Addiction Report (アディクションレポート)

「他人に迷惑かけたくないから」セルフコントロールとしての自傷を知っていますか

自傷行為を「他人に構ってほしい」「アピール目的」のためにやっていると考えるひとは多い。そうした理解が一般的に広まっている一方、今回話を伺った佐原光さん(仮名)は、発達障害や性別違和感から来る生きづらさを「自己管理」するために自傷行為をはじめたという。「自助」としての自傷行為の存在に迫る。

「他人に迷惑かけたくないから」セルフコントロールとしての自傷を知っていますか
生成AIによるイメージ画像です

公開日:2024/12/10 08:00

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自傷行為をテーマとして取り上げると様々な感想が寄せられる。「痛そう」「痕が残るのに」「なんでそんなことするの?」という意見のほかに、必ず混じるのが「構ってちゃんなんでしょ」「人を心配させたいだけ」という反応だ。過去、自傷行為の当事者にいかに迷惑をかけられたかという具体的なエピソードが語られることも多い。


このように、自傷行為は「他人の気を引くため」とみなされやすい一方、たくさんの当事者に話を聞いてみると、「誰かに気づいてもらう」ことを目的としている人は、かなり少数派であるという実感を得ている。事実、統計的調査でも同様の結果が報告されており、自傷行為の96%は一人きりの環境で行われ、誰にも報告されていない。(Walsh, 2005)


今回、話を聞いた佐原光(仮名)さんは、自身が抱えている複雑な事情をコントロールするために自傷行為をはじめたと語るひとりだ。光さんは子どもの頃から、正体不明の感覚過敏や疲労感に悩まされ、世間一般の普通になじめず人とのコミュニケーションに困難を感じていた。


「頑張ればなんとかなる」という世間の言葉通りに試行錯誤した結果、たどり着いたのが自傷行為だった。


「人に迷惑をかけずに、自分を抑えられる方法がリストカットだったんです。他人に気を遣ってるからこそ、自分を切るしかなかった」

(取材・文:遠山怜)



神様が作りしものの「外側」で


子どもの頃、光さんは大人しくて手がかからない子だと言われていた。幼稚園でも家でも、部屋の隅でひとり本を読んでいたから、大人たちがわざわざ姿を探しにいく必要もなかった。外で遊ぶ同年代の子たちはかまびすしいことこのうえなかったが、光さんの世界はいつもしんと静まり返っていた。


見かねた周囲の大人が「光さんを仲間に入れてあげて」と誘っても、同級生は首を振る。「だってあの子、変なんだもん」。無理やり光さんをみんなの輪に入れても、同級生たちはすぐに仲間だけの世界とルールを形成し、ついていけない光さんは取り残された。


「人から嫌われてないか、いつも心配でした。本当はみんな我慢しているだけで、自分から離れたいんじゃないかって思ってしまう。大人になった今でも、その感覚があります。考えすぎだと振り払えない」


心配した母親は光さんを地元の教会に通わせることにした。教会なら、光さんを受け止めてくれるのではないかと期待した。しかし、そんな期待とは裏腹に、光さんは教会に通うたびに違和感を募らせていった。きっかけになったのが、小学校でできた男友だちの存在だった。

「はじめてできた友だちは、みんな男の子でした。仲間内で女なのは自分だけ。でも子どもだったし、そんなこと気にせず遊んでました。ずっとこんなふうにいられるんだろうと思ってた。でも、教会の教えは違ったんです。『神様が男と女を分けてつくった』のであって、『女は男に仕えるもの』。『男』はこうで、『女』はこうあるべきって、神様が決めたんだと」

「教会の教えを、ほかの人は受け入れているみたいだったけど、自分はモヤモヤしてしまって。友だちとは普通にバカなことを言い合える仲なのに、そういうのは女のあるべき姿だとされていない。聖書で『女』として語られてるものに、自分がなれるとは思えなかった。でも、神様が用意した性別は男と女の二種類しかないから、じゃあ自分ってなんなんだろう…って」

