小指さんと二人のアディクト。アルコール依存症者との日々(前編)
画家、漫画家、随筆家として活躍するアーティストの小指さんは「付き合う人が百発百中でアル中だった」そうだ。アルコール依存症の当事者と、家族のような近しい存在である自分。関わりの難しさについて聞いた。インタビュー前編。
公開日:2025/12/27 02:00
音楽を聴き、浮かんだ情景を五線譜に描き視覚化する試み「score drawing」をはじめ、「小林紗織」名義では独特の世界観が評判を呼ぶ画家であり、漫画家、随筆家としても新作を待ち構えるファンの多いアーティストの小指さん。
ユーモアあふれるダイナミックさと、繊細な心の揺れが複雑に織り込まれた筆で描かれる日常は、極めて個人的な話ばかり。
なかでも「付き合う人が百発百中でアル中だった」という一文も衝撃的な『宇宙人の部屋』は、現在30半ばの彼女が20代を振りかえった赤裸々ともいえる回想録だ。
元彼Aさんと、現在のパートナーであるKさん。二人のアディクトとの日々について小指さんに話を聞いた。(ライター・青山ゆみこ)

元彼で、17年来の友人であるミュージシャンのAさん
小指さんがAさんと出会ったのは18歳のときのこと。美大に入学した直後、たまたまライブで見て知ったAさんの家に、小指さんが家出同然に転がり込んだのだそうだ。
恋人としての付き合いが3年ほどだが、一緒にバンドを組んでいることもあり、別れたあとは「友人」となった。
「知らない人への説明が面倒だから『元彼』と言ってしまっているけれど……実際はもう一切の恋愛感情もなくて性別も関係ない、私が心を開けるわずかな友人なんです」と小指さん。
「Aは音楽をはじめ、美術、漫画といったいろんなカルチャーや文化に精通していて、自分の知らない世界をたくさん教えてくれた人でした。
わたしは子どもの頃から画家や漫画家に憧れがあって、美大にも入ったけど、自分に自信が無くて何から頑張ればいいのかもわからなくて。そんな不安の中で出会って、認めてくれて、励ましてくれたのがAでした。わたし自身も彼の才能に惹かれたし、やっとわかってくれる人と出会えたことがとっても嬉しかったんですよね」
二人はお互いに才能を認め合い、芸術的な面でも感覚的にわかりあえる、いい関係になるはずだった。お酒の問題がなければ。
「Aはいくら飲んでも顔色ひとつ変わらない、とんでもなくお酒が強い人でした。素面のときはとても繊細で、こだわりの強い面もあったけど、お酒を飲むとすごく饒舌になって誰とでも仲良くなれるんです。
泥酔して問題ごとを起こしても、腹は立つけどどこかほっとけないんですよ。わたしに限らず、まわりのみんなもそうだったんじゃないかな」
でも、次第に、Aさんが社交的に振る舞えるのは「飲んだ時だけ」だと小指さんにわかってくる。飲むと気が大きくなるからと、ライブの際も、緊張と不安を消すために酒を飲むAさん。
「お酒はAにとって魔法の水のようだな」と小指さんは感じていたそうだ。
酒が良い魔法だけなら良かったが、Aさんによからぬ影響が出始めた。
「Aが酔い潰れたから迎えに来て欲しいと、仲間から連絡が入ることが増えたんです。なんだかおかしいなって感じ始めたけど、わたしもどうしていいのかよくわからなくて。
そうか、一人にするからほいほい飲みに行っちゃうんだと考えて、その頃から彼を見張るみたいに傍にいるようになりました。
十代だった当時の私は、『依存症』というものすら知らなかったんです」
そのうちAさんは、小指さんにも飲むのを隠すようになる。
「1週間ぶりくらいにAの部屋に行ったある日のことでした。部屋に入ると、彼がいつも寝てる布団が変な感じに盛り上がってたんですよ。当時は女性関係でも揉めることが多かったので、女の人でも隠れてるのかなと瞬間的に疑って、ばっと布団をめくったら、そこにはブラックニッカの空き瓶がぎっしりと……。
40本はあったんじゃないかな。この頃から、飲酒を咎める私をうっとうしく思って隠そうとしていたんですね。
ああ、これはきっと病気なんだろうな……そんなふうに思い始めたのはその頃でした」
Aさんの飲酒量はみるみる増加した。朝起きると水より先に酒を飲み、家を出る前、人と会う前、食事中、バンドの練習中、寝る前。一日中酒を飲む。
