Addiction Report (アディクションレポート)

書くことで昇華できるか? 作家としての苦しみと薬物と心のケア

文学に取り組むと人は病むのか?赤坂真理さんと雨宮処凛さんがさらに深掘りしていきます。

書くことで昇華できるか? 作家としての苦しみと薬物と心のケア
文学の世界について語る赤坂真理さん(左)と雨宮処凛さん(右)(撮影・後藤勝)

公開日:2024/10/03 08:04

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作家の赤坂真理さんがアディクションについて考察した『安全に狂う方法 アディクションから掴みとったこと』(医学書院)。

この本を読んで救われたと話す作家で活動家の雨宮処凛さんとの対談は、赤坂さんの本業の作家と依存について語り出すと、止まらなくなっていきます。

第5弾は小説を書くことに追い詰められ、薬物依存の末に自死を選んだ作家、見沢知廉さん(※)について引き続き語りながら、作家と依存の関係についてさらに深めていきます。(まとめ・岩永直子)

※元右翼で、1998年には三島賞候補にもなった作家。「スパイ粛清」という殺人事件を起こして服役し、刑務所内で書いた小説が新日本文学賞の佳作となり、出所後は作家として活躍。作品の完成度にこだわる中で精神的に追い詰められ、処方薬「リタリン」に依存。2005年にマンションからの飛び降り自殺で亡くなった。

書くために薬を使うこと

赤坂 見沢さんは薬はもともとやっていたんですか?作品を書くために?

雨宮 八王子医療刑務所で一度、精神科の薬漬けにさせられているんですよね。出てきてからは色々な不調があって、結果的にはリタリンがないと何もできない状態になっていました。リタリンは出てきてからだと思います。

赤坂 医療刑務所にまで行ったのなら、元々精神的な症状が出ていたということですよね。殺人事件が、スパイの疑いでの仲間殺しですよね。詮索するわけではないですが調べるとすぐわかります。スパイをめぐることは元々ものすごく疑心暗鬼になやすい状況です。それが刑務所でよりひどくなったのではと思います。

そういうもろもろの治療がまずは必要だったと思うのですが、出所後、すぐ暮らしを建てたかったのでしょうね。殺人犯で作家というのには永山則夫という先行例があります。ただし、永山は獄中だからあれだけ書けたと思うんですね。ある意味で、守られていた。社会に出る必要はなかった。

見沢さんは、社会に出て経済活動をしながら、人にもまれながら、人の目にさらされながら、自分の内面と向き合わなければいけなかった。

そして、彼自身のトラウマの大きさを私は思うんです。見過ごされがちだけれど、人を殺したっていうのは、ものすごい苦しみです。一生感覚が忘れられなくて、一生悪夢に見るようなことではないかと。それこそ文学には、人を殺した人のその後の苦しみってよく描かれています。

マクベスは、先王を殺して王座に就いたけれど、それから眠ることができません。殺しをそそのかしたマクベス夫人は、「血が取れない」と言って手を洗い続けます。現代なら薬物アディクションになったんじゃないかな。見沢さんもそういうことに苦しんだであろうと思うんです。

見ようによってはリタリンは、取るに取れない苦しみの自己治療だったのかもしれない。それを摂ったら心の痛みが一瞬とれる。そしてもちろん、覚醒剤と似た作用ですから作業がはかどる。そして心身の状態はその後よりひどくなる。

タレントのように私生活に興味を持たれる小説家

あと、小説家っていうのは変なもので、扱われ方が少しタレントに似ているのです。物書きの中では、ほぼ小説家だけがそういう興味の持たれ方をします。私もそれ重かったです。私生活や過去に興味持たれますね。いつ何をしたということを。

だからいつも人殺しに興味を持たれてしまうでしょう。それを年表になんて書かれる。それはきつかったろうと思う。ステイタスがあるから、それで一発逆転したいと思う一方、小説で売れるとは、過去を見られ、さぐられ、さらされることです。これは、小説を書くこと自体のきつさと別に、小説にまつわる目のしんどさがあります。

このケースは、一般的な小説のしんどさと、比べることができないレベルかと思います。でも、極端には本質が宿る、とは思う。

自分の核を出すには同時にケアが必要

だからここから誰もが学べる学びはありまます。それは、自分の核を出すには、それなりのケアをセットにするのが必要だってことです。自助グループ的な信頼できる少人数で見せ合うことから始めるとか、小さなことからやっていくしかないと思います。秘密を打ち明けられる人がいるだけで、ずいぶん楽になる。これは、どんな人でもそうなんです。

私にもそういう小さいグループが近年あります。あと、トラウマはトラウマとして扱わなければ、名声でカバーできたりはしない。できそうにも見えるんですけど、決してできない。

リタリンは、思うに自己治療のためと、書きたかったから使ったんだろうね。それは戦後すぐの作家がヒロポンをうちながら書いていたのと同じですかね。

私、ナルコレプシーかと思うぐらい眠いことがあって、リタリン飲みたかったことがあるのです。すごく前から頭の中に雲ひとつない状態になりたくて。あとベンゾ系の抗不安剤が好きだったことがあったんだけど、ベンゾ系は依存性が高いらしく今問題になってる

雨宮 それを飲むとそうなるんですか?

