あなたは回復施設を知っていますか?『28デイズ』#依存症を描いたおすすめ映画五選(第二夜)
映画『28デイズ』は2000年公開のサンドラ・ブロック主演作。当時彼女はすでに大スターだったはずなのに、日本では劇場未公開(後にDVDスルー作品)という地味さで、意外と知られていない作品だ。
舞台はアルコール、薬物などの依存症のための回復施設(リハビリセンター)。
それっていったいどんなところなの?
公開日:2024/12/28 08:00
サンドラ・ブロックは『スピード』(1994)でキアヌ・リーブスと共演し一躍スターダムにのし上がり、翌年公開された『あなたが寝てる間に…』でゴールデングローブ賞主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門)にもノミネート。
『28デイズ』公開当時はすでに大スターだったはずなのに、本作は日本では劇場未公開。
わたしもネット配信されていることを少し前に知り、「サンドラ・ブロックなら、まあ損はないっしょ」「回復施設が舞台? どれどれ」くらいの期待で、見始めたというわけだったのです。
(文・青山ゆみこ)
●NY在住のコラムニスト。グラス片手にキラキラ生活から一転
サンドラ演じる主人公は、NYに住むコラムニストのグエン。恋人のジャスパーと毎晩バカ騒ぎしながら記憶がなくなるほど飲んで、酔い潰れて気絶するように眠るという日々。
ドラマ『ゴシップ・ガール』や『セックス・アンド・ザ・シティ』でも見慣れた、いかにもニューヨークの在住のパリピたちのおバカライフにも見える。
そうした序盤のシーンを見ながら、そこまでキラキラはしていないが、毎晩かなりの量を飲んでいた過去の自分の姿も重ねて画面を眺めていた。
つい飲み過ぎるよね〜。
それぐらいハイにならないと、楽しくないよね〜。
なんて感じで。
グエンは姉の結婚式の前日もいつものように飲み過ぎて、迎え酒のボトルをくわえながら酔っ払ったまま大遅刻した上に、ウェディングパーティーではさらに酩酊し、姉に恥をかかせるようなとんでもない失態を犯してしまう。
その上、日本でいう危険運転に該当するような飲酒運転で車を暴走させた挙げ句、事故まで起こしてしまう。けが人こそ出なかったものの、ひどい。
チャーミングでキュートなサンドラ・ブロックが演じていても、「そら、あんたあかんわ……」と腹が立ってくるダメキャラぶりに思わず絶句。
したところで、ふっと思い当たったのだ。ていうか、この映画見たことある! と。自分でも驚いたが、すっかり忘れていた。
わたしは30代前半の頃、一人暮らしをしていた時期がある。当時は月刊誌の編集者をしており、休日になると昼間っから缶チューハイをプシュッっと開けて何本も飲みながら、レンタルビデオ屋で借りた映画を5〜6本、ひたすら見続けることを楽しみにしていた。レンチンのドリアや、ポテチなどのスナック菓子をむしゃむしゃとむさぼりつつ。
もう20年ほど前のことだが、たぶんその時期に、このサンドラ・ブロック演じる主人公の醜態も、目にした覚えがほんのかすかにある。
しかしながら、映画の続きはまるで思い出せない……。記憶があやしいのはお酒のせいだろうか。うーむ。
そんなわけで、「この先どうなるの?」というフレッシュなワクワクとは別に、「なぜ自分は全く内容を覚えていないのだろう」という居心地の悪い疑問も抱えながら、『28デイズ』の続きを見ることになったのだった。
●司法更生としての「回復支援施設」
事故を起こしたグエンに下された判決は「28日間の施設入所か服役」。
彼女は、「刑務所に行きたくない」という一心で、アルコール、薬物などの依存症の治療する回復施設での28日間を選ぶ。
アメリカは州により刑事司法制度が各州独自に運用されていて、犯罪の内容や凶悪性、反省の度合いによっても変わってくるが、薬物やアルコールなどの依存症者に対して、拘禁刑に代わる更生措置が実施されることもある。
その一つが、グエンが選択した、アディクションリカバリーセンター(回復支援施設)への収容だ。
人里離れた森の中にポツンと建つ回復施設(見た目には山小屋とかロッジのようなのんびりした雰囲気)。一定のルールはあるが、それなりに自由もある。一人部屋ではないが個室が与えられ、売店で好きにキャンディを買って舐めたり、屋外をぷらぷら散歩したり。
基本的人権が脅かされ、懲罰的な環境ともなる刑務所とは異なり、回復施設ではこうしたある一定の自由が確保されている。
それは、その人自身が依存症という「病」を認め、回復を目指すことを目的としているだからだ。
映画の中で描かれる回復施設がどこまでリアルなのかわからないが、例えば違法薬物を所持、使用しただけで厳罰な処罰が与えられる日本の司法制度との違いを思わず考えてしまう。
なによりも、司法制度のなかで、リカバリーできる「回復施設」という選択がある国が羨ましくもなったり。
この作品はアルコール依存症者として、そんな回復施設に入所したグエンが変わっていく姿が本題なのだが、いやあ、どうして、人ってそんな簡単には変わらない。
ということが、しつこいくらいに描写されていて、現実のむずかしさを伝えてくる。
回復のチャンスを与えられつつも、それまで自由気ままに生きてきたグエンは慣れない回復施設に苛立って、ふてくされて悪態をついている。
「ここにいる人、酒とかクスリとかやりすぎたダメ人間でしょ?」
「お祈りばかりして宗教みたいで気持ち悪い」
「自分の過去とか、言いたくもないこと人前で話す意味あるの?」
何度も何度も懲りずに規則を破り、外部から鎮痛剤を入手したり、施設を抜けだしてハイになって戻ったり。
反省することなく、やりたい放題なのに、強制退所させられそうになったら、「刑務所には行きたくない……」と泣いて懇願する。