「自分にとって酒を飲むことは、錆びた自転車に油をさすことと同じ」なんて口にするAさん。目を離したら、どこかで泥酔しているんじゃないか、死んでやしないか。小指さんは四六時中、悪い想像と不安から逃れられなくなってしまったそうだ。
「病院も探して、すがるような思いで電話をしました。だけど町の精神科はどこも『うちでは依存症は診られない』と言って、電話口で切られちゃうんですよ。
ごく稀に『本人と一緒にきてください』と言ってくれる病院があっても、アルコール依存の自覚すらない人間を連れて行くことは、まず無理でした。無理やり引っ張って行っても逆上して大暴れするだけだし、まともな診察はできませんでしたね。
その後、『もうどうにもならないから、とにかく助け方を教えてもらおう』と思ってわたし一人で病院へ行ったんです。そしたら医者に、『まず先に、あなたの心を治療することならできます』と言われてしまって。
一体何を言ってるんだろう、と思いました。その時は『共依存』なんて言葉もまだ知らなかったので。
そこから、お酒をやめさせたい、なんとかしたいという一心で、アルコール依存について本などを読んで勉強するようになりました。
当時の依存症関連の本には、『本人が徹底的に周りの人間から見放され、もうこれ以上どうにもならないという〈底つき〉と呼ばれる経験をしないと本当の回復が始まらない』というようなことが、よく書かれていました。
でも、見放したらAの場合はもう死んでしまうと思ったんです。だから内心では、そういうものを見るたび『よくそんな簡単に言えるよな』と腹ただしく思っていました」
※共依存とは……特定の関係性のなかで一方が他方に過度に依存し、その相手の面倒を見ることで自分の存在意義を見出したり、コントロールしようとしたりする状態。お互いの境界線があいまいになり、健全な自立が損なわれたまま、相互に不健全な依存を繰り返す関係として現れることが多い。
最終的には、別人のように暴力的になっていくAに付き合いきれず、恋人関係を解消。逃げるように離れたものの、Aのことは人として嫌いになった訳ではなかった。
だから二人は音楽仲間として、親しい友人として、付き合いを続けることになった。
その結果、別れてからも小指さんはお酒にまつわる面倒ごとが起きる度、振り回されることにもなっていったそうだ。
でもいくら友人とはいえ、恋人でもないなら、どこか「切り離す」こともできたんじゃないだろうか。
「よく言われるんです、『宇宙人の部屋』を読んだ人からも、何でそこまでするのかと。当然、もう恋愛の感情は全然ないけど、大事な存在なんです」
もう一人のアルコール依存症者、現パートナーのKさん
Aさんと別れたあと、20代の半ばで出会い、付き合うようになったのが、小指さんの現在のパートナーであるKさんだ。
電子音楽を作曲し、演奏するKさんがつくった曲をたまたま耳にして、小指さんは瞬時に「こんなの聞いたことがない、すごい」と魅了された。なんとか作品を入手しようと調べると本人と連絡が取れた。直接会ってCDを購入した。
それから数日後のある日、小指さんが夜の高円寺を歩いていると、酔っ払って道で寝ている人に遭遇した。それはKさんだった。
そんな出会いに象徴されるかのように、Kさんもまた、付き合い始めた当初からアルコールの問題は顔を見せていた。
Kさんも酒を飲まないとライブに出られない。鬼ころしの箱酒をぎゅっと握りつぶしながら何パックも飲む。酒飲みをそれなりに見てきた小指さんでさえ、「こんなすさまじい飲み方をする人は初めてだ」と衝撃を受けたそうだ。
いたってもの静かな、大人しすぎるような人なのに、飲むと豹変してしまう。周りと喧嘩し、肋骨にひびが入る、耳を切って血を流す。そんな怪我が常に絶えない。
「一緒に住んでいたんですが、ある晩、終電の時間を過ぎても帰ってこないし、携帯にも出ないときがあったんです。心配だけど、もう諦めて先に寝ようと思ったら、家の外でなにか音がして。慌てて窓を開けてみたら、うちの前の車道のど真ん中で、Kが大の字になって寝てたんですよ。
あんまりびっくりして自分の心臓が止まるかと思った。深夜だったから無事だったけど、昼間はトラックの往来が多い道なんです。ひき殺されたっておかしくない状況で……」
そんなエピソードに枚挙にいとまがないほど、Kさんの飲酒による問題が頻出する。もちろん飲まないでほしい。
「普段は道端の老犬のように静かで優しいのに、お酒を飲むと言葉も心も通じない宇宙人になってしまう」と小指さんは絶望するようになる。
