Addiction Report (アディクションレポート)

ギャンブラーに翻弄されたバンドの運命『ジャージー・ボーイズ』 #依存症を描いたおすすめ映画五選(第四夜)

1960年代に世界的ヒットを飛ばした4人組の男性コーラスグループ「フォー・シーズンズ(The Four Seasons)」。
その成功の裏側にあった実話を元にしたミュージカルを巨匠クリント・イーストウッドが監督、映画化した『ジャージー・ボーイズ』。

ギャンブラーのメンバーによる巨額の借金が、バンドの運命を翻弄する。あの名曲の誕生秘話……。

ギャンブラーに翻弄されたバンドの運命『ジャージー・ボーイズ』 #依存症を描いたおすすめ映画五選(第四夜)
(c) 2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC ENTERTAINMENT

公開日:2025/01/02 08:00

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1960年代に世界的ヒットを飛ばした4人組の男性コーラスグループ「フォー・シーズンズ(The Four Seasons)」。その成功の裏側にあった実話を元にしたミュージカル『ジャージー・ボーイズ』。

トニー賞においてミュージカル作品賞を含む4部門を受賞したミュージカル作品を、巨匠クリント・イーストウッドが監督が映画化!

なんて感じで、「鳴り物入り」という言葉がぴったりの宣伝文句が躍るなか日本でも公開された作品だが、実はわたし見ない予定だったのだ(ええ?)。
(文・青山ゆみこ)

●背中を押したのはバンドのボーカルによるSNS投稿だった

わたしは映画好きだが、ミュージカルがあまり得意ではない。

「せっかく物語に入りこんでいたのに、なぜ、急に歌い出すの?」と気持ちでしらけてしまうのだ(あくまで超個人的な感想です)。 

しかしながら、『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』『グラン・トリノ』とずしりとぶ厚い人間ドラマを撮り続けているイーストウッド監督作だから、気になる。けど、歌うのか……うーむ。

迷っていたある日、SNSで、あるミュージシャンによるこの作品の感想呟きが目に留まった。ごく短い文言だが、ぐぐっと熱さが伝わってくる。

その彼も人気バンドのリードボーカルだから、仕事柄の共感があったのだろうか。

普段、SNSでは抑制の効いた投稿が印象的だったから、その彼がそこまで言うなら……。

そんなわけで、フォー・シーズンズよりも、イーストウッドよりも、実はアジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文さんに背中を押されて、わたしはこの映画を初めて映画館で見ることになったのである。

その後、ネット配信されるようになってから、もう何度見たかわからない。いつも同じシーンで泣いて、数日は「シェリー」のサビの部分を気づけば口ずさんでは切ない気持ちなってしまう。

(※ネタバレを含みますのでご注意ください)

●地元のワルいダチ

アメリカ、ニュージャージー州の貧しい町で育った16歳のフランキー・ヴァリは、天性のファルセットボイス(頭から声が出るような高音域の声)を持つ少年。昼は床屋で働き、夜はトリオのボーカルとして場末の酒場で歌うというぱっとしない毎日を送っていた。

ヴァリをバンドに誘ったのは、地元のダチであり、ちょい先輩にあたるトミー・デヴィート。もう一人のメンバーであるニック・マッシもトミーが声をかけた仲間だ。

実はトミーとニックは窃盗などが常習で、刑務所に出入りを繰り返している。フランキーはまだ16歳だからなんとかムショ入りは免れてはいるが、かなり危うい。

彼らがバンド仲間であると同時に、なによりニュージャージーという片田舎の「地元のワルいダチ」であることが冒頭でまず語られる。

この「地元のワルいダチ」という関係性が、フォー・シーズンズというバンドの運命に深く関わっている。だからこそ作品のタイトルも、ニュージャージー出身の「ジャージー・ボーイズ」なのである。

また、「ファミリー」の絆を大事にするのは、ヴァリやトミーが「家族」を大切にするイタリア系の移民という背景もあるだろう。

●バンド誕生の秘話

物語は、バンド・メンバーがそれぞれの視点により、時代ごとに当時の背景を語り継ぐという原作ミュージカルを継承したスタイルで進む。

これが舞台の幕が切り替わるようで、実にテンポがいい。

ある日、いつもヴァリが歌う酒場にボブ・ゴーディオが来た。ボブは、バンドに足りない作曲の才能に満ちている。ヴァリの歌声が気に入ったボブが書き上げたばかりの「Cry for Me」を披露すると、自然とコーラスが始まって……。

バンドの誕生秘話として描かれるこのシーンは、ぞわっと鳥肌が立つようにすばらしい。

4人のハーモニー、心がつかまれるメロディラインとヴァリのファルセット……。

キターーーーー!と叫びたくなるほどに。

そうして4人目のメンバーとなるボブ(キーボード)が加わったことで、ヴァリ(リードボーカル)、トミー(ギター)、ニック(ベース&バスボーカル)という「ザ・フォー・シーズンズ」結成メンバーが揃い、彼らの運命は大きく変わっていく。

