Addiction Report (アディクションレポート)

「酒がやめられない」編集長と、「やめろと言えない」わたしの雑談トーク(9)「酒をやめた人はえらい」のか問題

一緒に暮らす人、食事を共にする人によって、自分の飲む量って変わってくる。「人に合わせる」という岩永編集長。「うまく合わせられなくなった」とモヤモヤする青山ゆみこ。実はモヤモヤは、この対談での「お酒をやめた人はえらい」という位置づけにもあって……。

「酒がやめられない」編集長と、「やめろと言えない」わたしの雑談トーク(9)「酒をやめた人はえらい」のか問題
わたしが飲んでいた頃は一番の「飲み友達」だった夫(江弘毅『飲み食い世界一の大阪』などの著書があります)。写真は旅先のトルコにて。イスラム圏では「飲まない選択」が自然とできてよかったのかも(青山)

公開日:2024/08/29 02:00

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アディクション専門メディアに関わりつつ、自身もまた「アルコール依存症の限りなく黒いグレーゾーンにいるのではないか」とも自問するAddiction Report編集長・岩永直子。

同じく、念入りな酒飲みだったけれど、4年ほど前に「お酒をやめた」というライターの青山ゆみこ。春に上梓した『元気じゃないけど、悪くない』(ミシマ社)の主要なテーマの一つも「アルコールとの関係」でした。

やめたいわけではなく、できれば「適量を健康的に楽しく飲みたい」。

そんな超難問に解決策はあるのか? 

お互いの生活や人生を振り返りながら、切実に「お酒との付きあい方」のヒントを探す雑談トーク連載9回目です。(まとめ:青山ゆみこ)

自分なりの飲酒のルール

岩永 今日はコワーキングスペースにおられるんですよね。

青山 うちは夫と二人暮らしですが、二人とも「自分の部屋」がないんです。メインの部屋がリビングで、普段は夫が仕事に出ている間、わたしはそこのテーブルで仕事をする。彼が帰宅して食事となると、同じテーブルで晩ごはんを食べています。今日は夫が休みで自宅にいるので、仕事をしに外に出てきました。

岩永 なるほど。

青山 お互いにプライベート空間がないけど、一緒に過ごすのは主に晩ごはん以降という感じ。わたしたちは飲み食いの好みがすごく近かったから、自宅は共通の趣味の時間を過ごす場所という感じで、特に気にしてなかったんです。わたしが飲んでた頃は。

だけど、ある日突然わたしがお酒をやめて食の好みも変わってしまったら、そこがうまく合わなくなっちゃった。

例えば音楽なら、ごく当たり前に「クラシックいいよね」って一緒に聴いていたのに、急に一人が「今日からジャズを聴く」と言いだして、「あれ?」みたいな感じかな。食生活のルーティンが変わったことで、お互い戸惑った。やっぱり習慣って大きいですよね。

岩永 好みが強いと合う時はいいけど、ぶつかる面も出てきますよね。

青山 岩永さんが前に、「青山さんと一緒に住んだら、飲む量がちょっと減りそう」なんておっしゃったでしょう。でも、逆にストレスで増えるんじゃないかな。

ワインのお代わりを注ぐ度に、「また飲むの?」とかわたしに言われてしまうの、嫌じゃないですか? 夫についつい言っちゃいながら「嫌だろうな〜」と思うもん(苦笑)。

岩永 それはちょっと嫌だな(笑)。

青山 飲酒にかかわらず、お互いに「個人の領域には踏み入らない」っていうのが、最低限の共同生活のルールなんだろうと頭ではわかってるけど、わたしはまだまだ。それが態度に出ちゃう……。

岩永 わたしは相手に合わせるんですよ。あんまり飲まない人と一緒だと、自分も飲まない。だから、青山さんみたいな人と暮らせば、わたしの量も減らせると思うな。

今年のお盆に、姉と母が一緒に暮らしている実家に戻ってたんですよね。わたしほどは飲まないけど、姉も母も飲むのは飲める。ちょうど快適な感じなんです。2泊3日の滞在時に、3人でワイン5本と日本酒1本、あとは缶ビールを結構空けたんだけど、みんながなんとなく同じようなテンションで飲んでましたね。

