阻害しているように感じています。

環境と運が人生を決める

(筆者)社会が「自分でなんとかしろ」と求める限り、依存を必要とするような社会的要因(貧困、格差、暴力、差別等)は放置され続けます。つまり、依存症になりやすい社会構造のままになるわけで、誰しもが依存症になるリスクにさらされているとも言えます。「自己責任」論は、もはや社会問題であると言えるかもしれませんね。

松本:「当人が高い知性とコントロール力を持ち、自己管理すれば依存症になんかならない」と思い込んでいる人がいますが、能力や管理力が高ければ物事が良い方向に向かうわけではありません。

僕はこの20年ほど少年院に出向いて診療をしていますが、暴走族のリーダー格の少年に会うと、彼らは非常に頭がいいんです。知能検査でも高いIQを叩き出して、「こんなに頭がよくてできる子がなんでここに?」と思わせられる。でもよく考えれば、高い知性があるからこそ、多くの手下を束ねて統括できていたんですよね。荒くれ者や社会から弾き出された人たちを束ねるって、高度なスキルですから。

でも、そこまで高い能力があっても、彼らはシンナーや覚醒剤の乱用、窃盗や傷害を繰り返して少年院にいる。その背景には、確実に環境要因が大きく絡んでいます。貧困を脱するためにはお金がいるし、親からの虐待の後遺症で、支配関係でしか人と関係を築くことができない。苦しい環境で生き延びるための手段が、依存症であり非行であるわけです。

村松:人の行動を考えるうえで、巡り合わせや運の影響も大きいと思います。悪い意味で作用することもあれば、自分の境遇を打破する突破口になったりもする。


松本:僕の知っている人の例では、荒くれ者で手のつけられない不良が、ボクサーになって劇的に変わった例を知っています。

子どもの頃から親や先輩からいっぱい殴られて、人にも世間にも恨みがたっぷりあった。でもボクサーになってルールの中で暴力を振るうようになると、攻撃がうまいと人から賞賛されるようになる。以前は手がつけられない不良だったのに、不思議とものすごくいい人になったりするんです。

こうした例からも、自己評価が高まるって本当に大事なんだと実感させられますし、それには自分の努力だけでは足りないのだとよく分かります。

自分を大切にするって?

(筆者)自己評価の重要性はよくわかりました。でも、どうしたら自分に対して肯定的にみられるようになるのでしょうか。

松本:僕はアルコール依存症の患者さんも診ているのですが、抗うつ剤以外にビタミン剤なども処方するようにしています。末期の患者さんはご飯を食べずにお酒だけ飲んで過ごすことが多いのですが、これは非常に体によくありません。せめて最低限の栄養だけでも取ってよ、という気持ちでビタミン剤を出していたのですが、自分を省みなかった患者さんが突然、自分の健康に興味を持ったりし始めるんです。

肌の色が良くなったり、体に活力が戻ってくるともっと健康になりたいと自分からお酒の量を控え始める。依存行為をやめさせようとするより、自分を大切にする行為を促すことで、結果的に問題行動が収まったりするんです。

ですから、依存症に悩んでいる人は、無理に依存行為そのものをやめようとするよりも、自分を甘やかしたり手をかけたりすることからはじめてみてもいいのではないでしょうか。自傷行為は決して、取り返しのつかない行為ではありません。その時はそれが自分の中で必要だったのだから、自分を責めないで欲しいなと思います。

村松:自傷行為で悩む患者さんは、自己肯定感が低くて、本人もそれを気に病んでいるように感じます。でも、傷跡の治療はさておき、まずは肌を綺麗にするレーザーやエステを受けることをお勧めすると、急に治療に前向きになったりする。肌をいたわることで自尊心が回復してきて、「あ、自分も綺麗になっていいのね」って自分に対する捉え方が変わりやすい。

ボディクリームを塗ったり、ちょっと良い化粧品を使ってみたり、そうしたケア習慣の効果が出やすいと思います。


松本:リストカット患者さんは、精神科医療にどうしても馴染めなくて医者は信じてないという方も一定数いるのですが、形成外科や皮膚科に行くことで治療に乗っかれるケースもあります。精神科に苦手意識があるのなら、別の病院にかかってみてもいいかもしれませんね。

実際、自分をケアすることで、精神状態がよくなることが研究結果でもわかっています。たとえば、自傷した後に傷跡のケアをする人としない人とを比較した研究では、ケアをした人の方がうつ状態が軽いことがわかっています。また自尊心も高く人を信じる気持ちも持っています。自傷行為につきものである「自殺したいわけではないけど、消えたい。もういなくなりたい」という虚無的な気持ちも低い。

腕や体の一部を切ることで辛い感情を発散したり、記憶を切り離しているということは、傷にお世話になっているのだとも言えますよね。ですから、傷への敬意としてケアをしてみてもいいのではないでしょうか。

ケアをすることに後ろめたさを感じるかもしれませんが、リストカットを続けながら少しでも健康的に生きていくためにも、勇気を出してほんの少し行動を変えてもらえたらと思います。

加えて、ケアをした後で、もしできたら誰かに今の状態を伝えてみてほしいのです。切る前は言葉にならないような様々な感情が渦巻いていて、とても誰かに話せる状態ではなかったと思いますが、切った後なら、少しだけ意識がシャッキリして何があったか話せるようになっていたりします。

誰かに話すことで、気持ちを受け止めてもらえたり、問題を解決する糸口が見つかるかもしれません。相手の様子を伺いつつ、話せる相手か探ってみましょう。あなたのことを頭ごなしに否定したり決めつけたりせずに耳を傾けてくれる人は必ずいます。

良い支援者の見つけ方って?