●駆け上がるスターダム

60年代当時、ソロのバックに、リズミカルなハミング風のコーラスがからむドゥーワップが流行っていたが、「黒人じゃなきゃ売れない」とも言われる時代だった。

コーラス隊としての下積み時代、レコードを売るために延々と続くドサ回り。夢はあってもまだまだ十分な金はない。それでも「仲間」がいる。運命共同体のように強くつながる「地元のダチ」が。青年たちの目がキラキラ輝いている。

当初はヒット作に恵まれなかったが、ある日ボブがバスのなかで閃いて、15分で書き上げた「シェリー」が地元ラジオ局でヘビロテされるや、瞬く間に評判を呼ぶ。全米でヒットしたこの曲は『ビルボード』誌のシングル・チャート1位を獲得。

こんなふうに曲の背景が紐解かれるごとに、物語が進むという仕掛けにもなっている。これは確かにミュージカル仕立てじゃなきゃできない。そう気づく頃には、わたしも夢中で見入って、聞き入っていた 。

ポップやロックの音楽性も取りいれた斬新な楽曲と、圧倒的なヴァリの歌声で、「恋はヤセがまん」「恋のハリキリ・ボーイ」など次々とミリオン・セールスを飛ばして、この2曲も「シェリー」に続いて全米1位となり、『ビルボード』誌のシングル・チャートでは3曲連続第1位となる初めてのロック・バンドともなった。

内田樹氏による2024/12/20のX投稿。ヴァリの歌声が海を越えて衝撃を与えていたことがうかがえる

次々と夢を叶えてトップスターになっていく、まさにアメリカンドリーム。見ているだけでスカッとたまらない。

だが、グループとしての成功とは裏腹に、メンバー間に徐々に生じる亀裂。若くして結婚したヴァリの家庭にも不穏な気配。後半、物語は一転する……。

●「地元のダチ」という縛り

ヴァリ、トミー、ニックという初期トリオ時代も、ボブが入ったフォー・シーズンズの結成メンバー間でも、常にリーダーのポジションを取るのはトミーだった。
リードボーカルとして断トツに注目を浴びるヴァリへの嫉妬、曲をつくるボブに対する焦りなど、トミーにも浮き沈みの激しい業界で生き残ることへの不安があったのかもしれない。

ギャランティは等分だが、仲間内で常に優位に立とうとするトミーに他の3人は違和感をもつ。後から入ったボブはトミーへの不満を忖度なしに口にするが、「地元のワルいダチ」という「強い絆」でつながっているヴァリとニックは、「そういうヤツだ」と受け流すクセがついてしまっている。今さらどうしようもないと。

4人の関わりには、共依存、イネーブリング、ハラスメントなど今ならいろんな言葉で言い表せそうな微妙でよくない関係性が見えている。
※イネーブリングとは、本人のためによかれと思ってしたつもりが、結果的に依存や問題行動を助けてしまう行動のこと

だからといって、頭でわかっていても簡単にさっぱり整理できないってこと、見ているわたしにも思い当たる。

ましてや、4人揃って成立するという、運命をともにする共同体であるバンドなのだ。逡巡、葛藤がないはずはないだろう。

口が達者で交渉が得意だから、バンド運営の経理も担当しているトミー。下積み時代は頼りになる存在でもあった。

だが彼は、「地元のワル」だった頃から手癖も女癖も悪く、競馬などのギャンブルにもよく手を出していた。

●ギャンブラーのメンバーによる使い込みで、バンドの運命が一転

バンドとして成功し、ついに「エド・サリバンショー」に出演するその当日、楽屋裏にマフィア絡みの高利貸しが取り立てにやってきて、トミーのギャンブルによる借金問題が露呈する。

15万ドルという個人の借金に加え、なんとバンドの貯蓄口座にも手をつけて、隠し続けていた税金未納額が50万ドルにまで膨らんでいた。しかも、まだ他でも借りておりバンドが抱える借金総額は100万ドルを超えるかもしれない……。

この事件をきっかけに、ニックはバンドから脱退。トミーは金を貸したマフィア達の監視の行き届くラスベガスから出られないことになり、ツアーにも参加できないためもはやメンバーとして活動はできない。

ヴァリがここである選択をする。

その結果、ヴァリはその後、年間200日のドサ回りの貧乏生活をしながら、曲を作るボブの助けを借りて、バンドの借金をこつこつ返済することになる。

家族をはじめ周りの人が問うように、ヴァリの選択に「なぜ」と思わずにいられない。なぜ自分がわざわざ苦労を背負い込むのかと。

ヴァリがその選択をしなければ、トミーはマフィアにひどい目にあうか、消されていただろう。でも自業自得じゃないか。

ヴァリがそうしなかったのは、最初に歌の世界に自分を引っ張り込んでくれたのがトミーで、メンバーを集めたバンドの恩人でもあるからだ。だから自分が責任をとる。「それがジャージー(地元)流だ」と。