生活する人、食事を共にする人によって、自分の飲む量って変わってくる。わたしも最低限の社交性はあるのかな。

人間関係を強くしたり、弱くしたりするお酒

岩永 アルバイト先のシェフは、奥さんがほとんど飲めないから、家ではそんなに飲まない。さらにいうと、仕込みもあるからいつも職場に泊まり込んで週1回しか自宅に帰らないのに、その休みの日に一人で夜飲みに行ったりしちゃうんですよ。

青山 え! そうなんだ。

岩永 家族はみんなすぐにごはんを食べ終わっちゃって、勉強したりテレビ見始めたりするから、シェフにはつまんない。それで外に飲みに出かけちゃうことがある。

青山 確かに唯一の休日、自分のオフの日でしょう。好きなように過ごしたくて、外に飲みに行くというのは、気持ちがわかる気もしますね。

岩永 あと、自分は普段はお店側の人間なので、「お客さん」としての体験をしたいという気持ちもあるらしいです。本当は家族と一緒に外食を楽しみたい。でも家族には断られちゃう。そうすると一人で行く、という。

でもね、わたしだったら週6日はガンガン飲んでるんだから、週1日ぐらいは家族に合わせるよなって思う。

青山 シェフが自分のお店で飲むのは、どこか仕事の延長になるでしょう。オンオフの切り替えにはなりにくい。完全にプライベートで、気兼ねなく飲む楽しさを確保したいというのも共感するなあ。

岩永 わたしね、記者なので、数々の接待というか仕事飲みはしてきたんです。そんな中で、気を使わなくなるような飲みができるようになったら、その人はネタ元になるってことがありました。

ネタ元というのは情報をくれる人。酔うと忘れちゃうじゃないですか。でも、「ちょっとごめんなさい、忘れちゃったのでもう一回教えて」ってことも言えるようになってくると、仕事のネタ元になる。
仕事飲みでそれができるかどうか、関係性のバロメーターでもありましたね。仕事なんだけど、気を許して飲んじゃえるという関係。

青山 飲むのも経験を重ねて技術が上がるというか、職人技みたいですね(笑)。

岩永 取材相手でもあるけど、親しい飲み相手という人もいます。完全リラックスして一緒に飲める人。

青山 そうか、単純に仕事の延長でも楽しんで飲める関係もあるんですね。良い関係。でも、まあ、そこにお酒がなくても人間関係って成立するような気がするんだけどなあ。

岩永 青山さん、いつもそうおっしゃいますよね。でも、わたしはやめない(笑)。

「酒をやめた人はえらい」のか問題

岩永 こうして青山さんと話を続けている中で、わたしが「じゃあ、酒を1カ月やめてみます」みたいな新展開があればいいのかもしれないけど、わたしは変わらないじゃないですか。お酒も絶対にやめない。
じゃあ、これって読みもの企画としてどうなの? とも最近思ったりしているんですよ。

青山 岩永さんはたまに「やめたい」と言いながら、やめる気がないとわたしは思っています。

岩永 お酒に関してはやめないね。別に悪いことではないですから。健康診断とかで何か出てきたら、それが変わり時なのかもしれないけれど。

青山 そもそもこの対談の目的は、わたしが岩永さんにお酒をやめさせるってことじゃないですよね。
やめるつもりはないんだけど、でもやめた自分を想像しないわけではない。興味はある。だけど、いくら言われても別にやめないよね。そういう人が世の中には多いじゃないですか。

岩永 この前、母の付き添いで病院で待っている間、血圧を測ったんです。もともとちょっと高血圧気味で上は140、150だったのに、その時120台を叩き出した。毎日大酒飲んでるのに下がるかねって思って、ますます反省しねぇな、わたしは。

