Addiction Report (アディクションレポート)

「今日まで生き延びた恩返し」経営者の挑戦…「当事者」を超えて 上堂薗順代さんインタビュー【後編】

経営者として活動する断酒歴28年の上堂薗順代さん。

「当事者」として経験を語るだけではなく、精神保健福祉士の資格を取得して「支援者」としても活躍し始めますが、戸惑いを感じることも…。
しかし、子育てを通してある「学び」「気づき」を得ます。

「今日まで生き延びた恩返し」経営者の挑戦…「当事者」を超えて 上堂薗順代さんインタビュー【後編】
上堂薗順代さん(撮影・吉田緑)

公開日:2024/09/12 02:00

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看板製作会社の経営者をしながら、依存症や発達障がいの女性たちを受け入れるグループホームで管理責任者を務める上堂薗順代さん(60)。

⇒「今日まで生き延びた恩返し」経営者の挑戦…「当事者」を超えて 上堂薗順代さんインタビュー【前編】

精神保健福祉士・社会福祉士として支援に携わり、摂食障害やアルコール依存症から回復し続ける断酒歴28年の「当事者」として全国各地で予防啓発のための講演などをおこなう。

痛みを経験したからこそ、わかることもある。しかし、実際に「支援者」の立場になってからは、もどかしさを感じることもあるという。(ライター・吉田緑)

「当事者」から「支援者」に

「飲み屋街で酔っぱらってひっくり返り、『酒で死んだら本望』などと豪語していた自分の命を助けてくれたあのソーシャルワーカーのようになりたい」

そう思った上堂薗さんは、自らも精神保健福祉士の資格を取得後、うつ病や統合失調症などの精神障害の人たちが軽作業をおこなう就労継続支援B型作業所で実務経験を積んだ。これまで知らなかったこと、周囲にも知ってほしいことが、たくさんあった。

「たとえば、B型作業所では『就労訓練』として作業をしています。多くの人たちが安く買えているものは、誰もみえないところで『訓練』という名のもとで加工されたりつくられたりしている。ここで作業をしている人たちが頑張っているからこそ低価格で買えるものもある、ということを現場に行って知りました」

「当事者」ではなく「支援者」として関わって、初めて気づくこともあった。

「自分の経験で考えてしまい、『なぜ、この人はやめられないのだろう』ともどかしくなってしまったこともあります。実際にさまざまな人たちと関わり続けながら、福祉職の大変さを実感しています。毎日が学びです」

口を出したくなることもある。しかし「無理強いをしてはならない」と踏みとどまる。

「本人がどうしたいのかを一番に考えたいと思っています。やはり、最終的には本人が安心して動けるような安全な環境づくりをしていかないと何も変わりません。子育てと一緒です。頭ではわかっていても、なかなか難しい」

息子のゲーム依存…誰も「治そう」とはしなかった

双子の「親」でもある上堂園さんは「育児は育自。自分を育ててくれて、学びをくれたのは子どもたち」と語る。不妊・不育症を乗り越え、授かった子どもたちだ。

「振り返ってみると、凄まじい反抗期でした。後で『ゲームをするな、勉強しろ、などと言われたから反発した』と聞かされ、ハッとしたのを覚えています。ガーッと言うから、反発したくなる。これは、支援にも通じることだと思います」

上堂薗順代さん(撮影・吉田緑)

双子の兄・Sさん(20代・仮名)は、大学生だ。上堂薗さんの講演活動などに同行し、自らの経験を分かち合ったこともある。

Sさんは「もともと人見知りで人付き合いが苦手」なタイプ。ゲームが好きだった。大学での新生活に馴染もうと頑張ってはいたものの、だんだんと学校に行くことが憂うつになり、ゲームにのめりこんでいった。

なんのために大学に行っているのかわからないーー。Sさんは思い悩み、一人暮らしの部屋にこもり、ゲーム三昧で単位も取れなくなった。

「『単位が取れていない』という手紙が大学から来るようになり、息子に電話をしたところ、声の調子がおかしかったんです。すぐに息子のもとに向かいました。『どうしたらよいのかわからない』と涙を流していました」