しかし、どうなんだろう。どうしたらよかったのか……。

大谷翔平さんのように、きっぱりと対処すべきではなかったのか。
ギャンブル依存症者の借金を肩代わりすることは、誰のためにもならない。

ただ、マフィア絡みの借金なので、ヴァリは司法に頼ることもむずかしかったのだろう。

かつてショービジネスの世界は、裏組織とのかかわりがよく言われた。共依存のような、持ちつ持たれつの関係。ああ、むずかしい。

そんな問いも突きつけてくる。

●成功の裏にある、家族の悲劇が生んだ名曲

「地元のダチ」という運命共同体に翻弄されたヴァリ。物語の後半は彼の私生活、家族へと視点が移っていく。

ヴァリが仕事でツアーに出ている間、家族はいつも父の不在に苦しんでいた。妻はアルコールに依存して、たまに戻る夫と激しい口論を繰り返す。

娘たちは機能不全家庭に育ったアダルトチルドレンそのものだろう。

夫婦は離婚。愛娘のフランシーヌは家出をしたり、クスリの問題も抱えたりするようになる。

そして父娘に降りかかる悲劇……。

そのことがきっかけでボブが作ったヴァリのソロの曲が、あの名曲「君の瞳に恋してる」だった(もしかすると、わたしのような70年代以降の生まれだと、ディスコ調にアレンジされてヒットしたボーイズタウンギャングのバージョンでなじみがある人もいるかもしれない)。

1967年に発表されたフランキー・ヴァリのファースト・ソロ・アルバムは、デジタル・リマスターされて2013年にCDでも発売されている

ヴァリが「君の瞳に恋してる」を歌うシーンは、この劇中というより、数あるミュージカル映画のなかでも白眉だと思う。

大スターであるヴァリのロマンチックな歌声をウキウキムードで聞く観客、悲痛な思いを絞り出すように歌い上げる複雑な彼の胸中。その対比に胸が張り裂けそうになる。
「アイラブユー、ベイビー」というサビの部分は、見る前と後では聞こえ方がまったく変わる。

ギャンブラーの仲間により苦労の連続だった半生、自分が原因でアルコール依存症やドラッグの犠牲になってしまったかもしれない家族……。

複雑すぎる人生は神が授けたとしか思えないヴァリの歌声と共にある。その声のうつくしさが、これ以上なく切なく届いてくる。

このフランキー・ヴァリを演じるジョン・ロイド・ヤングは、ミュージカルの舞台で同役を演じていた俳優でトニー賞を受賞している。

ニック役のマイケル・ロメンダ、ボブ役のエリック・バーゲンという、メイン4人のうち、3人が舞台版で同じ役柄を演じているミュージカル俳優なのだ。

つまり、映画なんだけど、アフレコなしの生声。

何度も何度も舞台で演じて、同じ歌を歌い続けてきた彼らだからこそ、これほど質の高い作品に仕上がっているというわけなんです。

また、旧くからの友人として重要な役柄を演じるマフィアの顔役にはクリストファー・ウォーケン。妖怪のような存在感で、何があってもなんとかしてくれる感がハンパない。最高の脇役だ。

そうそう、作中、ジャージーボーイたちの昔なじみとして「ジョー・ペシ」という役柄が登場する。

2019年、マーティン・スコセッシ監督作『アイリッシュマン』で実在したマフィアのボスを演じて、アカデミー助演男優賞にノミネートされた俳優のジョー・ペシがモデルだ。

フォー・シーズンズと彼がこんなふうに関わっていたとは……。事実は小説より奇なり。

●20数年ぶりの再会。回復とは「生き続ける」こと。

90年代初頭、「ロックの殿堂」で表彰を受ける事になったフォー・シーズンズは20数年ぶりに4人で再会を果たす。

ヴァリとトミーが握手してハグするシーンでは、万感の思いがヴァリの表情に滲んでいる。

とんでもないギャンブラーだったトミー。老いた彼の落ち着いた姿を見ていると、「回復」というと説明しづらいが、こうして生き続けて、仲間とハグできることこそ、とこみ上げるものがある。

断腸の思いで関係を一度断ったからこそ、再会という軌跡が叶ったのかもしれない。

ミュージカルの舞台さながらに、キャスト全員が登場して歌い踊るエンディングでは、物語の後半、ずっしり重たかった気持ちも一気に挽回される。
思わず肩を揺らして踊りたくさえなる。音楽の力ってやっぱりすごい。

頭のなかで歌声が響いている。
シェ〜リ〜、シェリベイビ〜♪ シェ〜リ〜、シェリベイビ〜♪

いやー、音楽って、映画って本当にいいもんですね(分かる人は昭和かな)。

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