「本人が望むなら…」若者の薬物問題 SNS規制より踏み込まない親子関係にメスを【後編】
いま、国による薬物乱用防止対策は岐路に立たされている。若者の大麻検挙率の増加に歯止めが掛からず、市販薬乱用者数の急増には、伝家の宝刀「ダメ。ゼッタイ。」も出る幕がない。私たちが生きづらさを抱える若者にできることは何か考えた。

公開日:2025/06/23 22:00
本稿は、前編に引き続き、令和4年の厚生労働省の調査元となったNPO法人あきづ代表・金城隆也さんにインタビューを実施。若者を取り巻く社会の実態を明らかにし、私たちが当事者にできることは何か、そして今こそ改めるべきものは何か、原点に立ち返る。
(取材・文:遠山怜)
コロナ以降、加速する薬物問題。「SNS規制論」も浮上
ーー金城さんは長らく、非行少年の支援に携わってきたと思いますが、ここ最近の相談内容に何か特徴や傾向はありますか。
「この数年で、薬物関係の相談がすごく増えました。今までは、子どもが家出したとか家で暴れるとか、親子喧嘩の延長戦みたいな相談が多かったんです。でも、この4、5年は今まで何の問題もなかった子が薬使ってるとか、支援するこっちが驚くような相談事例が増えてます。僕も長年、支援に関わってきましたが、今までみてきたような元から素行が悪い子がグレてとうとう薬物に手を出した、というのとは違うように思います。『え!何であの子が?』と戸惑うことが多く、今の子に何が起きてるのか心配です」
「おそらくですが、コロナ禍の行動制限下でインターネットを見る時間が増えたことが原因かもしれません。学校も休みだし近所の溜まり場も閉まってるしで、ネットに居場所を求める子も多かったんじゃないでしょうか。うちで関わった子でも、SNSのコミュニティを通じて薬物を知ったという話は少なくないです」
こうした事実は、国内の薬物対策を主導する麻薬・覚せい剤乱用防止センターも問題視しており、広報誌では子どもたちに「薬物とSNS」をパッケージ化して危険性を伝え、オーストラリアに倣って未成年者のSNS利用を禁止するよう訴えている。※1
専門家の声掛け効果は9割減、家族なら効果は10倍
国が「ダメ。ゼッタイ。」の対象をSNSにまで拡大し、禁止と遮断で迎え撃とうとする一方、金城さんは今の状況をどうみているのか。ネット上のコミュニティの影響力が増すなか、金城さんはなおも周囲の関わりの重要性を強調する。
「親御さんから、子どもに薬物をやめさせたいと相談があったときいつも言ってるんです。『親の言葉が一番効きますよ』って。僕ら支援者が、どれだけ薬をやめようと言っても100%伝えたうち、せいぜい10%しか受け取ってもらえない。でも、親御さんが言った10%のことは、子どもは100%受け取りますよって」
「普段は親の言うことを聞かなかったり、気にしてない素振りをしたりしても、子どもは親の様子をよく見ています。親の態度がちょっとでも変わったら、何か感じるものがあるはず。『薬物のことは病気なんだし専門家に任せよう』という人は多いです。でも、医者や心理士や僕らのような支援者よりも、本人の近くにいる家族の方がはるかに影響力があります。だから、関わるのを諦めないでほしい」
ーー薬物依存が精神疾患だという認識は世間に広がりつつあります。それにより、当事者や家族が医療機関につながりやすくなった一方、病院や専門機関に行けばいいと、医療に過度に期待する人も増えているように思います。
「実は親御さんが、依存するきっかけを作ってしまっているケースは多いです。『お酒やタバコをやめさせてほしい』と言いつつも、親がご褒美という名目で飲酒や喫煙を許容していたり。子どもが親の言う通りにした対価として、親がタバコやお酒を買い与えていたり。子どもにはルールを守れというのに、親自身がそのルールを軽んじてやぶってしまう。そういった親御さんの態度が、回り回ってお子さんの素行に影響していると思います。せっかく専門機関につながっても、家ではそれじゃ意味がない」
一番近くてもっとも遠い人
ーー もちろん、思春期の子への接し方は一筋縄にはいかないと思いますが、昔と比べて親の子どもへの接し方が変わったように思います。本人の意思を尊重するという名目の下、子どもの考えや指向に深くは立ち入ろうとしない傾向があるのでは。