大学の手紙に記載されていた「学生相談」担当の教員に連絡を入れた。担当教員は、Sさんが在籍する学科の教授だった。

「教授は息子と面談後に大学のカウンセラーにつないでくれました。ただ、カウンセラーは相性が良くなかったのか一度でやめてしまいました」

上堂薗さんは、どうしたらよいのかわからなくなった。不安な気持ちを担当の教授に伝えると、教授は「お母さん、安心してください。S君のような学生を私はたくさん見てきてます。大丈夫ですよ」と、ことばをかけた。

「このことばに救われた私は、先生に任せようと決めました。息子に異変に気づいて行動し、人に頼ることができたのは、自らが病気になり、多くの人に助けられた経験があるからだと思います」

教授はSさんにある提案をした。「週に一回、お昼ごはんを一緒に食べよう」というものだ。それから、状況はガラリと変わった。

「時間をつくってもらい、毎週1時間、食堂や研究室などで他愛のない話をしていたそうです。息子にはこれまで横のつながりがまったくありませんでしたが、大学院生とも知り合うことができ、『この先生の授業がよい』などの情報も教えてもらったと聞いています」

このような日々を過ごすうちに、自然と卒業がみえてきた。Sさんは「大学院に行きたい。先生に教わりたい」と口にするようになり、大学院進学を目指している。

「はじめは大学に1時間行くだけでしたが、居場所ができ、安心できたのだと思います。単位も少しずつ取れるようになり、単位認定試験合格の報告をすると、教授が『がんばったね』と喜んでくれたと嬉しそうに話すんです。今は先生のゼミをとっています。息子は『研究室に僕の机ができた』と喜んでいました」

誰ひとり、Sさんを「治そう」とはしなかった。ただ、自然に受け入れた。

依存症は「私の一部」大切なのは「やるべきことをやること」

さまざまな人たちが教えてくれたことは、上堂薗さんの糧になっている。過去には人に傷つけられ、痛みを経験した。しかし、救ってくれたのも、また人だった。

依存症の啓発活動やグループホームの開設などは、すべて「生き延びた恩返し」だ。

上堂薗順代さん(撮影・吉田緑)

アルコールをやめられなかったときは、人がどんどん離れていった。しかし、回復の道を歩み続け、多岐にわたる活動をする中で、人との輪が広がった。

「毎日試行錯誤で迷うこともあります。迷惑をかけたり、多くの人の力を借りたりしながら仕事と福祉に関わる日々です。『やらなきゃよかった』と思うこともあります。楽に生きる生き方がわからない。もっともっと、と思ってしまうので、依存症の根っこのところは変わっていないのかもしれませんね」

落ち込んだり、壁にぶつかったりして追い込まれたときは、助けてくれる人たちがいる。その中には、断酒会などで出会った仲間もいる。

「断酒会や自助グループは、何かあったときに駆け込める場所だと思っています。同じアルコール依存症の集まり以外でも、しんどくなったら吐き出せる場所がいくつかあります。ありがたいことです」

「当事者」として人前で話すことはある。しかし、ひとりの「人間」として生きる中で、酒をやめられずに苦しんだこと、アルコール依存症の「当事者」であることは、上堂薗さんにとって「自分の一部に過ぎない」という。

「依存症であってもなくても、その事実を打ち明けたとしてもそうでなくても、大切なのはやるべきことをやることだと思っています」

経営者、支援者、親として、役割をまっとうするために、上堂薗さんは今日も前を向く。

【上堂薗順代(かみどうぞの・のぶよ)経営者・社会福祉士・精神保健福祉士】

ジェイ・ワークス株式会社代表取締役。二級建築士。二級施工管理技士。2種電気工事士。屋外広告士。グループホームJ‘s管理者。ASK認定依存症予防教育アドバイザーとして依存症予防教育に取り組み、病院や大学、企業等でも講演活動をおこなう。1996年2月に断酒し、断酒歴28年となる。

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コメント

18日前
上堂薗

りんもんさんありがとうございます(⌒∇⌒)。いつか思いの共有や意見交換などができたらいいですね。

23日前
りんもん

あなたの事がより詳しくわかり、僕としてはとても良かったです。

今が幸せで良かった!!

複数の役割を持ち、しんどくなったら切り替える。素晴らしいアイデアだと思いました。僕も使わせていただきます(笑)。

実は僕も最近は社会福祉の仕事を手伝わせていただいていて、書いてある内容が理解できて、とても素晴らしい事を続けられちる事を友人として誇らしく思います。これからも、元気に幸せに、突き進んでください。

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