青山 お酒を飲むと反省しなきゃいけないっていうのも、どうなのかな。そこにも疑問がある。

岩永 青山さんと対峙するときは、「私は反省しなきゃいけない」っていう意識でこの場に来てるんですよ。

青山 えー。わたしはそんなつもりで、この場に来てないですよ。そういえば「Addiction Reportでお酒に関する連載はどうでしょう」ってお声がけいただいたとき、最初は気乗りがしなかった理由はまさにそこだったんです。
私が「やめた人」として、「上から目線」みたいになってしまうのが嫌だったから。

やめられて良かったっていうのは自分の素直な気持ちの一つだけど、同時に、やめた自分に納得してないというか、飲む楽しさはいわば手放した。その悲しみみたいな、切なさみたいなものもある。

「やめた人は良い」という面で、キャラを設定されるのは、ちょっと傷つくなあ。そんなに単純じゃないという気持ちで。

岩永 そっか。

青山 お酒に限らないかもしれないけど、依存しているものを手放すのは「善」に語られがちですよね。でも、同時にやめたことで実は傷つくとか、「善だけじゃない」部分にはあまり目を向けてもらえない。

あと、昔は悪かったけど、今はいい子ちゃんになって、みたいな扱いを受けるのも違和感があるんですよ。うまく言えないんだけど。

岩永 酒を飲んだくれているポジションって、やっぱりちょっとメインストリームから外れて、そういうほうがかっこいいって感覚があるからかなあ。

わたし自身はそのポジションを手放したくない感じがありますね。優等生って言われがちだったからかも。基本真面目なんですよね、なんだかんだ言って。

青山 岩永さんと話すようになって気づいたんだけど、わたしはたった今お酒を飲んでて、でもやめるつもりがあまりない人に、ここまで真正面からきちんと話を聞く機会がないんです。家族のように近い関係だと、改まって聞きづらいから。

岩永 そうなんですか。

青山 さっき話したみたいに、わたしは「やめた人」というポジションになると、わたしが「諭す」みたいになっちゃうじゃないですか。「お酒をやめた人がえらい」っていう感じで。

岩永 えらいでしょ。

青山 いやあ、そこは保留にしたいですね。あえて「正解がない」という状態で。

岩永さんは、仕事という意識で、この場を有意義にするために、自分も正直に話していこうという姿勢ですよね。それって、わたしにとって貴重な機会なんです。

なぜかというとわたし自身、なぜお酒をやめられたのか、やめ続けているのか、自分ではよくわからない。飲んでたときの自分を岩永さんに投影して、謎を解きたい気持ちがあるんです。

岩永 なるほどなあ。

青山 口では「やめます」なんて簡単に言えちゃうじゃないですか。でも、人はそんなに簡単には変わらない。自分のやりたいようにしかやらない。

それで苦しんでる当事者も、家族もいる。自分もそうだった。やめる、やめないの間に何があるのか、知りたい。

岩永 わたし、頑固なんですよね。

青山 いやあ、たまたまお酒はやめてるけど、わたしだって自分のやりたいようにしかやらない。その頑固さは、岩永さんと同様に「わたし自身である」と思っている。最終的に、自分がどうあるかは、自分が決めるしかないんですよね。

(つづく)※連続2回更新
第10回はこちら↓



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コメント

3ヶ月前
匿名

最後の

「自分がどうあるかは、自分が決めるしかないんですよね。」

目に止まりました。そうするしかないし、今までもそうしてきました。

結果が現在の状態で変わりたいなら変える必要があるのに、なかなかそこを手放せない。周りのせいでこうするしかないとか理由つけちゃうところがあるなぁ、、。

3ヶ月前
めぐみ

どんどん、連載が重なるごとに内容が深まっていく感じがしてワクワクしてます!

私は大学生時代、一限目前に缶サワーを飲んでみたり、興味本位から飲み会で限界まで飲んだりしてました。

でも貧乏舌だからか、飲酒欲求は高まらず現在に至ります(笑)

岩永さんや青山さんのように、誰かと飲んで楽しんだ記憶がたくさんあるって、素敵だなぁと思ってます。

3ヶ月前
キャサリン

最終的に、自分がどうあるかは、自分が決めるしかない。

これに尽きると思う。

きっかけは、自分以外の人や出来事かもしれないけど、「わたし自身である」のだから。

それが明確になる青山さんのお話でした。

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