Addiction Report (アディクションレポート)

「違法・合法は多数決や政治的な力で決まる」 薬物依存症の専門家がアルコール、カフェイン、タバコなど身近な薬物について調べてわかったこと

お酒にお茶やコーヒー、タバコなど身近な薬物と私たちがどう付き合ってきたのかを薬物依存症研究の第一人者が考えた著書、『身近な薬物のはなし』(岩波書店)が3月17日に出版されます。著者の松本俊彦さんのインタビュー前編です。

「違法・合法は多数決や政治的な力で決まる」 薬物依存症の専門家がアルコール、カフェイン、タバコなど身近な薬物について調べてわかったこと
松本俊彦さん。この日も朝から続く診療を終えて、へとへとの状態で取材に答えてくれた(撮影・岩永直子)

公開日:2025/03/15 05:00

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リラックスさせたり、頭をはっきりさせたり。人の精神に作用する薬物というと覚醒剤など違法薬物を思い浮かべがちですが、実は私たちの周りにはそんな薬物があふれています。

お酒にお茶やコーヒー、タバコなど、そんな身近な薬物と私たちがどう付き合ってきたのかを薬物依存症研究の第一人者が考えた著書、『身近な薬物のはなし』(岩波書店)が3月17日に出版されます。

著者の国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんに、この新刊に込めた思いを聞きました。

違法・合法を分けるのは医学的根拠ではない

——まず、よくここまでアルコールやカフェインやタバコなどの身近な薬物が人類に広がってきた歴史を調べ上げられたなと驚きました。これはもうお医者さんの仕事じゃないですよね。

コロナ禍に入ってから感染症のことを調べていたら、「コロンブス・エクスチェンジ」(※)と共に、感染症だけでなく嗜好性の薬物がかなり交換されていたことに気づきました。

※1492年にコロンブスが新大陸に到着したのをきっかけとして、西半球と東半球で感染症の病原体や植物、動物、人間、思想など様々なモノや人、考え方の行き来が盛んになったこと。

感染症との戦いの中では、要所要所で依存性薬物がいい仕事をしているんですよ。それで調べるのにハマってしまったんです。

——そもそも違法とされていない薬物、身近な薬物について見直そうと思ったのはどんな理由ですか?

前々から気にはなっていたんです。依存症の業界で仕事を長くすればするほど痛感するのは、違法・合法を分ける時に医学的な根拠があまりないということです。

どちらかといえば、多数決で決まっている。多くの人が愛している薬物とか、その社会において文化的優勢にある人たちが大事にしているものは合法になるし、マイノリティの立場に置かれた人が大事にしているものは違法になっている。

その中で、岩波書店から書籍の話をいただいた一番のきっかけは、ストロング系チューハイの危険性について僕が発信したことだったんです。岩波の編集者さんは、もっと軽い、一般への啓発書のようなものを期待していたのだと思います。でも、僕がだんだん歴史にハマってしまったのでこんな方向性になっていきました。

知れば知るほど、カフェインもタバコもアルコールも時の為政者から弾圧されていたりする。でも強力な依存性を持っているから、瞬く間に世界を駆け巡っていく。違法薬物ではここまで広がらなかったと思います。やはりこの「ビッグスリー(※アルコール、カフェイン、タバコ)」は依存性が強いのでしょう。

※依存症史研究の第一人者デイヴィッド・T・コートライトの薬物の分類。人類に最も大きな健康被害をもたらしている薬物としてアルコール、タバコ、カフェインを「ビッグスリー」と呼び、そこまでの健康被害をもたらしていないにもかかわらず、厳しく規制されているアヘン、大麻、コカインを「リトルスリー」と呼んでいる。

でも僕はこの本の中で、「だからタバコ、酒、カフェインは『ダメ。ゼッタイ。』」といいたかったわけではありません。こうした薬物によって、人類や文明は救われたところや助けられたところがあります。もちろん悲劇も生んでいますが、もっとニュートラルな目で依存性薬物と人類の関係をみんなに見てほしいと思ったのですよね。

——逆に今、違法とされている薬物は、健康被害がそれほどなくても、あまりにも白い眼で見られ過ぎていますよね。

最終的に僕はそこのところをみんなにわかってもらいたいと思いました。

話題となったストロング系から始め、当事者性のあるタバコを最後に

——章立てが面白いのですが、最初に一番健康被害が大きいかもしれないのにものすごく社会に受け入れられていて、CMもバンバン流されているアルコールを取り上げ、最後にかなり社会から白い眼で見られているタバコを持ってきています。しかも先生はヘビースモーカーですね。

はい。タバコは自分にとって当事者性のある薬物ですね(笑)。

当初、岩波の編集者は、仮の章立ての提案をしてきた時に、タバコを除いていたんですよ。たぶん僕に気を遣ったのだと思います。

けれど、喫煙者であることを公表している僕の立場で、身近な薬物の話をする時に、タバコを書かないと相当非難されるでしょう。だから逆に絶対に書かなければいけない。でもこれは自分にとってはいろんな意味で大切な章だから、最後に持ってこようと決めたんです。書く前に覚悟が必要ですし。

