驚いた水原一平さんの論告求刑 日本と同様依存症への理解が薄い検察官に伝えたいこと
大谷翔平選手の銀行口座から金を騙し取ったとして銀行詐欺罪に問われた通訳、水原一平さんの論告求刑。日本と同様、依存症へのあまりの理解のない内容に驚いてしまいました。

公開日:2025/01/24 07:49
水原一平さんが米大リーグ・ドジャース大谷翔平選手の口座から金をだまし取ったとして銀行詐欺罪などに問われている事件で、米連邦検察は水原さんに禁錮4年9月と、大谷選手に対して1697万5010ドル(約26億円)の賠償を求刑しました。
水原さんに対し検察は「ギャンブル依存症ではなく強欲」と意見を述べ、その理由として、盗んだ金を野球カードの購入や歯科治療費の支払いなど、ギャンブルとは何も関係のない費用に充てていたと指摘しました。
この論告求刑を読んだ率直な感想は「依存症問題についてかなり理解のすすんでいる米国でもやっぱり検察はこんな論告をするんだ!」です。すっかり驚いてしまいました。
なぜ罪の元にある「ギャンブル依存症」を否定する?
なんで罪の原因である「ギャンブル依存症」を検察は否定したいのでしょうか?
もちろん日本の検察官も同様の戦略を取ります。
これは検察官及び社会全体も依存症に対し正しい理解を持っていないために起きていることであり、そして裁判というのは、時に科学的根拠よりも裁判官の感情が大きく影響するからだと思います。
私自身仲間の裁判に何度も立ち会ってきましたが、「なんで同じ様な事件なのに、こっちは執行猶予で、こっちは実刑なんだ?」という、裁判ガチャを何度も経験してきました。
検察としては、ことさら極悪人に仕立て上げたいのでしょう。裁判は結局の所、闘いの場であり、勝負事ですからね。
けれどもこういった「個人の性質の問題」に矮小化してしまい、ギャンブル依存症を犯罪の動機から切り離してしまうのは誰のためにもなりません。
検察官は1件1件の事件に対し、自分の求刑が通るかどうかが重要問題でしょうが、ギャンブル依存症の当事者はもちろんのこと、そこに巻き込まれる家族や友人知人、職場の人、そして社会全体の不利益を考えたら、刑罰だけでなく必ずギャンブル依存症の治療に向き合わせることをセットにしなくてはなりません。
こんな簡単なことが理解できないのは日本の検察だけかと思っていたら、ギャンブルに関しては米国の検察もたいして変わらないなと驚いた次第です。
私が検察官だったとしたら、こう書く
例えば私が検察官だったとしたら、こんな論告求刑にすると思います。
「被告は、事件が発覚した際に、メディアや周囲の人間に、『自分はギャンブル依存症だ』と告白していた。自分でも病気の自覚がありながら、それでも大谷選手やチームに対し誤魔化しを続け、自分自身をも欺いていた姿勢は容認できない。社会に与えた影響の大きさを考えても、厳罰に処すべきと考えるが、早期に罪状認否で罪を認めていたことから、求刑4年9月の禁錮刑と禁錮刑後ギャンブル依存症の治療及び自助グループへの参加、及び大谷選手に対しておよそ26億円の賠償金の支払いを求める」とします。
この求刑文に何か不都合があるでしょうか?
現地の検察の論告求刑では「禁錮刑後3年間の保護観察処分」とあるのですが、3年間、何をするのでしょうか。もしかしたらここでギャンブル依存症の治療プログラムを受けろということかもしれませんが、検察自らが「依存症ではなく強欲」と言ってしまったので、治療については明文化できず、このような表現になったのかもしれません。
「ギャンブル依存症だと本人も認めていたのに治療に繋がらなかった。病気になったことには本人の責任とは言えないけれど、治療に向き合わないことは本人の責任でもある」という風潮を作ってもらうことは、依存症の当事者及び家族にとっても悪くないと思っています。治療に向き合っていく勇気も生まれることでしょう。
必要なのは予防のための啓発と再発防止のための治療
また水原さんだけでなく巨額の金を騙し取る事件は日本でも起きています。つい最近でも三菱UFJ元銀行員のFXと競馬を原因とする貸金庫の窃盗事件もありました。
こういった事件を防いでいくには何が必要かと言えば、「ギャンブルに手を出せば、ギャンブル依存症に罹患する可能性は誰にでもあり、これほどの事件を犯すまでになってしまうこともある」という啓発です。そして再犯防止のためには刑罰だけでなく治療が必要だということです。ここを切り離してしまったら、ただの精神論で解決策はなくなってしまいます。
強欲さに本人が苦しんでいるのがギャンブル依存症
また「ギャンブル依存症者は強欲か?」と聞かれたら、「はい、強欲ですね」と私は答えます。
それは「もともと強欲な性格だったかどうかは、比べようもないし平均的だったと自分では思うが、ギャンブル依存症に罹患すると、とんでもなく自分勝手な強欲になり、そこに自分自身も振り回され苦しむことになる」という意味です。
検察は、「歯の治療費や野球カードの支払いも盗んだ金からしている。これはギャンブルとは関係ない。だからギャンブル依存症ではなく彼は強欲だ」と言っていますが、この言い分には思わず苦笑してしまいました。
26億円もの巨額詐取事件を起こしていて、なんとかその穴埋めをしようと、大当たりを出すまで必死に賭けている状況でですよ「このお金は盗んだお金だから生活費には使えない。ギャンブルの元手にしなきゃ」などと考えるでしょうか。
ギャンブル依存症者が自転車操業に陥った時には、とにかくお金を回すことしか考えません。「損失を取り戻すために賭けるギャンブルの元手がなくなる」この最悪の事態だけは避けようと、何がなんだかわからなくなります。とにかく目先のお金を返すというか、グルグル回すことだけに必死になっているのです。それが自転車操業の地獄です。
