Addiction Report (アディクションレポート)

若者の声はなぜ届かないのか 「当事者不在」の「ダメ。ゼッタイ。」運動を再考する【前編】

毎年、6月26日は国際薬物乱用・不正取引防止デー。この時期、国内では麻薬・覚せい剤乱用防止センター主導の下、「ダメ。ゼッタイ。」普及運動が全国各地で展開する。当事者不在のまま繰り広げられてきた同キャンペーンは、今まさに岐路に立たされている。

 若者の声はなぜ届かないのか 「当事者不在」の「ダメ。ゼッタイ。」運動を再考する【前編】
【写真】NPO法人あきづ代表 金城隆也さん

公開日:2025/06/22 22:00

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ことし春、政府広報による市販薬濫用防止啓発広告は、スローガンの「OD(オーバードーズ)するよりSD(相談)しよう」が、当事者の実態に即さず配慮に欠けると非難を浴びた。

なぜ国による薬物乱用防止対策は、いつも当事者不在なのか。

本稿は、令和4年の厚生労働省調査を手掛かりにその真意を明らかにし、同調査の取材協力者であるNPO法人あきづ代表・金城隆也さんにインタビューを実施。国の調査が取りこぼしてきた非行少年の実像に迫り、改めて、薬物乱用防止活動に必要なものとは何かを考えた。

(取材・文:遠山怜)


当事者不在のルーツは「ダメ。ゼッタイ。」

国による当事者なき施策立案は、その起源を「ダメ。ゼッタイ。」を掲げる薬物乱用防止活動に見出すことができる。


実は、この普及運動のターゲットは薬物未使用の若者であり、薬物使用歴のある人や、依存症者、その予備軍は対象外だという。公式発表によると「ダメ。ゼッタイ。」は、母親が我が子を愛ゆえに叱って止める様をイメージした標語だといい、「一喝すれば薬に手を出さない」という根拠なき確信が活動源となっている。


こうした政府調査における排他性は、直近の令和4年実施の厚生労働省補助対象調査においても同様に窺える。同研究の意識調査では、若者や一般市民の意見は選択式アンケートへの回答を持って解釈され、参加者が自由に意見を述べる場は設けられていない。また、研究内の解釈は「ダメ。ゼッタイ。」の理念の下に行われており、当事者を断罪する記述も目立つ。※2

一貫して当事者を極力介入させないという研究方針が窺え、また、一般市民においても長年の「ダメ。ゼッタイ。」運動の結果、積極的に意見を投じようとする人も少なくなっている。※3

「その子に向き合って」、元非行少年の願い

こうした中、NPO法人あきづは若者への啓発広告を検討する同研究の調査において、周囲の大人が積極的に関わり「地域の若者に活躍できる場」を提供する必要性を訴えている。これは、麻薬・覚せい剤乱用防止センターが唱える、当事者を犯罪者として排除する「ダメ。ゼッタイ。」の文脈とは相容れず、ひときわ眼を引く。その真意はなんだったのか、改めて話を伺うことにした。

ーー金城さんの現在の活動内容を改めて教えてください。

「沖縄県豊見城市で、職員・ボランティア含めて約20名のメンバーと地元・豊見城の地域活動支援センターの管理や子どもの居場所事業を行なっています。地域の非行少年の相談に応じるほか、関連会社で元受刑者にごみ収集など就労の機会を提供しています」

ーー金城さん自身も保護司として活動する傍ら、地元の自治会の副会長も兼任されているそうですね。

「ひとつの団体でできる支援には限りがありますから。地域の方と協力体制を築いた方が、提供できる支援の幅も広がって、複数の角度からその子をバックアップできます」

ーー非行少年の相談に応じているとありますが、どんな相談が寄せられるのでしょう。金城さんは支援者としてどのように当事者と関わっていますか。

「ここ数年はお子さんの薬物依存に関する相談が増えています。市販薬の問題も多いです。あとは飲酒に喫煙、家に帰らないなどの問題について、学校の先生やご両親から相談を受けています」