「家族なのに妙に他人行儀というか、なんで親の口からちゃんと言ってあげないのと思ってしまいます。うちに相談に来ても、親御さんが『息子が苦しんでいるならしょうがないと思います』と諦めていたり。あとは、僕らに立ち直りを依頼する一方で、本人がごねて暴れたら言うこと聞いてしまっているとか。どうして僕らには厳しくすることを求めるのに、自分たちは本人の言うとおりにしてしまうのか。第三者より、家族だから言えることはたくさんあるのに」
ーー親の側も、子どもに嫌われたり悪く思われたりしたくないため、様子を伺うところもあるのかもしれません。
「ほとんどの場合、親子間のすれ違いが元で問題がこじれていたりします。最初はちょっとした気持ちのすれ違いでも、放置しているうちに、本人の周囲に対する断絶感につながってしまう。その子と話して仲良くなるうちに、あるときポロッと本音を打ち明けてくれるんです。そのほとんどが、『親に〇〇されて嫌だった』とか『親のあの言葉がショックだった』とか、親の言動に傷ついた話だったりします。でも、本人は親に対して直接言えないし、言いたがらないから、親は気づいていない」
「その子に親へのわだかまりがある場合、僕からそのことを親御さんに伝えたりします。実は、親に子どもの傷つきが伝わると、親子関係が劇的に変わるんです。今までの時間はなんだったのかと思うぐらい、いろんな物事が収まるところに収まっていく。自分のことを心から分かろうとする人がいると気づけたら、そっちの世界に行かなくてよくなるから」
「本人もいろんな問題を抱えているだろうけど、親が『こうすべき』と正しい答えを出す必要はないと思います。正解がない中で迷いながらでもいいから、『なんとかなるよ。一緒に大丈夫な方向に行こう』と言ってあげたらいい。親も子どもと悩みながら、一緒に育っていけばいいから」
ーー本来、家庭や地域のコミュニティ、教育機関、社会が無言のうちに引き受けていた、他者を思い、情緒的に関わろうとする人としての道理が失われた結果が、今なんだと思います。子どもの養育責任が各家庭に集中し、家族内のリソース不足のために子どもが割をくっている。
「学校は子どもに何を教えてるのって思います。中学受験がどうだとか模擬テストの点がどうとかより、子どもが人と関わっていくのに必要な根っこの部分を気にしてほしい。根っこがちゃんとしてないのに、こうすればお金が稼げるとか将来安泰だとか意味がない」
「僕は相談を受けるたびに、『僕らがしたアドバイスや自分の経験をほかの人にも話してほしい』とお願いしてます。僕らが直接関わることができる人数には限りがある。でも、皆が自分の経験をいろんな人に話して教えあえたら、それだけで人の助けになるよって」
「専門知識なんてなくていいんです。皆がその子に関わろうとして、『うちの子も昔は荒れてたけど今はなんとかなってるよ』『自分もそうだったから大丈夫』って教え合うことができれば、何かあっても自分たちで対処できるようになる」
薬物問題は依存症の知識が問われ、未成年者への支援は児童心理や発達特性の理解が求められる。しかし、人との関わりが失われた過程で起きたことであれば、専門家でなくとも私たちにできることがあるはずだ。そのためには、社会に断絶をもたらす「ダメ。ゼッタイ。」は、今こそ否定されるべきではないだろうか。少なくとも、薬物への忌避感ゆえに見向きもされない啓発広告に巨額を投じたり、いたちごっこ必須の規制法案を持ち出すよりも、効果的ではないだろうか。
最後に、金城さんに今後の目標を聞くとこう答えてくれた。
「親の暴力などの理由で帰る家のない子が利用できる、住居兼就労所を作りたいと思っています。自分で生活する力を付けながら就労経験を積むことで、大人として自立するきっかけになればと思っています。事情があって親の助けが得られない子を地域で受け止めることで、巣立ちをサポートできるようにしたい。地域の皆で関わって受け止める場を増やしていきたいと思います」
※1 同センターが発行する広報・啓発誌「NEWS LETTER」第112号(2025年3月発行)では、オーストラリアで可決された16歳未満のSNS利用禁止法案を例に、日本も同様の規制を設け、未成年者に「薬物+SNS+秘匿アプリの危険性」を伝えるよう訴えかけている。