アルコール、カフェインと書いた後に、市販薬、処方薬を挟んで、気分を切り替えてから、タバコに向かおうと思いました。

——合法とされてスーパーやコンビニで手軽に買えるアルコールも実はかなり危険であることが書かれています。それは税収だったり、為政者や企業の力だったりが絡み、健康被害が大きくてもむしろ積極的に社会に広められている。典型的な例ですね。

ストロング系チューハイが少し話題になって、これをやたら批判しているおかしな医者として多少は僕の存在も知られるようになったので、そこから入っていくのがいいだろうという考えもありました。

アルコールの健康被害も書く一方で、文明を作ったり、人類が社会を作っていったりするプロセスで必要なものだったという話もしようとは考えていました。

——どんな薬物もマイナスもあればプラスもあるのだと。

そうですね。意識して両方の面を取り上げようと思いました。

なぜ人は必須の栄養素だけでなく、依存性薬物が必要か?

——人間ある意味、毎日生きていくための必要な栄養素だけでなく、精神作用のある薬物を必要としてきたのはなぜなのでしょう?人間は、自分がコントロールできない作用を必要とする生き物なのでしょうか?

僕はそれが社会の複雑化と関係すると思うんですよ。まず一つ、カフェイン、コーヒーがヨーロッパ大陸に入ってきたのは17世紀、18世紀で、割と最近のことです。

そして、それによってヨーロッパの近代は作られています。資本主義も科学も、経済学とか銀行や証券なども、革命も全部。ヨーロッパの人たちは突然、覚醒し始めたんですよ。それによって社会が複雑になっているでしょう? 大きな戦争も増えた。

——歴史的に見るとアルコールやコーヒーは人の交流や議論の力になってきたのに、今は「飲みニケーション」が敬遠される時代になっていますね。

元々は古代ギリシャなどでは、飲み会が大事なコミュニケーションの場になっていました。酒に溺れないようにワインを3倍の水で薄めて飲むなどのルールを設けていましたけれど。

でもやはりこうした薬物を介したコミュニケーションがあったからこそ社会は発展したんだと実感したのは、ロンドンのコーヒーハウスやパリのカフェだと思うんです。そこでは「ペニー大学(小銭で多くの情報や知識を得られる場所)」として、いろいろな情報や思想がやり取りされました。

また長いこと清潔な水がなかったヨーロッパの人たちは、いつも昼間からうっすらと酔っ払っていたのに覚醒し始めた。ある意味、ヨーロッパをヨーロッパたらしめたものなのだろうなと思います。

また、そのように社会が複雑化していく中、アメリカ大陸からやってきたタバコって、しんどい状況に耐えるのに役に立つんですよ。

——先生、実感がこもっていますね(笑)。

(笑)。よくニコチン依存症の人たちは、「割引遅延報酬(※)」と言って、目の前の快楽に惹かれる人とバカにされますが、そんなことはない。

※将来の健康という報酬を犠牲(割り引き)にして、目の前の快楽を取ってしまうこと。

逆に目の前の仕事ややるべきことのつらさに耐えるために、それを成し遂げた報酬としてタバコを吸っているんだ。朝から夕方まで続く長い外来診療が終わった後、どれだけタバコを吸っているかわかるかと言いたいですよ(笑)。

文明や社会の原動力に

——食糧を集めて、食べて、寝るだけではなく、社会を作って、その社会を成り立たせるための仕組みを作って、複雑な人間関係を乗りこなすために、頭をぼやかしたり、逆に覚醒させたりするものが必要になったということですね。

そうですね。それこそ、『サピエンス全史』の著者、ユヴァル・ノア・ハラリが、認知革命があって、農業革命があって、科学革命があったと書いています。

認知革命では人類が抽象的な思考ができるようになって、神のようなものが人を束ねていく。通常の対面の関係だと、人間が束ねられるのは150人ぐらいが限界だそうです。

ところが、何千人、何万人を束ねるためには超越的な存在が必要で、その時にアルコールという「小異を超えてうやむやに連帯する」ことを実現するものが必要だったのだと思います。

農業革命においては、定住して穀物の栽培と家畜の飼育をして、みんなが密になって暮らせば感染症の問題が出てくる。その時に感染リスクの少ない水分補給源、栄養補給源として役に立った。

さらにメソポタミア文明の担い手であるシュメール人の粘土板には、一つの壺のビールにみんなでストローを差して飲んでいる絵が残っています。一緒に酒を飲むことでうやむやな連帯心や、愛国心ができていった。逆にそういった絆が、人々を自分たちの「内」と「外」を明確に自覚させる結果となって、戦争も引き起こしました。

そして科学革命の時代にはカフェインの果たした役割はすごい。それまで戦争では酒を引っ掛けて行っていたのが、コーヒーを飲むようになっていった。その方が戦闘能力は高くなるからです。夜間行軍もできるし、銃の照準も正確になる。それが最終的に覚醒剤になっていくのですが。