「先生や親御さんから『うちの子をなんとかしてほしい』と依頼されるのですが、どんな問題であっても、まずは『その子と話をしてほしい』って必ずお伝えしています。本人は表向きは平気そうにしていても、心の底はつらい寂しい気持ちでいっぱいで苦しんでいると思います。悪いことしたら親や先生には、『友だちに誘われたから』『暇だったから』って言うだろうけど、それは本音じゃないと。僕が本人と会って話すこともできるけど、まずは先生や親御さんがその子と話をしてほしいんです」

「問題児とされる子は、本来はものすごいバイタリティを持っています。発達特性があって、衝動的に反応してしまう子もいますが、エネルギーを使う方向さえ間違えなければ、その素早さがものごとに突き進む原動力にもなる。過去、うちで関わった子も、自分のやりたいことを見つけた途端、そっちに夢中になって非行をやめたり一念発起して起業したりする例をいくつもみてきました。人は変われます。でも、そのためには、周囲の助けが必要なんです」

自暴自棄だった自分。支えてくれたのは自分を必要とする人たち

ーー金城さんのアドバイスは、非行少年の行動背景への深い理解があってのものだと思います。その原点は、金城さん自身がかつて非行少年だった経験が大きく関係しているそうですが、当時を振り返って、何がそうさせていたと思いますか。

「今思えば、自己肯定感がドーンと落ちちゃって自暴自棄になっていたんでしょうかね。その頃の豊見城団地は困窮世帯が多くて治安もすごく悪かったし、うちも母子家庭でお金もなくて、おまけに家に母親の元交際相手が押しかけてきたりしてたんです。ストーカー規制法もない時代だから警察は助けてくれないしで、自分なんてどうなってもいいやって感じでした。無免許で猛スピードでバイクを飛ばしたりして、心のどこかに死んでもいいって思いがあったと思います」


「立ち直るきっかけになったのは、人に頼み込んではじめた格闘技と周囲の人の支えでした。最初は、母親の元交際相手に対抗するために格闘技をはじめたんですけど、だんだん力がついてきて、アマチュア大会で結果が残せるようになったんです。タバコもお酒もやめて本格的に取り組んでいたら、真剣さが伝わったのか地元の友人も応援に来てくれるようになりました。自分にもできることがある、とそのとき思いました」

【写真中央】当時の金城さんの大会出場時の様子。

「自分なんてって思っていたとき、周囲の人は決して見捨てなかったんです。近所のおばあからは何かある度に呼ばれて、『隆也も手伝って』って引っ張り出されたり。で、嫌々ながら手伝うと、おばあたちから『よくやったさぁ』って感謝されて。その時は『別にたいしたことしてないし』ってカッコつけたけど、内心まんざらでもなかった。自分を必要としてくれるのが嬉しかったんです」


「自分はいろんな人にチャンスを与えてもらって、今がある。だったら、今度は自分もって」

「活躍できる場」は、つなぎ、支える人がいるからこそ

ーーNPOの前身は非行少年を対象とした格闘技サークルだったそうですが、活動がここまで大きくなったのは地域の方々の支えがあってこそだと思います。金城さんの取り組みを周囲はどう思っていたのでしょう。

「最初は、やんちゃしてる地元の子のストレス発散になればと思って、自分ひとりで格闘技を教えていたんです。当時、自分は会社員だったので仕事以外の時間を使って活動していたんですけど、周囲の人から『あの素行が悪くて有名な子が最近ずいぶんおとなしい』と評判になって。うちの子にも教えてほしいと次々と相談を受けるようになりました」

「地域住民の方も、問題児の様子がみるみるうちに変わっていくのを目の当たりにして、活動の意義をわかってくれたんだと思います。地域の方々が、『意味のある取り組みだからちゃんと法人化した方がいい』と、バックアップを申し出てくれて、今に至ります。現在は、みんなでその子に関わって支えていこうという思いの下に、地元の商店通り会や青年会、自治会、地域の学校と連携して活動しています」

【写真】NPOの前身となった格闘技サークル。

ーー調査研究内のインタビューでは、『地域の若者に活躍できる場』が必要だと答えていますが、ここでいう『活躍できる場』とはどういったものでしょうか。『活躍できる場』と聞くと、若者に職業安定所の案内冊子や就労先リストを配布して、仕事さえ与えれば良いと考える人は多そうです。