ギャンブル依存症者は借金が返せなくなることが怖いのではありません、借金が出来なくなり、ギャンブルの元手がなくなるのが怖いのです。
ですから、ギャンブルの元手を作るために、それ以外のお金も必死に自転車操業をした。そして野球カードなどの少しでもプレミアがついて、高く売れそうなものを仕入れて、金に換えようと思った。こんなことは我々ギャンブル依存症者の間では普通に起きています。なんなら兄弟や友人のカードやゲーム機でも売り飛ばしてしまいます。
そして、銀行に大谷選手になりすまして電話をしている、水原さんの声も公開されましたが、もちろんそのくらいのことはやります。全く驚きません。
我々ギャンブル依存症の家族はVIPではないので、銀行の専用オペレーターなどいませんが、ギャンブラーが家族や兄弟姉妹、友人、時には恋人になりすまして、キャッシュカードやクレジットカードを使ってしまうなど、日常茶飯時に起きています。
それらの行為を「強欲か」と言われたら、「そうですね」と答えるしかないですよね。でも当事者はそのお金を得ても苦しくて仕方がない。ギャンブル以外は贅沢もしていないし、むしろ極貧生活で場合によっては食事もできていません。そして自分の強欲さや自分勝手な行動を心の中で責めています。
それを裁判で「お前は強欲だ」と言われても「そんなことはわかっている」と自暴自棄になって再犯して生きていくか、場合によっては自死するしかなくなってしまいます。解決策を示して貰えなければ、追い詰められるだけです。
ですから「それほどまでに強欲で自分勝手な行動に走ったのは、ギャンブル依存症が原因だ。だから罪を償ったあとは、治療に必ず向き合うこと」という論告求刑及び判決を出して欲しいと願っています。
欲しいのは罪を無しにすることではなく、依存症の理解
私達、当事者や家族自身も「ギャンブル依存症なんだから、罪をチャラにしろ!」などという主張をしたことなどありません。損害賠償については分割しながらでも支払っていくようサポートもしています。
いくら私達が病気だからって、被害者が出た場合は、その罪に本人に向き合ってもらうことは当然だと思いますし、罪悪感を少しでも解消するためにも、そうすべきだと思います。
「強欲」という性格の問題でかたづけようとするこの度の検察の姿勢には残念の一言しかありません。日米の検察官はもう少し依存症のことを学んで、論告求刑には社会全体が少しでも良い方に進むように言葉を選んでほしいと思います。
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コメント
田中紀子氏には、ギャンブル依存症当事者の支援に関わってこられた多くの経験があり、その上、ご自身も当事者という立場だからこそ、これだけの文章が書けるのだと思いました。
「私が検察官だったら、こう書く」の中では、「治療及び自助グループへの参加」を明記されました。田中氏のこの求刑文を米連邦検察へ届けたい!という気持ちになりました。
広くこの文章が読まれることを願っています。
これだけギャンブル依存症を背景にした犯罪が続いているのに、あの検察の論告求刑には驚きと共に真摯にギャンブル依存症について学び直してもらいたい思いでいっぱいです。依存症への理解が日本よりずっと進んでいて自助グループに通うのが当たり前のアメリカでこの論告求刑はがっかりです。誰でも罹患する可能性があるギャンブル依存症という残酷な病。今回、回復のためのプログラムを行って自分自身の問題と向き合うようにと、世界に発信してくれたら、どれだけ多くの依存症者とその家族が救われたことか。私も田中紀子さんが発信された意見と全く同じ思いで今回の論告求刑を受け止めています。依存症への正しい理解が世界に広がることを願ってやみません。
そうだ!そうだ!
私も、りこさん達と共に、声を上げていきます。
依存症の理解が進んでいると思われていたアメリカの検察官のコメントは信じ難くつらい気持ちになりました
社会を震撼させた大事件であることは間違いなく罪を償うのは当然ではなりますが、依存症を理解し治療に繋げることが大事です
裁判官には依存症の理解を深めて頂いた上での判決を期待します
本当に今回の判決、アメリカでもギャンブル依存症に理解が無いのかと、残念です。
お金を食べることもままならなくなってもギャンブルの為に強欲に欲するから依存症なんです。
社会の理解を広げていく活動しなくちゃいけないと、改めて思いました。
私が出来ることを実行して行きます。
まさに、りこさんの仰る通りだと思う。罪は罪としてきちんと裁かれるべきだけど、その元々の原因は依存症という病気になってしまったからだと、理解してもらいたいだけなのです。
罪を償う事と、治療に繋がる事の両方が必要だとわかってほしかった。
それが、啓発にも繋がるのに…と残念でならない。
依存症に関しては日本より断然に進んでいるアメリカで 強欲などと性格の問題として間違った認識での表現に
がっかりしました。
強欲の意味を引くと、あくどいほど欲が張っていることとあります。ギャンブル依存症と強欲とは、もって異なるものとしか思えないですし、強欲という根拠は、指摘のとおり、なぜなのかもわからない。『ギャンブルに手を出せばギャンブル依存症に罹患する可能性は誰にでもあり、これほどの事件を犯すまでになってしまうこともある』『再犯防止のためには刑罰だけでなく治療が必要』至極もっともだと思います。