Addiction Report (アディクションレポート)

「依存症の問題」に最初に直面するのは誰? カウンセラー 信田さよ子さんが語る“家族”という視点【前編】

本稿は、2026年2月22日に開催された第11回「薬物依存症者と家族オープンセミナー」のイベントレポートである。

ゲストとして、原宿カウンセリングセンター顧問の信田さよ子さんが基調講演を行った。その後、湘南ダルク施設長の栗栖次郎さん、横浜ダルク施設長の山田貴志さん、両施設の利用者が、依存症と家族対応について意見を交わした。

「依存症の問題」に最初に直面するのは誰? カウンセラー 信田さよ子さんが語る“家族”という視点【前編】
※NPO法人横浜ひまわり家族会主催 第11回「薬物依存症者と家族オープンセミナー」より。

公開日:2026/03/07 02:00

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前編では、基調講演「依存症と家族 ~具体的対応をめぐって~」から、臨床心理士の信田さよ子さんが語った“家族の視点”をレポートする。


「依存症の問題」に最初に直面するのは家族

1970年代以降、信田さよ子さんはアディクション支援に携わってきた。1960年代にアルコール専門外来が設立されたことを皮切りに、依存症を治療対象として扱う動きが各地で広がっていったという。

信田さんは、長年の臨床経験を踏まえ、次のように語った。

(写真中央)信田さよ子さん 公認心理師・臨床心理士。駒木野病院勤務を経て、1995年に原宿カウンセリングセンター設立。現在は同センター顧問、NPO法人RRP研究会代表理事。親子・夫婦関係、アディクション(嗜癖)、暴力、ハラスメントなどの問題に関するカウンセリングを行っている。


(信田):「私が勤務していた病院で治療を受けていたのは、主にアルコールの問題を抱えた働き盛りの男性でした。今でいう市販薬・処方薬の過剰摂取(オーバードーズ)をする若い患者さんや、アルコール依存症の女性もいましたが、まだごく一部に限られていました」


病院では、家族向けの自助グループが開催されていた。信田さんはそこで、参加者の切迫した状況を目の当たりにしたという。


(信田):「家族が依存症を抱えている場合、最初に困るのはその配偶者である妻か、子どもなのです。本人が酔って暴力を振るい、失態を犯しては、家族がその後始末に追われる。おまけに、周囲からは『奥さんがしっかりしないから』と非難される。アルコールの問題に最初に直面するのは、本人より家族なんです」

「依存症は病気」という認識がもたらしたもの


心身・経済的危機に陥った家族にとって、『アディクションは病気である』という概念は大きな契機となった、と信田さんは指摘する。


(信田):「『アルコール依存は病気である』という概念は、1960年代にE.M.ジェリネックというアルコール研究の第一人者が提唱しました。ここではじめて、アルコール依存は治療可能な病気であり、本人の道徳性の問題ではないとされたのです。この一連の提言は、家族から大きな反響がありました。家族会では、『この言葉に救われた』と語る妻が多かったのです」


(脚注)E.M.ジェリネック:生理学・アルコール依存疫学の研究者。1930年代以降、アメリカでアルコール医療の指導者的立場として活動。1960年に書籍『アルコホリズムの疾病概念』にて、アルコール依存を疾病として捉えることを提唱し、以後の依存症臨床・自助会に大きな影響を与えた。

(信田):「彼女たちは当時、こう言っていました。『本人の性格の問題なら、それはどうしようもない。でも病気なら治る可能性がある』と」


信田さんは、依存症の医学的な位置付けは、常に臨床家や研究者の議論の的であったとしつつも、「病気」として扱われることが、家族にとって大きな意味をもたらしたと考える。特に、家族が本人を責めたり、誤った関わり方をしたりすることを回避する効果もあったと語る。


一方で、依存症を医学モデルで捉えることで、別の問題も浮かび上がる。それは家族のケアは後回しにされ、支援の対象から時にこぼれ落ちてしまうことだ。

治療の場で透明化された家族

「依存症は病気である」とするなら、治療の主体は当事者本人である。しかし、依存症の場合、当事者が問題を認識し治療を求めるタイミングと、家族が第三者の介入を求めるタイミングには大きな差があるという。

(信田):「家族が限界を感じている一方で、本人はまだ大丈夫と考えているため、そう簡単には治療につながりません。病院や相談機関を勧めても拒否されてしまう。そこで、困った家族が代わりに医療機関を訪れても、『本人を連れてきて』と言われてしまう。『自分の問題なんだから、本人が来るべき』と考える医療従事者は多いのかもしれません」

講演内スライドより


(信田):「しかし、私は長年の臨床経験の中で、家族の方が先に限界を迎えるケースを多く見てきました。実際、飲酒下で多くの配偶者や子どもが暴力を振るわれ、経済的危機に直面し、時には性被害も受けています。医療・福祉分野における『本人中心型』の支援は、こうしたケースに早期に介入することが難しい」


近年では、家族の受診を促す依存症外来も増えているが、医療・福祉の制度設計上、支援の主流は、依然として本人中心となっている。信田さんが家族カウンセリングを重視する背景には、そうした切迫した状況が大きく関係している。


(信田):「よく、『依存の問題を抱えているのは配偶者なのに、私なんかが行ってもいいの?』とためらうご家族もいます。その際には、『困っている人なら来てください』とお伝えしています。困っているなら、支援の対象だとしています」

家族において課題の分離はできない

一方、世間では「夫婦とはいえ他人なのだから、相手の問題に踏み込むべきではない」という考えも広がりつつある。しかし、信田さんは、この考え方について疑問を呈する。


(信田):「『夫の問題なのだから、私は関係ない』というのは簡単ですが、実際にはそう簡単に切り離せないと思います。人はたいてい、他人のことで悩むものです。夫がお酒を飲んで暴力を振るう。それは夫の問題だけれども、殴られた側は『私が何か悪いことをした?』とつい自分を責めたり、落ち度を考えてしまうものです。家族において、他人の問題は自分の問題になり得るのです。ですから、誰が病気であるかは横に置いて、困っている人が支援を受けるべきだと考えています」


通常、精神疾患の治療・支援では、“家族”をサポートの起点としてみなすことが多い。医療・福祉側は、家族が支援のハブとなり、本人が適切な治療に向かえるよう、励まし見守ることを期待する。

しかし、信田さんは、依存症治療において家族を無条件に、支援側に置くことに警鐘を鳴らす。

(信田):「依存症において、本人と家族の利害は一致しないことがほとんどです。本人は大変だけれども、今の状態でやっていくしかないと思っている。一方で、家族はすぐに現状を変えてほしいし、限界を感じている。こうした相反する葛藤状態で、家族は何とかしようとあれこれ手を尽くし、疲弊していく。そして本人は余計に苦しくなって、ますます依存から離れられなくなる」

講演用スライドより

(信田):「家族なんだから、一緒にいたら支え合えるはずという考えは、見直す必要があると思います。まずは、家族をサポートし、どうすればお互いがぶつからずに済むかを考える。それが第一です」


依存症治療において、本人と家族の利害が一致しない場合も少なくない──信田さんはそう指摘する。後編では、家族間コミュニケーションの落とし穴と具体的な対応、横浜・湘南ダルク関係者を含めたトークセッションをレポートする。


(後編へ続く)


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