赤坂 まあなったんだよね。でも薄れていくからつまらなくなってきた。

雨宮 それを飲んで文章は書けます?

赤坂 それと文章との関係は考えたことがない。飲んで書いたこともないし。どちらかというと、対人や対世界の不安のために飲んでいた時期がある。文章が書けなくなる原因も半分ぐらいは、「これを書いてもダメなんじゃないか」「私はダメなんじゃないか」という不安なので、そこが軽減されると書けるは書けるんじゃないかな。相関関係を考えたことがない。

でも薬ってさめる時が嫌で、私はあまり好きになれなかった。でもリタリンは飲みたかった。あとはコンサータというA D H Dの薬がリタリンに似ている。1回飲みたいと大阪ダルクの所長である倉田めば(『安全に狂う方法』にも出てくる)に言ったら、「アディクトは飲まない方がいい」と言われた。やっぱり覚醒剤と同様の作用だから。リタリンと同様の成分で、効き方が徐々に放出されるタイプの薬であるらしい。コンサータはADHDによく出される薬ですが、これから問題になるかもしれない。

雨宮 リタリンもそうだけど、薬はやめるのが大変な気がしますね。

赤坂 ですね。

「人気商売」のつらさ

赤坂 作家は人気商売ってところがあり、そこがきつい。

雨宮 人気商売って病みませんか?

赤坂 自分の評価に他人次第なところがあるってことですからね。俳優なんかも同じなんだけど。当たれば大きいとも言えますが、当たらないのではという不安があります。その不安に負けやすい人には、そのケアが必要じゃないかなあ。

なににせよ、心のことに丸腰で臨んじゃいけないって感じが今はしてます。誰でも、大勢の目にさらされるって、多かれ少なかれ心がおかしくなる。たとえ人気を望んでいてもそうだと思います。

雨宮 赤坂さんは、そもそも色々な生きづらさを抱えています。作家になるなんて、茨の道を進むような、苦しみを増幅させるような環境にいるように見えます。生き方そのものが自傷的。

赤坂 なんでなったのかねと思うこともあるんですが、最初になったものにこだわったんでしょう。さっき言ったことと同じですが、できたことの中でいちばんステイタスが高いところにたまたま行けたんで、そのままにしたのかな。別のことも試してみたらよかったかもと思います。

言語能力があるのは事実だと思います。それを使って、生きやすいことを開拓したい。小説だけが文芸ではないし、書くのだけが言葉でもないと今は思っています。語って伝えるのがすごく好きなんです。でも選択肢が広がってくると、小説もまた書こうと思います。

それは、評価されてもされなくても私の本質的価値とはなんの関係もない、といつもわかっている必要があります。本当の自分であれる人間関係を持つことも大事です。自傷的……過去にはそういうところもあったかもしれません。

雨宮 リストカットはできないそうですが、する必要はないですよ。

赤坂 典型的な症状は何一つ出ないんですよ(笑)。

書くことで昇華できるか?

(前のインタビューで書くことによって、その辛さを昇華することがあるのか質問した時に、1作品だけ『東京プリズン』ではそんな経験をしたけど、他ではないとおっしゃいましたね)

雨宮 その前の作品では昇華されていない?

赤坂 ないですね。『東京プリズン』でよかったのは、家を失ったことを書いたんですよ。父の事業の借金で抵当に取られた家ですね。それを書き終わる前までは、失った家の中にいて、「この家は本当は失われている」と知っている夢をよく見ていました。一種の悪夢であり喪失の夢なんですが。失った家の中に、夢の中に入っていくように入るプロセスをありありと小説に書いてから、そういう夢は見なくなった。ある種のエネルギーワークだったんじゃないかなあ、あれは。

自分にとって弱いところは、アマチュア時代がなかったことなんです。書くことがすぐ評価につながったり、人気の問題になったりしたのが、辛いことだった。私も自分のことに近い距離のことを書く作家なので、自分の核にある、できればずっと隠しておきたいようなことを、出すことになる。それは、人から見て必ずしも悪く見えないことでも、本人は隠しておきたかったりする。でもそれがいちばんいい自分だったりする。そういうジレンマがありました。

雨宮 ラッキーだったわけではない。

赤坂 ラッキーではないですね。学生に言ったらラッキーだと思われましたけど、自分にとってはアンラッキー。

雨宮 そうですよね。書くことが全部、生活とか社会的評価と結びつく。純粋にそこと関係なく書く人と全く違いますものね。

赤坂 別の仕事を持って書けるほど器用でもなかったんだよね。

雨宮 赤坂さんが普通の仕事に就いている姿って想像できない(笑)。申し訳ないけど、できると思えない。会社員とかやったことないですよね?