小指さんの大切にしているものを尊重してくれて、「自分の都合を押しつける」ことがないKさん。なにより、小指さんにとっては、音楽家として、芸術家として尊敬する作家だ。
一緒にいると幸せで、それで十分だと思う。と同時に、お酒の問題に疲弊する自分もいる。「これはおかしい関係なんだろうか?」とも悩む。そんな関係が何年も続いていく。
元彼に振り回される小指さんに対する、パートナーKさんの許容
Kさんとの恋愛関係とは別に、音楽仲間として付き合いが続く「今は親しい友人」のAさん。
ある日のことだった。バンド仲間から電話が着信。友人たちと飲んでいたAさんが、小指さんも知っている人からひどく殴られて、病院に運ばれたという緊急コールだった。
慌てて駆けつけた小指さんが目にしたのは、腫れ上がって元の顔がわからなくなるほどのAさんの姿。顔を6箇所骨折し、完全に治るには半年はかかる大怪我だ。
当然、病院からは入院を勧められたが「家に帰りたい」とAさんは言う。小指さんはそんな彼をほっておけず、Aさんの家で様子を見ることを決意した。もちろん、その時付き合っていたKさんのことも気がかりだ。
「普通なら絶対、嫌だと思う。いくら緊急事態といっても、友人だとしても、やっぱり彼女が前に付き合ってた人の家に泊まり込んで介抱しに行くって、いい気がするわけないじゃないですか。
Kと暮らしている家に一旦戻って、Aについて正直に事情を話したんです。傷害事件に巻き込まれて、大変な怪我をしているから面倒見てやりたいって。
そうしたら、信じられないくらいあっさり『いいよ』と。なんで?と聞いたら、『人助けだから』って。それで、Kが新品の男性用パジャマを出してきて、『これ、(Aさんのために)持っていっていいよ』と送り出してくれたんです。
長く付き合ってわかったのは、Kは徹底的に『自分は自分、他人は他人』という意識がすごく強い人だということでした。自分も人の言うことを聞かない代わりに、私のやりたいことにも口を出さないんです」
以降も、小指さんは度々Aさんに密に関わることになるが、Kさんから邪推を受けて責められたことも、Aさんとの関係性で揉めたことも、一切ないそうだ。
「Kはすごく変わった人ですけど、その彼なりの優しさに感謝の気持ちを忘れないようにしようっていつも思っています」
酔って転倒して「急性硬膜外血腫」。恐れていた最悪の事態。
傷害事件に巻き込まれ大怪我を負ったAさんは、一年ほど酒を断っていた。しかし再び飲酒が始まった。
そしてある日、転倒。今度は頭を強打して脳を覆う硬膜と頭蓋骨の間に血液が溜まる「急性硬膜外血腫」と診断された。命の危険を伴う重症だ。
またも病院に駆けつける小指さん。幸い意識は戻り、後遺症はあるかもしれないが、決定的なダメージは回避できたギリギリのところだった。
小指さんはとてつもないショックを受けた。ずっと恐れていた「飲酒によるアクシデントで脳を損傷」という最悪の事態が起きてしまったからだ。どん底にたたき落とされたような絶望感。
「私は心の中で、ずっと『Aは大丈夫』と思っていたかったんです。24時間ずっと心配をし続けて、自助グループにも通って本も読んで、そこまでしてるんだからいつか絶対、良くなると。
でも、アルコール依存症はそんな簡単なものじゃなかったんだ。全身から力が抜ける思いでした」
同時に、思いもかけない気持ちの変化が、小指さんに起きたそうだ。
「本人がどれほど怖い思いをしても、だからといって酒をやめられるとは限らない。ましてや、他の誰かが無理にお酒を奪うこともできない。
『自分にはどうすることもできない』と心底わかったんです。でも、諦めとも違うんですよね。うまく言えないけれど。
なんかね、もうAに対して、お酒のことで過剰に心配したり、余計な世話を焼いたりせずに、『普通の友達』になりたいって初めて思った。
普通の友達って干渉もしないし、疑って詮索したりしないですよね。『信頼』がないと友達でいられない。だから、わたしたちもそんな普通の友達になろうって決めたんですよ」
この怪我をきっかけに、Aさんに初めてアルコール依存症の診断がおりた。そのことでAさん自身が「自分はアルコール依存症である自覚」とするようになったそうだ。
最悪な出来事だったけれど、Aさんと小指さんのそれぞれに、大きな転機となったのだった。
(後編につづく)※12/28公開予定