自分の実態と、生まれついた性別に社会が期待していることの差異は、段々と無視できないものになっていく。年次があがるたびに、友人との間でも、「男」か「女」かで線が引かれることが増えていった。

「友人は戦隊モノのかっこいいTシャツを着ていて、自分もそういうのが着たかった。でも親は『男の子の着るものだからダメ』って。仲間内ではこれがかっこいいねって盛り上がっても、自分はそういうものを身につけられない。友だち同士でも自分だけが女として違う扱いになる」

今から約20年前の当時、「男らしさ」「女らしさ」の枠組みに疑問を抱き、自分らしさを模索することは困難を極めた。光さんは、「神様の庇護下」である教会にいながら、その枠組みに自分がいないことを痛感していた。

社会順応のための自傷


中学にあがると、学校では制服の着用が義務付けられていた。スカートは足元がスースーして落ち着かず、ノリの効いた固いシャツやガサガサした制服のタグは、肌に触れるたびに神経を逆撫でした。クラスでは男女で自然とグループが分かれていて、光さんもそれにならったが、女性同士の会話のスピードに圧倒された。恋愛やオシャレの話題についていけず、ひたすら聞き役に徹していた。

髪を抜いたり爪を噛んだりする癖は、この頃から目立つようになる。周囲から「みっともない」「女の子のくせにだらしない」と見咎められ、光さんも人前ではしないように試みたが、無意識のうちにまたやってしまう。外ではずっと我慢しているため、家に帰るとどっと疲れが出て何もできなくなった。


周囲の人と自分は何か違っている。自分と他人の間には、いつも透明なビニールの壁が隔たっているようで、近くにいるのに近づけない。近づこうにも、どうしたらいいのかわからない。次第に「なんで他の子みたいにできないの?」と叱責されることが増え、追い詰められた光さんはあることを思い出した。たまたま読んでいた本のなかで、リストカットのことが書かれていた。


“切ると気持ちがすーっと楽になったんです”


自傷行為のマネジメント

試しに自分の体を切ってみると、ピリッとした痛みが走り皮膚がジンジンと疼いた。すると、痛みを感じているときは、パニック状態や不快な気分から注意をそらせることに気づいた。何より、切ることでうまくやれない自分への嫌悪感や、罰したいという衝動がすっと落ち着いた。


光さんは自傷行為によって、はじめて自分をコントロールする手応えを感じた。自分に痛みを与えることで、「今ここ」に注意を向け目の前の出来事に集中できたし、世間一般の「ふつう」に合わせ続けるストレスを、なんとか逃すことができた。光さんは自傷行為を「考えてやる」ように心掛けてきたという。


「外ではどれだけ衝動に襲われてもやらないようにしてます。家でも、誰もいない場所や時間を見計らってやる。やるときも人目につきやすい場所は切らないようにしてます。あとは、針で指をついたり、壁に頭を打ちつけたりして、適度に方法を変えるようにしてました。ダメージが重なるとやっぱり他人から見て目立ちやすいから」


短いわずかな時間で気持ちを切り替え、自分に課せられた役割をこなす。その姿は、まるで疲れたサラリーマンが倦んだ表情で喫煙室で一服したあと、また何でもない顔でオフィスに戻っていく様を彷彿とさせた。

診断が降りても治療法はない

そんな光さんの転機となったのは、大学の教職課程で履修した児童心理学の授業だった。子どもの発達過程を学ぶなかで、発達障害の存在を知った。そこで紹介されていた事例は、まるで過去の自分の姿を読み上げているようだった。

光や音、皮膚の刺激に敏感、疲れやすい、言葉の裏の意味や人の表情のわずかな変化を読み取れないーー今までずっと、「努力が足りない」「甘え」とされてきた数々の問題は、脳の特性から来るものだった。


病院で正式に発達障害の診断を受け、二十歳のときにようやく医療につながった。しかし、通院している今でも困りごとのほとんどは解消されていないという。発達障害から来る多動性や衝動性を抑えたり、うつ状態を改善させる薬はあるものの、コミュニケーションの問題や感覚過敏、情報処理の苦手さを改善する特効薬はない。就労した現在も自傷行為を続けているが、主治医には打ち明けられていない。