「うちは『地域の若者に活躍できる場を作る』をモットーにしていますが、『活躍できる場』はすでにどこかにあるというわけではないし、報酬が得られる場所とも限りません。ただ仕事や機会を与えるだけでなく、その子を信じてつなげてくれる人がいるから、そこが『活躍できる場』になる。必要としてくれる人がいれば、それが町内の集まりだろうがサークルだろうが、どんな些細な機会でも活躍できる場になります。人がいないと、場として機能しないんです」

「立ち直るには、誰かに必要とされて認められる経験が、絶対に必要です。ひとりでは自分なんてって思いから抜け出せない。だからこそ、関わることを諦めないでほしいんです。両親や学校の先生だけでなく、近所の人とか知り合いとか、その子の周囲にいるみんなで関わってほしい。誰かひとりでも関わる人がいれば、何かが起きたとしても、そこまでひどいことにはならないと思います。道ですれ違ったときに、『元気?』とか挨拶する程度でいいから、関わりを持ち続けてほしい」

「よく非行してる子に夢や目標を持てという人がいますが、その子が自分で自分を見捨てずに、希望を持って生きるには、興味を持って話しかけてくれる人がいないと。その子のやりたいことや関心ごとに耳を傾けて、一緒に探す人がいるからこそ、未来に可能性を見出すことができる。『今度カラオケ大会あるから一緒にでてみない?』とか、本当に些細なきっかけでいい。人に誘われてやってみるうちに、だんだんこれやってみたい、こうなりたいって気持ちが芽生えるから」

金城さんに取材した若年者を対象とした効果的な薬物乱用予防に係る広報戦略の策定に関する研究」では、結論として、活躍できる場の知見を持つゲートキーパーと出会うために、周囲の援助行動を促す広告宣伝が効果的だと締めくくっている。ならば、当事者を犯罪者として排除し分断してきた「ダメ。ゼッタイ。」は、今こそ“原点に立ち返”り、抜本的な見直しをする時期に来ているのではないだろうか。

「うちで支援してる子と、地元の祭りの手伝いに行ったことがあるんです。皆で手分けして、大きなやぐらを組み立てたら地域の人にすごく喜ばれて。近所のおばあとかおじいに、『ありがとうね、あんたたちのおかげよ』って言われたら、本人たちは照れて『いいよ別に』ってカッコつけてたけど、内心嬉しかったんだと思います。『何か他にも困ったことがあれば俺たちに言ってよ』って言って回ったりして、自分たちが誇らしかったんだと思う」

(後編につづく)


※1 麻薬・覚せい剤乱用防止センター理事長・藤野彰氏「岐路に立つとき」より:”薬物乱用防止の標語は、不幸にして乱用を始めてしまった人たちへ向けてのものばかりでした。そこで初めて、薬物に手を染めていない人々を対象にする標語が創られました。それこそが“薬物乱用は「ダメ。ゼッタイ。」”だったのです。お母さんが子どもに、「ダメよ。そんなことをしては」と言い、子どもがそれに応える愛情のこもった親子の会話のように、と創始者たちが考えた記録が残っています“

※2 例えば「地域社会において「薬物乱用予防」を主体的に担うことのできる ヒューマンリソースの開発・教育及び relation 形成の試み」では、昭和41年度版犯罪白書に基づき、若者は「問題を論理的に分析し、解決を図るための素養・経験知に乏しく、自己合理化によって直情的に対応する傾向がある」ため、大麻を使って「粗暴で破壊的な犯罪」を引き起こすとしている。

※3 北里大学・鈴木順子氏による「薬物犯罪情勢の分析と薬物乱用防止活動の展望検討」では、調査に応じた参加者が45名にとどまり、「この忌避感がどこから来るのか」を調査した結果、「警察取締的色彩を帯びた話題は真っ向から向き合うには抵抗感があり、自分に一定の弁えがあれば心理的には隔離しておきたい」のではないかと推測している。



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