赤坂 会社員、3年ぐらいありますよ。

雨宮 何をやっていたんですか?

赤坂 編集。自分の仕事は全部スカウトで始まっているんだけど、ある夏、ギャラリーの受付のバイトの面接に行ったら、そこの社長が雑誌を作っていて、「じゃあ君、編集長ね」「はい?」と。そして仕事内容を今思うと丁稚の小僧。発行人になったかつての編集長がボスで、一緒に企画を作って、書き手に発注して、雑誌作って、営業も行く。そのうち、同じ特集で自分に原稿発注してみようと思ったんですよ、そうしたら、小説らしきものを書いた。

どの職種にも、その職種なりの病み方があるのと同様、その職種なりのいちばんの褒められ方が不文律としてある。日本の文芸界だと、小説、それも長編小説、文学賞を取ること、最高は芥川賞か直木賞。

それが自分に合ってるかは別として、そこに過剰適応くらいに適応したいと望んじゃう人はいて。アディクト気質があると、特にそうだと思う。アディクションって、適応したい病なんじゃないかと思う時があります。

なぜアディクションをテーマに書いた?

(赤坂さんは書くことで生きづらさは昇華されないということでしたが、雨宮さんは書くことで、思考の捉われや生きづらさが昇華されることはないのですか?)

雨宮 でもこの本を読んで、imidasに原稿を書いたことですごく整理されて、治療効果がありました。私にとって書くことは、初期は特に自己治療の意味がありました。今もそんなところはありますね。この本こそまさに自己治療じゃないですか?ものすごく経緯を赤裸々に綴っていることがご自身の整理になっているんだろうなと思います。自分を客観的に見つめることになるじゃないですか。

赤坂 どうだったかなあ。今この対談は、自分のしてきたことが整理されるところがある。……どちらかといえば、自己治癒と変容の軌跡を書いたのがこの本ではないかな。

雨宮 何かに憑依されて書いているような、トランス状態で書いているようにも見える。

赤坂 この本を書くことが治療になったかというと、そういう本ではない気がする。

雨宮 なんで医学書院で出すことになったのか、興味深くて。名物編集者の白石正明さんですよね。医学書院で、このテーマで出したのはなぜなんですか?

赤坂 さっき処凛ちゃんの指摘と関係あるんだけど、小説との向き合いが少し苦しかったんですよ。だから別のところに行きたいという気持ちがあって。少し外すと書きやすかった。でも書き方自体は小説的なところがある。

小説はどこか文体が一貫していないといけないところがあって、文体の一貫って一種の無理だと思うわけ。いろんな文体を使いたかった。いろんな文体になってしまうし。それには、小説ずばりじゃないジャンルがやりやすいところがあった。自分なりにそうやって資質と折り合いをつけてきたと思うんだ。

医学書院というか、「ケアをひらく」というシリーズがすごく好きで、小説より小説、人文より人文という気がして、このシリーズのファンだったんです。キワを行くから好き。たまたま友人が「べてるの家」の向谷地生良さんと知り合いで、医学書院主催のべてるの家のイベントがあったんですよ。そこに行ったら白石さんがいて、白石さんが退職する時期が迫っていたので、それで「一緒に仕事をしたい」と言ったら、通った。

雨宮 その時にこのテーマで書きたいと言ったんですか?

赤坂 その時はまだなかった。なぜこのテーマになったかはわからないんだよね。そうなった、という感じ。白石さんは私のは書き方が小説っぽいと言ったのですが、私は、本を書くからには場面を見せたいし、体感させたいという気持ちがあった。それは新書を書いても小説の編集者に言われたなあ。○章は小説ですね、とか。

雨宮 ああだからか、一緒に体験した気分です。一緒にのたうち回って、踊って。再生する。どれぐらいかかったんですか?

赤坂 3ヶ月ぐらいかな。「退職するので、原稿は〜月までにないと困りますよ」と言われていて、その時すでに4ヶ月ぐらいしかなかったんですよね。そこで日割り計算をして、計算上は1日に何文字書けば間に合うという目標があったんですよ。それでなんとか間に合った。

(続く)

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