そういう風にして、人はいろいろな社会や科学や略奪、戦争などを進めてきたのだろうと思います。

また、人に壮大な夢を抱かせるのにも力を果たしてきました。僕は車が好きだからF1を例に出すのですが、F1のスポンサーは昔から、酒、タバコが多かった。それが力を失ってきた今日、レッドブル(カフェイン)がスポンサーになっています。

超お金持ちのヨーロッパ人の娯楽ですが、ああいう夢を作るにはヤバいものが必要なんですよね(笑)。

支配や暴力、政治との密接な関係

さらに今回は書きませんでしたが、それらを全て駆動していったのは「砂糖」のような気がします。飲みやすくし、広げるのに役立ちました。

お茶に砂糖を入れたものは、産業革命以降の労働者の簡単な朝食として広がりました。みんな覚醒するし、砂糖で栄養も取れるから工場での事故も減ったし、ズル休みも減った。すごい仕組みだと思います。そして砂糖のあるところに奴隷制もありました。

結局、依存性薬物に対する「ダメ。ゼッタイ。」のような厳罰政策は1960年代、70年代から世界を席巻しているわけですが、いまだに薬物の密売をやっているところはかつての植民地です。

かつて、ビッグスリーの供給源であったところが、今度はリトルスリーの供給源になっています。依然として宗主国と植民地の関係性が世界の中でずっとあり続けています。

薬物政策の背景にある政治とか暴力とか搾取についても、みんなに感じてほしいと思うのです。

——歴史的に見ても、規制を決めるのは健康被害の大きさだけの問題ではないですね。

全然、違うなと思いますね。

——しかし、現代日本でも大麻の使用罪を創設した時、いかにも健康被害のことを考えて、科学的な議論をやりましたという体に見せていましたね。

あの疑似科学には驚きますよね。一方で、市販薬の規制については、おそらくは国が医療費削減施策に市販薬を活用したいという思惑があったり、ドラッグストアなどの業界が官僚の天下り先になっていたりするなど事情から、いくら僕らが査読を経た英語論文を示しても、「エビデンスが足りない」と突っぱねられます。違法薬物の時はエビデンスなしに規制を強化しているのに。

だからつくづく、医学・保健的な政策はエビデンスではなく、よく言えば多数決という民主主義の原理、悪く言えば政治的な力によって決まると思います。

——何が良い薬物か悪い薬物かを決めるのに、人種差別的なものや文化間の力が左右してきたことも書かれていますが、それもいまだに続いていますね。

みんなが意識しているかわかりませんが、何かの拍子にそれが浮かび上がってくると僕は思っています。

例えば、アルコールに関しては「イエス・キリストの血はワイン」なので、社会に受け入れられています。カフェイン、コーヒーに関しては、最初は色々議論があったけれども、ある教皇が認めたことでヨーロッパにも認められる存在になりました。

一方、タバコについては、最初から「異教徒や未開人の悪習」とされてきた。この認識は世界中の嫌煙運動、特にヨーロッパの激しい嫌煙運動の下支えになっていると感じています。

(続く)

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。

コメント

10日前
けいこM

依存性薬物が文明や文化の役に立ってきたこと、生きる支えとなってきたことは想像に難くない。息子はギャンブル依存で生き延びることができたし、私もアルコールの力を何度となく借りてきた。

ただ、薬物について「違法・合法に分ける時に、医学的根拠があまりない」こと、文化的に優勢にある人たちが大事にしているものは合法で、マイノリティの立場に置かれた人が大事にしているものは違法になっていると。のっけからパンチを浴びせられ、さらに、健康被害を及ぼすアルコールやタバコが社会に広められている背景には「政治」があるという指摘が続く。ビッグスリー(アルコール、カフェイン、タバコ)は、文明・文化だけではなくて暴力や支配=戦争にもつながっていることが分かる。薬物依存から見せてくれたこんな状況に呆然としてはいられない。まずは『身近な薬物のはなし』を手に入れよう。

10日前
maruko

ついに発売!アディクトレポート読むが先か、著書を読むが先か悩む〜!

11日前
匿名

私も今現在、一日に一杯のドリップコーヒーを楽しみに過ごしています。かつて過度なストレスに晒されたときに喫煙習慣を持っていました。依存性の高さ故に怖さもあるけれど、上手く付き合うことで生きやすいこともあるのだと感じています。良いインタビュー記事でした。後編も楽しみにしています。

松本先生の著書も読んでみようと思います。

12日前
QOO

松本先生のご意見はいつもハッとさせられる。私はビックスリーのカフェインが毎日手放せない。

でも確かに朝からそれを摂取することで今日一日を頑張る力になっている。

合法だけど、身体に良くないから妊娠中や授乳中は良くないとされてるんだよなと。大切なのは、人は弱く何かに頼って生きていくものだからこそ、ダメ、絶対として人を裁くことは本来の意味であまり役に立たないなと感じる。

歴史を知る事も大切な事だと感じました。

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