「誰かに構ってほしくて切ってるんだと思われたくないんです。それに、病院に相談したところで、困ってることにどう対処したらいいのかは教えてくれないから。自傷行為はよくないと言われても、じゃあ苦しいときどうしたらいいんだろう」

「うるさい場所とか苦手な場面を察知して、自分から離れたりはできますけど、今ちょっと感覚過敏でパニックになってるから一人になりたい、とか、落ち着く時間がほしい、とかは上司に言い出せないです。自分でも何がどうつらくて、どうしてほしいのか、とか説明が難しい。やっぱり我慢するしかないってなって、結局自傷行為に頼ってしまう」

「自助」のあり方をひらく



発達障害には謎が多い。共通して起こりやすい症状はわかってきているものの、なぜそうした反応が生じるのか、原因もメカニズムもわかっていない。有効な対処法は、本人含め周囲の人が特性を理解し、環境を調整していくことだとされている。

しかし、ASDやADHDといった用語が広く知られるようになってきたとはいえ、特性に対する正しい理解が進み、サポート体制が整えられているとは言い難い。発達障害を揶揄したり、差別的な言動をする人も目立つ。


特に、光さんのように、成人後に障害が発覚するケースでは、当事者が周囲の人に助けを求めるスキルが十分に育っていないことがある。困りごとがあっても「気のせい」「努力が足りない」と否定され、周囲に合わせることを求められてきたため、自分の特性を理解して誰かに伝えたり、歩み寄ってもらったりする経験が不足している。


自傷行為をするしかなかった。その結論を噛み締めつつも光さんはこう付け足した。


「自分には、自傷するしか方法がなかった。でも、それによって人に助けを求める機会がなくなったとは思います。人に怒られることはなくなったけど、苦しんでいることに気づかれないようになった」


自分ひとりで問題を解決する「自助」には、選択肢に幅がなく効果も頭打ちになりやすい。だからこそ、「誰かの手を借りて」問題に挑むことも、ひとつの「自助」であると捉え直していくべきではないだろうか。困りごとを口にしたり、誰かを頼ったりすることは、弱さの表れではなく、自助のあり方を広げられる強さであるとも言える。人に迷惑をかけることは、問題を共有しどうすればいいのかともに考える「共助」を引き出す鍵でもある。

社会に「自己責任」という言葉が広く根付いている今、そのあり方を考え直す時期に来ている。そのためにはもちろん、法整備や社会的サポートの整備などの「公助」も欠かせない。

「せめて、人と同じになれないことに悩んでいるときに、誰かに『つらいよね』って受け止めてもらえたら。それだけでも、違ったと思います」


「もしかして私もそうかも?」「こんなときはどうしたら?」などの悩みには、全国の精神科病院のほか、地域の精神保健福祉センター、発達障害情報・支援センターでも相談可能です。詳しくは、お住まいの地域の精神保健福祉センターまたは全国各地の発達障害情報・支援センターにお問い合わせください。

【厚生労働省による全国の精神保健福祉センターリスト】

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/yakubutsuranyou_taisaku/hoken_fukushi/index.html

【発達障害情報・支援センター】

https://www.rehab.go.jp/ddis/action/center/

その他、以下の相談ダイヤルでは性にまつわる悩みを受け付けています。

■こころの相談
精神科医、臨床心理士による無料電話相談。同性愛の悩みや心の問題について対応します。
TEL:050-5806-7216
受付日時:火曜日 20:00〜22:00
団体名称:AGP(同性愛者医療・福祉・教育・カウンセリング専門家会議)
ホームページ:http://www.agp-online.jp/

■よりそいホットライン
どんなひとのどんな悩みにもよりそって、一緒に解決する方法を探す、24時間・365日の無料電話相談。専門の相談員が対応します。
TEL:0120-279-338
(岩手県・宮城県・福島県からは)TEL:0120-279-226
受付日時:24時間・365日対応
団体名称:一般社団法人 社会的包摂サポートセンター
ホームページ:https://www.since2011.net/yorisoi/

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