ああ、グエン、本当にダメすぎる。
そんなグエンも、いろんなアディクションをもつ個性的な仲間たちとの関わりのなかで、悲喜こもごもの出来事を経て、少しずつ変わっていく。
その地道なプロセスはぜひ映画で見てほしい。
●「やめたい」と思うときしか、やめられない
所内放送として、回復のためのプログラムや集いの案内が流れてくる場面がある。
テーマは「飲酒による記憶喪失」「依存関係」「麻薬中毒」、「アル中の親をもつ子の会」「過食症の会」……。
今のわたしなら、わざわざオンライン受講してでも学びたいようなテーマばかりではないか。
同じ班の人たちがサークル上に並べたイスに座り、定期的に集まって自分の話をする、いわば自助グループの「分かち合い」のような時間もある。
めちゃくちゃいい場所やん……。やっぱりなんだか羨ましい。
個人的な話だが、20歳から30年間念入りにお酒を飲んできて、やめたいのにやめらないことに悩み、ひとまずやめることはできたものの、やめ続けることの苦しさにもがいたことのあるわたしには、自分から入所したいような場所にも感じられた。
でもわかる。
それは本当に「自分からやめたい」と思ったときにしか、欲しないことを。
飲んであれこれごまかしていた自分を変えたいと、心の底から思ったときにしか、そこが「自分を助けてくれる場」だと気づくことができないことも。
少しネタバレになるが、グエンには生育環境による苦しい過去があった。思い出すとつらいから、アルコールを飲んで、鎮痛剤をぽりぽりかじって、過去の自分とは向き合わなかった面があった。
人に頼ることができない。本音を言うことができないのも、彼女の生い立ちがそうさせていることが、次第にわかってくる。
映画を見ているわたしにわかるというより、グエン自身にわかってくる。その変化に胸がきりきり痛む。
彼女の心境がいったいどんなふうに変化するのか。
そのことでどんなふうに行動が変わるのか。
終盤は、仲間を見守るような気持ちになっていた。
●回復は「やめ続ける」こと
施設を出たあとまでがこの作品で描かれているのだが、「回復施設を出る」ことが当事者に「喜び」と同時に「新たなプレッシャーを与える」こと。
「出たあと」の、いわば「普通の生活」に戻った際に、「変わった自分」と「過去の自分」との生活との折り合いをどうつけるか。
10人に7人は、再び施設に戻ってしまうという現実。
その後の人間関係、生活環境をどう選択していくのか……当事者にはリアルな、かなり繊細でむずかしい部分も希望をもって描かれている。
依存症の回復施設とはどういう場所なのかを知ることができる作品でもあり、「人は変われるのか」という深いテーマをエンタテインメント的に面白く見られるニューマンドラマでもある。
また、サンドラ・ブロックに限らず、『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルン役でもおなじみのヴィゴ・モーテンセン、『レザボア・ドックス』でミスター・ピンク役を怪演したスティーブ・ブセミなど、脇もかなりの名優揃い。
映画好きには、「お!」ともなる。
さて、見終わったあと、なぜ自分がこの作品を見たことが記憶からすっぽり抜けていたのかを改めて考えたが、やっぱりわからない。
一つの推測だが、わたしは途中で見るのをやめたんじゃないかな。
昼間っからお酒を飲んで映画を見ている自分には、そういうことやめましょう、違う人生もあるよね、といったメッセージが届いてくる作品なんて、「つまんねー」と嫌になっちゃったのではないかと想像するのだ。
この作品を見て、「つまんねー」と思うか。
今のわたしのように共感や痛みを感じたり、知識もついて「ためになる」と感じるのか。
なにかに依存したくなるような人のリアルな心境をあぶり出す、ちょっとしたリトマス紙にもなるかもしれない。
なにかに依存しているかもしれない家族と一緒に見て、感想を伝え合うことで、わかることもあるかもしれないなんて思うのでした。
※Netflix、Amazonプライムほかにて配信中(12/28現在)。各配信サイトでご覧になる場合は月額料金や別途料金がかかることがあります。詳しくは各サイトでお確かめください。DVDも販売しています
※ 「たかりこチャンネル」でも紹介されています。ぜひ、こちらもご覧ください。
◉「依存症を描いたおすすめ映画五選」第三夜はこちら↓
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コメント
アメリカの回復施設が描かれている映画という事で興味深く観ました。
森の中で湖があって、都会の喧騒から離れて回復に向き合う…
なんだか、ちょっと羨ましく思ってしまいました。
人生が思い通りに生きていけなくなって、イヤイヤ仕方なくたどり着いた依存症者には、はじめは決して居心地がいい場所ではないでしょうが…
仲間の中で回復していくのだな〜と、胸が熱くなりました。
そして、7割はまた施設に戻ってくるという現実が、いかにこの病気から回復し続けるのが難しい事かを教えてくれます。
サンドラ・ブラックがどんどん綺麗になっていくのも素敵でした。
NAの仲間に勧められて、夢中で何度も観た。配信なんかなくて、レンタルビデオの時代。
いつもエキセントリックな役柄のスティーブ・ブセミが、この映画ではガラリと違った役どころでとてもよかった。
「あそこにいるヤツはみんな変やで」
息子が初めて回復施設を見学したときにそう言い放った。いやいや、あんたも一緒やん、と心の中でつっこんだことをグエンを観ながらリアルやな、と笑ってしまった。
救えないこともあるけど、同じ経験を持つ仲間の中で、助けることで、助かるがよくわかる映画。
青山さんの記事を読んでまた観たくなった。