(筆者)信用できる支援者をどう探せばいいのでしょうか。「困ったら相談を!」と言われますが、どうしたら良い支援者を見つけられるのか、コツを教えてください。

松本:それは重要で、同時に難しい質問ですね。試しに「リストカットしている・いた」と告白してみて反応を待って決めてもいいのかなと思います。特に「そんなことはしてはダメだ」と頭ごなしに否定し、「自傷」という現象を善悪という軸でジャッジする人は、離れた方がいいと思います。特に、医者は患者さんの困りごとを聞くのが仕事であって、裁判官ではありませんから。


村松:私のクリニックでも、患者さんが傷跡のケアをすることで治療に前向きになって「地元でも精神科に行ってみたい。いいお医者さんを知っていますか?」と聞かれるのですが、そんなときは「期待せずに行ってみて」と伝えています。

精神科の人気の病院は予約がいっぱいで、予約から初診まで数ヶ月から半年待つこともざらですから、待っている間に期待感が高まってしまう。何ヶ月も苦しい思いを耐え忍んでいると、「きっとあの病院ならこの状態から助けてくれるはず」と期待してしまう。でも仮に良い治療者でも患者さんが過剰に期待すると、希望に叶うだけの力がなかったりして、結果的に裏切られたように感じてしまう。それをきっかけに医療不振に陥るケースも多いです。

ですから、迷って迷って厳選するより、良さそうな病院はたくさん予約してしまった方がいいと思います。

候補がたくさんあれば、空振りでも「ま、次があるし」と気持ちを切り替えられますし、多くの病院を渡り歩くことで、自分なりの「良い病院・良い医者」の軸がはっきりしてきて、「まあ悪くないかも」程度の医者を見つけやすくなります。

諦めなければ良い治療者は見つかります。案外、身近なところに理解してくれる人はいたりするので、「自分はもうダメだ」「どうせ助けてもらえない」と自分を責めるより、自分の体をいたわりながら進み続けてほしいです。

自分の人生に責任を持つって、自分を大切にしながら、良くなるためにいろんな人の力を借りることだと思います。


書籍『自分を傷つけることで生きてきた 自傷から回復するための心と体の処方箋』(KADOKAWA)の出版を記念して、松本俊彦医師と村松英之医師による、オンライン講演会を開催します。「自分を傷つける生き方、どうしたらやめられる?」をテーマに心と体の観点から、自分との折り合いの付け方を模索します。

日時: 2024年12月16日(月) 21:00〜22:30
配信方法: Zoom(視聴無料)
※ お申し込みいただいた方に、参加用のZoomリンクをお送りします。
ご参加をご希望の方は、12月9日(月)までに以下よりお申し込みください。
https://docs.google.com/forms/d/1LHfNvdTmVRt72PMnB_VXJ8XLuYrJXK5Q9zx2TvQqYkg/edit

コメント

13日前
匿名

医療者でさえ依存症者に対するスティグマがあるのが現状。

社会全体がそうだから仕方ないのかもしれない。

だからこそ当事者をよく知る松本先生、村松先生の対談は貴重であり、ぜひ医療者や支援者にも読んでもらいたい。

14日前
キャサリン

「お世話になった傷への敬意としてケアをしてみてもいい」

なんて優しい言葉なんだろう。

リストカットだけじゃなく、多くの人を救う言葉。

ふわっと、心が軽くなりました。

14日前
KUMIKO

自分の人生に責任を持つって、自分を大切にしながら、良くなるためにいろんな人の力を借りること。

自分や家族だけで何とかする、何とかしたい、しなければとずっと頑張って、結局どうにもならない。疲れ果てやっと他人に相談 そんな遠回りしないでも助かって行く社会。自己責任にという実に日本人的な言葉の呪いから社会全体が抜け出して欲しい。

14日前
匿名

「迷って迷って厳選するより、良さそうな病院はたくさん予約してしまった方がいい」、ここが目からうろこでした。たくさん予約してもいいのかと知りました(笑)

良い支援者の見つけ方ってとても大事で、私自身もヘンテコなところに知らずに長く繋がっていたという経緯があります。1つのところで良しとするのではなく、足をつかっていろんなところに行ってみることが大切ですね。自分の認知があてにならないと今なら思えます。

いろんな人に聞いてみる、いろんな人と話してみるって意外とできない。でもそれが自分を大事にすることに繋がるんだなと・・・。人との繋がりの大切さをまた違う観点から学びました。

ありがとうございました。

14日前
QOO

自分を責める依存症者にとって、こういう先生たちとの出会いはとても大きいのだろうと思います。

私も医療従事者で、やはり冒頭のように患者の自己責任と思っていました。

病気の人に向ける思いやりって先生たちのように寄り添う事なんだろうなと改めて思いました。

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